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おまけ
殿下、現実世界ですよ!ーハロウィン後編ー
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十月三十一日のハロウィン当日。
パーティーの開催時刻前にホテルに着き、俺は着替え室で用意された服に着てみたのだが――――。
……き、着替えてみたけど。これは……っ!
俺は鏡に映る自分を見て、顔を引きつらせる。
『え? どれを着ればいいかわからない? なら俺が選んでやろう』
ホテルの一室に設けられた着替え室で戸惑う俺にランスさんが選んでくれた貸衣装を着たのだが。
「これ、大丈夫かな? やっぱり他の服を」
俺は鏡をじっと見て呟いたが、カーテンの外からフェニ君の声が響く。
「えちゅーっ、まだぁ?」
急かす声に俺はビクッと肩を揺らし「あ、今出るよ!」と答えてしまった。
……ええい、仕方ない!
「お待たせっ」
俺はカーテンを開けて、みんなの前に出た。
「わあああぁぁ! えちゅ、かあいーッ!」
この前と同じシーツを被ったおばけに扮したフェニ君は、俺を見るなりキラキラした瞳を向けて言った。
「そ、そうかな?」
「うん!」
「よく似合ってる」
「んー、やっぱり俺のチョイスは的確だったね。良く似合ってるよ、セス」
俺が自信なさげに尋ねるとフェニ君が大きく頷いて返事をし、その後ろにいた大鎌を持つ死神の格好をしているジークさんと魔法使い姿のランスさんも俺を見て、褒めてくれた。似合うかどうか不安だったが三人の言葉に、俺はまんざら悪くない気持ちになってくる。
……良かった、変だと思われなくて。
俺はホッと心の中で安堵しつつ、振り返って鏡に映る自分を見た。
そこには黒の厚底靴に黒のタイツ。フリルの付いた赤いスカートに白のエプロン。そして赤い頭巾をすっぽりと被っている俺がいた。
……ハロウィンってこういう仮装もありなんだな。赤ずきんって童話のキャラクターだけど。……それにしてもスカートってなんか下半身が心許ない。というか、男の俺が赤ずきんをしていいのだろうか?
そう首を傾げているとランスさんが俺の肩を叩いた。
「じゃ、ここまでしたなら、お化粧もしてみようか!」
「へっ!?」
驚いている間にランスさんは部屋にいた女の子達を呼び「よろしく」と頼んだ。
「え、ちょ、まっ!」
俺は戸惑いの声を上げたが、女の子達はにっこり笑顔で「綺麗にメイクしますね~!」と言うなり手を引っ張られ、メイク道具が広げられた鏡台へと誘導された。
「はいはーい、こちらに座ってくださーい」
そう女の子達の意外に力強い手によって俺は少々強引に椅子に座らさせられ、前髪を有無も言えないままピンで止められた。
「ちょ、ランスさんっ!」
「セス、すぐ終わらせるから」
後ろに立つランスさんは楽し気に言うと、女の子達は「では始めますね~」と言うなり、俺の顔に色々と塗りたくり始めた。
「ちょ!」
「じっとしててくださいね~。目も閉じててくださーい」
……も、なんなんだっ!?
俺はアタフタと困惑しつつ女の子達の言う通りに従った。そして女の子達は五分もかけずに、あっという間に俺の顔を作り上げた。
「はぁーい、終わりましたよ~」
終わりを告げられ、目を開けるとそこにはばっちりお化粧がされた俺がいた。
「ちょ、ランスさん、これ!」
「可愛いよ、セス」
ランスさんはフフッと笑って言った。
……む、これはからかってるなぁー!? もぅ!
