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殿下、どうしましょう?
3 喧嘩の理由
しおりを挟む「おや、セスじゃないか」
穏やかな声で俺に声をかけたのはウィギー薬長だった。
「薬長!? どうしてここにっ」
俺は驚いて問いかける。そうすれば籠を背負った薬長はのんびりとした足取りでやって来た。
「いやー、薬草取りにね。セス達はピクニックかな? こんにちは、レオナルド殿下……それにフェニ君じゃないか、久しぶりだね」
ウィギー薬長はニコニコしながら二人にも挨拶をした。
「うぃぎー」
「こんにちは、フェニ君」
ウィギー薬長が挨拶をするとフェニは複雑そうな顔をした。二人は顔見知りだが、ウィギー薬長がジークさんと似ているからだろう。
……ジークさんの守護者はウィギー薬長のご先祖様だって話だからなぁ。
「フェニ君、どうしたの?」
ウィギー薬長は心配そうに尋ねたが、すかさず俺が声を上げた。
「すみません、フェニはちょっと調子が悪くて。それよりウィギー薬長、薬草取りに来られたって話ですけど今日はお休みだったはずじゃ?」
俺は仕事の勤務表を思い出して尋ねるとウィギー薬長は困ったように笑った。
「いやー、この時期は薬草が沢山生えてくるからついつい散歩がてらこんなところまで来てしまってね」
ははっと笑いながらウィギー薬長は頭を掻いた。
……ウィギー薬長ってば意外に薬草オタクだからなぁ。まあ、部屋にいっぱい鉢植えを置いて、もはや温室っぽくなってる俺も人の事は言えないけど。
しかし俺がそんな事を考えているとレオナルド殿下はウィギー薬長に声をかけた。
「ジェニル侯爵もこちらでお茶はいかがですか?」
「ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですよ。折角の団欒を邪魔してはいけませんからね。そろそろ行きます」
「邪魔だなんて、私は歓迎しますよ?」
レオナルド殿下はにこっと笑って言ったが、ウィギー薬長は顔を引きつらせた。
「い、いえ。本当に大丈夫ですから。ですが去る前に……セス、両手を出して」
ウィギー薬長はそう言うと背負っていた籠を地面に下ろすと、その中から野いちごを片手いっぱいにすくって俺に差し出した。
「近くで取れたから、もし良ければ。フェニ君は好きかな?」
俺に手渡す傍でウィギー薬長はフェニに尋ねた。するとフェニは途端顔を歪めて泣きそうな表情を見せた。
「フェニ? どうしたの?」
「あ、フェニ君はもしかして嫌いだったかな?!」
ウィギー薬長は慌てた様子で聞いたがフェニはぐっと小さな唇を噛み締めて、また顔を横に振った。
「ううん、ちがうの」
フェニはそう言うと俺とレオナルド殿下を見た。
「あのね、ふぇに……ジークとケンカした理由、コレなの」
フェニは野いちごを見て言った。なので俺は勿論、レオナルド殿下とウィギー薬長も野いちごに視線を向けた。
……野いちごが喧嘩の理由??
