上 下
24 / 46

22

しおりを挟む
 するとアレクシはアドリエンヌの手を取り、瞳の奥を覗き込むように見つめた。

「アドリエンヌ、今まですまなかった。君がそう考えてしまうのも当然だろう。だが、君に力があろうがなかろうが関係ない。私はどうしようもなく君の内面に惹かれている」

 そう聞いてアドリエンヌは首を振る。

「殿下、それはきっとわたくしが離れていったからそう感じただけですわ」

「違う、違うよアドリエンヌ。私はこれから精一杯それを証明しようと思う」

 そう言うと、アレクシはアドリエンヌの手の甲にキスし熱っぽく見つめた。

 いつもの様子と違うと感じたアドリエンヌは少し戸惑いながらアレクシを見つめ返す。

「あ、あの、殿下?」

 しばらくそうして見つめ合うとアドリエンヌは急に恥ずかしくなりうつむいてしまった。それを見てアレクシはアドリエンヌの手を握ると指を絡めた。

「さぁ、今日はもう遅い。これからについて話したいこともあるが明日にしよう。屋敷まで送る」

 そう言って馬車までエスコートすると屋敷まで送ってくれた。

 アドリエンヌは森の中でモンスターを浄化し過ぎたせいか疲れて馬車の中でうとうとしてしまい、気がつけば深い眠りに落ちていた。そうして、屋敷に着いたことすら気づかなかった。

 目が覚めると自分の部屋のベッドの上におり、日付も変わっていた。長時間寝ていたからか若干体が痛いくらいだった。

 アドリエンヌが起きたことに気づいたエミリアが、朝の支度を始める。

「おはようございます、お嬢様。よほどお疲れだったのですね。昨日戻られてからずっと休まれていたので、少し心配いたしました。朝食は軽めのものにいたしますね」

 エミリアがカーテンを開けると、アドリエンヌは日の光の眩しさに目を細めた。そして、昨日は寝てしまいアレクシに挨拶もせず失礼なことをしてしまったと思いながら、エミリアに言った。

「ここまで運んでくれたドミニクにお礼を言わないといけないわね」

 すると、エミリアは一瞬驚いた顔をしたあとクスクスと笑いながら言った。

「お嬢様、昨日ここまでお嬢様を運んでくださったのはドミニクではなく、王太子殿下ですよ」

 それを聞いてアドリエンヌは血の気が引く思いがした。

「ということは、王太子殿下にここまで運ばせたということ?」

 エミリアは満面の笑みで答える。

「はい。王太子殿下の希望でしたので!」

「そ、そうなの……」

 エミリアが部屋を出ていくと、寝ていたリオンがうっすらと目を開けた。

「あの王子とても楽しそうにしていたぞ」

 そう言って呑気に大きくあくびをした。

「今日は恥ずかしくて、どう顔を合わせたらいいか分かりませんわ」

 そう言ってアドリエンヌは頭を抱えた。


  

「おはようございます。アドリエンヌ? なにか今日は疲れたような顔をしてますね」

 学園でアドリエンヌを出迎えたアトラスは、開口一番心配そうにそう言った。

「大丈夫ですわ。ちょっと寝すぎたみたいですの」

「ならいいのですが」

 そう答えながら、アトラスはアドリエンヌの鞄を手から奪う。

 自分で荷物ぐらい持てるとずっと訴え続けているが、ここ最近アトラスはそれを無視してアドリエンヌの荷物をいつも持ってくれていた。

「アトラス、いつもありがとう」

 アドリエンヌはそう言って微笑んだ。もう断るのは無理だろうと諦めたからだ。

 講堂へ行くといつものように王宮の護衛に案内され、アレクシの隣に座った。

 今日は昨日部屋へ運ばせたことについてなにか言われるだろうと構えていたが、予想に反してアレクシはいつもと変わらず挨拶をするだけだった。

 出欠を取ると、すぐに課題の演習について話し合いをしこの日は終わった。

 またアレクシに屋敷へ送ると言われないようにアドリエンヌはルシールたちをお茶に誘い、ララの店に行くことになった。

「そういったわけですので今日はこれで。ごきげんよう」

 アドリエンヌがそう挨拶をすると、アレクシは微笑んだ。

「そうか、楽しんでくるといいよ」

 ついて来ると言われたらどうしようかと思っていたが、流石に王太子殿下が街中のお店に行くわけにもいかないのだろう。

 あっさり引き下がってくれて、アドリエンヌは内心ほっとした。

 去って行くアレクシを見送っていると、その後ろからシャウラが追いかけていくのが見えた。

 シャウラは振り返ると、いやらしい笑みを向けてから何事かアレクシに話しかけていた。

 シャウラ、その調子で頑張ってちょうだい!!

