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 するとステファンは苦笑する。

「そうは言っても、お前は苦しむ者を目の前にしてそのままにできる娘ではないだろう? 実際に以前もそうだった」

「以前とは、いつのことですの? 大叔母様のことですの?」

「それは王太子殿下に直接訊くといい」

 なぜここでグランツ様が?

 そう思いながら、とりあえずうなずくと言った。

「では、グランツ様もこのことはご存知ですのね」

「そうだ。それ以外にも、何人かの公爵家の者やバルトもこのことを知っている。だが、こんなことが知れ渡ってしまえば我々の命を狙う者や、拐う者も出てくるだろう。だから公にすることはない」

「そうですわね」

 そう答えながら、昔グランツが庭園で精霊の話をしていたことを思い出した。

 あのときグランツは、オルヘルスが精霊の血脈を継ぐものと知っていたから、あんな話をしたのだろう。

「それにしても、|精霊が本当に存在するなんて……」

「私も初めて聞いたときには驚いたものだ。しかも自分の先祖が精霊だというのだからな」

「そうですわね、言われてもまったく実感がありませんけれど」

「そうだろうな。まぁとにかく、その力のことさえわかっていれば、特に生活が変わることもない」

「わかりましたわ」

 話が済むとステファンは立ち上がった。

「さて、私は用事があるから帰らなければ。見送りはいい。お前も信じられないような話を聞いて疲れたろう。ゆっくり休め」

 そう言って屋敷へ戻っていった。

 ステファンが帰ると、オルヘルスは先ほど聞いた内容を思い出していた。

 自分が精霊の血をひいていることや、そんな力があることにも驚いていたが、これで両親が両陛下と親交があった理由がやっとわかった。

 あとは、ステファンが言っていた『以前』のことを、グランツにあったときに直接聞いてみようと思った。





 オルヘルスは、グランツと婚約したことで王宮でお妃教育やらこれから王宮で行われる行事の確認とその準備やリハーサルなど、やらなければならないことが山のようにあった。

 そのせいもあり、以前のようにゆっくりグランツと乗馬の訓練をする時間や一緒にお茶を飲む時間をとることがなかなかできずにいた。

 そんな中、二人の婚約を発表する場が決まった。婚約からちょうど一ヶ月後に舞踏会が開かれ、その場で婚約を発表することになったのだ。

 その準備にも追われ、オルヘルスはますます忙しく過ごすことになった。

 それはグランツも同様だったようで、時折『会いたい』と書いた手紙をくれたがそれが叶うことはなかった。

 オルヘルスはこの間もずっと別荘で生活しており、このまま結婚するまで忙しく過ごすことになるのなら、屋敷へ帰りたいと思っていた。

 そんなオルヘルスの気持ちを知ってか知らずか、エファが屋敷でお茶会を開いてくれることになり、たまの息抜きとしてこれに参加することを許された。

 オルヘルスがお茶会前日の夜に屋敷へ戻ると、エファはエントランスでオルヘルスを出迎え抱きしめた。

「オリ、少し痩せたんじゃない?」

 エファはオルヘルスから少し体を離し、全身を見ると心配そうにそう言って頬をなでた。

「お母様、大丈夫ですわ。忙しいのは覚悟の上ですもの」

「もう、この子ったら。いつも頑張り過ぎなのよ。少し肩の力を抜きなさい。じゃないとこの先が辛くなるわよ? それに、両陛下も王太子殿下もあなたが多少手を抜いても怒ったりしないわよ」

「わかってますわ。でも、できる限りのことはしたいんですの」

「そう、わかったわ。でも、辛いときはそう言いなさい」

「はい」

 オルヘルスがそう答えて微笑むと、エファは安心したようにうなずいた。

 こうしてこの夜は、久しぶりに家族全員で夕食を取り楽しい時間を過ごすことができた。

 四人で食事を取りながら、ステファンやエファはオルヘルスが小さい頃、とてもお転婆だったことを話してくれた。

 そうしてオルヘルスの話をすることで、二人ともオルヘルスの成長を噛みしめているように見えた。

 イーファはそんな両親の話に耳を傾け、時折相槌を打ちオルヘルスはそんないつもの風景を懐かしく、愛おしく思いながら自分の胸に刻み込んだ。

 そして翌朝、ドレスを着替えグランツのタイを巻いていると、エファが部屋へやってきて鏡越しに話しかける。

「エメラルドピアリアドの最中だから、ネックレスは着けられないけれど」

 そう言ってオルガに目配せした。何事だろうとオルガを見つめていると、イヤリングをジュエリートレイに乗せて持ってきた。

 差し出されたトレーを覗き込むとそこにはエメラルドのイヤリングがあった。

「まぁ、素敵なイヤリング」

「これはね、お母様がお父様からプレゼントされたものなんだけれど、娘が生まれたら譲ろうと思ってたものなのよ?」

 そう言ってイヤリングを手に取ると、オルヘルスの耳に付けた。

 オルガはこのプレゼントのことを知っていたのか、今日のドレスはエメラルドグリーンのものを選んでくれていたので、そのドレスにも合っていた。

「よかったわ、とっても似合ってるじゃない」

「でも、お母様の大切なイヤリングですわよね? 本当にわたくしがもらってもいいんですの?」

「もちろんよ。さぁ、もうそろそろ招待客が来る頃だわ。一緒に出迎えましょう」

「はい」

 そうして、オルヘルスはエファと一緒にエントランスでお茶会のホストとして招待客を出迎えた。

 このお茶会には、今まで色々理由をつけてお茶会のお誘いを断っていた貴族たちを中心に招待していた。

 今後のオルヘルスの社交界での立場を考えてのことだろう。

 オルヘルスは精一杯もてなすことに注力し、こういったこともしっかりこなせることを見せつけるとともに、婚約の発表後に健康を理由にしてオルヘルスが王妃として相応しくない等の不満がでないよう、現在は健康を取り戻したことをアピールした。

 そうしながら、エファがそういった申し開きができる場を作ってくれたことにも心から感謝していた。

 それに最近はグランツのお陰で、いつも流行のものに触れている機会が多かったからか、自然と話題には事欠くこともなくいつの間にか招待した夫人たちから羨望の眼差しで見られるようになっていた。

 そうしてお茶会を無事に終わらせようとしていたときだった。ディルクがそっとエファに耳打ちすると、エファが明らかに不機嫌そうな顔をした。

「お母様、どうされましたの?」

 すると困ったようにエファは言った。

「招待状を出してもいないのに、コーニング伯爵令嬢がいらしてるみないなの。それも、なぜか招待状を持っているみたいで……」

 その瞬間、入り口の方から聞き慣れたアリネアの声がした。

「遅れてしまってごめんなさいね。そもそもわたくし他に用事があったんだもの、仕方ないわよね」

 なんて図々しいんだろう。

 そう思い、オルヘルスは一瞬で気分が悪くなった。
  
「遅くなるもなにも、アリネア様には招待状を出しておりませんもの。出口はあちらですわよ?」

 そう答えて、エントランスの方向を指差した。すると、アリネアは不機嫌そうに手に持っている招待状をこちらに見せつけながら言った。

「んまぁ、招待しておいてその態度」
  
 そう言うと、オルヘルスのタイに目を止める。
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