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第百三十二話 ムスカリの甘い罠
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なんとなくしょんぼりしているアルメリアに気づくと、ルーファスは言った。
「そういえば、貴女に就職先をお世話していただいたキャサリンですが、とても楽しく仕事をしているようですよ。たまに孤児院へ戻ってくるのですが、以前と表情が違います。だいぶ垢抜けて、笑顔も増えました。これもすべて貴女のお陰なのですよ」
「そうなんですの、よかったですわ」
アルメリアは、自分のやったことが少しは他人を幸せにできているのだと思うと嬉しくなった。
そんなアルメリアの様子を見ながら、続けてルーファスは言った。
「私も孤児院出身なので、キャサリンの気持ちはわかります。今まで共用だったものが自分専用になったり、賃金で好きなものを買ったり」
その話を聞いて、先日の祝祭の日の演劇の衣装合わせのときに、ルーファスが貴族の服を久しぶりに着たと言っていたのを思い出した。
「ルフスも孤児院に? では、そのあとどこかの貴族へ養子へ?」
そう聞いたあと、失礼な質問をしてしまったと慌てる。
「ごめんなさい、無神経な質問でしたわ」
「かまいませんよ。そうですね物心つかぬうちに両親が亡くなったので、孤児院へ入っていましたが、そのあと貴族の家に引き取られました。ですが、近所の教会にお世話になるうちに信仰に目覚め、現在にいたっています」
「ご両親が……。それはつらかったですわね」
アルメリアがそう言って悲しげな表情を見せると、ルーファスはにこりと微笑む。
「そんなに気を使わないでください。孤児院での生活はとても楽しいものでしたから、良い思い出なのです」
ルーファスは笑顔でそう言うと、なにかを思いだし話し始めた。
「孤児院にいたころ、とても可愛らしいお嬢さんに会いました。彼女が可愛くて、いつも一緒にいたいと思ったほどです」
「まぁ、初恋ですの?」
ルーファスは苦笑した。
「そうなのですが、当時の私は今よりさらに鈍感な子どもだったので、その感情がなんなのかさっぱりわかっていませんでした」
「可愛らしいですわね」
頷くとルーファスは話を続ける。
「あとで初恋だと気づいたのですが、そのときには友人に先を越されていました。ですが、私にはとても大切な思い出なのです」
「素敵な思いでですわね」
ルーファスはアルメリアをじっと見つめ微笑んだ。
数日後、ムスカリの誕生日一週間を切ったころにプレゼントするキットが出来上がってきた。
アルメリアはジムに丁寧に取り扱いの説明を受けると、国王陛下へ麻疹に罹患したのでムスカリの誕生会には出席できないと伝言し、自室に引きこもり時計の説明書の作成に取りかかった。
麻疹に罹患すれば二週間は部屋から出られない。せっかくなので自室でゆっくりすることにした。
自室での説明書の作成には数日を費やした。やっと完成し、明日からは読書でもして過ごそうと思いながら、思い切り伸びをした。
気づけば今日はムスカリの誕生日である。今頃準備に追われているだろうムスカリとダチュラのことを考える。
ダチュラの噂を信じるなら彼女が妃になるのには反対だった。だが、もしそうだとしてもあのムスカリがダチュラに影響され政をないがしろにするとは思えず、案外上手くやっていくような気がした。
ならば、あとはスカビオサさえなんとかすればすべて上手くまとまるように思えてきた。
そんなことを考えていると、ペルシックが顔をこわばらせながら部屋へ入ってきた。
アルメリアはその様子を見て嫌な予感がした。
「爺、なんですの?」
「それが、お客様が……」
いいかけたペルシックの背後にムスカリが立っていた。
アルメリアは慌てて立ち上がり、公式のお見舞いの訪問かと思い、カーテシーをする。
「アルメリア、これは非公式だからかまわない」
そう言われアルメリアは下げていた頭を上げると、ムスカリに質問する。
「殿下が屋敷にこられるなんて、一体どうなさったのですか? それに、今日は殿下にとって大切な日のはずです。お時間は大丈夫なのですか?」
「そうだ、誕生日という大切な日に大切な人と過ごすために私は今ここにいる。時間はたっぷりあるから、かまわない」
ムスカリの言っている意味がわからずに、アルメリアは混乱した。
「あの、これから誕生会があるはずですわよね? 今日は殿下のお誕生日で間違いありませんわよね?」
