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第百二十一話 罠

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 城下へ戻ると、アウルスは皇帝の命を受けてしばらくクンシラン領に待機することになったという名目で、そのまま城下に留まった。
 おそらく周囲の者には、それは表向きの話であって裏では皇帝の命令により、アウルスがなにかを調べているというのはばれているだろう。
 だが、そうして怪しまれていた方が、アウルス自身が皇帝だと気づかれる心配がないので動きやすいようだった。

 アルメリアも、アウルスがなにを調べようとしているのか知らなかったが、忙しくしていたためそれに気を回す余裕はなく、アウルスにそれを聞くこともしなかった。

 このころヒフラで自警団を独立させる試みが、なんとか形になってきたと報告を受けていた。
 イーデンはまず自警団をしっかり組織化し、位と階級を作り、それに準じた役割を与え、団員には徹底的に防衛の技術を叩き込んだ。
 そして、誇りをもって職務につけるように徹底的に教育したようだった。
 そうして団員が育ってきた今、とりあえずその新しい自警団にヒフラを任せてみて、しっかり機能するか確認してみるとのことだった。

 正直そこまで期待をしていなかったアルメリアは、報告書に目を通すととても驚いた。


 そこでアルメリアはあることを考えた。まだ今の段階で、他の村で自警団の独立をするつもりはない。
 だとすると、その間イーデンはなにもせずに、自警団をただただ観察しているだけになる。
 こんなにも有能な人物を、そのまま放っておくのは宝の持ち腐れである。

 そこで、彼がもと帝国兵だというのを利用して、ローズクリーンに潜入できないかと考えたのだ。

 ローズクリーン貿易はなぜかとても帝国のことを知りたがっているという。ならば、潜入してもらうのに元帝国兵と言うのはうってつけではないか。

 アルメリアは早速イーデンに、一度城下へ来るように手紙を書き急いで届けるように指示した。




 アルメリアの執務室へ訪れたムスカリと久しぶりに再開すると、ムスカリは微笑んで言った。

「君は海でも、大層活躍したそうだね」

「いいえ、それほどでもありませんわ」

 そう答えて苦笑した。

 ナイト爵をヘンリーに与えたり、ヘンリーの冤罪を晴らしたのはアドニスであり、それがどう伝わってしまったのかと不思議に思った。

わたくしは商品の開発をしただけで、結局なんの役にも立ちませんでしたわ」

「本当にそう思っているのか? 手を焼いていたあの海賊を手懐け懐刀としてしまったうえに、これから砂糖がロベリアで容易に手に入るようになったのだろう? それは君の功績だ」

「大袈裟ですわ、それはいずれ誰かが成していたことですもの。それより、港で少し不穏な動きがあって、わたくしそれを早急に殿下にご報告申し上げなければと思いましたの」

 ムスカリは真剣な顔をした。

「君がそう言うのだから、大切なことなのだろう? 人払いをした方がよさそうか?」

「はい、できれば」

 ムスカリは頷くと、自分の連れてきた執事に人払いを指示した。

 人払いがすむと、ムスカリはアルメリアに尋ねる。

「よい話だといいのだが、こうして話すのだからそんな訳はないな」

 そう言って苦笑する。それを受けてアルメリアも苦笑して返すと口を開いた。

「ことの発端はヘンリーがツルス港付近で、不審船を発見したことから始まりましたの」

 そうしてアルメリアはことのあらましを説明した。ローズクリーンが絡んでいることまでは話したが、その後ろにチューベローズがいるようだとまでは説明しなかった。

 なぜこの件をアルメリアがムスカリに話したかと言うと、その拿捕された船の乗組員がアンジートランスポートを名乗ったからだった。

 アルメリアの管轄する海域内で拿捕された不審船が、アンジートランスポートを名乗ったのにそのままなにもせずにいれば、いずれこの件が表に出たときに隠蔽したと言われかねない。というか、これは最初からそれを目的とした罠なのではないかとアルメリアは疑っていた。なので、先手を打ってムスカリに報告だけでもしておく必要があったのだ。

「乗組員を捕らえております。わたくしたちも彼らを尋問する予定ですけれど、殿下もお調べになりたければ、わたくしのところから引き渡してもかまいませんわ」

 するとムスカリはふっと笑った。

「その者たちは私のところにきたあと、君がどれだけ情の深い人間なのかを知るだろうな」

 そう言うと、少し考えてから言った。

「君のところで十分に尋問したのちに、私のところに寄越してくれ。君のところで証言した内容を確認する。アンジートランスポートを名乗っているからには最初から私のところへ引き渡すと、彼らはきっと君に不利になることばかりを言って話しにならないだろうしね」

 そう言うと、アルメリアをまじまじと見つめる。

「殿下、どうなさいましたの?」

「私自身が心から大切に思っている女性でなければ、君を女性にしておくのは勿体ないと思っただろう。君は大臣となり私の腹心になったに違いない。そして間違いなく歴史にその名を刻んだだろう」

「殿下、買い被りすぎですわそんな歴史に名を刻むなんて……」

 あり得ませんわ。と、続けようとしてムスカリが心から大切に思っていると言ったことに気づき、恥ずかしくなり俯いた。

 ムスカリは満足そうに言う。

「君のその照れた顔が見れただけで、私は嬉しいよ。本当に愛らしいね」

 アルメリアは慌てて言い返す。

「殿下、今は大切なお話をしているときですのに、冗談はいけませんわ」

「君は冗談にしたいかもしれないが、私は以前言った通り本気だ」

 その言葉に、静かに横で話を聞いていたリカオンがピクリと反応した。
 それに気づいたムスカリはリカオンに言う。

「そうだ、リカオン。お前が以前アルメリアの不在時に皆の前で報告してくれた通り『アルメリアは大前提として、自分はぜったいに好かれてないと思って動いている』という話、あれは本当のことであったな」

 そう言われても、リカオンは顔色一つ変えずに黙って頷いた。

「リカオン、貴男はそんな分析をして報告してましたのね?」

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