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第三十二話

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 翌日からの講義は、かなりゆったりとしたものだった。そもそも講義を行うヒュー先生が

「朝早く起きて、ご飯詰め込んですぐに講義。なんて僕には無理。朝はゆっくりめの開始にしようよ。君たちだってなんか良くわからない貴族の儀式みたいな物があって忙しいんでしょ?」

 などと言って、朝はゆっくりめの開始となったからだ。しかしヒュー先生の講義内容は大変面白いもので、毎日が充実した時間を過ごすことができた。

 王宮で授業を受けることになってから、一つだけ気になることがあった。時空魔法に関する書物がとにかく少ないと言うことだ。

 王宮図書室でも探してみたが、ほとんど見つからなかったのだ。

 アザレアたちはこうしてヒュー先生に直接教えを乞うことが出きる。なので、わからないことはこの場で補完できるが、以前の時空魔法属性持ちの人はどうしていたのだろうか? と思った。

 先日カルが見つけたヒュー先生の書いたと言う書物は、大変貴重な物といえるだろう。なのである日ヒュー先生にこんな質問をした。

「先生、先生のようにこの分野について研究なさってる方がいらっしゃるのに、何故こんなにも時空魔法に関しての文献や書物が少ないのでしょう?」

 ヒュー先生はしばらく考える。

「僕もハッキリはわからないけど、この属性魔法を使える人間が現れることがほぼ無いからじゃないかな?」

 そして、腕組みをしてゆっくり話を続ける。

「人間ってのは日々の生活に追われて生きてるだろう? 関係ないことや、必要ないこと。知らなくて良いことに時間を割く余裕はないからね、だからこの分野の研究者も少ない。なんたって研究していても自分の生きている間に、時空魔法を使える人間が現れるとは限らないし」

 そう言うとオーバーに肩をすくめた。それを受けてカルが訊く。

「それは理解できますが、書物が極端に少ない理由は? 研究者が少ないとしても、今までに研究してきた人がいるのですから、いくらかの書物が残っていてもおかしくないと思うのですが……」

 ヒュー先生は頷く。

「同じ理由だよ、必要になるころには余りにも時間がたちすぎて、書物がのこっていないんじゃないか? 僕の書いた本にしろいつまで保管されるかはわからないね」

 そう言われてアザレアは一つ思いついた。

「それなら、時空魔法を使って将来に書物を残せる箱を作れば良いのではないでしょうか?」

 カルとヒュー先生が同時にこちらを見た。先生は座っていた机から立ち上がると、瞳を輝かせてアザレアの手を取った。

「君は本当に素晴らしいね、是非作ろう!」

 すると隣にいたカルが不機嫌そうに

「先生、手を離してもらえませんか?」

 と、ヒュー先生の腕をつかんだ。ヒュー先生はアザレアの手をぱっと離す。

「ごめんごめん、男性に手を握られたら嫌だよね」

 頭を掻いて笑い、アザレアに真剣な眼差しを向けた。

「本当に素晴らしいアイデアだと思う。でも、かなり長い時間保存できるような物を作るなら、相当な魔力がないと無理じゃないかな?」

 顎をさすり目を細めながら難しい顔をした。それは十分わかっている。なのでアザレアは頷き言った。

「だから、まずは試作で小さな物を作って見ようと思います」






 その日の夜、箱のデザインを考えるため、何か参考になるような本がないか探しに図書室へ行った。特に工芸品等の本を探して歩く。

「アズ、こんばんわ」

 声をかけられ、そちらを向くとカルがいた。

「カル、こんばんわ」

 アザレアは笑顔で挨拶を返した。

「君はもしかして昼間言ってた箱に関する調べもの?」

 アザレアは頷き答える。

「はい、カルも何か調べものですの?」

 カルも頷くと、優しく微笑んだ。

「そう、僕もちょっと調べたいことがあってね」

 そして、じっとアザレアの顔を、見つめた。

「なんですの?」

 首をかしげると、カルが楽しそうに言った。

「こうして図書室で君に合うと、君が引きこもっている時にお茶会をしたのを思い出すね」

 アザレアも微笑み返す。

「そうですわね、あの頃も楽しかったですわね」

 そう言って、ここでのことを思い出した。少し前のことなのに、ずいぶん昔に感じた。ふと見ると、カルも当時を思い出している様子だった。

 そして、目が合うとお互いに『ふっ』と笑った。

 その後本を探す作業に戻り、アザレアは数冊の本を手に取るとソファに腰かけた。しばらくすると同じく数冊の本を手に持ったカルが、アザレアの隣に腰かける。

 そうしてしばらくは夢中になって本を見ていたが、アザレアは横から視線を感じ、本から顔を上げた。すると、カルと目があった。

「な、なんですの?」

 恥ずかしくなり、すぐに本に視線を戻す。カルはそのままアザレアを見つめ微笑む。

「熱心に調べているアズが可愛いなと思って」

 恥ずかしくて顔が熱くなった。無言でいると、カルはアザレアの頭を引き寄せ、自分の額にコツンとくっつける。

「よし、頑張って調べよう」

 と言って、手を離した。その後アザレアはカルを意識しないように本に集中した。




 気がつくとアザレアは、ふわふわと柔らかい暖かな雲に乗っていた。それが心地よく、しばらくまどろんでいるうちに、これは夢だということに気がついた。

 気持ちの良い夢だからもう少し寝ていたい、と思いつつも意識がはっきりしてしまい目を開ける。

 一瞬そこがどこだかわからなかったが、ニ~三秒のち、そこが図書室であることに気がつく。ソファで寝てしまったようだった。

 そして自分の体の下に暖かな体温を感じる。まさかと思いながら顔を上げると、カルの顔がすぐ目の前にあり、目が合った。

「やぁ、目が覚めた?」

 どうやらカルに抱きつくようにして寝てしまっていたようだった。慌てて体を起こす。

「ごめんなさい」

 恥ずかしさで顔を押さえながら言う。カルは楽しそうに言った。

「素晴らしい時間だったから、気にしないで。でもあんなに無防備だと、イタズラされかねないよ」

 カルは微笑み、ゆっくり起き上がると思い切り伸びをした。そして胸ポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認する。

「早く部屋に帰らないと不味いことになる。一緒に図書室を出るのは上手くないな。悪いがアズは魔法で部屋に戻ってもらえるか?」

 アザレアは頷くと、慌てて部屋へ瞬間移動した。運良くシラー達には気がつかれずにすんだようだった。

 アザレアはベッドにもぐってからもしばらくは、どきどきが収まらなかった。

 次の日の朝、少し寝坊したがヒュー先生のお陰で朝は遅くても問題なかったので、慌てることなく準備ができた。髪の毛をセットしてもらっていると、シラーが表情を曇らせる。

「お嬢様、その……首筋に虫刺されが」

 アザレアは虫に刺された記憶はなかった。寝ている間に刺されたのだろうか? そう思いながら答える。

「あら、そうなの? 痛くも痒くもないけれど、いつの間に刺されたのかしら?」

 するとシラーは気を取り直したように言った。

「今日は髪の毛を多めに下ろして、隠しましょう」

 シラーは黙々と髪の毛を整えた。準備が出来て講義室へ行くと、カルはもう来ていた。カルはアザレアを見ると残念そうに、こう言った。

「なんだ、髪を下ろしてしまったのか」

 と。
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