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残虐王
3 何者
しおりを挟むそれから王は度々、レスカを呼びつけては腕の中に抱き締めるようになり、そしてレスカから香る匂いの虜になっていった。
だが日々は流れるように過ぎ、真夏を迎えようとしていた。
「陛下、貴族から税率を下げてくれと嘆願書が来ておりますが、どういたしましょう」
大臣はまた王の元へ報告に来ていた。
「そんなものは竈(かまど)にでもくべておけ」
王の言葉に大臣は「畏まりました」と素直に返事をした。しかしその大臣に、王は躊躇っていた事を遂に口に出して尋ねることにした。
「それより、私のところに来ている侍従……あれは何者だ?」
王は遂にレスカについて尋ねた。こうして尋ねる事で興味を持っていると思われたくなかったが、もはや王は聞かないではいられなかった。
しかし、大臣から返ってきた返事は意外なものだった。
「は? ……陛下の元に来ている侍従、ですか?」
何のことでしょうか? とその顔にはありありと書いてあった。
「金髪の、緑の瞳をした若い男だ」
王の問いかけに大臣は思案の表情を見せたが、答えは見つからなかった。
「存じ上げません……陛下御自身が、侍従はしばらくいらないとおっしゃいましたので、そのような者を手配してはおりません」
「手配……していない?」
王の言葉に大臣は「はい」とハッキリと答えた。
ならば、今日も傍でせっせと働いていた、あいつは何者なのか?
王の中に疑問が膨れ上がり、居ても立っても居られなくなって、その場から立ち上がるとレスカの元に向かった。
しかしレスカを見つけた時、レスカは他の誰かと話していた。
レスカの傍には茶髪の青年が立っていて、その青年はレスカの腕を取って何かを必死に訴えていた。
「もう時間がない、早く行こうッ!」
「チェイン、それはできない」
近寄れば、そんな会話が聞こえた。王の中に苛立ちが湧き、気が付けば叫んでいた。
「レスカ!」
その王の声に二人はハッとし、王に気が付いたレスカは慌て、そして茶髪の青年は名残惜しそうにしながらその場を離れた。
レスカは自分の元に歩んできた王に「何か御用でしょうか?」と尋ねた。その様子には、今まで見せなかった焦りのようなものが見えた。そしてそれはあの茶髪の青年によってもたらされたものだと思うと、王の胸の奥が焦げ付いた。
それはまるで火傷のように。
「陛下?」
レスカが尋ねた時、王はレスカの腕を掴み、自室へ引っ張っていた。そして寝台へ押し倒した。
「へ、いか?」
不安そうな瞳が王を見つめる。だが容赦はしなかった。王はレスカの胸倉を掴むと問いだたした。
「お前は何者だ?」
「ぼ、僕はレスカです。陛下のお世話係です」
いつもと同じ決まり文句を言うレスカに王は苛立った。
「答える気はない、という事か? それに先ほどの男はなんだ?」
「僕は答えてます。それに彼は僕の大事な友人です」
大事な友人。大事な、という言葉が王の中で引っかかった。
「お前に友人がいたとはな……。暗殺の仲介人ではないのか?」
王が尋ねると、レスカは弾かれたように答えた。
「そんな訳ない! 僕はっ、僕は……!」
何かを訴えるようにレスカの緑の瞳が王を見つめる。その熱っぽい瞳が、王の胸を掻きむしる。でも、レスカは言葉にできない子供のように口を薄く開いては閉じ、何も答えなかった。それが王にはじれったくにしか感じられなかった。
「お前が答えられないなら、答えられるようにしてやろう」
王はそう言うと、レスカの服を毟り取るように剥ぎ取った。
「っ! 陛下、や、やめッ!」
レスカは声を上げたが、王の手は止まらなかった。
その日、王はレスカの手を縛って、花香るその体を犯した。
濃密な花の匂いが、頭の隅にある何かを思い出させる。
もうすぐ見えそうなのに見えない。胸にもやもやとしたものを感じながら、王は目を覚ました。窓の外を見ると、まだ夜も明けきらぬ早朝だ。
暗い部屋の中、一本の蝋燭の光だけが辺りを照らしている。
王は身体を起こし、そして隣に眠る体に視線を向けた。
赤い目元、両手を縛られながらも、今は穏やかに眠るレスカがいた。だが、その体からは情事の後を思わせる匂いがたちのぼっていた。
それもそうだろう。
昨晩、何も答えないレスカの体を無理やり開き、散々泣かせ、喘がせた。途中でレスカが気を失っても、レスカの体を責め立てて。
もう、レスカは気を失って何も答えられないのに。
どうして、自分はそうしたのか。王はもう目を逸らすことはできなかった。
こんなやり方じゃなくても、他にも方法はあった。でも、この方法に手を出したのはレスカの体に、少なからずとも欲望を抱いていたからだ。
フワフワ頭の金髪の柔らかさ、滑らかな肌、細い腰に目が向かっていたのは、いつからか。それはわからない。でも手の中に閉じ込めて、触りたかった。
誰もまだ触れた事のないであろう体の奥まで。
その欲望が露見しただけなのだ。
甚振るフリをして、花香る体を存分に味わった。
そして王が思っていたよりもずっと、レスカの体は最高だった。
だが胸の奥がチクチクと薔薇の棘が刺さったように痛む。
泣きすぎて腫れぼったくなった瞳をみると、なんだかやり切れない思いが胸を彷徨った。その思いが罪悪感だという名前だということは、さすがに自覚した。
