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 オルヘルスがそう言うと、エーリクがあからさまに嬉しそうな顔をしてオルヘルスを指差す。

「みなさん、聞きましたか?! やはりこの女は嘘つきなんですよ!!」

 オルヘルスはそれを無視して指笛を吹いた。

 エーリクは驚いてオルヘルスを見つめていたが、しばらくしてオルヘルスの見つめる先に視線を移す。

 そこにはこちらに向かって駆けて来るスノウがいた。

 スノウはパールドゥクラブの数日前、突然別荘にいるオルヘルスの目の前に姿を現した。

 自力で逃げ出し、オルヘルスを探しあてたのだ。

 あの朝、ユキと馬場へ出たときにスノウの姿を見つけ、驚きと嬉しさでオルヘルスの感情は綯交ぜになった。

 スノウもオルヘルスの姿を見つけると、会いたかったとばかりに駆け寄ってきて悲しげに嘶きしばらくそばを離れようとしなかった。

 オルヘルスもそんなスノウを抱きしめ、しばらく動くことができなかった。

 エーリクは、まさか逃げ出したスノウがオルヘルスのところへ戻っているとは思いもしなかったのだろう。信じられないとばかりに、スノウを凝視した。

 そんなエーリクを横目にオルヘルスはスノウに声を掛ける。

「スノウ、エーリク様があなたを見たいんですって」

 すると、スノウは遠巻きにエーリクの周囲をぐるぐると回って見せたあとオルヘルスの横に並んだ。

 エーリクはしばらく呆然とスノウを見つめていたが、我に返ったかのように言った。

「違う! その馬は数日前に私のもとから逃げ出した馬だ!」

 往生際が悪いと思いながら、オルヘルスはスノウに片足を上げさせた。

「うちの厩舎では、馬蹄に印をつけてますの」

 そう言って内側に入れている印を見せた。それでもエーリクは納得せず、こう言い返した。

「そんなもの、私のところから盗み出してから印をつけたのだろう!」

 そしてスノウに向き直る。

「ほら、アドニス! 私のところに戻ってこい」

 そう叫びながらエーリクがスノウへ近づこうとすると、スノウは少しうしろへ下がり歯をむき出しながら首をふり、前足を軽く上げてエーリクを脅した。

 エーリクが驚いて尻餅をつくと、バルトが手を差し伸べながら言った。

「馬はあなたが思っているよりとても賢い生き物だ。自分の主人に害をなす者がわかるのです。それに私はスノウをよく知っているが、この馬はスノウで間違いない」

 するとエーリクはその手を振り払い、一人で立ち上がりズボンについた土を振り払うとオルヘルスを睨み付けた。

「こんな馬、私の方こそ願い下げだ。まったく懐かないどころか、誰にも触らせもしない。言われなくともこんな馬、お前に返してくれる! 気分が悪い、早く連れて帰ってくれ!」

 唾を撒き散らしながらそう言い放つと、屋敷へ戻っていってしまった。アリネアもそのうしろを追って屋敷へ戻って行き、残された面々は顔を見合わせて苦笑した。

 そこで、気を利かせたバルトが言った。

「ここからなら私の屋敷が近い。どうでしょう、こんなことになってしまったので私の屋敷へ移動しませんか? スノウが我が家に来た時の話しなどさせていただきますよ」

 それを聞いて、みんな嬉しそうに移動を始めた。流石にエーリクも移動していく者たちを引き止めるようなことはなく、全員無事に場所を移しそのあとは和やかに楽しく過ごすことができた。

 こうして無事にこの日を終え、屋敷へ戻るとイーファとグランツがエントランスでオルヘルスを出迎えた。

「オリ、お帰り。今日は立派だった」

 グランツがそう言ってオルヘルスの頭をなでると、イーファも続けて言った。

「一緒に行ったギルから話は聞いている。お前とスノウとの絆があるから今回の事件は無事に解決することができたんだ」

 オルヘルスはそれを聞いて大きくうなずいた。

「お陰でエーリク様がスノウを盗んだと大勢の前で自白させることができましたわ。あれだけ大勢が見ていたのですもの、言い逃れはできないと思いますの。わたくし絶対に許しません」

 それを聞いてグランツもうなずく。

「そうだな。だが、今君がこの件についてエーリクを追い詰めても悲しいかな、爵位の差で有耶無耶にされかねない。この件は君が私と婚約し、君の地位を磐石のものにしてから言及することにしよう」

 そう言われ、エーリクのことだからそれは大いにあり得ると思い、しっかり罰することができるか少し不安になった。

 そんなオルヘルスに気づくと、グランツは微笑んで言った。

「心配する必要はない。実はエーリクたちを包囲する準備は着々と進んでいる。今は私とイーファを信じてほしい」

 もちろんオルヘルスはグランツのことを信じていた。

 そんな気持ちも込め、このときそれをグランツに伝えるためにも勇気を出して名を呼ぶことにした。

 だが、猛烈に恥ずかしくなったオルヘルスは、顔がカッと熱くなってしまいうつむくとなんとか絞り出すようにか細い声で言った。

「わかりましたわ。あの、わ、わたくしわたくしはグランツ様のこと心から信頼してますもの……」

 それを聞いてグランツは、目を見開いてオルヘルスを見つめると手を取った。

「オリ、今なんて? もう一度呼んでくれないか?」

 オルヘルスは恥ずかし過ぎて、グランツと目を合わせることもできずにうつむいたまま呟くように言った。

「グ、グランツ様……」

 だが、グランツの反応がなく不安になって顔を上げると、グランツは熱のこもった眼差しでオルヘルスを見つめていた。

 そして、オルヘルスの肩をつかむとぐっと顔が近づく。オルヘルスはそっと目を閉じた。

 が、どんなに待ってもなんの接触もなく、そっと片目を開けるとイーファがオルヘルスとグランツの間に手を差し込んでいた。

 そして、イーファはグランツに向かって作り笑顔を向ける。

「殿下、いけません。まだ早いです。婚約もしていないのですよ? それに、親族の目の前でそのようなことをなさるなんて」

 グランツは胸ポケットからハンカチを取り出すと、それで唇を拭きながらイーファを睨み付けた。

「変なものに口づけてしまったではないか。そうか、わかった。今度はお前がいないときにしよう」

 それを聞いてイーファはグランツに顔を近づけて言った。

「今後、ふたりきりにはしませんから」

「さぁ、どうかな。はたしてそんなことは可能だろうか」

 グランツはそう答え、にっこりとイーファに微笑みかけるとイーファの背後に視線を移す。

「ステフ、お前も娘が心配で帰ったのか」

 その言葉にイーファがうしろを振り向いた瞬間、グランツは素早くオルヘルスに口づけた。

 あまりの不意打ちの口づけに、顔から火が出そうなほど顔が熱くなり、オルヘルスは冷まそうと両手で頬を覆ってうつむいた。

 イーファは怪訝な顔で、こちらに向き直る。

「殿下、父はいないようですが?」
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