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第四章「ディープな関係!?」

16 パンナコッタ

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 ――翌日。俺は朝からレノに明かりの件をネチネチ言われ、げんなりとしつつ(まあ俺が悪いんだけど)朝食後は、暇も与えられず執務室にて書類をどっさりと貰った。中には数週間後まで猶予がある案件もあったけど、ここは大人しく処理しておく。
 今、反抗するのはとても良くない。むやみに反抗して、その拍子にぽろっと喋ったりしたら危険だ。

 そして、そうなったら俺はレノに何をされるか……ぷるぷるっ(恐)

 だから昼食後も真面目に仕事に取り掛かっていた。なので、俺はすっかり忘れていた。俺が喋らなくても、口を滑らせてしまうかもしれない人物がいることを。



 ◇◇



「昨日はごめんね。ついキトリーがカッコいいことを言うから」

 おやつを持ってきたアシュカはニコニコしながらそう俺に言った。絶対悪いと思っていない。
 ちなみに今日のおやつはベリーソース付きのパンナコッタだ。もはや見た目からうまそう、じゅるっと涎が出る。けれどその前に言っておかなければいけないことがある。

「今後、俺の半径一メートルには近づかないように」

 俺がびしっと言うと、アシュカは両手を合わせて謝った。

「そんな~。ごめんって。もう二度としないから!」

 アシュカは謝ったが、笑いながらだ。つまり反省していない。

「やっぱり二メートルな」
「ちょっとちょっと、なんで範囲広くなってるの? そもそも原因はキトリーだよ? キトリーがあんなカッコいい事をさらっと言っちゃうから、僕の我慢も切れて」
「カッコいいって何がだ。人の唇奪っといて、そんな言い訳が通用すると思ってんのか。昨日は訳わからんかったが、同意のない行為は駄目だぞ!」

 俺が厳しく言えば、アシュカはしょげた顔を見せた。

「それは、その、ごめんなさい。ホントこの通り、謝ります」

 アシュカは今度こそ、真面目にぺこっと頭を下げて謝った。きちんと謝ってくれたなら俺の溜飲も下がる。

「わかればよろしい」

 という訳で俺はパンナコッタに手を付ける。
 スプーンで一口分すくい、赤いベリーソースがかかっているパンナコッタをパクリと食べる。そうすればベリーの酸味とパンナコッタの甘みが絶妙!

 ……白く輝くパンナコッタ。一口食べれば、ナンテコッタ! ……なんちゃって。ちょっとおじさん臭かったか?

 一人心の中でダジャレを呟きつつ、俺は美味しいパンナコッタをパクパクと食べる。そんな俺にアシュカはずいっと自分用の大きな器(むしろボウル)に入ったパンナコッタを差し出した。

「キトリー、僕の分もあげるから。本当、許して?」
「アシュカの分も! ……い、いや。それはアシュカの分だからいい」

 俺は食べたい気持ちをぐっと堪えて自分の分のパンナコッタを食べる。

「それに謝ってくれたから、もう怒ってないよ。ただ、二度とあんな事しちゃダメだからな?! 例え俺じゃなくても!!」
「わかってるよ。あの時はキトリーが魅力的過ぎて」

 アシュカが真面目な顔をして言うから俺は本当に心配になる。

「アシュカ。一度、お医者さんに目を見てもらった方がいいぞ? それか眼鏡を買った方がいいかも。両方とも、帝都ならいいとこ教えてやれるけど」
「ちょ、別に目はおかしくないから!」

 アシュカはハッキリと否定するが俺はじとっと疑いの目を向ける。そんな俺を見て、アシュカは深いため息を吐いた。

「ほんっと、キトリーで自分に無関心と言うか、わかってないというか。自分がどれだけ魅力的かわかってなさすぎだよ」
「魅力的ねぇ~」

 俺はパンナコッタを食べながら呑気に答える。けどアシュカはなぜかマジだ。

「自分自身の事だから気がつきにくいかもしれないけど、キトリーはとっても魅力的だよ。艶やかな黒髪に鮮やかな緑の瞳。可愛い顔立ちをしてるし、体格もすらっとしてる。王子と婚約していたから誰も言わなかっただけで、キトリーに好意を抱いていた人はいたと思うよ。僕やレノのようにね」

