上 下
22 / 66

第二十一話

しおりを挟む
 アザレアの誕生会が開かれることが決まってからこちら、目まぐるしい日々が待っていた。

 すぐに王都に戻ることになり、アザレアは王宮から厳重な警護がつけられた。

 わたくしのロングピークでの生活よ、さようなら。と、アザレアは平穏な日常に心の中で別れを告げた。

 アザレアは自分の死が迫っているかもしれないため、リアトリスが反対しても誕生会そのものをやらないつもりでいた。だが、国王自ら誕生会の参加を表明すると言うことは、誕生会をやれと言うこと。ここまでするのだから、なにか思惑があるのだろう。アザレアは覚悟しなければならなかった。

 しかし、三週間と言う短期間で準備せねばならないというのは、正気の沙汰ではなかった。招待状を書くだけでも大仕事だ。

 ドレスの準備には当てがあった。ファニーだ。ブラックダイヤを渡してあるので、それですでにドレスを作っている。それを着ればブラックダイヤの知名度も上がるし、正に一石二鳥である。

 そう思っていた矢先、王妃殿下からドレスが届いた。

 アザレアはお父様が準備は問題ない、と言ったのはこう言う事だったのか、と思った。とは言え、ドレスはフィッティングしなければならないだろう。

 シラーやメイド達とドレスの箱を開けてみると、ワインレッドの刺繍が施された肩まで長さのあるラッフルカラーのドレスが入っていた。

 裾の方へ向けて濃紺にグラデーションしており、ウエストと広がった袖先やスカートの裾にふんだんにブラックダイヤがちりばめられていた。ドレスに合わせたヒール、髪飾りにもブラックダイヤがふんだんに使用されている。

 このブラックダイヤは、おそらくアザレアがファニーに渡したもので間違いなかった。考えられるのは、ファニーはもともと王宮から依頼を受けていたのではないだろうか? ということだ。

 今月始めにファニーに言われて採寸したが、あの頃からアザレアが知らないところで、計画は動いていたのだろう。それにしても、この短期間にこれほどのドレスを仕上げてしまうとは驚くほかなかった。

 贈られてきたドレスに袖を通すと、サイズがぴったりで直すところがない。アザレアは仮縫いに呼ばれていない。なのに、ここまでぴったりなのは流石だと思った。



 そんなこんなで忙しく雑務をこなす中、リアトリスも忙しいようで、帰りが遅くアザレアはいつも一人で夕食を取る日が続いた。

 だが、そのあと図書室へ行ってカルと会えると思うと、アザレアの心は弾んだ。

 この頃には、アザレアはカルと会うことが楽しみでならなかった。雑務に追われていないときは、いつのまにかカルのことを考えているぐらいだ。

 この気持ちは、以前王太子殿下を想っていた頃と全く違う気持ちだった。



「待ってたよ、アズ。来たね」

 アザレアは微笑み返すと答える。

「もちろん来ましたわ」

 先日置いたソファは、読書メインの日以外もそのままとなっているので、二人でソファに座ってまったりしながら話せるようになった。

 お互い早速ソファに腰かける。いつものようにカルがお茶を入れ、紅茶の良い香りが漂っていた。カルは手の甲でアザレアの頬に軽く触れると、申し訳なさそうに言った。

「アズ、なんだか疲れているね。誕生会の準備に追われているんだね。父上と母上が無理を言ってすまない」

 アザレアは首を振る。

わたくしのことを思ってくれているのです。ならばわたくしもその期待に答えたいですわ」

 そんなアザレアを見て、カルは苦笑する。

「君は何でも我慢しすぎるから、僕の前では我慢しないでつらかったらなんでも言うんだよ?」

 アザレアは頷く。

「そうだ、今日はアズにプレゼントがある」

 カルはそう言ったかと思うと、ジュエリーボックスを取り出した。そしてそれを開けると、アザレアに見せた。

「誕生会で着けて欲しい」

 三角形のトリリアント・カットのピション・ブラッドのルビーを中心に、ぐるりとダイヤがちりばめられた首飾りと、ペアシェイプ・カットされたこちらもピジョンブラッドのルビーのイヤリングだった。

「主役なのだから目立たなくてはね」 

 アザレアはそれを素直に受け取ることにした。カルに微笑む。

「こんなに素晴らしい物をありがとうございます。とても嬉しいです」

 カルは安堵の表情をした。

「もしかしたら、君に受け取ってもらえないかと思っていた。受け取ってくれるということは、私は少しは期待しても良いのかな?」

 そう言うと、真剣な顔で言った。

「構えずにいて欲しいと言ったのは私なのに、答えを急かせるようなことをしてすまない」

 アザレアは、首を振る。

「いいのです。大丈夫です」

 カルは以前のイヤリングの時のように

「首飾り、私が着けても?」

 と言ったので、頷き背を向けようとしたがその前に、正面からアザレア首の後ろに手を回して、うなじを覗き込むように首飾りを着け始めた。

 首飾りの金具を取り付けるのに少し時間がかかり、うなじを覗き込むカルの髪がアザレアの首筋にかかり、それがくすぐったかった。

「次はイヤリングを」

 とカルはアザレアの髪の毛をゆっくり耳にかけ耳たぶを軽く持ち上げると、優しくイヤリングを着けた。そうしたあと、アザレアをしばらく見つめた。

「うん、完璧だ。美しい」

 カルは満足げに頷きアザレアの前に跪くと、アザレアに手を差し出した。

「私と踊っていただけませんか?」

 夜の図書室なので派手に踊ることはできないが、スローダンスぐらいならできる。アザレアはカルの手を取ると言った。

「よろしくお願いします」

 カルにエスコートされ、図書室の中央に立った。カルはアザレアの手をとり、腰を支えるとスローダンスを踊り始める。

 ふと顔を上げると、カルが真剣な眼差しでアザレアを見つめていた。その視線とぶつかると、猛烈に恥ずかしくなって下を向いた。

 アザレアは自分の鼓動がカルに伝わってしまうのではないかと思っていたが、その時カルの胸から激しく打つ鼓動を感じ、お互いに同じ気持ちなのだと感じた。

 この甘い二人の時間がずっと続けばいいと思った。このとき、アザレアは自分がカルを好きなのだと強く自覚した。と、同時に召喚された聖女のことが気がかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

手のひらサイズの令嬢はお花の中におりました

しろねこ。
恋愛
とても可愛い手の平サイズ。 公爵令嬢のミューズは小さな小さな女の子になってしまったのだ。 中庭にたまたま来た、隣国の第二王子一行が見つけるは淡く光る一輪の花。 お花に触れようとするが……。 ハピエン、両片思い大好きです(*´∀`*) 同名主人公にてアナザーストーリー的に色んな作品書いています! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

王太子殿下の小夜曲

緑谷めい
恋愛
 私は侯爵家令嬢フローラ・クライン。私が初めてバルド王太子殿下とお会いしたのは、殿下も私も共に10歳だった春のこと。私は知らないうちに王太子殿下の婚約者候補になっていた。けれど婚約者候補は私を含めて4人。その中には私の憧れの公爵家令嬢マーガレット様もいらっしゃった。これはもう出来レースだわ。王太子殿下の婚約者は完璧令嬢マーガレット様で決まりでしょ! 自分はただの数合わせだと確信した私は、とてもお気楽にバルド王太子殿下との顔合わせに招かれた王宮へ向かったのだが、そこで待ち受けていたのは……!? フローラの明日はどっちだ!?

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

処理中です...