竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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12 エルマンの話

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「……ん」

 レイはふかふかのベッドで目を覚まし、ぼんやりと目を開ける。
 だが、あまりにベッドがふかふかで、その上、ぽかぽかと毛布が暖かいものだからレイはもう一度寝ようと目を閉じた。だがハッとして目を開け、体を起こした。

「こ、ここどこだ!?」

 レイは声を上げて、周りを見た。そこは煌びやかな部屋の一室で、寝ているベッドは天蓋付きの豪華なものだった。

 ……俺、なんでこんなところに? 確か、赤髪の綺麗な男が現れて、それで……眠らされた?

 レイはまだちょっとぼんやりとする頭を抱えながらベッドから下り、辺りをきょろきょろとする。だが不意にカーテンが揺れるテラスが見え、そこから聞きなれない獣の声が聞こえた。

 ……何の音だ?

 レイはふらふらとしながらもテラスに出て、そして空に浮かんでいる物を目の当たりにしてぎょっとした。

「りゅ、竜ッ!?」

 レイの見上げる空には、何頭もの竜が空を飛んでいた。雄大に羽を広げ、自由に動いている。

「な、なんで竜がっ」

 レイは思わず呟いたが、後ろから「おはようございます」と声をかけられて、「わひゃ!」と驚いて肩を揺らした。そして振り向けば、いつの間にか自分を眠らせた赤髪の男が立っていた。

「ご機嫌いかがですか? よく眠っていましたね、まあ私が眠らせたんですが」
「あ、あんたっ! ここはどこだっ?! 俺を何の目的でこんなところにっ」

 レイが尋ねると、赤髪の男は申し訳なさそうな表情を見せた。

「手荒な真似をして申し訳ありませんでした。ここは竜国、私はここで宰相をしているエルマンと申します」

 赤髪の男・エルマンはレイに頭を下げ、そう説明した。

「竜国!? なんでそんな遠いところにっ」

 レイは驚きに声を上げる。ファウント王国から竜国までは馬車や船を使って三週間はかかるほど距離があるからだ。レイは竜国の話は聞いても、勿論来たことはなかった。

「少々事情がありまして、貴方を眠らせ、私が竜となって竜国までお連れしました」
「竜になって……」

 レイは目の前にいるどう見ても人間らしい男を見る。だが彼は竜人なのだろう、どこかルークと同じ人外の美しさがある。そして竜はひとっ飛びで国を超える。遠い道のりも竜なら一日で着くだろう。
 太陽の傾きを見て、今が朝であり、眠らされたのは昨日の事だとレイは推測する。

「なんで、俺を竜国に……まさか、ルークが目的か?」

 レイはルークが言っていた事を思い出し、尋ねるとエルマンはゆっくりと頷いた。

「ルークを呼び寄せる為に俺をここに連れて来たっていう事か」
「ええ、色々と事情がありまして。よければ食事をとりながら話を聞いていただけませんか?」

 エルマンに言われ、途端にレイのお腹はぐぅっと鳴る。昨日は二日酔いで朝から何も食べていなかった。お腹の中は空っぽだ。

 ……とりあえず逃げるにしても、話を聞くにしても腹ごしらえからだな。

 レイはお腹をさすり、こくりと頷いてエルマンの提案に乗った。
 それからエルマンは外に待機していた侍従に指示を出し、部屋にテーブルと椅子、食器をセットさせた。そして準備が終わったと思ったら、今度はカートに乗せられて料理が続々と運ばれてくる。それはレイのお腹を刺激するいい匂いと共に。

「さ、どうぞ、こちらに」

 エルマン自らレイの為に椅子を引き、レイは誘惑に勝てずに椅子に大人しく座った。テーブルの上に用意されている料理はどれもおいしそうで、レイのお腹はきゅうきゅうと鳴る。

「遠慮なさらず、どうぞお召し上がり下さい」

 エルマンの言葉にレイは頷き、祈りを捧げてから料理に手を付ける。だが、誰のどことも知れない者が作った料理を食べるのにはやっぱり抵抗がある。レイは最初は恐る恐る口をつけた。しかし料理はおいしく、お腹も空いていたレイはいつの間にかパクパクと食べだした。
 それを見たエルマンもほっとしたように安堵の顔を見せ、それからレイと向かい合わせの席に腰を下ろした。

