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番外編
4 イサールの手紙
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――――それから小さなルークはルーファスと思う存分遊び、夕暮れる頃には疲れてベッドでくーくーっと眠ってしまった。
「ルークは日に日に大きくなるな」
「ええ、そうですね」
ルーファスとラクアは眠るルークを見つめながらそんな会話をした。
だがそんな折、不意にルーファスがラクアに尋ねた。
「ラクア……本当に欲しいものはないのか?」
「え?」
「私は王として城を離れられない。お前にルークを任せきりで、こうしてたまに来ることしかできない。ルークの事もあって、こんな郊外にしか住めんし……何か、何か欲しいものは、私に何かできる事はないか?」
まるでそれは許しを請う罪人のようだった。けれど、ラクアはそんなルーファスに微笑んで首を横に振った。
「いいえ、何もいりません」
「……お前は本当に無欲だな」
ルーファスの言葉にラクアはすぐに「それは違います」と言い返した。そしてそっとルーファスの手を握った。
「俺はもうすでにどんな高い値打ちの物よりも、ずっと素晴らしいものを貰っていますから」
「素晴らしいもの?」
驚くルーファスにラクアは頷いて、そっとルークに視線を向けた。
「俺に、家族と言うものを、子供と言うものを与えてくれました。俺はこれ以上のものを知らない。だから、俺は何も欲しくないんです。ルーファス様、貴方がもう俺にくれたから」
ラクアが嘘偽りのない、心からの言葉を言うとルーファスは顔を真っ赤にしていた。
「お、おま、お前は時々、不意打ちでそう言う事を言うからいかん……全く」
すっかり照れてしまったルーファスは顔に手を当てて言い、そんなルーファスにラクアはくすりと笑った。
「仕方ないでしょう、本当の事なのだから」
ラクアが言うと、ルーファスは仕方がない、というように笑った。
「それなら私も礼を言う。お前には苦労をかけるが、ルークを産み育ててくれて、ありがとう」
ルーファスに真正面から謝意を言われて、今度はラクアが顔を赤くする番だった。
そんなラクアの頭をぽんぽんっと撫で、ルーファスは窓の外を見た。もう日は暮れている。
帰らなければならない時刻だ。
「……お帰りの時間ですね」
ルーファスの視線に気が付いたラクアがぽつりと言った。その声には寂しさが滲んでいる。
「ああ、すまない」
「いいえ、謝られないでください。俺はここで待っていますから」
「ああ……ルークにもよろしく伝えておいてくれ」
「ええ。もしよければ、今度はニール殿下もお連れ下さい。ルークが会いたがっていましたから」
「ああ、必ず連れてこよう。ニールも小さな弟に会いたがっていたからな」
「お願いします」
ルーファスとラクアはそんな会話をして、軽く口告げを交わした後、ルーファスは銀竜に姿を変えると夕暮れる赤い雲の向こうに消えてしまった。
少し寂しい思いもあったが、それでもラクアにとって満ち足りた幸せな日々だった。
……いつかルーファス様が王位をニール様に譲ったら、一緒に暮らせる日がくるかもしれない。
そんな淡い夢まで抱いて。
――――けれど、その日は永遠にこなかった。
◇◇◇◇
―――――ルークが五歳になる前、ルーファスは突然病で亡くなってしまった。
ルーファスが亡くなり、ラクアは深いどん底の悲しみに落とされた気分だった。それでも自暴自棄にならなかったのはルークがいたから。
ルークと共に二人で生きていこう、この子を自分が育てなくては、そうラクアは思った。
そしてニール王子もできる限り手助けをすると言ってくれた。だから『大丈夫だ』と自分を鼓舞した。
ルーファスがいなくても生きてかなければ! と。
けれど、ルーファスが突然亡くなった事は予期せぬ事態をも招いた。
それは次期国王に決まっていたニール王子に横やりが入った事。
ルーファスの実姉の夫がニールに王は相応しくない、自分が王になると言い始めたのだ。
そのせいで王政は乱れ、更にはルーファスの義理の兄はルークの存在を知り、暗殺しようとしてきた。その事に勘付いたニールからラクアは逃げるように指示され、護衛を付けられて身を隠して逃げるように町や森を転々とした。
だが無情にも魔の手は伸びてきて。
ラクアは必死に逃げる際中、なんとかルークだけでも助けようとしてファウント王国のレゼアの森、洞窟の中にまだ幼いルークを押し込めた。
『ルーク、必ず迎えに来るから、ここで待っているんだよ。いいね』
そう言い残して。
けれど、ラクアは戻れなかった。殺し屋と戦い、大きな怪我を負って気を失ったから。
そして目を覚ました時には、竜国の医務室だった―――――。
◇◇◇◇
「――――っ!! ルー、ガハッガハッ!!」
「先生、患者さんが目を覚まされました!」
目を覚ましたと同時に大きな声を出し、ラクアは咳き込んだ。どこかしこも痛い。
……ここはどこだ?
