残虐王

神谷レイン

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花の名を君に

25 もう離さない

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 気配を感じ、建国碑の近くに姿を現すとそこにローアンが立っていた。
 太陽は昇ったばかりで、朝日がノイクの建てた建国碑を照らし、その傍にローアンはいた。

 ……ローアン!

 僕が駆けよろうとした。だが、ぼんやりとしていたローアンは建国碑の傍に咲いている花を見て、呟いた。

「……レスカ……チア?」

 それは花の名前ではなく、何かを思い出して呟いている姿だった。

 まさか!

 そう思った時にはローアンはハッキリと叫んでいた。

「レスカチアッ!」

 僕を呼ぶ声。ローアンがやっと僕を呼んでくれた。
 僕は嬉しくて、思わず声をローアンに掛けた。

「……やっと、僕を呼んでくれた」

 僕の声にローアンは振り返り、僕を見た。久しぶりに姿を現した僕に驚いていた。

「……レスカチアッ」

 その声は少し震えていて、でもしっかりとローアンは僕の名をもう一度呼んだ。何度だって君には呼ばれたい。

「僕の事を思い出してくれたんだね」

 僕はローアンに近づいて、少し見上げて頬を撫でた。
 記憶を奪った僕が言う事ではないけれど、僕を思い出してくれて嬉しかった。
 ローアンの瞳は驚きに満ち、僕を見つめる。きっと僕が人でない事に気が付いたのだろう。だって僕はあの頃から姿が変わっていない。変わったとすれば、髪が短くなったぐらい。

「レスカチア……お前は、何者だ?」
「僕は僕だよ」
「お前は……人ではないのか?」

 答えに辿り着いたローアンに僕は微笑んだ。

「そうだね。僕は人ならざる者だ。……怖い?」

 自分で聞いておきながら怖いと言われたらどうしようと思い、僕は頬を撫でていた手を引っ込めた。
 そしてローアンは僕を見つめるばかりで何も言わない。やっぱり嫌なのかも。

「やっぱり、僕のような者は嫌かな?」

 尋ねた僕の手を取るとローアンはハッキリと「嫌なものか!」と答えてくれた。
 嬉しくて僕はほっとした。

「そう。よかった」

 でも、そんな僕に今度はローアンが尋ねる番だった。

「レスカチア……なぜ、私の元から去った?」
「それは……今回? それとも前の事?」

 僕は二回もローアンの前から去った。どちらの事だろうと、聞き返せば「両方だ」と言われた。僕は正直に答えなければならないだろう。

「……そうだね。君が十三歳の時、姿を消したのは君は人の世で生きるべきだと思ったからだよ。僕は君に近づきすぎた。そのせいで周りは君を迫害し続けて……離れた方がいいと思ったんだ」

 ローアンは思い当たる節があるのか、その瞳は過去を思い出していた。

「だから、私に軍へ入るよう助言したのか」
「うん、でも君は嫌がった」

 僕が告げると、ローアンは少し目を伏せた。僕の言葉を、十三歳の時に拒否したことを思い出したからだろう。

「お前と離れるのは嫌だった。だが……だから私の記憶を?」

 尋ねるローアンに僕は答えた。

「そう、僕が消したんだ。……それでよかったと思っていた。人は人の世に生きるべきだからね。僕は君が愛しくて、傍に居過ぎた。そう思ったんだ」

 僕はそこまで言って、少し呼吸を整えてから、もう一度口を開いた。

「でも、軍から戻ってきた君は王になり、いつも苦しそうだった。いつも一人で戦っていた。……人の悪意や敵意、憎悪と」

 ローアンの顔を見ると、その黒い瞳が揺らいでいた。涙は出てないのに、泣きそうな顔。僕まで泣いちゃいそうになる。でもぐっと堪えて、ローアンに伝えた。

「僕はね。ずっと君を見ていたよ。……だから、耐えられなくなった。君を人の世に戻した事、後悔した。君の孤独はあまりに深くて辛くて、僕は悲しかった」
「だから私の元に戻ってきてくれたのか」

 ローアンの問いかけに僕はこくりと頷いた。

「そうだよ。もう君を一人にしない」
「……なぜ、私に何も言わなかった。なぜ……侍従として入ってきたんだ」
「僕が記憶を消したから、君は何も覚えていなかった。僕が正直に言っても、君は僕を信じなかっただろう。だからだよ。……それに僕は思い出さなくてもよかった。僕はただ君の傍にいたいだけだったから」

 君の気持ちが変わるのを。
 でも僕が告げると、ローアンの顔に段々と罪悪感の色が浮かぶ。きっと僕を抱いた事、酷いことをしたと思っているんだろう。

「レスカチア、私は……」
「そんな顔しないで。僕は君の笑顔が大好きなんだ」

 僕は笑ってローアンの言葉を遮った。それに謝らなければならないのは僕の方なのだ。
 僕はいつだって身勝手で中途半端。ローアンをこの数日、一人にした。

「でも、ごめんね。突然いなくなって。……僕は人じゃないから、あまり人の世に長くはいられられないんだ。だから一度、異界に戻ったの。何も言わずに消えて、ごめん」
「いや。……あのチェインという男は?」