「さて、どこから話したらよいのか……」

 エルマンは少々困った風に言い、レイから尋ねた。

「ルークの事が好きなのか? あいつがアンタの誘いを断ったから、俺を連れ去ったのか?」

 レイはそう尋ねた。ルークは竜国に来るよう誘いを受けていた、それは優秀な人材として、とレイは思っていたが、それだけで人を攫ったりはしないだろう。と考えれば、残るのは恋慕からの行為。だから尋ねたのだが、エルマンは笑った。

「いえ、違います。レイ殿が思っているような感情は私にはありません」

 エルマンは即座にはっきりと否定した。

「なら、どうして?」

 レイの問いにエルマンは小さく息を整えてから、ようやく話し始めた。

「レイ殿は、竜国も君主制度であることはご存知ですか?」

 エルマンに尋ねられてレイは頷いた。

「我が国ではファウント王国同様、建国された時より王がこの国を治めて参りました。しかし、二年前に王が亡くなり、今王位は空席となっております」

 エルマンの話にレイは耳を傾けながら、人づてに聞いた話を思い出す。エルマンの言う通り、二年前に竜王が病気で亡くなった事を。しかし、竜王にはたった一人の娘がいたはずだ。

「王位が空席? じゃあ誰が治めている? それに先代竜王にはご息女がいたはずでは?」

 レイは矢継ぎ早に質問したが、エルマンは嫌な顔をせず答えた。

「レイ殿のおっしゃる通り、先代には一人娘のニコラ様がおられます。しかしながら、我が国の法では女子は王位を継げないのです」
「なら、今は誰が?」
「僭越ながら、私が王代理を務めさせていただいております。でも、それもニコラ様がご結婚されるまでの間」
「……まさかルークを王女の相手に?」

 レイが尋ねるとエルマンはにっこりと笑って、それから首を横に振った。

「いいえ、そうではありません」
「じゃあ、なんで」

 レイが尋ねるとエルマンは深刻そうな顔をし、それから低い声で話し始めた。

「今、ニコラ様との婚姻を狙う貴族同士の争いが起こっているのです」
「貴族同士の争い?」
「人であるレイ殿には理解されにくいかもしれませんが、我々にとって王家の方々は……銀竜は神聖なのです。この竜国を建国された初代王が珍しい青銀竜だった事も起因していますが。……とにかく、王族と関り合いを持ちたいと思う竜人は多い。そして今は王族はニコラ様ただお一人。ニコラ様と婚姻を持ち、後にお子様が出来れば」
「一気にその家が権力を持つ。……つまり権力争いか」

 エルマンが言いたいことを察して、レイは答えた。

「その通りです。今までは代々王が妃を貰い受ける形でした。王に女児しか生まれなかった場合も、王弟や血の繋がりがある従兄弟、男児に王位は譲られてきましたので、一部の貴族が力を持つことなどなかったのです。しかし、今はニコラ様お一人」
「王位継承とは大変だな。……確か先王の時も」

 レイは言いかけて思い出す。数十年前、亡くなった先王が王位に立つ時も竜国では王位継承で揉めたという話だ。

「ええ、お恥ずかしながら」

 そう言ってエルマンは包み隠さず、先王の時、王位継承で何があったのか話してくれた。

 先々代の王が亡くなった時、誰しもが息子である先王が継ぐのだと思っていたのに、亡くなった先々代王姉の夫が名乗りをあげた。そして、まだ当時若かった先王を暗殺しようとしたのだ。しかし暗殺は失敗し、先々代王姉の夫は逆に殺され、後に彼は狂竜(くりゅう)と呼ばれた。

「狂った竜……か」
「力の強い竜人ほど、大事なものに強い執着心を持ちます。そしてそれを失った時、悲しみのあまりに狂ってしまう。彼もまた、妻を亡くし、狂ってしまったのです」

 なんとも悲しい竜の性にレイは言葉を失う。そしてルークの自分に対する執着心を知っているからこそ、王姉の夫は悲しみのあまり自分を見失ったのだろうと、容易に想像ができた。

