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第九十四話 夢の終焉
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丘の上につくと、アウルスに訊いた。
「ここですの?」
その当たりは丘陵となっており、なだらかな起伏がとても美しい景観を生み出していた。アウルスは、アルメリアを降ろし地面に立たせると微笑む。
「確かに今のこの景色も美しいね。だが、私が見せたい景色は、まだ見ることができない」
そう言うと、そこにある大木の幹を叩き上を見上げる。
「この木、確か上に登って座れる幹があったはずなんだが」
アルメリアも見上げると、確かにそう高くない位置に、座ることができそうな太い枝が横に延びている。
「これに登るんですの?」
「そうだ私が抱える。無理はしなくていい」
そう言ってアウルスは、アルメリアの足元をつかんで高く持ち上げた。
「えっ?!」
アルメリアは慌てて木の枝に捕まる。アウルスは下からアルメリアの足を更に上に押し上げた。
「大丈夫か? 登れそうか?」
「大丈夫ですわ! 私これでも昔は木登り得意でしたのよ」
そんな冗談を言いながらなんとか枝の上によじ登り、枝の上に腰掛けた。改めて周囲を見渡すと、緑が美しい丘陵が遥か向こうまで続いている。
「本当に美しいですわね」
そう言いながら、あとから登ってくるアウルスの腕を掴んだ。アウルスは、その手を掴みひょいと枝の上に登るとアルメリアの横へ腰掛けた。
「そうだな。ここの景色はいつ見ても美しい」
その言葉にアルメリアは反応した。
「以前にもクンシラン領に来たことがありますの?」
「あぁ、もちろんお忍びでね。君には済まないが、ここはのどかで平和な田舎町だからお忍びで国境を超えやすい」
その返答に、アルメリアは思わず声を出して笑った。
「統治しなければならない身分としては、聞き捨てなりませんわね。罰として今後はアズルだけ通行税を徴収いたしますわ?」
「それだけはお許し下さい、領主様」
そう言うとお互いの顔を見合わせ、声を出して笑った。
「会えなくなると思うと、寂しくなりますわね」
そう言って、悲しそうに微笑むアルメリアに、アウルスは微笑み返す。
「いや、またすぐに会えるだろう。それに私も君に会いに行くよ」
「本当ですの?」
「本当だ、約束する」
アウルスはそう言うと、真剣な眼差しでアルメリアを見つめた。そんなアウルスにアルメリアは茶化すように返した。
「絶対ですわよ?」
そう言って、イタズラっぽく微笑んだ。
アウルスは皇帝である。そんなに簡単に、アルメリアが会える身分ではないことぐらいわかっていた。もしかすると、もう二度と会えないかもしれないし、もし会えたとしてもそのときアウルスは玉座に腰掛け、アルメリアがおいそれと口をきける相手ではなくなっているのは確かだろう。
アウルスがどんなに優しくしようとも、公の場ではしっかり立場をわきまえて接しなければならない。
そんなことを考えていると、アウルスが前方を指差した。
「ほら、見てごらん。日が沈むときに、ところどころ夕日に照らされた鮮やかなオレンジと、鮮やかな緑とのコントラストができてとても美しいんだ」
アルメリアはアウルスの指差した面前の素晴らしい景色に目を向け息を呑んだ。この場所をよく知っているはずだったが、夕陽に照らされるだけでこんなにも美しい景色に変るとは驚きだった。
「夕陽に照らされて、光と影とでこんなに神秘的な景色になるんですのね」
「私はずっと、ここで君と一緒にこの景色を見たいと思っていた」
二人はお互い無言で見つめ合った。アルメリアは泣きそうになった。これが別れになると思うと悲しくて仕方がなかったが、この別れは仕方のないことなのだと内心自分に言い聞かせて微笑むと、視線を前方に移しその景色を脳裏に焼き付けた。
屋敷へ帰る道すがら、夜空の星を見ながら暗闇が危ないからと二人、手を繋いでゆっくりと歩いた。アルメリアはこのままずっとこうして歩いていたかった。
屋敷に近づくと、人が立っているのが見え身構えた。
「陛下!」
それはアウルスの部下のようだった。彼はこちらに駆け寄って急いでアウルスに報告し始めた。
「陛下、お嬢様が」
