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花の名を君に
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しおりを挟む「こんにちは、ヨーシャ」
「精霊王様!」
森に住むヨーシャは僕の姿を見て、驚き、手に持っていた籠を落とした。中には木の実が入っていたが、落としたせいで地面に転がった。
僕はヨーシャに駆け寄り、木の実を拾う手伝いをした。
「精霊王様、そのような事は」
ヨーシャは申し訳なさそうにしたけれど、僕が声をかけて驚かせてしまったのだから手伝うのは当然だと言って拾った。
それから、全ての木の実を拾い終えるとヨーシャは僕を家に案内してくれた。
ヨーシャの家はとても小さく、立派だとは言い難い小屋だったけれども、どこもかしこも整理整頓され、薬草のいい香りがした。まるでヨーシャのようにとても暖かい家だった。
「精霊王様、お元気になられたようでよかったです」
ヨーシャは微笑んで僕に言った。
「うん、あの時はありがとう、ヨーシャ。お礼を言いたくて今日はここまで来たんだ」
僕が言うと、ヨーシャは少し驚いた顔をした。
「まあ、お礼なんて……私は何も力になっていません。ただお話を聞いただけですよ?」
「話を聞いてくれた。それに助言もくれただろう?」
「思っただけを申したまでで」
「それでも、僕はとても助かったんだ。だから、ありがとう。……君が困った時、僕は君に力を貸そう」
僕が言うとヨーシャは困った風だったけれど、影の精霊が『受け取っておけ』と耳元で助言し、ヨーシャはしかたないという顔で「ありがとうございます。精霊王様」と答えた。
そしてヨーシャは少し尋ねていいものか? という表情をしながら、僕に聞いた。
「ロベルト様とは仲直りできたのですね?」
「……うん」
僕は照れながら答えた。
だが僕が答えなくても天候がその答えを指し示している。ずっと降り続いていた雨はぴたりと止んで、それ以降はとても穏やかな気候になった。
あんなに心配されていた冬の貯えも、盛り返すように今年は秋の作物が実入りだ。恥ずかしいぐらい、本当に僕の心を表していた。
「仲直りできてよかったですね」
「うん、ありがとう。ヨーシャ」
僕はへへっと笑って答えた。僕は幸せだったから。
あの夜の日以降、僕とロベルトは前よりずっと仲良くなった。勿論、あの夜の出来事は僕には衝撃的な事だったけれど。
なにやらとても恥ずかしかったし、ロベルトは止めてくれないし。でもそれ以上にとても嬉しかったし、幸せだった。
ロベルトの腕の中は、僕が住んでいるねぐらよりずっとずっと素敵な場所だった。
けれど、不意に思い出す。
このぬくもりをロベルトの番は知っているのだと。それが無性に悲しくて、辛くて、僕は苛立った。
僕はロベルトを独り占めしたかった。だから僕はあの日からぴたりとロベルトの傍に張り付いて離れなかった。毎晩、傍にいて一緒に眠った。その内の何日か、ロベルトとまた交わったりしたけど。
ロベルトの愛を注がれれば注がれるほど、僕は嬉しくて、ロベルトの番とロベルトを共有することは絶対にできないと思った。
もう誰にも触れさせたくない。ロベルトは僕のものだ。
強い独占欲がそう言い放つ。
そして僕はその思いを隠し切れず、ロベルトに正直に言えば、ロベルトは嬉しそうに笑った。
『俺はもう彼女の元に行くことはない、約束しよう』
ロベルトが約束を破らない事は僕が一番知っている。
考えれば胸がもやもやするけど、それは仕方がない。過去の事は僕にだって変えられないし、ロベルトは約束をしてくれた、僕はそれで十分だと思った。
そして言葉通り、ロベルトは番を解消し、彼らに別宅を用意して、彼女と子供にそこへ移り住むように告げた。
そこまでして貰って、僕はようやくロベルトからぺたりと張り付くことを止め、今は森のねぐらに戻っている。
『俺が会いに行く。だからレスカチアは森に戻って休め、疲れた顔をしている』
僕は人ならざる者だから、ずっと人間の世界に居続ける事はとても疲れる。それでも無理して、人間の世界にいた。そんな少し無理をしている僕にロベルトはすぐに気が付いた。
ロベルトに言われて僕はその翌日から森に戻り、ねぐらでぐっすり眠って、今では元気いっぱい。だからこうしてヨーシャの元にも訪れることができていた。
「精霊王様が心穏やかで過ごされているのなら、私も嬉しいです」
ヨーシャは僕に微笑み、そして暖かなお茶を淹れてくれた。
いい香りが茶器からふんわりと香る。
「精霊王様、よければどうぞ。薬草茶です」
「ありがとう、いただくよ」
僕はお礼を言って、お茶を一口飲んだ。
色々な薬草が入っているのか、とてもおいしかった。
「おいしい!」
僕が思わず口に出すとヨーシャはただただ微笑んだ。
「色々と薬草を混ぜたお茶なんですよ」
僕はその言葉を聞きながら、お茶をもう一口飲む。
……おいしいなぁ。これ、ロベルトにも飲ませてあげたいな。
僕は素直にそう思った。でも、僕はお茶の淹れ方なんてわからない。けど、僕は知っている。わからなかったら、教えて貰えばいいのだ。
「ね、ヨーシャ。僕もこういうおいしいお茶を淹れたい。淹れ方を教えてくれないかな? あ、違った。こういう時は“お願いします”だったかな?」
僕がぺこりと頭を下げてお願いするとヨーシャは驚いた顔をした。
「せ、精霊王様! 頭をお上げください!」
「え、でもお願いするときは、こうするんじゃないの?」
僕が尋ねると、ヨーシャは困った顔をした。
「あ、まあ。そうですが。……精霊王様は時々とても人間臭いことをなさいますね。ふふ」
「そうかな? ロベルトが教えてくれたんだけど」
「ロベルト様が……そうですか。もしかしてお茶を淹れたいのもロベルト様の為に?」
ヨーシャにはっきりと言われて、僕は少し照れる。
「う、うん。僕もおいしいお茶、淹れてあげたいな、と思って」
「そうですか。それなら、お教えしないといけませんね」
ヨーシャはぱちりとウインクをして、僕に言った。
「本当!? ありがとう!」
僕はお礼を言って、その後ヨーシャからお茶の淹れ方を教わった。
でもこの時の僕はまだ知らなった。僕は無意識にも、罪を犯してしまっていたことを。
そして罪を犯した代償は後から必ず来て、それは自分ではない自分の大事な人が被るという事も。
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