そうきょろきょろと辺りを見回していると、白衣の看護官が水を飲ましてくれた。そして医者がラクアの容体を見る。けれど、ラクアはそれどころじゃなかった。
……ここはどこだ? ルーク、ルークはどこだ!!
ラクアはぐるぐる巻きの包帯のまま体を起こそうとした。
「駄目ですよ! まだ寝てないと! 全身酷い怪我なんですよ!!」
看護官に容易くベッドの押し戻された。けれど、ラクアはそれどころではない。
「離せ! 俺は、俺は!!」
ラクアが掠れた声で言った時だった。駆け足で部屋に入ってくる音が耳に届いた。
そしてバンッとドアが開くと、そこにはニールが立っていた。
「陛下!」
看護官も医者もニールに頭を下げた。
「よい、皆は下がってくれ。私は彼と話がある」
そうニールは言うとラクアの傍に歩み寄り、医者も看護官もニールの言葉を聞いて部屋から出て行った。
「久しぶりだな、ラクア。大丈夫……ではないな」
ニールは心配げに言ったが、ラクアは縋るようにニールに手を伸ばした。
「ニール様! あの子がっ、あの子が!!」
ラクアは知らず知らずの内に、涙を零してニールの手を握っていた。そしてニールはその手を優しく握り返した。
「ラクア、落ち着け。目覚めたばかりなのだろう? 五日も眠っていたんだぞ」
「ニール様、俺は、どうでもいいっ! あの子が、ルークが!」
「ああ、わかっている。少し話をさせてくれないか?」
ニールは落ち着いた声で、ラクアの手を両手で握り、優しく撫でて言った。その言葉に、ラクアもようやく落ち着きを取り戻す。
「す、すみません」
「いや、いいんだ」
ニールはそう言うと、近くにあった椅子を手元に引き寄せて座った。そして、一息ついくとゆっくりと口を開いた。
「まずラクア、私は王になった事を伝えておこう。伯父上は捕縛し、私自ら処罰した」
医者や看護官がニールの事を“陛下”と呼んでいる時点で、そうではないかとラクアは思っていた。
「そう、ですか」
「そして伯父上が雇った殺し屋だが、まだ捕まえられていない。お前の息がある内に見つけられたのは本当に僥倖だった。あともう少し遅ければ、お前は死んでいただろう」
「……ニール様、俺の事などどうでもいいです。ルークは、ルークは無事なんですよね!?」
焦ったラクアが尋ねるとニールは重い口を開けた。
「数日前までは危険なところだったそうだ。だがもう大丈夫だ」
「今、ルークはどこに!」
傍にいてあげなくては! そうラクアは思ったけれど、ニールは首を横に振った。
「ラクア、ルークは竜国にはいないんだ」
「竜国にはいない? どういうことですか」
「連絡があったのは、つい昨日のことだ。ファウント王国国王から直々に連絡を頂いた。銀髪の竜人の子供を保護したと」
ニールに言われて、ラクアは思い出す。ルークをファウント王国の森に隠した事を。
「ルークはファウント王国に!?」
「ああ、お前や護衛の者達を見つけた時、我々はルークを見つける事が出来なかった。だから最悪の事態も考えていたが……ルークを保護してくれたのは、あちらの王弟殿下だそうだ。ルークは数日間、洞窟で耐えしのぎ、空腹に耐えかねて毒のある果物を食べて死にかけていたそうだ。そこに騎士をしていらっしゃった王弟殿下が見つけ、助けて下さったらしい。今は薬も効いて元気になりつつあるそうだ」
それを聞き、ほっとしたせいでラクアの涙はまたぽろぽろと零れてしまう。でも今度は安堵の涙だ。
「そうですか、そうですか……ルークは無事なんですね」
「ああ、だから泣くな」
ニールは困ったように近くにあった手ぬぐいを取って、ラクアに渡した。それを受け取り、ラクアは顔を拭く。
「ファウント王国の王家の方々にはお礼をしなければ。体が治ったら、すぐに迎えに行きます」
ラクアはそう言った。でも全身酷い傷だらけで、竜人であるラクアでも治るには一ヵ月はかかるだろう。
そしてニールはその言葉を聞いて、重い一言をラクアに告げた。
「ラクア、それは許可できない」
思わぬ言葉にラクアは「え?」と驚くしか出来なかった。でも、そんなラクアにニールはちゃんと説明をした。