でも、その思いとは裏腹に裸のレスカを見ていると、また体の欲望が沸々と湧いてくる。もう一度、レスカの体を味わいたい。体の隅々まで貪り、食べ尽くし、暴きたいと。
王は手を伸ばしそうになる気持ちを抑えて、上着を羽織り、部屋を出た。部屋の鍵をしっかりと閉めて。
こうして軟禁するのは、あいつが喋らないからだ、と心の奥で無駄な言い訳をして。
「陛下、心ここにあらずと言った様子ですが、いかがなされました?」
大臣に尋ねられて、王は「いや」としか答えなかった。王の返事が短いのは、昔からなので大臣は何も言わなかった。
「ここ数日、寝室に誰も入れないようにされているようですね。何かございましたか?」
「……何もない」
王はそう答えたが、大臣は何かあるな、と思った。しかし聞いたところで王が答えるわけがないので、大臣はそれ以上は尋ねなかった。
「そうですか。……それより陛下、例の件ですが、近々起こりそうです」
大臣の言葉に、王はようやくハッとした表情を見せた。
「そうか、近々か」
王はとても凪いだ目をして呟いた。そんな王に大臣は堪らず、と言った顔で尋ねた。
「本当に……本当によろしいのですかッ?」
尋ねる大臣に王は視線を向けた。
「私に口答えする気か? ……私はお前の望みを叶えた。次はお前が私の望みを叶える番だ」
王は大臣にそうハッキリと言った。それは王と大臣の間だけで交わされたもので、他の誰も知らないものだった。
「……陛下が望まれるのなら、私はそれに従うまでです」
大臣は頭を下げ、返事をした。それに対して王は何も言わず、ただじっと視線を向けるだけだった。
揺るぎない瞳で。
それから王は寝室に足を向けた。
この数日、王は何度もレスカの体を暴き、犯している。
でもレスカは何も言わない。抵抗もせず、王に抱かれるだけだった。
そして王は飽きるどころか、レスカの体に嵌るばかりで何度抱いても食い足りない、そんな状況だった。
しかし、ここ数日抱き潰している為にレスカは衰弱していた。食事を出しても、一切食べない。まるでささやかな王への反抗のように。
そして、切なそうに光彩する緑の瞳で見つめられた。
何かをその瞳は訴える。
……一体、私に何を求めている?
王は謎が深まるばかりのレスカに疑問を感じながらも、レスカという存在に悪い印象を感じる事はなかった。レスカの中に悪という存在がないように思えた。
王は最初から、そして今もレスカの掴みどころがない性分に困惑するしかなかった。これならいっそ、暗殺者の方が目的がはっきりしていてわかりやすい。
王は眉間に皺を寄せながら寝室の鍵を開け、ドアを押した。
部屋の窓は閉め切られ、うっすらと窓の隙間から入る光で部屋の中は薄暗かった。そして寝室のベッドには、裸のレスカが横になっていた。
近寄り、傍に立つと、眠っていたレスカはうっすらと目を開けた。
「陛下……」
レスカはのっそりと体を起こした。前で縛られた両手はそのままで、体には噛みついた痕、吸い付いた痕が至るところに残っていた。
ちらりとサイドテーブルに視線を向ければ、手の付けられていない食事が置かれていた。
「なぜ、食べない。抵抗のつもりか」
王が尋ねれば、レスカはふるふると頭を左右に振った。
「僕、食べられない」
「……何なら食べる?」
「何もいらない」
「……死ぬつもりか?」
王が尋ねれば、レスカはじっと自分を見つめる。また、あの何か訴えてくるような目で。
この目で見られると、王は居心地が悪くなるばかりだった。
……もうこれ以上ここにおいておけば、こいつは勝手に死んでいくだろう。
だから王は寝室の棚の引き出しを開け、そこから小刀を取り出した。それでもレスカの瞳に怯えはない。
王はレスカの手を掴み、その手を縛っていた紐を切った。
レスカは不思議そうに王を見上げた。
「……陛下?」
「出ていけ、どこへなりと行くがいい」
王はレスカにそう告げた。解放を示したのだ。でもレスカは喜ぶどころか、悲痛そうな顔をした。
……どうして、そんな顔をする? なぜ、お前はいつも皆と違う反応を見せる。
戸惑う王をしり目にレスカは裸のまま、フラフラとしながらもベッドから床に下り、その頭を下げて王に懇願した。
「陛下、僕を側において」
信じられない言葉だった。
こんな目に合わされて、どうしてそうまでする?
その気持ちを、もう言葉にしないではいられなかった。
「お前はどうしてそこまでする。お前は私に何を求める?」
王が尋ねると、レスカは頭を上げて王を見上げた。そしてゆっくりと笑った。
「何も……。何も求めない。僕は……君の、傍にいたいだけ」
その言葉を言うと、レスカは力尽きたようにその場にうずくまり、倒れた。
「レスカ!」
王は思わずその体を抱きかかえた。レスカを見ると、気を失っただけのようだった。その事に王はほっと息を吐くが、レスカの言葉が頭に残った。
自分の傍にいたいと望むレスカ。そして、“君”と呼んだ事。そこに妙な懐かしさと嬉しさを王は感じていた。
でも一体、なぜ?
何か……何かとても大事な事を忘れている気がした。
王はレスカをベッドに寝かせ、その頬を指でなぞった。柔らかい肌は滑らかで、手放したくなかった。
しかし次の日、レスカは忽然と姿を消した。
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