思い出乞ひわずらい

水城真以

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二十、

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      *

 包帯で巻かれた肌は、ただれたような、引きれたような痕がある。

(絶対に許さない――)

 殺意にも似た憎悪は、見えない傷として残った。それは、今も、この先も、命果てるまで一生残り続けるのだろう。
 一方で、今の自分を嫌悪した。あれほど人を傷つけておいて平然としている相手と、同じような真似をした。手あたり次第に威嚇している分だけ、あの男よりひどいかもしれない。
 そんな自分に幻滅したのは、自分だけではなかった。周りも、父も、友人と思っていた家臣達でさえ、蔑んだような眼差しを向けている気がする。変わらず接してくれるのは、極々一部の者達だけ。その一部の者達さえ、試すような真似をしなければ安心できなかった。


「お前は、俺を裏切らぬか?」


 蘇芳すおうの瞳の少女を見上げる。この少女にまで幻滅されたら――本当にどうしたらよいのか、分からなくなる。
「裏切るわけ、ない……」
 少女の目が潤んだ。紅玉にも似た美しい瞳からは、涙がひっきりなしに零れ落ちた。

「絶対、若と一緒にいるから。信じて……」

 祈るような切ない声だった。思わず、縋りつくように体から力が抜け、少女の体に倒れ込んだ。
 


      *




『若の傍にいる』


 その約束の通り、於泉は暇さえあれば、奇妙丸の部屋に通い続けていた。


 ほかの誰もいない、2人きりの部屋。

 奇妙丸は於泉に本を読んでやったり、かるたや貝合わせをしたり、絵を描いたり、付きっ切りで遊んでやった。

(いや、違う……)

 於泉に高価な玩具を差し出すことで興味を持たせただけだった。傍を、離れてほしくなくて。
 これ以上、ひとりぼっちになりたくなかった。
 能面を張り付けたような笑みを浮かべながら優しく接することを心がけ、於泉がかるたで勝ったらとにかく褒め続けた。

 まるで、於泉に枷をつけて傍から放さないように。

 ふと、於泉がぼんやりと遠くを見つめていた。筆を動かす手は、止まっている。
「於泉? 如何した」
 はっとしたように、於泉が小さく頭を振った。
「ごめんなさい、なんでもないの」
「これは、なんの花じゃ? 秋だから……桔梗か? それとも、萩でも描こうとしていたのか?」
 まだ、花びらをつけていないので、なにを描こうとしているのか、想像ができなかった。
 すると、於泉はどちらでもない、と言った。
「これは花じゃなくて、すすき
 於泉はそう言うと、ほわほわとした胞子の部分を付け足した。奇妙丸はお世辞抜きに、「うまいな」と呟いた。



『来年の秋は――』



 京に行く前の約束を――於泉はまだ、覚えているのだろうか。



   ◇◆◇



 京に行く前に会った時――奇妙丸は、於泉の掌に金平糖こんぺいとうを乗せながら、呟いた。
「金平糖……」
 零れ落ちた星のかけらのような、美しい異国の菓子に、於泉は頬を染めていた。勝蔵も、はじめてカステーラを食わせてやった時、同じように目を輝かせていたものだと笑みがこぼれる。
「次の秋には――十五夜には、一緒に月見をしようか」
「月見!? 大人みたい!」
「酒は出せぬだろうが……金平糖やカステーラ、団子……。色んな菓子を用意しておく。それを食べながら、月をでてはいかがであろう?」
「素敵……」
 於泉は頬を緩めた。
「約束よ、若。みんなで、お月見しましょう」
 差し出された小指に、自身の小指を絡める。触れ合った指先は柔らかくて、たこができた自身の指とは、比べ物にならないほど温かかった。


   ◇◆◇



 あの約束を、於泉は覚えているのだろうか。問いかける勇気は、奇妙丸にはない。「なかったこと」にしようと、目を反らすことしかできないでいる。
 約束は守らなければいけない――そう於泉に教えたのは、ほかでもない、奇妙丸自身だというのに。

 その時、床が踏み抜かれんばかりの足音が響いた。奇妙丸がい竦み、於泉も奇妙丸の腕にしがみついた。
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