上 下
134 / 190

第百三十二話 ムスカリの甘い罠

しおりを挟む
 なんとなくしょんぼりしているアルメリアに気づくと、ルーファスは言った。

「そういえば、貴女に就職先をお世話していただいたキャサリンですが、とても楽しく仕事をしているようですよ。たまに孤児院へ戻ってくるのですが、以前と表情が違います。だいぶ垢抜けて、笑顔も増えました。これもすべて貴女のお陰なのですよ」

「そうなんですの、よかったですわ」

 アルメリアは、自分のやったことが少しは他人を幸せにできているのだと思うと嬉しくなった。
 そんなアルメリアの様子を見ながら、続けてルーファスは言った。

「私も孤児院出身なので、キャサリンの気持ちはわかります。今まで共用だったものが自分専用になったり、賃金で好きなものを買ったり」

 その話を聞いて、先日の祝祭の日の演劇の衣装合わせのときに、ルーファスが貴族の服を久しぶりに着たと言っていたのを思い出した。

「ルフスも孤児院に? では、そのあとどこかの貴族へ養子へ?」

 そう聞いたあと、失礼な質問をしてしまったと慌てる。

「ごめんなさい、無神経な質問でしたわ」

「かまいませんよ。そうですね物心つかぬうちに両親が亡くなったので、孤児院へ入っていましたが、そのあと貴族の家に引き取られました。ですが、近所の教会にお世話になるうちに信仰に目覚め、現在にいたっています」

「ご両親が……。それはつらかったですわね」

 アルメリアがそう言って悲しげな表情を見せると、ルーファスはにこりと微笑む。

「そんなに気を使わないでください。孤児院での生活はとても楽しいものでしたから、良い思い出なのです」

 ルーファスは笑顔でそう言うと、なにかを思いだし話し始めた。

「孤児院にいたころ、とても可愛らしいお嬢さんに会いました。彼女が可愛くて、いつも一緒にいたいと思ったほどです」

「まぁ、初恋ですの?」

 ルーファスは苦笑した。

「そうなのですが、当時の私は今よりさらに鈍感な子どもだったので、その感情がなんなのかさっぱりわかっていませんでした」

「可愛らしいですわね」

 頷くとルーファスは話を続ける。

「あとで初恋だと気づいたのですが、そのときには友人に先を越されていました。ですが、私にはとても大切な思い出なのです」

「素敵な思いでですわね」

 ルーファスはアルメリアをじっと見つめ微笑んだ。




 数日後、ムスカリの誕生日一週間を切ったころにプレゼントするキットが出来上がってきた。
 アルメリアはジムに丁寧に取り扱いの説明を受けると、国王陛下へ麻疹に罹患りかんしたのでムスカリの誕生会には出席できないと伝言し、自室に引きこもり時計の説明書の作成に取りかかった。

 麻疹に罹患りかんすれば二週間は部屋から出られない。せっかくなので自室でゆっくりすることにした。

 自室での説明書の作成には数日を費やした。やっと完成し、明日からは読書でもして過ごそうと思いながら、思い切り伸びをした。

 気づけば今日はムスカリの誕生日である。今頃準備に追われているだろうムスカリとダチュラのことを考える。

 ダチュラの噂を信じるなら彼女が妃になるのには反対だった。だが、もしそうだとしてもあのムスカリがダチュラに影響され政をないがしろにするとは思えず、案外上手くやっていくような気がした。
 ならば、あとはスカビオサさえなんとかすればすべて上手くまとまるように思えてきた。

 そんなことを考えていると、ペルシックが顔をこわばらせながら部屋へ入ってきた。

 アルメリアはその様子を見て嫌な予感がした。

「爺、なんですの?」

「それが、お客様が……」

 いいかけたペルシックの背後にムスカリが立っていた。

 アルメリアは慌てて立ち上がり、公式のお見舞いの訪問かと思い、カーテシーをする。

「アルメリア、これは非公式だからかまわない」

 そう言われアルメリアは下げていた頭を上げると、ムスカリに質問する。

「殿下が屋敷にこられるなんて、一体どうなさったのですか? それに、今日は殿下にとって大切な日のはずです。お時間は大丈夫なのですか?」

「そうだ、誕生日という大切な日に大切な人と過ごすために私は今ここにいる。時間はたっぷりあるから、かまわない」

 ムスカリの言っている意味がわからずに、アルメリアは混乱した。

「あの、これから誕生会があるはずですわよね? 今日は殿下のお誕生日で間違いありませんわよね?」

「もちろん、自分の誕生日だからここにいると言っているだろう?」

 戸惑っているアルメリアに、ムスカリは優しく言った。

「説明をするから、とにかく座らないか?」

 そう言われ、アルメリアが慌てて椅子へ座るように促すと二人とも腰かける。混乱しているアルメリアとは対照的に、ムスカリは落ち着いた様子でアルメリアの部屋を見回す。

「とてもシンプルで、かつ機能的な部屋だね。君らしい素晴らしい部屋だ」

「お褒めいただき、ありがとう存じます……」

 まだこの事態が飲み込めていないアルメリアは、ぼんやりしながらそう答えるのがやっとだった。
 そんなアルメリアの様子を見てムスカリは言った。

「さて、あんまり君を困惑させたままにするのは申し訳ないから、ここらでネタばらしをしよう。実はね、君が麻疹になってから一日遅れで私も麻疹になってしまってね。誕生会は中止になった」

 説明されても、ムスカリの言っていることが理解できないアルメリアは呆気に取られた。

「えっ? あの、意味がわかりませんわ。どういうことですの?」

 その問いに、嬉しそうにムスカリは答える。

「だから、私も麻疹に罹ったということにした。大丈夫、君が私にうつしたということにはならない。なぜなら母が最初に麻疹に罹り、それを私にうつし、そして君へうつしてしまったようなのでね」

 アルメリアは呆然とした。この王子一体なにを言っているの? と、まるで珍獣を見るような目でムスカリを見る。

 そしてそのとき、驚きで止まってしまっていたアルメリアの思考回路がやっと動き始めた。

「殿下、それではまるでわたくしと殿下が会っていたように思われてしまいますわ」

「そうだろうね、会っていたことになるだろう。それも公の場ではない場所でね」

 やられた!!

 正直にアルメリアはそう思った。アルメリアがムスカリの顔を見ると、嬉しそうに微笑み言った。

「私はかねてから自分の誕生日を、あのように盛大に祝ってほしいとは思っていなかった。そんなときに君が言ったんだ『わたくしは麻疹にかかってしまって出席できそうにありません。本当に残念です』とね。なるほど、と思ったものだ」

 アルメリアはそのときのことを思い出していた。ムスカリが誕生会のことを切り出そうとしたタイミングで、ムスカリが『いない存在』だというのを利用し先手を打って参加をお断りしたはずだった。

 アルメリアは逆にそれを利用されたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

処理中です...