上 下
49 / 66

第四十七話

しおりを挟む
 店を出るとコリンが急に提案した。

「アザレ、植物園で皇帝ダリアが見頃らしいんだが、見に行くか?」

 花が好きなので嬉しいお誘いだった。アザレアは大きく頷く。するとコリンも笑顔になった。

「よし、じゃあ行こう」

 と言って、手を取ると植物園まで移動してくれた。

 植物園はほぼガラス張りの丸みのあるフォルムで、横に長い建物だ。中央はドーム状になっており、そこに入り口、左右の長いガラス張りの部屋に亜熱帯植物園、中央のドーム内を直進して外に出ると、奥には広い庭園があり、四季折々の花が植えてある。

 今の時期はコリンの言っていた通り、様々な種類の皇帝ダリアが咲き誇っていた。アザレアはゆっくりみて回った。花はいくら見ていても飽きることはなかった。

 アザレアがそうしている間、コリンは鑑賞の邪魔をせず、優しく見守るように後ろからずっと静かについてきてくれた。

「ごめんなさい、付き合わせてしまって」

 アザレアがそう言うと、コリンは微笑んだ。

「いや、俺も楽しませてもらってるから大丈夫。それより、歩いて疲れてないか?」

 と言われ、自分が若干の疲労感を感じていることに気づいた。

「そうね、少しやすみましょうか」

 そうアザレアが言うと、コリンはアザレアの手を引いて近くのベンチまでエスコートした。そして、お互いベンチに座ると、そこでコリンが大きく息を吐き呼吸を整えた。アザレアは、コリンが疲れてしまったのかと思い訊いた。

「どうしたの? 大丈夫?」

 コリンは前方を向いたまま言う。

「大丈夫、好きな女性といるから緊張しているだけだ」

 そしてこちらを見た。アザレアは、思わず目を反らす。コリンはまた前方を向く。

「さっきはミナさんに怒られてしまったからね、あれは確かによくなかった。だから仕切り直そうと思って」

 そう言うと、アザレアを見つめた。

「アザレが好きだ。もうずっと前から愛してる。だが、君が昔から殿下を好きなのも知ってたし、見守るのが一番いいとわかってた。でも、今思うのは、あの時ああしていいれば、こうしていれば、そんなことばかりだ」

 そう言ってまた前方を向いた。そして、自嘲気味に笑った。

「本当に今更だな」

 しばらく沈黙が続いた。そしてこちらを向いてアザレアを見つめる。

「すまない、今こんなことを君に言っても、君は混乱するだけなのに。でも、考えてみて欲しい。君は目立つことは好きじゃない。どちらかと言うと読書やこうして花を愛でてゆっくり過ごす時間を大切にしているはずだ」

 確かに言われてみればそうだ。アザレアが頷くと、それを見てコリンは続ける。

「俺と結婚すれば、本を読んだり好きな花を育てたり、そんな穏やかな生活を過ごすことができるんじゃないか? それに、俺はずっとこれからも君を愛し続ける。俺は君を大切にする。若し一緒になったら絶対に君を幸せにしてみせる。そう約束するよ」

 そう言うと、ベンチから立ち上がった。

「返事はしないでくれ。いつまでかかったっていい、君の中で答えがでたら返事をくれればいいから」

 そして、手を差し出し言った。

「さて、王宮にもどろうか」

 アザレアはコリンの手を取り頷いた。その後はお互い無言で王宮へ戻った。

 王宮に着き部屋の前までアザレアを送り届けるとコリンは言った。

「今日はアザレにゆっくりしてもらうつもりが、俺の一方的な気持ちばかり押し付けてしまって申し訳なかったね。ただ、伝えておきたかった。明日からも普通に接してくれ、おやすみ」

 そう言うと、振り向きもせずに去っていった。

 アザレアは夕食事を済ませると、部屋でお茶を飲みながら色々なことをゆっくり頭の中で整理した。

 コリンについては申し訳ないが、今は考えないことにした。対処しなければならないことが多すぎて正直考える暇がなかった。

 まずは、カルがアザレアに隠し事をしていることについて、一度カルとちゃんと時間を取って話をしなければならないと思った。

 仕方がないこととはいえ、アザレアの知らないうちに、知らないところで色々なことが起きているのは嫌だったからだ。アザレアは近々必ずカルと話せる時間を作ろう、そう思いながら眠りについた。



