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4 魔法陣
しおりを挟む鳴り響く不気味な音に、俺は辺りを見回した。
街を歩いていた人たちも次第に奇妙な音に気がつき始めて、不安の色を浮かべてその場に足を止めている。
……一体なんだ?
そう思った時、噴水を中心にエルサル広場一帯に突然紫色の光が地面から現れ、光の円陣が現れた。
咄嗟に、魔法陣だ! と俺はすぐに理解する。
「皆、陣から出ろ! 早くッ!」
俺は叫び、広場にいた全員に避難指示を出した。人々は悲鳴を上げて陣から逃げる。
……一体、何の魔法陣だ!? これは!
俺はそう思いながら、不気味に揺らぐ紫色に光る陣を視線の端に、人々がちゃんと避難しているか確認する。だがその間も円陣はくるくると回り、見たことのない記号が浮かび上がる。
……陛下がわざわざ俺達をここに寄越したのは、こういったものが現れるとわかっていたからか?!
俺は心の中で思ったが、その間にも円陣の光は強くなってくる。
何かが現れる前兆? と思い注意しつつ視線を向ける。すると、くるくると回っていた円陣がピタリと止まり、まるで光の柱を形作るように強い光を天に放った。
明らかに何かが起こる。そう俺の勘が囁き、最大限警戒して次に起こる事態に備えた。
だがその視線の端で、小さな男の子が円陣の中に入っていく姿が見えた。男の子の視線の先には、逃げる時に落としたのであろうぬいぐるみが落ちていた。
「イーリア! 行っちゃダメ!!」
母親が止める声が辺りに響くが、男の子にとってはよほど大事なぬいぐるみなのだろう。ぬいぐるみに迷わずタタタタッと一直線に走っていく。その間にも円陣は不気味に地面を這うように光る。
「くそっ!」
俺は小さく呟き、円陣の中に入って男の子の元にすぐさま駆け寄った。先祖返りである獣人の俺が本気を出せば、男の子の元までひとっ飛びだ。男の子はぬいぐるみを拾い、ほっと安心した顔を見せたが、いつの間にか目の前に俺がいる事に驚いて、怯えた顔を見せた。今にも泣きそうだ。けれど今はそんな事に構っている暇はない。
……この子を連れて円陣から逃げなければ!
俺は男の子をひょいっと腕に抱え、母親の方に視線を向けた。
だが、どこからともなく現れた光の帯がシュルッと俺の足を拘束する。
な、なんだ?! と俺は心の中で叫び、足元を見る。光の帯は俺の足にぐるぐると巻き付いて離れない。俺は気味が悪くて、必死にその光の帯を解こうと足を動かす。
だが、俺のフルパワーをもってしても光の帯は解けなかった。そして光の円陣は獲物を見つけたかのように、広場全体に広がっていた円陣を俺を中心に小さく縮小していく。
「くっ! 仕方ないっ」
俺は円陣の外に目を向けて、再度男の子の母親に視線を向けると腕に抱いていた男の子に声をかけた。
「目を瞑って体を丸めて。ちゃんとぬいぐるみを持っておくんだぞ」
男の子は俺の言葉を聞いて、ぎゅっとぬいぐるみを抱え、体を丸めた。そして俺はそれを見て、男の子を母親に向かって放り投げた。男の子は宙を舞ったが、避難していた町人達が飛んできた男の子をみんな手を伸ばして、しっかりと抱きとめてくれる。
町人達はざわざわと騒ぎながらも男の子を母親の元に下ろし、男の子は母親に泣きながら抱き着かれていた。俺はその姿を見て、ほっとする。
……もう陣の外だ。これで男の子は大丈夫だろう。しかし問題は俺の方だな。
俺は自分の足元に視線を向けた。足に張り付いた光の帯は俺を離さず、その間もじわじわと光の円陣が小さくなっていく。もう俺の半径1mほどしか距離が残っていない。
けれど、どんなにもがいても光の帯は取れない。腰に差している剣を抜いて切ってみるが、光の帯は剣を通すだけだった。円陣はもう俺のすぐ傍に来ている。
……くそっ! どうして外れない! 一体どうなっているんだ!
俺はそう思ったが、円陣は俺を逃がさない。
……くっ……もう駄目だ!
俺は腹をくくって諦め、ぐっと目を瞑った。
しかしその時。
「アレクシス!」
そう呼ぶ声にハッとして、視線を上げる。
だが、その時にはもうエルサードに体当たりされていた。
強い力で押し出されて、俺の体はよろめき、ずささぁっと地面に倒れこむ。だがすぐに顔を上げると、俺を追い出したエルサードが光の円陣の中にいた。
「エルサードッ!」
俺は叫んだが、気が付いた時には強い光が辺りを包んだ。
ぐっと起き上がって俺はエルサードに手を伸ばしたが、俺の手はエルサードには届かなかった。強い光はキュウウウゥゥンッという音と共に消え、円陣も消えた。そしてエルサードの姿もそこから消え、俺の手は空を掻いた。
エルサル広場は何もなかったように元の静けさを取り戻し、辺りはしんっと静まり返る。
一体何が起こったのか、俺には理解できず、辺りを見回し名前を叫ぶ。
「エルサード? ……エルサードッ!! エルサードッ、どこにいる!?」
俺の声は空しく辺りに響き、一部始終を見ていた町人達も困惑顔だ。そしてその顔は雄弁にエルサードが消えてしまったことを告げていた。
「そんな、まさか……」
俺は呆然に立ち尽くし、エルサードが消えてしまった事に動揺を隠せなかった。
だが、そうこうしている内に騒ぎを聞きつけた騎士達がやってきた。
「アレクシス隊長!」
「一体、これは何の騒ぎですか?!」
「今さっきの光は一体!?」
騎士達は口々に俺に尋ねた。でも俺はその問いに答えられなかった。俺自身も今、何が起こってしまったのかわからなかったからだ。
だが、そんな時。
俺の耳は空から何かが落ちてくる音を聞きつけた。はっと空を見上げると、青い快晴の空に白い何かが落ちてくる。
……あれは一体なんだっ?
俺は目を細めて、落ちてくる物体に目を凝らす。
「まさか、嘘だろう……ッ?!」
落ちてくるものの正体に俺は驚きの声を上げ、困惑する騎士達を他所に、慌てて近くの時計塔に入った。俺は全速力で最上階まで駆けあがると、屋上から落ちてくる物体をもう一度よく見た。
……やはり、あれは人だ!……どうして人が! 一体、次から次へと何が起こっているんだ!?
心の中で戸惑いながらも、その人が近くまで落ちてきた時。
俺は屋上から空へと飛んで、その人物を空中で捕まえた。そして、腕に抱えたまま地面にドンッと着地する。衝撃で地面の石畳が割れてしまったが、今はそんな事どうでもいい。
俺は腕の中で気を失っている、落ちてきた者をそっと覗き見た。
小柄な体格と幼い顔から、見たところ十六から十八歳ぐらいの少年だろう。
だがそれ以上に俺が驚いたのは、彼が長く白い髪と褐色の肌を持っていた事だ。
それは混血じゃない、生粋の魔人だけが持つ特徴だった。
……魔人?! 一体、どうして。
不思議に思いながらも、腕の中にいる彼から不思議とエルフェニウムの花の匂いが微かにした。
********
『親方、空から女の子が!』((笑))(;゚Д゚)
あの映画は何度見ても、いいですよね~。
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