◇◇◇◇
―――それは昨晩の事。
「おい、フェニ。起きろっ」
体を揺さぶられて眠っていたフェニは起きた。
「んぁ? じぃーく、おかえりぃ」
フェニは目を擦ってジークを見る。
そこは森の中の山小屋で、ジークが何か所か持っている隠れ家の内のひとつだった。しかしそのジークを見れば、なにやら心配している様子。
「ジーク?」
体を起こしながらフェニが名前を呼べば、蝋燭の明かりに照らされたジークの眉を吊り上がっていた。
「お前、体は何ともないか?」
「ん? なにもないけど? どちたの??」
フェニが首を傾げて答えればジークは安堵したようにため息を吐いた。
「どうしたの? じゃない。お前、俺の言いつけを守らずに森に一人で出ただろう」
ジークは真顔でフェニに問いかけた。いつのまにやら表情が怒っている。
「しょ、しょれは……でも、フェニひとりでだいじょーぶだったよ?」
「大丈夫かどうかと言う問題じゃない。俺は言ったよな? 俺が戻るまでこの小屋から出ないように、と」
ジークに言われてフェニは思い出す。ジークが出かける時に何度も言った事を。そしてその言葉に『はーい』と答えた事も。
「フェニ、お前はちゃんと返事をしたよな?」
「うっ……しょれはしょうだけどぉ、ひとりでまってるの……ひまだったんだもん」
「だからって俺との約束を破るのか?」
何も言い返せなくてフェニはしょぼんっと俯く。自分が悪いとわかっているからだ。でもすぐに、ある事を思い出してフェニはハッと顔を上げた。
「あ! でもフェニね、ジークに野いちごとってきたんだよ!」
フェニはすぐに森の中で取った野いちごを、テーブルの上に置いていた事を思い出した。しかしそこには置いていた筈の野いちごがない。
「ありぇ?」
「あれは捨てたぞ」
無情にもハッキリと言うジークにフェニは「え!?」と驚く。
「な、なんでぇ!?」
ジークと一緒に食べようと楽しみにしていたフェニは当然声を上げた。しかしジークの言葉は冷たかった。
「なんで? 当然だろう、あんなものを拾ってくるなんて。だから森に一人でいくなと言っているんだ!」
ぴしゃりと冷たく言われてフェニは胸の中にあった糸がぷちっと一本切れた。
「大体、あれはな」
「じぃーくのばか」
「は?」
「じぃーくのばかぁあああっ!!!」
フェニは大声で叫ぶと窓を開けるとぽんっと小鳥になって山小屋から飛び立った。
――――――そして、今に至るというわけだった。
◇◇
「なるほど。そういう事だったんだね」
「……フェニ、おるすばんできなかったの、ごめんなしゃいって思ってる。でもいっしょに食べようっておもってた野いちご、ジーク……かってに捨てちゃうんだもん」
俺が呟くと、フェニはぎゅっと服を掴んで俯きながら答えた。
……きっとフェニはジークさんに喜んでもらえると思って野いちごを拾ってきたんだろうな。でも、きっとそれは。
「フェニ、いっしょに食べたかったのに」
フェニはウィギー薬長が持ってきた野いちごを見つめながら言った。しかし、一緒に話を聞いていたウィギー薬長が声を上げた。
「フェニ君、もしかして、なのだが。その野いちごの葉っぱには黒い斑点があったんじゃないかい?」
「ん? くろいはんてん??」
斑点と言う意味がわからないのかフェニは首を傾げた。
「フェニ、斑点と言うのはぽつぽつと広がった点のことだよ。葉っぱに黒い点がいっぱいついていたんじゃないか?」
レオナルド殿下がわかりやすく教えるとフェニは少し考えた後、小さな声で答えた。
「うん、あっちゃとおもう」
フェニの言葉を聞いて俺とウィギー薬長はやっぱり、と顔を見合わせる。
「えちゅ、くろいはんてんがあったらなんなの??」
フェニに尋ねられて俺は息を整えて答えた。
「フェニ、黒い斑点が葉っぱについている野いちごには毒があるんだ。お腹がいたいいたい、になっちゃうんだよ」
俺が教えるとフェニは「え!」と驚いた声を上げた。
「おなかいたくなるのっ!?」
「うん。野いちごとよく似た果物でね、ベネーノベリーって言われてて間違って食べちゃうとお腹が痛くなったり、寝込んだり、体がうごかなくなっちゃうんだ」