そこまで言いかけると、アルメリアの存在に気づいたようで、続きの報告はアウルスに耳打ちした。だが、その報告にアウルスが慌てているのはわかった。
「シェフレラの身体は大丈夫なのか?!」
「はい、ですが至急お戻りになられた方が」
そう言われアウルスはアルメリアを振り返ると、申し訳無さそうに言った。
「すまない、私も早急に帝国へ戻らなければならなくなった。君のことはこの者に屋敷まで送らせるから安心してくれ」
ここでお別れなのだ。そう思いながらアルメリアは首を振る。
「気にしなくて大丈夫ですわ。急用なんですもの」
「すまない」
そう言って、アウルスはアルメリアの手の甲にキスをすると、微笑み背中を向け歩き始めた。が、二、三歩踏み出すと突然立ち止まり、振り向くとこちらへ戻ってくると、アルメリアの面前に立った。アルメリアは不思議に思いアウルスをじっと見つめる。アウルスは少し照れくさそうに、左耳からピアスを外すと、それをアルメリアの右耳に着けた。
「これを君に持っていて欲しい」
それは大粒のパパラチアサファイアのピアスだった。ピアスを着けたアルメリアを見つめると、アウルスは満足そうに微笑んで言った。
「では行ってくる」
そう言って暗闇に駆けていった。アルメリアはそのピアスに触れながらアウルスの背中に向かって、この宝石の意味は? 貴男が急に国へ帰ることを即決するほどの、シェフレラという女性は貴男にとってどんな存在ですの? と、心の中で問いかけた。
屋敷に戻り、ペルシックに明後日にはヒフラを発つことを伝えると使用人たちは準備を急いだ。
そんな使用人たちをよそにぼんやりしながら部屋へ戻ると、自分が思った以上に落ち込んでいることに気がついた。会えなくなったこともつらかったが、それよりもシェフレラという存在が、アルメリアの心に大きな影を落としていた。アウルスに素敵な女性がいると、なぜ自分は考え及ばなかったのかと酷く落ち込む。だが、アウルスにそんなに大切な存在が居ると知ったのが、アウルスをもっと好きになってしまう前で良かった。と思った。
そうして、考えているうちにシェフレラとはイセンアウルスが初恋の話をしたときに言っていた、初恋の貴族令嬢なのではないかとまで考えた。アウルスは皇帝である。自分が気に入った女性、しかも恋い焦がれた女性を手に入れない訳がないのだ。
「ここですの?」
その当たりは丘陵となっており、なだらかな起伏がとても美しい景観を生み出していた。アウルスは、アルメリアを降ろし地面に立たせると微笑む。
「確かに今のこの景色も美しいね。だが、私が見せたい景色は、まだ見ることができない」
そう言うと、そこにある大木の幹を叩き上を見上げる。
「この木、確か上に登って座れる幹があったはずなんだが」
アルメリアも見上げると、確かにそう高くない位置に、座ることができそうな太い枝が横に延びている。
「これに登るんですの?」
「そうだ私が抱える。無理はしなくていい」
そう言ってアウルスは、アルメリアの足元をつかんで高く持ち上げた。
「えっ?!」
アルメリアは慌てて木の枝に捕まる。アウルスは下からアルメリアの足を更に上に押し上げた。
「大丈夫か? 登れそうか?」
「大丈夫ですわ! 私これでも昔は木登り得意でしたのよ」
そんな冗談を言いながらなんとか枝の上によじ登り、枝の上に腰掛けた。改めて周囲を見渡すと、緑が美しい丘陵が遥か向こうまで続いている。
「本当に美しいですわね」
そう言いながら、あとから登ってくるアウルスの腕を掴んだ。アウルスは、その手を掴みひょいと枝の上に登るとアルメリアの横へ腰掛けた。
「そうだな。ここの景色はいつ見ても美しい」
その言葉にアルメリアは反応した。
「以前にもクンシラン領に来たことがありますの?」
「あぁ、もちろんお忍びでね。君には済まないが、ここはのどかで平和な田舎町だからお忍びで国境を超えやすい」
その返答に、アルメリアは思わず声を出して笑った。
「統治しなければならない身分としては、聞き捨てなりませんわね。罰として今後はアズルだけ通行税を徴収いたしますわ?」
「それだけはお許し下さい、領主様」
そう言うとお互いの顔を見合わせ、声を出して笑った。
「会えなくなると思うと、寂しくなりますわね」
そう言って、悲しそうに微笑むアルメリアに、アウルスは微笑み返す。
「いや、またすぐに会えるだろう。それに私も君に会いに行くよ」
「本当ですの?」