「そんな事があったのか」
「はい……。本当に王位継承は簡単ではありません」

 エルマンは困ったように笑い、本当に苦労しているのだとレイはわかった。でも、まだ肝心な事を聞いていない。

「だけど、それでどうしてルークが必要になる? 貴方はルークに何をさせようとしている?」

 レイがじっと見て尋ねると、ようやくエルマンは核心を話した。

「ルーク殿に王位を継いでいただきたいのです」

 静かな、それでいて確かな声だった。だから聞き間違えるはずはないのに、レイは自分の耳を疑った。

「な……んで、ルークが。あいつはただの竜人だろ!?」

 レイが森で拾った竜人の子供。とても王族とは思えないほどのぼろぼろの子供だった。しかし、エルマンは首を横に振り、静かに告げた。

「いいえ、ルーク殿は先々代竜王陛下のご子息なのです」
「ルーク……が? 先々代の息子って事は、先王の」
「王弟になられます」

 冷静に告げるエルマンにレイは思わず席を立って、テーブルをどんっと叩いた。

「そんな馬鹿な! ルークが王弟!? あいつは森に捨てられていたんだぞッ! それに王弟がいた話なんて!」

 レイが険しい顔で尋ねると、エルマンは一呼吸おいてから説明してくれた。

「ルーク殿の母親は元々先々代の側で仕えていたらしいのですが、身分差に母親の方が公表を拒否したそうです。その時にはもう成人された先王陛下もいましたし、混乱をさける為にも先々代は関係を公にしなかったそうです。しかし先々代が亡くなり、先王が王位を継承する時、事件が起こりました。それは先ほど話した通りです」
「それがどうして、ルークが森に捨てられることに関係がある?」
「王姉の夫は、どこから聞いたのか先々代に先王だけでなく、もう一人息子がいた事を知り、先王よりも先にまだ幼いその子を暗殺しようとしたのです」

 エルマンの言葉にレイは胃に鉛が落とされたように気分が悪くなった。レイがルークと出会った時、ルークはまだほんの子供だった。何もわからない小さな子供。それを殺そうとした人がいるなんて、信じられない。いや信じたくなかった。

「勿論、その事に先王も気が付いて、母親と異母弟であるルーク殿を保護しようとしました。しかし王姉の夫は手を回し、保護する前に母親と護衛に付けていた者を追いかけ、その際子供は行方不明に……。ここからは私の推測ですが、暗殺者の手に追い詰めらた母親はルーク殿を森に隠したのでしょう。でも戻れなかった。……そして貴方がルーク殿を見つけた」

 エルマンの説明にレイは何の言葉も出なかった。全て辻褄が合いすぎている。そしてエルマンが嘘を言っているとも思えなかった。保護された時、ルークは言っていた。

 田舎で母親と暮らしていたのに、急に若い男がやってきて町を転々とするようになった。そして『ここで待っていて』と母親に言われて、洞窟で待ち続けた、と。
 つまり、護衛に任命されたの男がルークの母親の元に訪れ、暗殺者から逃れる為に町を転々としたのだろう。そして、ルークを森に隠した。それが本当の真相。

 ……ルークは捨てられたんじゃなかった!

「ファウント王国に銀髪の竜人騎士がいると聞いた時には本当に驚きました。まさか、と」
「でも、森で拾ったからって……ルークが王弟だっていう証拠は」

 レイの言葉にエルマンが「それは」と答えかけた時だった。ノックもなく無遠慮にドアが開いた。そして、そこにいたのは銀髪の美少年だった。

「エルマン! 帰ってきたっていうのに、どうして僕に顔を出さない!」
「ニコラ様!」

 エルマンは男の子の名前を呼んだ。だがニコラは王女の名前だ。そして声変りをしていない男の子の顔をじっと見て、レイは気が付いた。

「え……もしかして王女様?」
「ん? もしかして、人間!? エルマン! お前、人間の男を連れてきたのか!? 僕というものがありながら~っ!」

 ニコラ王女はむすーっと頬を膨らましてエルマンに言った。エルマンは困り顔で「違います、勘違いですよ」と宥めている。でも、それを見ていたレイはある事に気が付く。
 ニコラの髪の銀色は、ルークによく似ていることに。そのレイの視線にエルマンも気が付き、ニコラを宥めた後、レイにそっと教えた。

「言うより、見た方が早かったですね。他国にはあまり知られていませんが、銀色の髪は王族の血を持つ者しか持てないのです」

 それは確かな証拠だった。


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