……ベネーノベリーの症状は下痢や体調不良、神経麻痺。最悪の場合、ベネーノベリーを食べ過ぎると死に至ることだってある。
俺は薬学書を思い出す。そして年に何人かは、このベネーノベリーで体調不良を起こす人がいる。
「しょんな……フェニ、野いちごだと思っちゃのに」
「見た目はすごく似ているから、大人だって間違える事があるんだ。でも……どうしてジークさんが怒ったか、フェニにもわかったね?」
俺が問いかけるとフェニは小さな唇をぐっと閉じた。
「フェニ……ジークといっしょに食べようっておもっただけなの」
「うん、そうだね。大丈夫、ジークさんだってその事はわかってるよ」
「ふぇに……わるいこ」
フェニは薄っすらと涙を瞳に溜めて呟く。だから泣きそうなフェニの頭を俺は優しく撫でた。
「フェニは反省ができるいい子だよ。それに次からはしなければいいんだ。もう毒があるってわかっただろう? だから、ジークさんになんて言えばいいかわかるね?」
俺がぽんぽんと慰めるように撫でて言えばフェニは泣きそうなのを堪えらて、素直にこくりと頷いた。そして、そのフェニを見てウィギー薬長がある提案を持ちかける。
「フェニ君、もしよかったら私と一緒に野いちごを取りに行くかい?」
「いいの!?」
「ああ。ここから遠くないし、まだ野いちごはあったから。折角なら、今度は本当の野いちごをあげたらいい」
ウィギー薬長が言うとフェニはすくっと立ち上がった。
「フェニ、うぃぎーと行く!!」
フェニはそう言うと行動が早く、脱いだ靴を一人でいそいそと履き始めた。なので俺やレオナルド殿下も一緒について行こうとしたが、それを止めたのはウィギー薬長だった。
「ああ、二人はこのままで。フェニ君には私がついて行きますよ。セスもレオナルド殿下も最近忙しかったですし、二人でのんびりとしていてください。なに、少し離れるぐらいですから」
ウィギー薬長は最近忙しかった俺達を制して言った。
「でも」
「セス、折角だからお言葉に甘えよう」
戸惑う俺を引き留めたのはレオナルド殿下で。そしてフェニと言えば。
「うぃぎー、行こ!」
フェニはすっかり靴を履き、ウィギー薬長と行く気満々だ。そしてウィギー薬長も靴を履き、準備万端。なので俺が言えるのはこれだけ。
「ウィギー薬長、フェニをお願いします。フェニ、ウィギー薬長から離れたらダメだよ? あと、ちゃんと言われた事は守る事!」
俺が告げればフェニは「はい!」と元気よく答えた。
「じゃあ、行きましょうか。フェニ君」
ウィギー薬長が言うとフェニは「うん!」と答え、そして二人は仲良く歩いて森の中へと行ってしまった。
それを俺は見送り、ふぅっと小さく息を吐く。
……ウィギー薬長にお願いしちゃったけどよかったかな。まあ、ウィギー薬長なら任せても問題ないけど、申し訳ないというか。うーん。
なんて俺がもんもんとしていると、レオナルド殿下が「セス」と俺の名を呼んだ。
「はい?」
「ふふ、考えてることが全部顔に出てるよ。折角時間を貰ったんだから二人でゆっくりしよう」
レオナルド殿下に言われて、俺は顔に手を当てる。
……俺、そんなに顔に出てたかな?
「しかし今回の事、ジークも驚いただろうな。まさかベネーノベリーを摘んでくるとは」
レオナルド殿下はふぅっと困った息を吐いて呟いた。
「ええ、そうですね。俺でもジークさんの立場だったら怒ってます」
……フェニは不死鳥だけど、毒を摂取して苦しまない訳じゃない。不死鳥は自分の涙で回復することはないし、ジークさんの涙があれば回復するだろうけど、それまでは苦しむ事になる。
俺は今更ながらにフェニににもなかったことにホッとする。俺でさえこうなのだから、傍にいたジークさんは肝が冷えたことだろう。
……生きていれば危険な事に遭う事もあるだろう。それでもフェニには健やかに過ごして欲しい。
俺は心底そう思う。そして、フェニを思えば思うほどに幼い頃に父さんに怒られた事を俺は思い出した。
「……父さんもこんな気持ちだったんだな」
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