残虐王

神谷レイン

文字の大きさ
上 下
19 / 42
花の名を君に

9 十七年後

しおりを挟む

 

 僕はヨーシャにお茶の淹れ方を教わり、時々ロベルトに振舞うようになった。
 そうして季節は幾度となく移り変わり、あっという間に月日が流れた。

 時はいつの間にか十七年が経ち、ロベルトの治める国はすっかり平和になっていた。

「レスカチアッ」
「ロベルト!」

 春の、鮮やかな青天が広がる日。僕は湖に来てくれたロベルトに声を上げた。
 ロベルトは変わらず僕に微笑み、力強い腕で僕を抱き寄せた。それは十七年から何ら一つ変わらない。本当に何一つ、ロベルトの姿も二十代の若々しい姿のままで。

「元気にしていたか?」

 ロベルトはにこりと笑って僕に尋ねた。
 そこには張りのある肌、衰える事のない筋力、爽やかな笑顔には皺ひとつ見当たらない。もうロベルトは四十歳手前だと言うのに。

 でもこれも僕が傍にいるから。

 最初はいつまでも若々しいな、と思うだけだった。けれど数年経っても変わらないロベルトに、僕もロベルト自身も不思議に思った。あまりにも変わらなさ過ぎたから。

 でも、その疑問を解決してくれたのはヨーシャだった。

 なんでもヨーシャによれば、僕と交わっているからロベルトの時は止まり、若い姿のままなんだとか。ヨーシャは恥ずかしそうにしながらも教えてくれた。
 そしてなんでヨーシャがその事を知っているかと言うと、ヨーシャもそうだから。ヨーシャは二十五歳ぐらいの姿をしていても、実年齢は百三十歳のおばあちゃんだった。

 そして、つまりヨーシャも影の精霊とそういう仲なのだ。

 ヨーシャは教えてくれた時、顔を真っ赤にした。別に恥ずかしがることなんてないと思うのに。

 でも、その年齢と変わらない見た目からか、ヨーシャは人間の間では魔女と呼ばれているらしい。

 それはロベルトにも言える事で、ロベルトはまた違う呼び名がつけられていた。
 僕と交わった日から歳を取らなくなったロベルトの姿に、誰もが神の加護を受けていると信じ、ロベルトを聖王(せいおう)と呼んでいた。
 その呼び名にロベルトは困った風に笑っていたけど。

 でも、あの日から一度も天候は崩れることなく、ずっと穏やかな気候のままだ。作物はよく育ち、他国から侵略されることもなく人は徐々に増え、国は平和だった。
 そしてロベルトは相変わらず忙しそうにしていたけれど、週に一度は僕の元に来てくれる。

「元気だよ。ロベルト、最近は忙しくないの?」

 僕はロベルトの隣に腰かけて尋ねた。

「ああ、やる事はあるがそこまで忙しくない。それにお前に会いに行く、と言えば誰だって俺を止める事はできないさ」

 ロベルトは笑って言った。僕は神様じゃないけど、ロベルトはそう言って僕に会いに来ているらしい。

「そっか」

 僕が納得すると、ロベルトはすっと僕に近寄った。

「レスカチア」

 ロベルトは名前を呼ぶと僕の唇にちゅっと口づけをした。
 僕はもう口づけの意味を知っている。だから、少し照れてしまう。

「んっ……ロベルト」

 僕は掠める様な口づけをしたロベルトに視線を向ける。ロベルトは嬉しそうに笑い、僕を抱き寄せる。温かいロベルトの体が服を通して伝わってくる。
 その熱は僕をドキドキさせる。

「レスカチア、俺に元気をくれないか?」

 耳元で、甘い声で囁かれて体が自然とぞくりと震える。

「でもロベルト、疲れてるんじゃ」
「だから、お前が癒してくれ……な?」

 ロベルトは僕のこめかみにもキスをして、熱っぽい視線で僕を見た。この目で見詰められたら、僕はいつもイチコロだ。

「ぅん、いいよ」

 僕はこくりと頷いて、僕達は湖の傍に立つ小さな小屋に身を寄せた。

 この小屋はロベルトと交わってから数か月後に、ロベルトが職人をつれて一日で作らせたものだ。中は、簡易の台所と食卓の狭い居間があり、そして別室に寝室と、風呂場と手洗い場がある。
 王様が住むにはとても狭いと思うのだけれど、ロベルトはこの小さな小屋で充分満足していた。

『大きな家も従者もいらない。雨露をしのげる場所と美しい景色、それにレスカチア、お前がいれば、俺は……本当は何もいらないんだ』

 ロベルトはそう少し照れながら僕に言った。それは紛れもない本心だった。
 地位も権力も持ち、豪華な屋敷も、豪勢な料理も、宝石や多くの美女も思い通りだと言うのに、国を頂点に立つ王の願いは無欲なものだった。

 でもそう思えるのはロベルトは本当の富が何なのか知っているからだ。

 本当の富というのはお金でも権力でもなく、自分が幸福だと思える事。人に優しさを分け与えられる事。

 貧しい者とは、お金のありなしでなく、あらゆるものを手に入れても満足できず、強欲になり、他者を虐げたり、奪うだけの者の事を言うのだと。
 この事実を決して忘れないロベルトが僕はやっぱり好きだった。

 けどロベルトの立場が、ロベルト自身のささやかな願いも叶えさせない。

 まだ出来たばかりの国はロベルトと言う柱を中心に回っている。もし柱がなくなれば、国は崩壊するだろう。それがわかっているからロベルトは今だ王を続けていた。
 いつかは誰かに王の座を渡さなければいけないとわかりつつも。
 僕はそんな重責を担うロベルトをどこまでも癒してあげたかった。それが僕だけにできる事だから。

「ロベルト、おいで」

 僕は寝台に座り、両手を広げてロベルトに言った。ロベルトは上着を脱ぎ、嬉しそうに微笑んだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

真夜中の恋人

chatetlune
BL
唯我独尊傲慢なモテ男、法医学助教俺様攻京助×極端なダサ男だが、実は美貌の主で推理作家兼法学部助教毒舌我儘勝気受千雪のどちらも譲らないぞラブ。 千雪にとってそれは思い出してもそれは最低最悪な朝だった。徹夜明けで京助に引っ張りまわされた挙句、京都から戻って以来べったりな京助のベッドに引っ張り込まれ寝不足も手伝って死んだように眠っていた千雪は、傍らに立ったのがてっきり京助だと思った。だが、違和感を感じて目を開けるとそこには見知らぬ男がいた。千雪を「噂の真夜中の恋人」などと呼び、京助の友人だというその男を蔑視線で睨みつけると、とっとと京助の部屋を出た千雪は京助への怒りに任せて携帯の電源を切った。ところがなんと、大学に出向くと、またしてもその男がいて、アメリカの大学から心理学教室の共同プロジェクトで来日している速水だと名乗ったのだ。ダサさマックスのコスプレ中の千雪を京助の部屋で出くわした「真夜中の恋人」とは露ほども思わなかったらしい。京助は京助で、速水に「噂の真夜中の恋人」に会ったなどと言われ、いきなり千雪が携帯の電源を切った理由を即座に知ることとなり、速水からカードキーを取り上げ、二度と勝手に部屋に来るなと言い渡したものの、またぞろ千雪の機嫌を損ねることになったことを後悔するのだった。 京助×千雪シリーズです。「花のふる日は」の後、「メリーゴーランド」の前のエピソードになります。 工藤×良太シリーズのまだ良太が入社前の工藤も登場します。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

処理中です...