月のまなざし

水城真以

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十、

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 黒絹糸のような、艶のあるまっすぐな髪。
 雪のように白く、輝くような肌。
 あどけない蘇芳の双眸は、不安そうに左右に揺れている。

 人形のような美しい少女が落ち着かないように顔を振っていると、美濃金山の豪商・松野屋の女将、琴音ことねが眉間に皺を寄せながら「落ち着いて」と、耳打ちした。

(落ち着けと言ったって……)

 さっきから部屋の外からは、奉公人の少年たちが覗き見ている。そしてそこに交じって、美濃金山の城主の子・森勝蔵も。
(勝蔵……いつか殺す)
 少女は顔を上げないながらも、懸命に殺気を送った。そして、発案した若い主にも苛立ちを感じた。


(若、お恨み致します)


 若干ではあるものの、主からの扱いが粗雑になっているのは間違いないだろうと、美しい娘は唇を強く噛み締めた。それを見た琴音からすかさず「紅が落ちます」と叱られ、落ち込んだ。


   ◇◆◇


「いやー、勝九朗めちゃくちゃ可愛いですよ」
 勝蔵が報告すると、奇妙丸は「だろうな」と頷いた。
「勝九朗は、母君に似ている。そして勝九朗の母君・奈弥なや殿は、お若い頃は大層愛らしい姫であったと、帰蝶さまから聞いたことがあってな。似合うと思うたのだ」
 於泉を撒き餌にすることは反対した奇妙丸ではあるものの、撒き餌を使うことは賛成した。そして、勝九朗が適任である――と指名したのも奇妙丸である。

 勝九朗なら、武芸に秀でている。そして機転も利くので、簡単に人攫いに使われることはないだろうと踏んでの采配である。

 勝九朗は最後まで「俺の扱い、ひどい」と膨れていたが、松野屋に連行されてしまえば、これ以上の抵抗は無駄だと思ったのか、諦めていた。
 女子の衣を着た勝九朗は、正直――可愛かった。最初に言った「可愛い」というのは、決して世辞でもおべっかでもない、本心である。だが勝九朗からはなぜか睨まれた。おそらく勝九朗の性別を聞かれなければ、他国の姫と言われても疑われることはなかったはずだ。
    女装が似合うから、というだけで選抜したわけではない。勝九郎なら簡単に捕縛されることはないだろうし、捕まったとしても自力で逃げ出すことも、戦うこともできるだろうという信頼である。
    が、勝九郎にしてはたまったものではない。奇妙丸を見る目は若干不満げだし、勝蔵に至っては時々見惚れているせいで通りすがりに足を踏まれている。

(岐阜に連れて帰る時は、絶対女装させないようにしよう)

    そうでなければ織田家が滅びてしまう。傾城とは国が傾くほどの美女だというが、勝九郎はまさにその通りだった。地獄の獄吏とて今の勝九朗を見たら、息を呑むことになるだろう。
「…で、俺はどう動けば良いのですか?」
    勝九郎が不機嫌そうに問う。奇妙丸は地図を広げた。

    子供達が攫われたのは、農村からだった──そして徐々に町に入ってきている。
    それでも城には近づかないようにしているあたり、全く考えていないわけでもないのだろう。可成は無能ではない。むしろ、優れている。城の近くでまで人攫いが横行すれば、それこそ叩く機会になる。

(攫われた子らの、共通点……)


 奇妙丸は唇を舐めた。
 村の子。商人の子。立場の違う彼らに共通している点を紙に書いていく。聞き込みで浮かび上がった話も何点か添えて。


『――金山が発展したのは、森さまが城主となられてからなのです』


 鈴の音が転がるような女の声が勝蔵の頭の中で響いた。縁側で眠り込んだ一人娘を抱き上げながら、琴音は昔を懐かしむように――そして、どこか恨みがましそうに語っていた。


『歴代の城主様を批判する気はございませぬ。が、それ以前は、商いも流れが整っておりませんでしたから。……松野屋が金山一、などと呼ばれるようになったのも、万里この子が産まれる少し前。もし、もう少し早く城主さまが代わっておられたら、救われた弱き者はあったのに、と……思わずにはいられないのです』


 金山城が烏峰城と呼ばれていたころのことを、勝蔵はよく知らない。信長の手が行き届かず、可成もまだ城主になる前の、昔の話であった。しかし、商人たちにとっては混沌とした世でもあったのだろうか。
(琴音殿は、そのなかで大切な者を失ったのかな……)
 勝蔵は、奇妙丸に気がつかれないよう、主の横顔を一瞥して目を反らした。
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