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第五十四話

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 カルはアザレアを後ろに隠したまま、ヒュー先生に訊いた。

「何かわかりましたか?」

 ヒュー先生は顎に手を当て首を捻る。

「それが調べれば調べるほど、おかしなことばかりでねぇ。まず結界の消失しているへりなんだけど、鋭利に縁が切れているんだ。自然に薄くなったとかそんな感じではないね」

 そう言うと、腕を組んで苦笑した。

「あと、一番最初に来たときに、明らかに光魔法を使用したような痕跡が残ってたんだよ。これは良くないねぇ」

 アザレアはカルの背後から顔をだすと、カルと顔を見合せた。その様子を見たヒュー先生が言う。

「二人は何か思い当たることがあるみたいだね。まぁ、それはあとで聞くとして、アザレアが言っていた飛散粒子のことだけど、ほぼその説で間違いなさそうだよ。なんと言っても治療の効果がそれを物語ってるね。それにしても、全身のスクリーニングをして人間を構成する『そのもの』の正常化なんて治療は、普通は考えもつかないよ」

 アザレアはその話を聞いた上である仮説があることを話した。

「もしかして、魔力を持っている者たちは感受性が高く、通常よりも重症化しやすいかもしれません」

 カルがその言葉に振り向きアザレアの顔をまじまじ見て言った。

「と言うことは、魔力の大きい君は特に危険なのでは?」

 アザレアは頷きカルの顔を見上げた。

「そうなりますわね」

 カルはすぐさまアザレアの腕をつかんだ。

「戻るぞ」

 アザレアはそれに抵抗し首を振った。

「カル、待って、待ってください。先程も話したように、たぶんわたくし飛散粒子を無効化できるのです」

 するとヒュー先生がアザレアの顔を凝視したあと、頭を掻きながらやや混乱気味に言った。

「はぁ? またなんでそんなこと、いや、まぁいっか。とりあえず、どういうことなのか説明よろしく」

 そう言ってアザレアを見る。カルもアザレアの腕を放した。

「わかった、まず話を聞こう。だが危険だと分かったらすぐにでも王宮に戻るよ、いいね?」

 そう言うと、少し不満そうに部屋の奥を指差す。

「とりあえず座って話そう」

 簡素に作られているとは言えカルの使う家具や調度品は、装飾の凝った立派な物がしつらえてあった。中央に布張りの装飾の細かいアームチェアがあり、それに合わせたテーブルとバルーンバックチェアが四脚ほど、左右に別れて置かれていた。

 カルはアームチェアに向かうと椅子を引いてアザレアに座るように促す。アザレアは驚いて言った。

「そこはわたくしの席ではございません」

 だが、その意見は聞き入れてもらえず、結局そこに座ることになり、左にカルが右にヒュー先生が座った。ヒュー先生は早く話が聞きたいようで、座るとすぐに身を乗り出してアザレアに訊いた。

「で、無効化ってどういうこと?」

 アザレアはそれを受けて説明を始めた。

「飛散粒子は人間の体を貫通するとこで、傷をつけるって話しましたでしょ? 要するに高速で飛んできて、体に見えない傷をつけながら貫通して行くことが問題なんですの。だったら体を貫通する前に時空魔法で粒子その物の時間を止めてしまえばいいと気づいたんですわ」

 するとヒュー先生は驚きながら言った。

「は? えっ? できるの? いや、アザレアならできるんだろうけど。それは、粒子の時間だけ止めるってこと?」

 アザレアは大きく頷いてみせた。ヒュー先生は呆気にとられ、無言になってしまった。カルはまだ不満そうにアザレアに訊く。

「それが可能かどうか試す方法は? 先に試さないと、現場には連れて行けない」

アザレアはそれに答える。

「なら、今も人体に影響のないぐらいの極微量ですが、飛散粒子は降り注いでいますので、これを無効化してみせますわ」

 そう言うとアザレアは、手のひらを部屋に向けて一振すると、部屋の中で目に見えない何かが一瞬だけキラキラ光って消えた。その煌めきに部屋にいる者達が一斉に感嘆の声を漏らした。

「とりあえず、今部屋にあったものだけ無効化しましたけれど、絶えず降り注いでますから、そういった状態の時は持続的に魔法をかける必要がありますわ」

 そう言って、微笑んだ。カルはため息をついて頷く。

「分かった。そういうことなら現場に連れて行けるが、くれぐれも魔力切れには注意して欲しい」

 とだけ言った。アザレアはそれに答えて言った。

「本当にそれが一番恐ろしいかもしれませんわね」

 そして続ける。

「あと、結界の修復ですけれど」

 と言いかけたところで、先生が驚きながら訊く。

「待て待って、もしかしてそれも可能とか言わないよね?」

 と半笑い顔で訊いてきた。アザレアは微笑んで答えた。

「もちろん修復可能ですわ」

 それを聞いた先生は両肘をテーブルについて、両手で顔を覆うと言った。

「さっき色々議論しまくって、結局は聖女に新しい結界石を作ってもらって、結界を張り直すしかないって結論付けたばっかりなのに……」

 それを聞いて、アザレアはなんとなく申し訳ない気持ちになった。

「申し訳ありません、もう少し早くお伝えできれば良かったですわね」

 ヒュー先生は顔から手を離すと首を振る。

「いや、アザレアを責めるつもりは毛頭ないよ。もう、あまりにも凄くて。正直ついていくのがやっとってとこなんだよね」

 そう言うと苦笑し、謝ると改めて訊いてきた。

「話を遮って申し訳なかったね。とりあえず、その修復方法を聞かせてもらえる?」

 アザレアは頷き、話を続ける。

「時間魔法ですわ。世界全体の時間を巻き戻すのは流石にわたくしもキツいですし、時間が経てばまた同じことが繰り返され、結界が消失してしまうでしょう。でも、結界が消失した一部分だけ、そこだけ局所的に消失していなかった頃に時間を巻き戻せば、結界が消失する原因は繰り返されませんので、結果として結界の消失は免れるのではないでしょうか」

 そう言うと、カルが言う。

「なるほど、それなら自然に消失したんではなければ、修復する可能性は高いね」

 それを聞いて、ヒュー先生が何かを思い出したようにはっとして、カルに向かって言った。

「そういえば君たちは、僕が光魔法を使った痕跡があると言ったら、何かを知っているような反応をしてたけど、なにかあるの?」

 カルはしばらく考えてから口を開いた。

「まだ、ハッキリしたことは言えないのですが、おそらく聖女が関係しているのではないかと」

 とだけ言うと、先生は驚く。

「えっ!? まさかとは思ったけどやっぱり? まぁ、証拠があるからすぐに信じられるけどさ、証拠無かったら嘘だろ? って思うわな」

 と言って閉口した。カルはヒュー先生に向かい

「この件は内密に」

 そう言うと、口の前に人差し指を立てた。ヒュー先生は頷く。

「もちろん。それに僕は政治的なことは門外漢だから、口だすつもりもないしね。色々あるんだろう? 大変だなぁ」

 そう言うと、苦笑した。
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