 ……可愛い顔立ちって、いよいよ幻覚でも見始めたか? そりゃ、レノに対して見目麗しいとか言ってたけど、自分で言うのと人から言われるのじゃ全然違う。俺、可愛い顔立ちしてるか? レノなんて鼻で笑ってたけど。そして、その塩顔耽美系な麗しいレノ君の方が俺よりモテてたけど。

「信じてないでしょ? でも僕のいう事は間違ってないと思うよ。それになによりキトリーの魅力は外見だけじゃない。一番魅力的なのは中身だ。キトリーの真っ直ぐな心は周りが霞んじゃうくらいの一等品だよ」

 アシュカはそう言うと俺を見つめた。その目が本気で言っているのだとわかってなんだか照れ臭い。そんな大したものじゃないから。

「あのなぁ、俺のドコを見て言ったのかわからないけど。俺ってアシュカが想ってるより欲深いぞ? それこそ俺の事、色眼鏡で見過ぎだ」
「そうかな? 僕はありのままを見てるけど」
「やっぱ一度、眼科に行きなさい。その内幻覚まで見始めるぞ」
「そんな事ないのに……。昨日のキトリーは誰よりもカッコよかったよ。思わずキスしちゃうくらいに」

 アシュカはニコッと笑って俺に言う。だから、俺はちょっとアシュカのキスを思い出してしまう。とはいっても、触れたのは一瞬だったからあんまり覚えてないけど。むしろ、どっちかっていうとレノとのキスの方がしっかりと覚えてるぐらいで。

 ……ん? なんかアシュカとのキスは思い出すだけでぞぞっとするけど、レノとは胸の奥がこうぽわっとするようなぁ? あんなにぶちゅっとキスしたのに??

 俺は二人のキスを思い返して、胸の中にある変な気持ちに気がつく。
 でも何も言わずに首を傾げる俺にアシュカは不思議そうな顔をして声をかけた。

「キトリー? どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない。……とにかく昨日の事は他言無用だぞ。特にレノには言わないように!!」

 俺が告げるとアシュカはにまっと笑った。

「じゃあ、二人だけの秘密ってことだね?」
「いや、そういうんじゃなくてっ」
「そういう事だろう? キトリーと二人だけの秘密なんて嬉しいなぁ」

 アシュカは嬉しそうにのほほんっと笑う。誰のおかげで俺の身が危ないと思ってんだ!

「何が秘密だっ。元はと言えば、アシュカがしたからだろ!」
「うん、そうだね。だからお詫びに何かさせてよ。キトリー、僕に何かしてほしいことってない? なんでもしてあげるよ?」

 アシュカはニコニコしながら俺に聞いてきた。

 ……アシュカめ、本当に反省してんのか?

 俺はそう思いつつも、あるお願い事を思いつく。

「んじゃ、一つだけお願いしようかな」
「うん、何でも言って」

 アシュカがそう言うから俺はこの後、お願い事を口にした。だが、アシュカはそれを聞いた途端、顔をむすっと歪ませた。
 でも何でも聞くって言ったんだから、絶対に聞いてもらうんだからなッ!



 ◇◇



 ――そして同じ頃、庭の木陰では。
 フェルナンドにおやつを持ってきていたヒューゴは「はぁーっ」と深いため息を吐いていた。

「ヒュー? どうしたんだ?」

 フェルナンドはパンナコッタを一口食べ、隣に座る暗い顔の夫に声をかける。そうすれば体育座りで座っているヒューゴは顔を上げた。

「いや、ちょっとなぁ~。……あー、でも」

 煮え切らない態度のヒューゴにフェルナンドは首を傾げる。

「何かあったのか?」
「んー、坊ちゃんに恨まれなければいいんだが、はぁっ」

 ヒューゴは大きなため息を吐いた。
 そして、この言葉の意味を俺が知るのは数日後だった――。


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