「もちろん、自分の誕生日だからここにいると言っているだろう?」
戸惑っているアルメリアに、ムスカリは優しく言った。
「説明をするから、とにかく座らないか?」
そう言われ、アルメリアが慌てて椅子へ座るように促すと二人とも腰かける。混乱しているアルメリアとは対照的に、ムスカリは落ち着いた様子でアルメリアの部屋を見回す。
「とてもシンプルで、かつ機能的な部屋だね。君らしい素晴らしい部屋だ」
「お褒めいただき、ありがとう存じます……」
まだこの事態が飲み込めていないアルメリアは、ぼんやりしながらそう答えるのがやっとだった。
そんなアルメリアの様子を見てムスカリは言った。
「さて、あんまり君を困惑させたままにするのは申し訳ないから、ここらでネタばらしをしよう。実はね、君が麻疹になってから一日遅れで私も麻疹になってしまってね。誕生会は中止になった」
説明されても、ムスカリの言っていることが理解できないアルメリアは呆気に取られた。
「えっ? あの、意味がわかりませんわ。どういうことですの?」
その問いに、嬉しそうにムスカリは答える。
「だから、私も麻疹に罹ったということにした。大丈夫、君が私にうつしたということにはならない。なぜなら母が最初に麻疹に罹り、それを私にうつし、そして君へうつしてしまったようなのでね」
アルメリアは呆然とした。この王子一体なにを言っているの? と、まるで珍獣を見るような目でムスカリを見る。
そしてそのとき、驚きで止まってしまっていたアルメリアの思考回路がやっと動き始めた。
「殿下、それではまるで私と殿下が会っていたように思われてしまいますわ」
「そうだろうね、会っていたことになるだろう。それも公の場ではない場所でね」
やられた!!
正直にアルメリアはそう思った。アルメリアがムスカリの顔を見ると、嬉しそうに微笑み言った。
「私はかねてから自分の誕生日を、あのように盛大に祝ってほしいとは思っていなかった。そんなときに君が言ったんだ『私は麻疹にかかってしまって出席できそうにありません。本当に残念です』とね。なるほど、と思ったものだ」
アルメリアはそのときのことを思い出していた。ムスカリが誕生会のことを切り出そうとしたタイミングで、ムスカリが『いない存在』だというのを利用し先手を打って参加をお断りしたはずだった。
アルメリアは逆にそれを利用されたのだ。
「そういえば、貴女に就職先をお世話していただいたキャサリンですが、とても楽しく仕事をしているようですよ。たまに孤児院へ戻ってくるのですが、以前と表情が違います。だいぶ垢抜けて、笑顔も増えました。これもすべて貴女のお陰なのですよ」
「そうなんですの、よかったですわ」
アルメリアは、自分のやったことが少しは他人を幸せにできているのだと思うと嬉しくなった。
そんなアルメリアの様子を見ながら、続けてルーファスは言った。
「私も孤児院出身なので、キャサリンの気持ちはわかります。今まで共用だったものが自分専用になったり、賃金で好きなものを買ったり」
その話を聞いて、先日の祝祭の日の演劇の衣装合わせのときに、ルーファスが貴族の服を久しぶりに着たと言っていたのを思い出した。
「ルフスも孤児院に? では、そのあとどこかの貴族へ養子へ?」
そう聞いたあと、失礼な質問をしてしまったと慌てる。
「ごめんなさい、無神経な質問でしたわ」
「かまいませんよ。そうですね物心つかぬうちに両親が亡くなったので、孤児院へ入っていましたが、そのあと貴族の家に引き取られました。ですが、近所の教会にお世話になるうちに信仰に目覚め、現在にいたっています」
「ご両親が……。それはつらかったですわね」
アルメリアがそう言って悲しげな表情を見せると、ルーファスはにこりと微笑む。
「そんなに気を使わないでください。孤児院での生活はとても楽しいものでしたから、良い思い出なのです」
ルーファスは笑顔でそう言うと、なにかを思いだし話し始めた。
「孤児院にいたころ、とても可愛らしいお嬢さんに会いました。彼女が可愛くて、いつも一緒にいたいと思ったほどです」
「まぁ、初恋ですの?」
ルーファスは苦笑した。
「そうなのですが、当時の私は今よりさらに鈍感な子どもだったので、その感情がなんなのかさっぱりわかっていませんでした」
「可愛らしいですわね」
頷くとルーファスは話を続ける。
「あとで初恋だと気づいたのですが、そのときには友人に先を越されていました。ですが、私にはとても大切な思い出なのです」
「素敵な思いでですわね」
