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 するとフィリベルト国王は一瞬驚いたあと、声を出して笑った。

「そうか、それはちょうどよい。お前に頼みたかったのはまさにそれだ。我が娘がこの馬をとても気に入っていてな、プレゼントしたかったのだ」

「そうなのですか、では偶然とはいえご意向に添うことができて私も嬉しい限りです」

「うむ。だが、一つ言っておこう。今回の愛馬会の順位は娘可愛さからの依怙贔屓などではないぞ」

「えぇ、わかっています」

 バルトがそう答えると、ふたりとも大きな声で楽しそうに笑った。

 グランツはそれを見て苦笑すると、苦言を呈した。

「国王陛下、娘と呼ぶにはまだ気が早すぎます。お気持ちはわかりますが……」

 それを聞いて、オルヘルスはフィリベルト国王が言った『我が娘』とは自分のことを言っているのだと気づいて赤面した。

 そうしてしばらく、スノウについてバルトに話を聞いたりと談笑し、いよいよメダル授与が行われる段となった。

 通常オーナーがメダルを受けとることになっており、スノウに関してオルヘルスがメダルを受けとらなければならなかったが、それを固辞し世話係に受け取ってもらうことにした。

 授与式では緊張しきりだったが、何度もリハーサルを重ねていたことで、パーフェクトにその大役を終えることができてオルヘルスはほっとした。

 愛馬会は最後にエントリーされた馬たちに乗り、城の周囲を凱旋し終わりとなる。

 オルヘルスは乗馬をしないため、そのまま観客席から場外へ出ていく馬を見送ることにした。

 両陛下はもちろんそのまま観客席で待機するが、王太子殿下は一位の馬に乗ることになっておりスノウがグランツの方へ連れてこられた。

「殿下、スノウをよろしくお願いいたしますわ」

 そうグランツに言うと、グランツは微笑む。

「もちろんわかっている」

 そう言って台の上に乗りスノウの鐙に足をかけるとまたがった。と、そのとき背後からアリネアとエーリクが自身の馬に乗って現れ、ふたりとも馬を降りるとこちらへ駆け寄る。

「ご機嫌うるわしゅう、両陛下。それにグランツ様。挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」

 そう言うと、アリネアはカーテシーをした。その横でエーリクも同様にフィリベルト国王とエリ女王に挨拶をし、グランツに声をかける。

「グランツ、今日は素晴らしい馬揃いだったな。それにしてもその馬、本当に素晴らしいな。是非うちの馬と交配させたい」

 グランツは鼻で笑う。

「それは馬主が許可すれば、の話しだな。お前に許可を出すとは思えんが」

 その会話にアリネアが割って入る。

「グランツ様ったら、可笑しなことを仰いますのね。公爵家のお願いを断る者などおりませんわ。それよりグランツ様はその馬で凱旋されますの? でしたら乗馬できるもの同士親交を深めるためにご一緒しませんこと?」

 それを聞いて、オルヘルスは嫌な記憶がよみがえる。

 以前エーリクと出かけたとき、乗馬のできないオルヘルスを置いてアリネアとエーリクは二人で遠乗りに行ってしまったことがあったのだ。

 オルヘルスがうつむいていると、アリネアがさも今その存在に気づいたかのように言った。

「あら、オリいましたの? それにしてもさっきの授与式、あれはなんですの? まったく作法がなってませんでしたわ。一体誰に教わったのかしら? 恥ずかしいわね」

 そう言った瞬間、エリ女王が高笑いをした。驚いた周囲のものが何事かとエリ女王をしばらく見つめたが、アリネアはなにを思ったのか嬉しそうにオルヘルスに言った。

「ほら、御覧なさい。エリ女王も笑っていらっしゃるわ」

 すると、エリ女王はアリネアに向き直り鼻で笑った。

「あなた誰だったかしら、まぁそんなことはどうでもいいわね。あのねぇ、一つ教えてあげるわ。オリの作法は完璧だった。それがわからないなんて、可哀想に。それに、オリを指導したのはわたくしなの。言ってる意味がわかるかしら?」

 そう言うと、今度はエーリクに向き直る。

「エーリク、お前まだ爵位を継いでいないわよね?」

 エーリクはまるで蛇に睨まれた蛙のように怯えきった様子でうなずく。

「なら、自分の今後を心配することね」

 アリネアは瞳を潤ませ媚びるように、グランツを見つめた。

「グランツ様、エリ女王はなにか誤解してらっしゃるみたいですわ。ちゃんと説明させていただく時間をください。そのためにも、さぁ、一緒にまいりましょう」

 オルヘルスはこの状況でまだグランツを誘うアリネアのその神経の図太さに呆気に取られた。

 グランツはそんなアリネアを無視してオルヘルスに手を差し出す。

「オリ、私は今日は君と凱旋するつもりでいたんだ。ほら、おいで」

 それを聞いて、なぜ今日のために用意されたドレスや宝飾品が質素なのかを理解した。グランツは最初からオルヘルスと馬に相乗りするつもりだったのだ。

 そこでフィリベルト国王がオルヘルスに声をかける。

「確かに、スノウの馬主でもありその素晴らしさを見抜いたのだから、今日の主役はオリだと行っても過言ではないしな。行ってくるといい」

 エリ女王も横で大きくうなずく。

「あら、いいわねぇ。若い二人で凱旋だなんて、素敵なことだわ」

 そのとき、こっそりとエーリクはアリネアの腕を引っ張り立ち去ろうとした。

 そんなエーリクに向かってフィリベルト国王が声をかける。

「エーリク、待て。一つ言っておこう。お前が連れてきたその無礼な小娘が、我が娘を侮辱したことを私は決して忘れないだろう」

 エーリクはひきつり笑いをし頭を下げると、不満を口にするアリネアの腕を引っ張り足早に駆けて行った。

 オルヘルスは差し出されたグランツの手を取ると、グランツはオルヘルスを引きあげ自分の前に抱きかかえるように座らせた。

 かなりグランツと密着することになり、オルヘルスは自分がとてもはしたないようなことをしている気持ちになり少し体を離した。

「ほら、オリ。落ちないようもっと私につかまって」

 そう言われ、恥ずかしいと思いながらもグランツの胸につかまる。すると、グランツはオルヘルスの耳元で囁やいた。

「私の可愛いオリ。これで町中に君が私のものだと知らしめることができて、私は嬉しい」

 オルヘルスは耳を押さえて叫ぶ。

「殿下?! なにを仰って……。もう、恥ずかしいです……」

 首まで赤くしているオルヘルスの首筋に、グランツは口づけた。

「ひゃっ!!」

 オルヘルスがそう叫ぶと、グランツは大きく深呼吸をする。

「このまま、王宮で……」

「この魔球? この魔球ってなんですの?」

 そう問いかけると、グランツは我に返ったようにはっとすると苦笑した。

「いや、少し理性が飛んでいたようだ。大丈夫、なんとかこらえた」

「はい? そうですの。それにしてもスノウはとても素晴らしい馬ですわね。わたくしも乗馬を嗜んでみようかと思いますわ」

「オリ、無理をする必要はない。こうして相乗りすればいいのだから」

「でも、それでは殿下にご迷惑でしょうし、それに、その都度にこんなに、こんなに殿下のそばにいたら、わたくし恥ずかしくてどうにかなりそうですわ」
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