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第十話 アドニスとの邂逅

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 アルメリアは事業拡大や領地のインフラ整備に日々追われ、社交界に全く顔を出していなかった。そもそも、結婚前の貴族令嬢たちが社交の場に顔を出すのは、結婚相手を探すのが大きな目的である。
 ルク以外との結婚は全く考えていないアルメリアは、社交界に出ることは二の次になっていた。仕事上社交界に顔を出すメリットは大きいが、結婚適齢期に社交界に出れば必ずそういった話しを持ちかけられるだろう。そんなときそれらをうまく断れなければ、今後の商売に影響するおそれもあったからだ。

 もちろんアルメリアは、ルクとの結婚はきっと叶わないということもわかっていた。なのである程度年を重ね誰にも貰い手がなくなるまで待ち、それから社交界に顔を出すようにして、後継ぎは優秀な者を養子にとって後継者をそだてれば良い。そう考えていた。

 そんなこともあり、アルメリアはほとんどの貴族令息と交流はなく、アドニスの顔は知っていたが口を利いたのはこれが初めてだった。

「こんにちは、スペンサー伯爵令息。わたくしになにか御用かしら?」

 アドニスは一礼する。

「クンシラン公爵令嬢、お忙しいところ呼び止めてしまい大変申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか?」

 アルメリアは時間がもったいなかった。

「堅苦しい挨拶は抜きでお願いしますわ、それなら構いません」

 アドニスは驚いた顔をしたが、すぐに微笑み頷く。

「ありがとうございます」

 そして話し始めた。

「先ほど、許可を得るための事業の内容の説明を後ろで拝聴させていただきました。大変素晴らしい内容で驚きました。かねてからクンシラン公爵令嬢が聡明なご令嬢であり、領地内での活躍や……」

 そこでアルメリアは手を上げてアドニスを制した。

「もう少し気安くしてくださって結構ですわ。それにわたくしのことは、ファーストネームで呼んでくださってかまいません。ところでご用件はなんでしょう?」

 アドニスは微笑んだ。

「ありがとうございます。では私のこともファーストネームで呼んでくださると、とても嬉しいです。私は父の仕事を継ごうと思っています。そこでアルメリア、貴女の事業内容を実際に見せていただいて、勉強したいのです」

 アルメリアは少し考えて、頷いた。これはチャンスかもしれない。

「もちろん、それはかまいませんわ。その代わりと言ってはなんですが、わたくしは事業については素人から始めました。アドニスのようにしっかり基礎を学んでいません。なので見学して率直な意見とアドバイスを下さるかしら」

 アドニスはアルメリアに近づくと手をとり、指先にキスをして心底嬉しそうな顔をした。

「絶対に断られると思っていました。諦めずに訊いて良かった。では、今日これからでもかまいませんか?」

 アルメリアはアドニスの積極性に驚いたが、子供のように瞳を輝かせている彼を見て思わず苦笑した。するとアドニスは慌てて、つかんでいたアルメリアの手を離した。

「すみません、これからなんて図々しいお願いでした、申し訳ありません」

 アルメリアは首を振ると

「いいえ、今日これからでかまいませんわ。では参りましょう」

 そう言って、手を差し出した。アドニスは満面の笑みを浮かべ恭しくその手を取り、アルメリアをエントランスまでエスコートした。

「一度貴女にお会いして話をしてみたいとずっと思っていました。ですが、貴女はお忙しい方ですから社交の場にもおいでにならなかったので、今日は貴女に会えて領地の案内までしていただけるなんて、本当に夢のようです」

 アルメリアは適当な相槌をうって世辞を受け流した。アドニスはクンシラン家の馬車の前までエスコートすると立ち止まる。

「私は自分の馬車で後ろから後を追います」

 そう言って一礼した。

 アルメリアはちょうど農園を見に行かなければならなかったので、そのまま今日は農園を案内することにした。
 農園に着くと、アドニスにクンシラン家特製の霧吹きに入ったミント水を渡す。

「お鼻がスースーしますけれど、これを体に振りかけておけば虫除けになりますのよ?」

 そして、農園にいる農夫に手を振る。

「ニック! お疲れ様!」

 遠くの方からニックと呼ばれた農夫が駆け寄る。

「お嬢様! いらしてたんですね」

 アルメリアはニックが来ると、すぐにそばで働いている女性を指差し小声で言った。

「ニック、ニナはいつまで働くつもりですの? 産休に入っている時期ですわよね?」

 ニックは困った顔をした。

「それがニナの奴、お金がないからって休まないんでさぁ」

 アルメリアは顎に手を当てると少し考え、ニックに尋ねる。

「産休手当てと出産手当はしっかり出すと言ったはずよ? 説明していないの?」

 更に困ったような顔で、ニックは頭を掻く。

「もちろん説明したんですがね? ニナの奴信用しないんでさぁ。なんて言っても、あいつはクンシラン領に最近越してきたばかりですからね、お嬢様の言うことを信用できないんでしょう」

 アルメリアは頷いた。

「わかったわ、後でわたくしから話してみます」

 するとニックが、アルメリアの後ろに居るアドニスに視線を向ける。アルメリアはそれに気づくと

「スペンサー伯爵令息よ、今日は農園の見学にいらしたの」

 と、紹介した。そしてニックに耳打ちをする。

「新規事業の顧客になるかもしれないの。失礼のないようにね」

 ニックは帽子をとると、慌ててアドニスに深々と頭を下げた。

「ようこそいらっしゃいました。ここで務めさせていただいております、ニックと申します。何かありましたら、なんでもお申し付け下さい。では、存分に見学していらして下さいませ」

 アドニスがつられて頭を下げると、ニックは微笑んで去って行った。

 アドニスはさっそく質問した。

「サンキュウテアテってなんですか?」

 アルメリアは微笑むと答える。

「ニナは今、妊娠八ヶ月目なんですの。だからお休みを取るように言ってますわ。でもその間お金が稼げないと困るでしょう? だからお休みの間の手当を出しているのですけど、そのことですわ」 
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