 アドリエンヌは心からエールを送ると、ルシールたちに向きなおって言った。

「さぁ、行きましょう」

 そうしてララのお店で美味しい焼き菓子と親友たちとの楽しいひと時を過ごし、アドリエンヌはご機嫌で屋敷へ戻った。

 すると、エントランスで帰りを待ち受けていたらしいエミリアが、アドリエンヌの姿を見ると慌てたように言った。

「お嬢様! やっとお戻りになられたのですね! 大変です、王太子殿下がお見えになられてます!!」

 それを聞いて急いで客間へ向かうと、アレクシがソファに腰掛けお茶を飲んでくつろいでいた。

「殿下?!」

 驚いてそう声をかけるアドリエンヌに、アレクシは楽しそうに微笑む。

「戻ったね。ずいぶん遅かったが、十分楽しんでこれたのか? それにしてもこのお茶はとても美味しい」

「そ、それはよろしゅうございました。それより何故こちらに?」

「昨日の結晶の件で話したいと思ってね。他の者がいては話しにくい内容だから、ここで待つことにしたんだ」

「あれはとりあえず解決したことではないのですか?」

「まだ解決していないだろう? とにかく君も座って」

 そう言われ、アドリエンヌはアレクシの向かいに座ると、エミリアがアドリエンヌのお茶を運んでくるまで待ってから話し始めた。

「確かに解決していないかもしれませんが、わたくしには話せないことなのではありませんか?」

 するとアレクシは申し訳なさそうに言った。

「確かに、そう言ったのは私だったね。だが、昨日君が浄化する姿を見て私も考えをあらためた。君さえよければ手伝ってほしい」

「なにも教えていただけてない状況で、ただ手伝えと言われましても困ります」

 そう言ってむくれるアドリエンヌを見て、アレクシは苦笑するとテーブルに頬杖をつきティーカップの中身を覗き込みなが話し始めた。

「この前話を聞いた時は、君を巻き込みたくないと思っていたから話さなかった。君は一人ででも物事を解決しようとするだろう? それに君にばかり負担をかけるわけにもいかない。できれば、君には普通の令嬢として過ごしていてほしかった」

 そう言うと、顔を上げ背もたれに背を預けた。そして、アドリエンヌを見つめ悲しそうに微笑む。

「それが君の望みなのだろう?」

 なぜそれを知っているのだろうと思い、戸惑いながら答える。

「そうですけれど……」

「君が望むことは叶えたかった。だが、そうも言っていられない。なんといっても君はこの国を救う力を持っているのだからね」

 そんなことを言われアドリエンヌは戸惑った。

「それは一体どういうことですの?」

「それを話す前に、言っておかなければならないことがある。これを聞けば君はこれから完全に国の監視下におかれることになるのだが、君は本当にそれでもいいのか?」

 しばらく考え、アドリエンヌは覚悟を決めた。

「構いませんわ。だってもうすでにわたくしは王太子殿下の監視下にあるではありませんか」

 そう答えて微笑む。

「そうか」

 それだけ言うとアレクシは大きく息を吐き、覚悟を決めたように話し始めた。

「では、ことの始まりから話そう。これは今から三百年前のことだ。その最悪は突然訪れた。今のように巨大な瘴気結晶が森の至るところに発生し、大量のモンスターが城下や町へ押し寄せるようになった」

「それ以前はモンスターはおりませんでしたの? 瘴気結晶は?」

「瘴気結晶は昔からあった。君はもう知っているかもしれないから詳しくは説明しないが、あれは自然発生するものだ」

「そうですわね、邪気がたまって結晶化するものですものね」

「そうだ。だが、当時の国王はモンスターの存在は知っていても発生源はわかっていなかった。モンスターは自然発生するものと言われていたからね」

「ということは、その巨大な結晶が発生するようになってそれがわかったということなんですの?」

「そういうことだ。しかし、その時現れた結晶は君も先日西の渓谷で見た物と同じく段違いの大きさで、発生するモンスターの強さも何もかもが桁違いだった」

「なぜ突然そんな巨大結晶が……」

「当時の国王も血眼になってその発生源を探した。そしてやっとその最悪の存在を見つけることができたんだ。その発生源は途方もなく強い瘴気を放つ化け物だった」

「化け物? でもその化け物と瘴気結晶となんの関係が?」

「その化け物が、その結晶を至るところに産み出していたんだ」

 アドリエンヌはとても衝撃を受けた。何年も暮らしてきたが、そんな化け物が外の森を徘徊しているなんて知りもしなかったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

死に戻った逆行皇女は中継ぎ皇帝を目指します!~四度目の人生、今度こそ生き延びてみせます~

Na20
恋愛
(国のために役に立ちたかった…) 国のため敵国に嫁ぐことを決めたアンゼリーヌは敵国に向かう道中で襲われ剣で胸を貫かれてしまう。そして薄れゆく意識の中で思い出すのは父と母、それに大切な従者のこと。 (もしもあの時違う道を選んでいたら…) そう強く想いながら息を引き取ったはずだったが、目を覚ませば十歳の誕生日に戻っていたのだった。 ※恋愛要素薄目です ※設定はゆるくご都合主義ですのでご了承ください ※小説になろう様にも掲載してます

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで

紅月
恋愛
長い銀髪にブルーの瞳。 見事に乙女ゲーム『キラキラ・プリンセス〜学園は花盛り〜』の悪役令嬢に転生してしまった。でも、もやしっ子(個人談)に一目惚れなんてしません。 私はガチの自衛隊好き。 たった一つある断罪エンド目指して頑張りたいけど、どうすれば良いの?

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

処理中です...