「ルークを迎えに行きたいのはわかる。だが、ルークをこちらに連れてきてもいいことはないだろう。伯父上を処罰したとはいえ、殺し屋はまだ捕らえていない。もしルークをこちらに連れ帰れば、殺される危険性がある。殺し屋は狙った獲物を逃さない。……それに私は王になったが、お前が以前危惧していた通り、私と弟の間で派閥ができる可能性もある。そうなればまだ幼いルークに良くないことも吹き込む輩が現れないとも限らない。だから今はまだ、この国に連れ帰るのは得策ではないんだ」
それは理屈の通った話だった。
「……それは、確かに」
「幸い、ファウント王国の国王はとてもよく出来たお方だ。俺はあちらにルークを匿って貰おうと思っている」
「な、ならば俺も向こうに!」
「殺し屋はお前の事も殺したと思っているだろう。そのお前が生きていると知れば殺しにくるだろう。そしてファウント王国にいるルークも。そうなればあちらにも迷惑をかける……だからラクア、身を偽り、殺し屋が見つかるまではまだこちらにいてくれないだろうか?」
ラクアはニールの言葉に、もう何も言えなかった。
「ラクア、すまない」
ニールは頭を下げ、ラクアが持てる言葉はただ一つだけだった。
「……わかりました。ニール様、あの子の無事の代わりなら」
それは身を切るほどの思いだった。でもルークの安全と引き換えなら、簡単に手放せるものだった。
「ニール様、お願いします。どうかファウント王国国王陛下にどうぞ、よろしくお願いいたします、と」
「ああ、わかっている」
ニールはそうラクアにハッキリと告げた。
それからラクアは殺し屋に狙われないようにイサールと名前を変え、酷い傷を隠す為と身元がばれないようにマスクをし、護衛官として復帰してニールの傍に仕えるようになった。
それから十三年待ち、ようやく愛し子に会えた。
……人生とは本当にどう転ぶかわからないものだ。
ラクアもとい、イサールはくすりと笑って、すぴすぴと眠るルイのまん丸ほっぺを指先ですりすりと撫でた。
しかし、そんな折、控えめに部屋のドアがコンッとノックされた。
「ルークは日に日に大きくなるな」
「ええ、そうですね」
ルーファスとラクアは眠るルークを見つめながらそんな会話をした。
だがそんな折、不意にルーファスがラクアに尋ねた。
「ラクア……本当に欲しいものはないのか?」
「え?」
「私は王として城を離れられない。お前にルークを任せきりで、こうしてたまに来ることしかできない。ルークの事もあって、こんな郊外にしか住めんし……何か、何か欲しいものは、私に何かできる事はないか?」
まるでそれは許しを請う罪人のようだった。けれど、ラクアはそんなルーファスに微笑んで首を横に振った。
「いいえ、何もいりません」
「……お前は本当に無欲だな」
ルーファスの言葉にラクアはすぐに「それは違います」と言い返した。そしてそっとルーファスの手を握った。
「俺はもうすでにどんな高い値打ちの物よりも、ずっと素晴らしいものを貰っていますから」
「素晴らしいもの?」
驚くルーファスにラクアは頷いて、そっとルークに視線を向けた。
「俺に、家族と言うものを、子供と言うものを与えてくれました。俺はこれ以上のものを知らない。だから、俺は何も欲しくないんです。ルーファス様、貴方がもう俺にくれたから」
ラクアが嘘偽りのない、心からの言葉を言うとルーファスは顔を真っ赤にしていた。
「お、おま、お前は時々、不意打ちでそう言う事を言うからいかん……全く」
すっかり照れてしまったルーファスは顔に手を当てて言い、そんなルーファスにラクアはくすりと笑った。
「仕方ないでしょう、本当の事なのだから」
ラクアが言うと、ルーファスは仕方がない、というように笑った。
「それなら私も礼を言う。お前には苦労をかけるが、ルークを産み育ててくれて、ありがとう」
ルーファスに真正面から謝意を言われて、今度はラクアが顔を赤くする番だった。
そんなラクアの頭をぽんぽんっと撫で、ルーファスは窓の外を見た。もう日は暮れている。
帰らなければならない時刻だ。
「……お帰りの時間ですね」
ルーファスの視線に気が付いたラクアがぽつりと言った。その声には寂しさが滲んでいる。
「ああ、すまない」
「いいえ、謝られないでください。俺はここで待っていますから」
「ああ……ルークにもよろしく伝えておいてくれ」
「ええ。もしよければ、今度はニール殿下もお連れ下さい。ルークが会いたがっていましたから」
