残虐王

神谷レイン

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花の名を君に

24 本当の願い ※

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「あっあっ、もぉ、や、ああああっ!」

 ローアンの膝の上に乗り、対面に座る僕の肩を背中から回した腕でぐっと掴み、僕の体の奥に精液をどくどくっと吐き出した。
 僕は気を失いかけ、ぱたっと寝台に倒れる。相変わらず手は縛られたままだ。
 でも、そんな僕にローアンは息を乱しながら短く言葉を発した。

「はぁっ……股を、開け」

 ローアンの瞳はまだ獰猛に光っている。
 僕はくたくたの体で、なんとか足を広げた。すると、無遠慮にローアンの肉棒が僕の中にまた突き入ってくる。こうなったら僕は喘ぎ声を上げるしかなかった。

「あっあっ、んんんっ!」







 あれから僕は寝室に監禁され、ローアンに毎日飽きることなく抱かれていた。
 寝室に来ればローアンは何も言わずに、貪るように激しく抱く。

 僕は何も言わずに、それを受け入れた。

 それしか僕にはできなかった。こんなことでローアンの辛さや悲しさが、少しでも晴れるなら構いやしなかった。

 けれど、悲しいことに数日もすると僕は極端に体力を失くしていった。
 元々、森に戻る時間が少なくて邪気を貯め込んでいた体だ。森に戻れず、邪気にまみれた城に居続ければどうなるか。その上、毎日ローアンに抱かれて僕の体は疲弊した。

 僕は衰弱し、そんな僕をさすがのローアンも気に始めた。
 毎日、毎日、違う食事を差し出され、食べるように言われた。でも僕は人間の食べ物は昔も今も食べられない。僕には人間の食べ物は毒なのだ。
 ローアンはそれを知らないから、僕が反抗しているように思ったようだった。そうじゃないのに。


 そして、ある日の事だった。


 寝室に戻ってきたローアンは僕の衰弱ぶりを見て、僕を縛っていた紐を小刀で切り払った。

「出ていけ、どこへなりと行くがいい」

 ローアンはそう僕に言った。僕に恩情をかけたつもりだろう、でも僕は出て行きたくなかった。
 大体、出て行けというローアンの顔には出て行かないで欲しいとありありと書いてある。その目が、行くなと、告げていた。

 どうしてそんな君を一人置いていけるだろう。

 僕はフラフラの体で床に下り、頭を下げてローアンにお願いした。

「陛下、僕を側において」

 お願いする僕にローアンは驚いた顔を見せた。

「お前はどうしてそこまでする。お前は私に何を求める?」

 ローアンは戸惑った、素に近い声で僕に問いかけた。顔を見上げれば、ローアンは困ったように僕を見ていた。それは子供の頃と同じように。
 だから僕は自然と微笑んでいた。

「何も……。何も求めない。僕は……君の、傍にいたいだけ」

 本当にそれだけなんだよ。君の傍にいたいだけなんだ。生きて欲しいだけなんだ。
 それは言葉にできずに僕は段々と意識を失っていく。

 ……ああ、なんて僕は無力で弱いんだろう。

 そう思った。
 でもその時、ローアンが小さく呟いた言葉を僕は確かに聞いた。とても大事な言葉を……。


















 まどろみの中にいると、遠くでチェインが泣いているのが聞こえた。

『王、目を覚まして。主、死んじゃうっ』

 悲痛なチェインの声だ。

『人間達、主を殺そうとしてる。王、起きて。早くしないと、主が!』

 チェイン、僕も起きたいけれど体が動かないんだ。もう少し待って、それまで僕の代わりにローアンの傍に……。すぐに行くから。

 僕はその言葉を発せたのかわからない。でも駆けていくチェインの足音が遠ざかっている事だけは聞こえた。

「……ん」

 目を覚ますと、見慣れたねぐらの大木の中に僕はいた。

「ひかり! 精霊王が起きたっ!」

 そう可愛い声が僕に聞こえた。視線を向けると影の精霊がいた。前の影の精霊は大人だったのに、新しく生まれた影の精霊は幼い子供で、もう数百年も経つが未だに姿は変わらない。