「本当だ、約束する」
アウルスはそう言うと、真剣な眼差しでアルメリアを見つめた。そんなアウルスにアルメリアは茶化すように返した。
「絶対ですわよ?」
そう言って、イタズラっぽく微笑んだ。
アウルスは皇帝である。そんなに簡単に、アルメリアが会える身分ではないことぐらいわかっていた。もしかすると、もう二度と会えないかもしれないし、もし会えたとしてもそのときアウルスは玉座に腰掛け、アルメリアがおいそれと口をきける相手ではなくなっているのは確かだろう。
アウルスがどんなに優しくしようとも、公の場ではしっかり立場をわきまえて接しなければならない。
そんなことを考えていると、アウルスが前方を指差した。
「ほら、見てごらん。日が沈むときに、ところどころ夕日に照らされた鮮やかなオレンジと、鮮やかな緑とのコントラストができてとても美しいんだ」
アルメリアはアウルスの指差した面前の素晴らしい景色に目を向け息を呑んだ。この場所をよく知っているはずだったが、夕陽に照らされるだけでこんなにも美しい景色に変るとは驚きだった。
「夕陽に照らされて、光と影とでこんなに神秘的な景色になるんですのね」
「私はずっと、ここで君と一緒にこの景色を見たいと思っていた」
二人はお互い無言で見つめ合った。アルメリアは泣きそうになった。これが別れになると思うと悲しくて仕方がなかったが、この別れは仕方のないことなのだと内心自分に言い聞かせて微笑むと、視線を前方に移しその景色を脳裏に焼き付けた。
屋敷へ帰る道すがら、夜空の星を見ながら暗闇が危ないからと二人、手を繋いでゆっくりと歩いた。アルメリアはこのままずっとこうして歩いていたかった。
屋敷に近づくと、人が立っているのが見え身構えた。
「陛下!」
それはアウルスの部下のようだった。彼はこちらに駆け寄って急いでアウルスに報告し始めた。
「陛下、お嬢様が」
そこまで言いかけると、アルメリアの存在に気づいたようで、続きの報告はアウルスに耳打ちした。だが、その報告にアウルスが慌てているのはわかった。
「シェフレラの身体は大丈夫なのか?!」
「はい、ですが至急お戻りになられた方が」
そう言われアウルスはアルメリアを振り返ると、申し訳無さそうに言った。
「すまない、私も早急に帝国へ戻らなければならなくなった。君のことはこの者に屋敷まで送らせるから安心してくれ」
ここでお別れなのだ。そう思いながらアルメリアは首を振る。
「気にしなくて大丈夫ですわ。急用なんですもの」
「すまない」
そう言って、アウルスはアルメリアの手の甲にキスをすると、微笑み背中を向け歩き始めた。が、二、三歩踏み出すと突然立ち止まり、振り向くとこちらへ戻ってくると、アルメリアの面前に立った。アルメリアは不思議に思いアウルスをじっと見つめる。アウルスは少し照れくさそうに、左耳からピアスを外すと、それをアルメリアの右耳に着けた。
「これを君に持っていて欲しい」
それは大粒のパパラチアサファイアのピアスだった。ピアスを着けたアルメリアを見つめると、アウルスは満足そうに微笑んで言った。
「では行ってくる」
そう言って暗闇に駆けていった。アルメリアはそのピアスに触れながらアウルスの背中に向かって、この宝石の意味は? 貴男が急に国へ帰ることを即決するほどの、シェフレラという女性は貴男にとってどんな存在ですの? と、心の中で問いかけた。
屋敷に戻り、ペルシックに明後日にはヒフラを発つことを伝えると使用人たちは準備を急いだ。
そんな使用人たちをよそにぼんやりしながら部屋へ戻ると、自分が思った以上に落ち込んでいることに気がついた。会えなくなったこともつらかったが、それよりもシェフレラという存在が、アルメリアの心に大きな影を落としていた。アウルスに素敵な女性がいると、なぜ自分は考え及ばなかったのかと酷く落ち込む。だが、アウルスにそんなに大切な存在が居ると知ったのが、アウルスをもっと好きになってしまう前で良かった。と思った。
そうして、考えているうちにシェフレラとはイセンアウルスが初恋の話をしたときに言っていた、初恋の貴族令嬢なのではないかとまで考えた。アウルスは皇帝である。自分が気に入った女性、しかも恋い焦がれた女性を手に入れない訳がないのだ。
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