俺はちょっとむすっとしたが、ふと下を見れば、フェニ君がじっと俺を見ている。シーツを被っているから表情はわからないが、熱い視線を向けられている事だけはわかる。
「フェニ君?」
「えちゅ、かあいーっ!! んふふっ!」
どうやらフェニ君には大変気に入って貰えたみたいだ。なんだか恥ずかしい。
「ハハッ、ありがとう」
「これを見れないとは、レオナルドもタイミングが悪い」
ランスさんは腰に手を当てて、ため息交じりに呟いた。
その言葉に俺はちょっとだけチクリと胸が痛む。
実は、今日ここにレオナルドさんは来ていない。本当は来るはずだったのだが、突然入ってしまった仕事で来れなくなってしまったのだ。
……レオナルドさんの仮装、見たかったなぁ。でもお仕事なら仕方ないよね。……それに俺のこの格好。見られなくてよかったかも。
俺はちょっと残念な気持ちを抱えつつ、自分の格好と顔を見て思う。
「じゃあ準備も整ったことだし、会場に入ろうか」
ランスさんの声掛けで俺達はようやく会場に向かう事になった。
会場はホテルの一番大きな広間を借りたらしく、各出入り口にはセキュリティーガードが立っていた。ランスさんの話では、今回のパーティーには要人も参加しているのだとか……。
そんなパーティーに一般参加していいのだろうか? と思いつつ、厳重なセキュリティーチェックを受け、出入り口の前までやってくる。
「ランス様とお連れの方々ですね。どうぞ、くじの引換券です。では、こちらからお入りください」
黒服の係員は身元を確認をした後、ナンバーが書かれた小さなプレートをそれぞれ渡し、会場のドアを開けてくれた。
「ありがとう。さ、みんな中に入ろう」
ランスさんに引き連れられ、俺達も中に入る。
すると会場はおどろおどろしく飾り付けられ、ジャックオランタンがいたる所に置かれていた。まさにハロウィン! と思わせる演出だ。
でもそれ以上に俺を驚かせたのは、どの人も仮装のクオリティがとても高い事だ!
ちょっと黙っていれば本物と錯覚してしまいそうなほど。
「わぁ、皆さんすごいですね!」
「そうだろ? 今日は仮装コンテストなんてのも用意しててね、一位を取れば金一封。だからみんな力を入れて仮装してきてるんだ」
俺の問いにランスさんは笑いながら教えてくれた。
……なるほど! コンテストもあるから、みんなすごいんだぁ。うわぁ~、あの人なんて顔に切り傷みたいなのあるけど、あれも作り物!? すごい! ハリウッドの特殊メイクみたい。
おばけや魔女、ゾンビやミイラ、その他さまざまな仮装をこんなにも数多く見た事がなかったので俺は思わずじぃーっと見入ってしまう。
だがそんな俺の横でランスさんはここでの過ごし方を軽く説明してくれた。
「食べ物もドリンクも好きなだけ飲んで食べて構わない。六時にはコンテスト、七時からくじをする予定だ。だから入り口で貰ったプレートは無くさないように。一等はハワイ一週間の旅だぞ~! でも、それ以外の時間は自由に楽しんでくれ」
そう言い終えると、ランスさんの存在に会場にいた人たちが気づき始めた。
「じゃあ、俺はちょっと挨拶回りに行ってくるから。あとでまた戻ってくるよ」
ランスさんはそれだけ言うと声をかけてきた人達の元に行き、にこやかな態度で話し始めた。このパーティーの主賓であるランスさんは色々と忙しいのだろう。もう輪の中心にいて、さまざまなおばけや魔女に囲まれている。
その様子はまるで異世界、いや魔界に来てしまったかのよう。
……はぁー、すごいなぁ。
俺は思わず感嘆してしまった。だがじーっと眺めていると、ぽんぽんっと小さな手で肩を叩かれた。
「ん?」
「えちゅ、じゅーしゅもらいにいこっ」
「料理もおいしそうだぞ」
振り返ればジークさんとだっこされたフェニ君が言い、二人の視線の先には美味しそうな料理とドリンクの数々。
夕食にはちょっと早い時間だが、お腹が反応してぐぅっと唸る。
……ランスさんは挨拶回りに時間がかかりそうだし、自由に楽しんでくれって言っていたから先に俺達だけで食べるかな。
「ええ、取りに行きましょうか」
俺はすぐに返事をしてフェニ君とジークさんと共にドリンクと料理が並ぶテーブルの方へと向かった。
◇◇◇◇