ルーファスはアルメリアをじっと見つめ微笑んだ。
数日後、ムスカリの誕生日一週間を切ったころにプレゼントするキットが出来上がってきた。
アルメリアはジムに丁寧に取り扱いの説明を受けると、国王陛下へ麻疹に罹患したのでムスカリの誕生会には出席できないと伝言し、自室に引きこもり時計の説明書の作成に取りかかった。
麻疹に罹患すれば二週間は部屋から出られない。せっかくなので自室でゆっくりすることにした。
自室での説明書の作成には数日を費やした。やっと完成し、明日からは読書でもして過ごそうと思いながら、思い切り伸びをした。
気づけば今日はムスカリの誕生日である。今頃準備に追われているだろうムスカリとダチュラのことを考える。
ダチュラの噂を信じるなら彼女が妃になるのには反対だった。だが、もしそうだとしてもあのムスカリがダチュラに影響され政をないがしろにするとは思えず、案外上手くやっていくような気がした。
ならば、あとはスカビオサさえなんとかすればすべて上手くまとまるように思えてきた。
そんなことを考えていると、ペルシックが顔をこわばらせながら部屋へ入ってきた。
アルメリアはその様子を見て嫌な予感がした。
「爺、なんですの?」
「それが、お客様が……」
いいかけたペルシックの背後にムスカリが立っていた。
アルメリアは慌てて立ち上がり、公式のお見舞いの訪問かと思い、カーテシーをする。
「アルメリア、これは非公式だからかまわない」
そう言われアルメリアは下げていた頭を上げると、ムスカリに質問する。
「殿下が屋敷にこられるなんて、一体どうなさったのですか? それに、今日は殿下にとって大切な日のはずです。お時間は大丈夫なのですか?」
「そうだ、誕生日という大切な日に大切な人と過ごすために私は今ここにいる。時間はたっぷりあるから、かまわない」
ムスカリの言っている意味がわからずに、アルメリアは混乱した。
「あの、これから誕生会があるはずですわよね? 今日は殿下のお誕生日で間違いありませんわよね?」
「もちろん、自分の誕生日だからここにいると言っているだろう?」
戸惑っているアルメリアに、ムスカリは優しく言った。
「説明をするから、とにかく座らないか?」
そう言われ、アルメリアが慌てて椅子へ座るように促すと二人とも腰かける。混乱しているアルメリアとは対照的に、ムスカリは落ち着いた様子でアルメリアの部屋を見回す。
「とてもシンプルで、かつ機能的な部屋だね。君らしい素晴らしい部屋だ」
「お褒めいただき、ありがとう存じます……」
まだこの事態が飲み込めていないアルメリアは、ぼんやりしながらそう答えるのがやっとだった。
そんなアルメリアの様子を見てムスカリは言った。
「さて、あんまり君を困惑させたままにするのは申し訳ないから、ここらでネタばらしをしよう。実はね、君が麻疹になってから一日遅れで私も麻疹になってしまってね。誕生会は中止になった」
説明されても、ムスカリの言っていることが理解できないアルメリアは呆気に取られた。
「えっ? あの、意味がわかりませんわ。どういうことですの?」
その問いに、嬉しそうにムスカリは答える。
「だから、私も麻疹に罹ったということにした。大丈夫、君が私にうつしたということにはならない。なぜなら母が最初に麻疹に罹り、それを私にうつし、そして君へうつしてしまったようなのでね」
アルメリアは呆然とした。この王子一体なにを言っているの? と、まるで珍獣を見るような目でムスカリを見る。
そしてそのとき、驚きで止まってしまっていたアルメリアの思考回路がやっと動き始めた。
「殿下、それではまるで私と殿下が会っていたように思われてしまいますわ」
「そうだろうね、会っていたことになるだろう。それも公の場ではない場所でね」
やられた!!
正直にアルメリアはそう思った。アルメリアがムスカリの顔を見ると、嬉しそうに微笑み言った。
「私はかねてから自分の誕生日を、あのように盛大に祝ってほしいとは思っていなかった。そんなときに君が言ったんだ『私は麻疹にかかってしまって出席できそうにありません。本当に残念です』とね。なるほど、と思ったものだ」
アルメリアはそのときのことを思い出していた。ムスカリが誕生会のことを切り出そうとしたタイミングで、ムスカリが『いない存在』だというのを利用し先手を打って参加をお断りしたはずだった。
アルメリアは逆にそれを利用されたのだ。
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