 僕を監禁していたローアンは気まずさを誤魔化すように僕に尋ねた。僕は怒っていないのに。

「もうわかっているんだろう?」

 君の子犬だって事は、という言葉は発せられなくてもローアンはわかっていた。

「しかし、茶髪の男の姿に」
「僕が力を貸して少しの間、人の姿になれるようにしてあげたんだ。でも僕があまりに人の世にいるから心配して迎えに来てしまったの」
「……そうか」

 ローアンは納得するように呟いた。
 そんなローアンの手を僕はそっと握った。もうすっかり大きくなってしまった手。でも目の前にいるローアンはまるで十三歳の頃に戻ったようだ。

「他に聞きたいことはある?」

 僕が尋ねると、ローアンは目を少し柔らかく細めた。

「いや、何もない。お前に会えた、それだけで十分だ」

 その言葉は、もうこの世に未練はない。と言っているように聞こえた。
 いや、実際そうなのだろう。ローアンは死のうとしている。

「それで……一人、最期を迎えるの?」

 僕は堪らず聞いていた。聞かずにはいられなかった。

「君は誰かに殺されるのを待ってる。……そうだろう?」
「なぜ……それを」

 驚くローアンの手を僕はぎゅっと力強く握った。もう離さないように。

「僕は君の事ならなんでも知ってるんだよ! 君がどうして残虐王と呼ばれるまでの行いをしたのか。なぜ重税を課すのか。兄姉達を殺し、王位を継いだのか。僕は……痛いほど知ってる」
「レスカチア……」
「君は十分すぎる事をした。もう、いいだろう。だから僕と共に行こう」

 僕の誘いにローアンは予想通りの答えを返した。

「それはできない」
「なぜ!」
「……私には果たさなければならない義務がある」

 ローアンは全てを言わなかった。けれど、僕が代わりに叫んだ。

「殺される事が義務だというのかッ!?」

 僕が告げると、ローアンは苦笑して僕を見つめた。優しい微笑みだった。

「なぜ、君がそうまでして!」

 問いかける僕にローアンは真っすぐな目で僕を見た。

「私が王族であり、今世の王だからだ。これは他の誰もできない」
「ダメだ!」

 僕は拒否したけれどローアンは首を横に振った。

「私でなければ、ならないのだ」

 そうローアンは僕に告げた。
 でも本心は違う事をもう僕は知っている。君を無理やりにでも森に連れて行く。

 僕はそう言いかけたけれど、背後に近寄ってくる人の気配があった。
 ローアンと僕がそちらに視線を向けると、そこにはローアンが信頼を置いている友人がいた。

「陛下……こちらにおられましたか」

 彼は僕が見えないからローアンだけに視線を向けていた。そしてローアンもまた王の顔で返事をした。

「ああ、何か用か」

 ローアンが答えるのと同時に僕は彼の手に剣があるのが見えた。

 まさか、ローアンを!?

 咄嗟に僕はローアンの前に立った。しかし、ローアンは冷静だった。

「時が来たのか」
「はい」

 静かに会話する二人に僕は声を上げた。

「ダメ! 絶対、殺させやしない!」

 僕はそう言ったのに、ローアンはまるで僕を無視した。

「そうか……長い道のりだった」

 ローアンが言うと彼は「はい」と答えた。そして両手で剣を持った。
 僕はローアンを連れ去ってしまおうかと思ったが、彼は剣を抜くどころか捧げ持った。

「陛下……明日には民が動きます。ですから、どうかこちらを持ってお逃げ下さい」

 彼はそう言った。
 彼はローアンを殺すつもりなどなかった。むしろローアンに生きて欲しいと願い、逃がそうとしていた。彼は切々とローアンに謝辞を述べ、頭を下げた。
 ローアンは時々狼狽していたけれど、彼はハッキリと告げた。

「もう自由になってください」と。

 それはとても力強いものだった。
 それを見て、ローアンは戸惑いながらも、ふっと肩の力を抜いた。それは重責から解き放たれた瞬間だった。

「セトディア」
「はい」
「お前には感謝する」
「では!」
「お前の用意してくれた逃げ道は使わない。しかし私には行くところがある」
「……行くところ?」
「ここより遥か遠い場所だ」
「遠い場所……」

 彼は不思議そうにした。だがそれが僕へのローアンの答えだった。

「あとは任せる」

 ローアンはそう伝えた後、ゆっくりと視線を僕に向けてみた。もう迷いない瞳だった。

「僕と共に行ってくれるんだね。……怖くないかい?」

 僕が問いかけると、ローアンは目をやわらかく細めた。

「お前が傍にいてくれるなら、どこにでも行こう。もう私を縛るものは何もない」

 それは僕にとって最高の言葉だった。
 僕はローアンの手を握り、ローアンも僕の手を握ってくれた。お互い、手をぎゅっと握りしめた。

「共に行こう、ローアン」

 僕が言うとローアンは頷いた。そして、最後に「さらばだ、セトディア」と彼に告げた。
 それはとても晴れやかな声だった。
 そうしてローアンは残虐王を止め、僕はローアンを森に連れ込んだ。



 森にはチェインが待っていて、嬉しそうにキャンキャンッと鳴いてとても大喜びした。



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