戦国陰陽師〜自称・安倍晴明の子孫は、第六天魔王のお家の食客になることにしました〜

水城真以

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4、死の淵の招き歌

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 ぼんやりと水晶玉に浮かび上がる光景には、荒屋あばらやが映し出されている。火薬と、肉が腐ったようなひどいにおいが混じりあっている。
 囲炉裏を前に鉄砲を囲む坊主がいる。ぼろぼろの黒衣をまとっている。まさか自分の姿が覗かれているなどと思ってもいないのか、せっせと呪符を作っているようだった。

 この男こそ、信長を二度に渡って信長を襲撃したという杉谷善住坊すぎたにぜんじゅうぼうだろう。
 そして、初音の命を脅かす者。

 荒屋には、異様な気が充満している。紅葉こうようは鼻を押さえた。
「ひどい臭いだ。死の臭いを浴びてやがる」
「死の臭いって?」
「この杉谷何某とやら、大勢の人間を殺しているようだ。部屋中に、怨念が満ち溢れてる。よく見てみろ」
 明晴は手を組むと、神経を研ぎ澄ませた。杉谷善住坊の周りには、老若男女を問わぬ、人の形をした影がまとわりついている。


 ──ユルサナイ

 ──オマエダケハユルサナイ

 ──クルシイ

 ──タスケテ
 
 ──シニタクナイ…


 無数の声が聞こえてきた。
 紅葉は胸糞が悪いと吐き捨てた。
「強ければ生き、弱ければ死ぬ。今も昔も乱世はそんなもんだ。……だが、この男は違う。快楽のために、女子どもを殺しているようだ」
「快楽のために……!」
 明晴あきはるの背筋が凍りつく。
「よく見てみろ、明晴。この男の鉄砲、使い込んであるだろ。何人の血を吸ってるんだろうな。必要に迫られ、生きるために致し方なく子どもを殺したわけではなさそうだ」
 善住坊は鉄砲を撫でながら恍惚な笑みを浮かべた。

『──堪らんなぁ。俺の鉄砲の腕前は、あの織田信長おだのぶながを脅かすことができる……』

『ユルサナイ……ユルサナイ……ユル、』


 ガンッ! と乱暴な音が響く。思わず明晴も竦むほどの音だった。
 禍々しい声が耳朶にねっとりと絡みつく。

『所詮は屍の塊ごときが、大仰に騒ぎおって。また肉の破片に戻りたいか? 痛いぞ、苦しいぞ。そうなりたいのか』
『ヒッ……イヤ……イタイノハ……』
『ならば大人しくしておれ。儂の言うことに従っていれば、玉依姫たまよりひめの肉を食わせてやる』


 善住坊は、禍々しい声に向けてニタリ、とほくそ笑んだ。


『儂はこれから、信長のところに向かう。玉依姫を捕まえに行くために。あの娘はどうやら、信長の庇護下にいる模様。玉依姫の血肉を食めば、貴様らもより強固となろう。我が式として、我が忠実なしもべになるのだ』
『チュウジツナ、シモベ……』 
『左様。我が忠実な僕として、永遠の時を生きるのだ。それだけの力が、玉依姫にはある』
『エイエンノトキ……チュウジツナシモベ……グガ……』
 その声が急に止まった。

『ダレカ――ミテルノ……????』

 明晴はそこで水晶玉に布をかけた。交信を遮断したのだ。
 腕を見る於、肌が泡立っている。
「本当なら、居場所を特定できるまで見ていた方がいいって分かってはいるんだけど……」
「いや、正解だ。あれ以上詮索していたら、逆にこっちが取り込まれてた」
 これ以上の詮索は危うい──と、本能が告げていた。
「紅葉──今ので何かわかった……?」
「羽毛のにおいがした」
 恐らく、日ノ本の妖ではない。

 まだ、平安の世であった頃──紅葉は、さきの主のもとで、この妖気と出会ったことがある。

 紅葉は立ち上がると風の渦を体にまとった。渦がやむころには、小さな小虎のような生き物はいなかった。代わりに、美しい白毛をまとった虎が、立っていた。

 ──十二天将じゅうにてんしょうのひとり、そして四神ししん白虎びゃっこの真の姿である。

「明晴、乗れ!」
「う、うん」
 紅葉は明晴が背に乗ったのを確認すると、縁側に飛び出した。

「急がないと面倒なことになる。──飛ばすぞ!」

 紅葉は明晴の返事も待たず、跳躍した。
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