「影?」
「精霊王様! お目覚めになられましたかっ」

 僕が影の精霊に気を取られていると、その後ろから光の精霊がやってきた。

「光……どうして」
「精霊王様、酷く衰弱していたんですよ」
「衰弱……」

 寝起きの僕の頭は上手く働かなくて、オウム返しのように光の精霊の言葉を呟いた。

「私がチェインに言って連れ戻させました。あのままでは精霊王様は永い眠りに落ちてしまわれたでしょうから」

 光の精霊に言われて僕はハッとし、顔を青ざめさせた。

「ローアンは! 僕はどれくらい眠っていた!」

 少し前、僕は邪気に蝕まれて眠ってしまった。その期間は一年といわない。

「大丈夫、ほんの数日眠られていただけです」

 光の精霊の言葉に僕はほっとした。

「……数日か」

 しかし数日もの間、ローアンから離れてしまった。ローアンの元に戻らなくては。
 ねぐらの大木から出ようとする僕を影の精霊が止めた。

「精霊王、どこに行くの?」

 見た目も精神も幼い影の精霊は僕にそう尋ねた。影の精霊を見ていると、自分が生まれたばかりの事を思い出す。何も知らなかったあの頃を。

 今はもう何もかも知りすぎた、この複雑に入り組む感情も。

 僕は影の精霊の頭を優しく撫でた。

「影、僕は行かなきゃいけないんだ。……ローアンの元に戻る」

 僕が告げると、光の精霊は厳しい顔をした。

「こんなになるまで痛めつけられても、まだあの者が好きなのですね」
「ああ、そうなんだ。どんなにされても傍にいたい」

 僕が答えると光の精霊は大きなため息を吐いた。

「あんなことを貴方に言うべきではなかった。……このままでは精霊王様はまた傷ついてしまう」

 光の精霊は後悔していた、僕に言った事を。僕がこんな風になってしまったから。
 でもそれは違う。

「いいや、違うよ。光の言う通りだった。おかげで僕はわかったんだ」

 僕はハッキリと光の精霊に告げた。

「僕は愚かだった……。本当に死を望む人間がどこにいるのだろう。そうせざる得ないだけで誰しも本当はそんな事、望んじゃいない。僕はそんな事もわかっていなかった」

 僕は目を伏せて言った。自分の無能さに呆れながら。

「……ローアンが本当に死を望んでいるとばっかり勘違いして。そんな訳ないのに……。ローアンは今、その立場からどこにも逃げることができない。だから死を望むことしかできないんだ。……僕はそんな簡単な事に、今頃気が付いたんだ」

 僕は気を失った時の事を思い出した。
 薄れゆく意識の中でローアンは切ない声で小さく、本当に小さく呟いた。

『お前と生きられたならどれだけいいだろう。身分も関係なく傍にいられるなら……願いが叶うなら、どこへでも行くというのに』

 ローアンは眠った僕の頬を指で撫で、本音をぼそりと呟いた。でもその後、ハッとしてすぐに僕から手を引いた。でもあれは紛れもない本心だった。

 僕は愚かだ。ローアンがどうやったら死を望まないでくれるかどうかばかりを考えていた。でも、最初からローアンは死なんか望んでいやしなかったんだ。

 そこにしか救いがなくて、死に縋るしかなかった。こんな悲しいことがあるだろうか。
 なら、僕がすることはただ一つ。

「だから、ローアンの元に行くよ。そして森に連れてくる」

 僕がきっぱりと告げると光の精霊はハッとした。

「まさか、あの者を精霊に?」
「……いいやしないさ。ただ、傍にいるだけ」

 僕が傍にいる事、それがローアンを死から遠ざける方法なのだ。そして幸せにする方法。
 これがいいのかはわからない。ローアンを森に連れてくる事が、僕が傍にいる事が。
 悪いことになるかもしれない。

 でもローアンは願い、僕はそれを叶えたい。今まで僕はローアンの願いを叶えた事なんてないのだから。
 僕は瞳を瞬かせ、心を決める。

「だから光、僕は行くよ」
「精霊王様……」

 光の精霊は僕を呼ぶだけで、もう引き留めはしなかった。
 僕は光と影の精霊を残し、城へ向かった。


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