 ほどなくしてその機会は訪れた。その日、午前中の講義がヒュー先生の都合で休講となったからだ。今日しかない、とアザレアは朝食後にカルの元へ向かう。

 おそらく、フランツもカルと一緒に色々と調べているのではないかと考えられたので、カルとフランツの二人が揃ったところで話を聞ける執務室を訪ねることにした。

 部屋をノックし、執務室からの返事を待ち入室の許可をもらう。ドアを開けると狙い通りフランツもその場にいた。カルは机の上の書類から顔を上げてアザレアを見ると微笑んだ。

「君が執務室まで僕を訪ねてくるなんて、珍しいな、嬉しいよ」

 アザレアも微笑んだ。

「忙しいところにごめんなさい」

 そう言うと、早速本題に入った。

「カル、わたくしの身辺について少し訊きたいことがありますの。お時間よろしいかしら?」

 カルは頷く。

「ああ、もちろん。今日の午前中は休講だしね、それはかまわないよ。何か難しい話しかな? とりあえずそこに掛けて」

 かるはそう言って執務室内の応接セットに座るよう促した。

「失礼しますわ」

 アザレアが皮張りの座り心地の良いソファに腰かけると、カルもこちらに移動し正面に座った。まもなくメイドがお茶を持ってきた。

「フランツにも、話を聞いていてほしいんですの」

 そう言うと、カルがフランツに向かって頷き、それを見てフランツも頷く。アザレアは口を開いた。

「まず、最近になって以前からずっと王宮の用意した護衛をつけられていたことを知りましたの」

 カルは渋い顔になった。

「黙っていたのは申し訳なかった、あれは」

 アザレアは右の手のひらをカルに向けて、話すのを制した。

「黙っていた理由は知ってますわ。それについてはしょうがなかったと思います。ところでどうやって、わたくしがお忍びで外出していたことに気づきましたの?」

 そう訊くと、カルは少し笑って答えた。

「君と食堂でご飯を食べたあの日、城下町を警備していた衛兵から報告があったんだ『城下町を左目が赤いオッドアイの娘が歩いてる』とね。すぐに君のことだと気づいた。そんな瞳を持つ人間は、この国では君しかいないからね」

 そう言ってカルはソファに深く座り直すと、そのまま話を続ける。

「その後、一度はファニーからも報告があった。あとはイヤリングで場所を突き止めたりしていた。神出鬼没の君を補足するのは苦労したよ。君が王都に戻って来てからはシラーから情報をもらっていたから、問題なく補足できたが。でも、そのお忍びの護衛を請け負うことで、君のお父上であるケルヘール公に恩を売ることができたからね。君がちょくちょく城下町に出てきてくれて良かった」

 そう言って微笑んだ。やはり以前王宮に向かう馬車の中でカルが『君のお陰でケルヘール公爵に借りを作ることができた』と言ってたのはこの件についてだったのだ。

 アザレアは思いきって言った。

「正直、わたくしに護衛をつけるのはしょうがなかったとして、それをわたくしに話してくださらなかったことが少しショックでした。もう少しわたくしを信頼して下さっても良かったのではないでしょうか。それと、わたくしを暗殺しようとしている者に関して調べているなら、話してください」

 カルは一瞬驚いた顔をした。

「君がハッキリ自分の意見を僕に言ってくれたことが、私は心から嬉しいよ。それに、私は君を守ることに精一杯で君の気持ちを無視していたね。また同じ過ちを犯すところだった。私たちは一緒にいる時間が長かったのに、ちゃんと会話できていなかったんだね。申し訳ない」

 そう言って、頭を下げる。カルに言われて自分でもちゃんと意見を言えていなかったことに気づき、アザレアもカルに謝った。カルは首を横に振る。

「君が怒るのも当然なのだから、謝らないでくれ。順を追って説明するよ」

 そう言ったあと、少し目を閉じて何事か考えこんだあと、アザレアをまっすぐ見つめて話し始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...