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花の名を君に
9 十七年後
しおりを挟む僕はヨーシャにお茶の淹れ方を教わり、時々ロベルトに振舞うようになった。
そうして季節は幾度となく移り変わり、あっという間に月日が流れた。
時はいつの間にか十七年が経ち、ロベルトの治める国はすっかり平和になっていた。
「レスカチアッ」
「ロベルト!」
春の、鮮やかな青天が広がる日。僕は湖に来てくれたロベルトに声を上げた。
ロベルトは変わらず僕に微笑み、力強い腕で僕を抱き寄せた。それは十七年から何ら一つ変わらない。本当に何一つ、ロベルトの姿も二十代の若々しい姿のままで。
「元気にしていたか?」
ロベルトはにこりと笑って僕に尋ねた。
そこには張りのある肌、衰える事のない筋力、爽やかな笑顔には皺ひとつ見当たらない。もうロベルトは四十歳手前だと言うのに。
でもこれも僕が傍にいるから。
最初はいつまでも若々しいな、と思うだけだった。けれど数年経っても変わらないロベルトに、僕もロベルト自身も不思議に思った。あまりにも変わらなさ過ぎたから。
でも、その疑問を解決してくれたのはヨーシャだった。
なんでもヨーシャによれば、僕と交わっているからロベルトの時は止まり、若い姿のままなんだとか。ヨーシャは恥ずかしそうにしながらも教えてくれた。
そしてなんでヨーシャがその事を知っているかと言うと、ヨーシャもそうだから。ヨーシャは二十五歳ぐらいの姿をしていても、実年齢は百三十歳のおばあちゃんだった。
そして、つまりヨーシャも影の精霊とそういう仲なのだ。
ヨーシャは教えてくれた時、顔を真っ赤にした。別に恥ずかしがることなんてないと思うのに。
でも、その年齢と変わらない見た目からか、ヨーシャは人間の間では魔女と呼ばれているらしい。
それはロベルトにも言える事で、ロベルトはまた違う呼び名がつけられていた。
僕と交わった日から歳を取らなくなったロベルトの姿に、誰もが神の加護を受けていると信じ、ロベルトを聖王(せいおう)と呼んでいた。
その呼び名にロベルトは困った風に笑っていたけど。
でも、あの日から一度も天候は崩れることなく、ずっと穏やかな気候のままだ。作物はよく育ち、他国から侵略されることもなく人は徐々に増え、国は平和だった。
そしてロベルトは相変わらず忙しそうにしていたけれど、週に一度は僕の元に来てくれる。
「元気だよ。ロベルト、最近は忙しくないの?」
僕はロベルトの隣に腰かけて尋ねた。
「ああ、やる事はあるがそこまで忙しくない。それにお前に会いに行く、と言えば誰だって俺を止める事はできないさ」
ロベルトは笑って言った。僕は神様じゃないけど、ロベルトはそう言って僕に会いに来ているらしい。
「そっか」
僕が納得すると、ロベルトはすっと僕に近寄った。
「レスカチア」
ロベルトは名前を呼ぶと僕の唇にちゅっと口づけをした。
僕はもう口づけの意味を知っている。だから、少し照れてしまう。
「んっ……ロベルト」
僕は掠める様な口づけをしたロベルトに視線を向ける。ロベルトは嬉しそうに笑い、僕を抱き寄せる。温かいロベルトの体が服を通して伝わってくる。
その熱は僕をドキドキさせる。
「レスカチア、俺に元気をくれないか?」
耳元で、甘い声で囁かれて体が自然とぞくりと震える。
「でもロベルト、疲れてるんじゃ」
「だから、お前が癒してくれ……な?」
ロベルトは僕のこめかみにもキスをして、熱っぽい視線で僕を見た。この目で見詰められたら、僕はいつもイチコロだ。
「ぅん、いいよ」
僕はこくりと頷いて、僕達は湖の傍に立つ小さな小屋に身を寄せた。
この小屋はロベルトと交わってから数か月後に、ロベルトが職人をつれて一日で作らせたものだ。中は、簡易の台所と食卓の狭い居間があり、そして別室に寝室と、風呂場と手洗い場がある。
王様が住むにはとても狭いと思うのだけれど、ロベルトはこの小さな小屋で充分満足していた。
『大きな家も従者もいらない。雨露をしのげる場所と美しい景色、それにレスカチア、お前がいれば、俺は……本当は何もいらないんだ』
ロベルトはそう少し照れながら僕に言った。それは紛れもない本心だった。
地位も権力も持ち、豪華な屋敷も、豪勢な料理も、宝石や多くの美女も思い通りだと言うのに、国を頂点に立つ王の願いは無欲なものだった。
でもそう思えるのはロベルトは本当の富が何なのか知っているからだ。
本当の富というのはお金でも権力でもなく、自分が幸福だと思える事。人に優しさを分け与えられる事。
貧しい者とは、お金のありなしでなく、あらゆるものを手に入れても満足できず、強欲になり、他者を虐げたり、奪うだけの者の事を言うのだと。
この事実を決して忘れないロベルトが僕はやっぱり好きだった。
けどロベルトの立場が、ロベルト自身のささやかな願いも叶えさせない。
まだ出来たばかりの国はロベルトと言う柱を中心に回っている。もし柱がなくなれば、国は崩壊するだろう。それがわかっているからロベルトは今だ王を続けていた。
いつかは誰かに王の座を渡さなければいけないとわかりつつも。
僕はそんな重責を担うロベルトをどこまでも癒してあげたかった。それが僕だけにできる事だから。
「ロベルト、おいで」
僕は寝台に座り、両手を広げてロベルトに言った。ロベルトは上着を脱ぎ、嬉しそうに微笑んだ。
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