「ああ、必ず連れてこよう。ニールも小さな弟に会いたがっていたからな」
「お願いします」
ルーファスとラクアはそんな会話をして、軽く口告げを交わした後、ルーファスは銀竜に姿を変えると夕暮れる赤い雲の向こうに消えてしまった。
少し寂しい思いもあったが、それでもラクアにとって満ち足りた幸せな日々だった。
……いつかルーファス様が王位をニール様に譲ったら、一緒に暮らせる日がくるかもしれない。
そんな淡い夢まで抱いて。
――――けれど、その日は永遠にこなかった。
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ルーファスが亡くなり、ラクアは深いどん底の悲しみに落とされた気分だった。それでも自暴自棄にならなかったのはルークがいたから。
ルークと共に二人で生きていこう、この子を自分が育てなくては、そうラクアは思った。
そしてニール王子もできる限り手助けをすると言ってくれた。だから『大丈夫だ』と自分を鼓舞した。
ルーファスがいなくても生きてかなければ! と。
けれど、ルーファスが突然亡くなった事は予期せぬ事態をも招いた。
それは次期国王に決まっていたニール王子に横やりが入った事。
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そのせいで王政は乱れ、更にはルーファスの義理の兄はルークの存在を知り、暗殺しようとしてきた。その事に勘付いたニールからラクアは逃げるように指示され、護衛を付けられて身を隠して逃げるように町や森を転々とした。
だが無情にも魔の手は伸びてきて。
ラクアは必死に逃げる際中、なんとかルークだけでも助けようとしてファウント王国のレゼアの森、洞窟の中にまだ幼いルークを押し込めた。
『ルーク、必ず迎えに来るから、ここで待っているんだよ。いいね』
そう言い残して。
けれど、ラクアは戻れなかった。殺し屋と戦い、大きな怪我を負って気を失ったから。
そして目を覚ました時には、竜国の医務室だった―――――。
◇◇◇◇
「――――っ!! ルー、ガハッガハッ!!」
「先生、患者さんが目を覚まされました!」
目を覚ましたと同時に大きな声を出し、ラクアは咳き込んだ。どこかしこも痛い。
……ここはどこだ?
そうきょろきょろと辺りを見回していると、白衣の看護官が水を飲ましてくれた。そして医者がラクアの容体を見る。けれど、ラクアはそれどころじゃなかった。
……ここはどこだ? ルーク、ルークはどこだ!!
ラクアはぐるぐる巻きの包帯のまま体を起こそうとした。
「駄目ですよ! まだ寝てないと! 全身酷い怪我なんですよ!!」
看護官に容易くベッドの押し戻された。けれど、ラクアはそれどころではない。
「離せ! 俺は、俺は!!」
ラクアが掠れた声で言った時だった。駆け足で部屋に入ってくる音が耳に届いた。
そしてバンッとドアが開くと、そこにはニールが立っていた。
「陛下!」
看護官も医者もニールに頭を下げた。
「よい、皆は下がってくれ。私は彼と話がある」
そうニールは言うとラクアの傍に歩み寄り、医者も看護官もニールの言葉を聞いて部屋から出て行った。
「久しぶりだな、ラクア。大丈夫……ではないな」
ニールは心配げに言ったが、ラクアは縋るようにニールに手を伸ばした。
「ニール様! あの子がっ、あの子が!!」
ラクアは知らず知らずの内に、涙を零してニールの手を握っていた。そしてニールはその手を優しく握り返した。
「ラクア、落ち着け。目覚めたばかりなのだろう? 五日も眠っていたんだぞ」
「ニール様、俺は、どうでもいいっ! あの子が、ルークが!」
「ああ、わかっている。少し話をさせてくれないか?」
ニールは落ち着いた声で、ラクアの手を両手で握り、優しく撫でて言った。その言葉に、ラクアもようやく落ち着きを取り戻す。
「す、すみません」
「いや、いいんだ」
ニールはそう言うと、近くにあった椅子を手元に引き寄せて座った。そして、一息ついくとゆっくりと口を開いた。
「まずラクア、私は王になった事を伝えておこう。伯父上は捕縛し、私自ら処罰した」
医者や看護官がニールの事を“陛下”と呼んでいる時点で、そうではないかとラクアは思っていた。
「そう、ですか」
「そして伯父上が雇った殺し屋だが、まだ捕まえられていない。お前の息がある内に見つけられたのは本当に僥倖だった。あともう少し遅ければ、お前は死んでいただろう」
「……ニール様、俺の事などどうでもいいです。ルークは、ルークは無事なんですよね!?」
焦ったラクアが尋ねるとニールは重い口を開けた。
「数日前までは危険なところだったそうだ。だがもう大丈夫だ」
「今、ルークはどこに!」
傍にいてあげなくては! そうラクアは思ったけれど、ニールは首を横に振った。
「ラクア、ルークは竜国にはいないんだ」
「竜国にはいない? どういうことですか」
「連絡があったのは、つい昨日のことだ。ファウント王国国王から直々に連絡を頂いた。銀髪の竜人の子供を保護したと」
ニールに言われて、ラクアは思い出す。ルークをファウント王国の森に隠した事を。
「ルークはファウント王国に!?」
「ああ、お前や護衛の者達を見つけた時、我々はルークを見つける事が出来なかった。だから最悪の事態も考えていたが……ルークを保護してくれたのは、あちらの王弟殿下だそうだ。ルークは数日間、洞窟で耐えしのぎ、空腹に耐えかねて毒のある果物を食べて死にかけていたそうだ。そこに騎士をしていらっしゃった王弟殿下が見つけ、助けて下さったらしい。今は薬も効いて元気になりつつあるそうだ」
それを聞き、ほっとしたせいでラクアの涙はまたぽろぽろと零れてしまう。でも今度は安堵の涙だ。
「そうですか、そうですか……ルークは無事なんですね」
「ああ、だから泣くな」
ニールは困ったように近くにあった手ぬぐいを取って、ラクアに渡した。それを受け取り、ラクアは顔を拭く。
「ファウント王国の王家の方々にはお礼をしなければ。体が治ったら、すぐに迎えに行きます」
ラクアはそう言った。でも全身酷い傷だらけで、竜人であるラクアでも治るには一ヵ月はかかるだろう。
そしてニールはその言葉を聞いて、重い一言をラクアに告げた。
「ラクア、それは許可できない」
思わぬ言葉にラクアは「え?」と驚くしか出来なかった。でも、そんなラクアにニールはちゃんと説明をした。
「ルークを迎えに行きたいのはわかる。だが、ルークをこちらに連れてきてもいいことはないだろう。伯父上を処罰したとはいえ、殺し屋はまだ捕らえていない。もしルークをこちらに連れ帰れば、殺される危険性がある。殺し屋は狙った獲物を逃さない。……それに私は王になったが、お前が以前危惧していた通り、私と弟の間で派閥ができる可能性もある。そうなればまだ幼いルークに良くないことも吹き込む輩が現れないとも限らない。だから今はまだ、この国に連れ帰るのは得策ではないんだ」
それは理屈の通った話だった。
「……それは、確かに」
「幸い、ファウント王国の国王はとてもよく出来たお方だ。俺はあちらにルークを匿って貰おうと思っている」
「な、ならば俺も向こうに!」
「殺し屋はお前の事も殺したと思っているだろう。そのお前が生きていると知れば殺しにくるだろう。そしてファウント王国にいるルークも。そうなればあちらにも迷惑をかける……だからラクア、身を偽り、殺し屋が見つかるまではまだこちらにいてくれないだろうか?」
ラクアはニールの言葉に、もう何も言えなかった。
「ラクア、すまない」
ニールは頭を下げ、ラクアが持てる言葉はただ一つだけだった。
「……わかりました。ニール様、あの子の無事の代わりなら」
それは身を切るほどの思いだった。でもルークの安全と引き換えなら、簡単に手放せるものだった。
「ニール様、お願いします。どうかファウント王国国王陛下にどうぞ、よろしくお願いいたします、と」
「ああ、わかっている」
ニールはそうラクアにハッキリと告げた。
それからラクアは殺し屋に狙われないようにイサールと名前を変え、酷い傷を隠す為と身元がばれないようにマスクをし、護衛官として復帰してニールの傍に仕えるようになった。
それから十三年待ち、ようやく愛し子に会えた。
……人生とは本当にどう転ぶかわからないものだ。
ラクアもとい、イサールはくすりと笑って、すぴすぴと眠るルイのまん丸ほっぺを指先ですりすりと撫でた。
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