それから美味しい料理に食べつつ、フェニ君は色んな人に声をかけられ、あっという間に六時になって予定通り仮装コンテストが開催された。俺達は参加はせずとも誰が一番本物っぽいか手を上げて投票したり、七時から行われたくじ引きではフェニ君が一等賞を当てたりと楽しい時間を過ごした。
でも八時を過ぎた頃には、椅子に座っていたフェニ君の頭がこっくりこっくり船を漕ぎ始める。
「フェニ君、もう眠い?」
「んーぅ」
俺が尋ねると眠たげな声が聞こえてくる。そんなフェニ君をジークさんがひょいっと抱き上げた。
「昨日は興奮してなかなか寝付けなかったからな。それに付け加え、これだけ楽しんめば疲れたんだろう」
ジークさんはそう言うとポンポンッとフェニ君の背中を撫でた。フェニ君はジークさんに寄りかかって、もうぴくりとも動かなかった。
「今日はいっぱいはしゃいでましたからね」
「はしゃぎ過ぎだ、全く。……すまないが、俺達は先に帰るとする」
ジークさんはフェニ君を腕に抱えたまま、俺にそう言った。
「あ、じゃあ、俺も」
そう声をかけるが、ジークさんは首を横に振った。
「まだ夜はこれからなんだし、折角のパーティーだ。もう少し楽しんできたらいい。それに……」
「それに?」
言いかけたジークさんに俺が尋ねると、彼は微かに笑って答えた。
「本当はレオナルドを待ちたいんじゃないか?」
「それは……っ」
俺は言葉に詰まる。本当は仕事を終えてレオナルドさんが来てくれるんじゃないだろうか? ってちょっと期待していたから。
「だから帰るのは俺達だけでいい。セスはもう少し待ってみるのもいいだろう」
「ジークさん」
「ただし、周りに気を付けろよ?」
「周りに気を付ける?」
……何のことだろう?
俺は言葉の意味がわからずに首を傾げるが、ジークさんはそれ以上の説明はしてくれなかった。
「ともかく、声をかけられて部屋に連れ込まれないように。あと人に渡されたドリンクは飲まないように」
「はぁ」
俺が曖昧に返事をするとジークさんは小さくため息を吐いた。なんでだ??
「ランスに声をかけてくるから、セスはここで大人しくしてるんだぞ」
「わかりました」
俺は頷き、ジークさんは心配そうな顔をしつつフェニ君を抱いたままランスさんの元へと歩いて行った。
……周りに気を付けろってどういうことなんだろう?
俺は不思議に思いながら、手に持っていたジンジャエールを飲んだ。
しかし、吸血鬼の格好をした人が俺の目の前を通る。その時、ポケットからひらりっとハンカチが落ちた。
俺はすぐに声をかけようと思うが、視線を向けた時にはその人は会場の外、ガーデンテラスに出て行ってしまっていた。
……ジークさんが大人しくしてろって言ってたけど、ハンカチを渡さなきゃ。ちょっとぐらいいいよね?
俺はハンカチを手に椅子から立ち上がり、その場を離れた。
そしてガーデンテラスに俺も出る。夜風が冷たいせいか外には人がいなくて、冷たい風に俺はぶるっと身を震わせる。
……さっきの人、どこに行ったんだ?
腕を擦りながら辺りを見まわしてみれば、ハンカチを落とした吸血鬼がテラスの端に一人佇んでいた。
「あの、すみません!」
俺は駆け寄り、声をかける。すると吸血鬼は振り返って俺を見た、俺と変わらないくらいの若い吸血鬼だった。
「おや、お嬢さん。どうしました?」
吸血鬼は俺ににこやかな態度で尋ねた。どうやらハンカチを落としたことに全く気がついていないようだ。
「あの、ハンカチを落としましたよ」
俺は手に持っていたハンカチを吸血鬼に差し出した。
「全然気がつかなかった、わざわざありがとう」
「いえ、じゃあこれで」
俺はハンカチを渡し終えたので、元の場所に戻ろうとした。でもそんな俺の腕を吸血鬼が捕まえる。
「ん? なんですか?」
「お嬢さん、これも何かの縁。少し私と話をしませんか?」
「話……ですか?」
寒いので早く中に入りたいのだが、会ったばかりの人の手を振り払う事も出来ず俺は尋ね返した。
「ええ、実はあなたが会場に入った時からずっと気になっていました。なので少し私に付き合ってくれせんか?」
吸血鬼は色っぽい眼差しを俺に向けて言った。
……や、ヤバい。この人、もしかして俺を女の子だと思ってる?!
「あ、あの。ごめんなさい、俺こんな格好をしているけど男なんですッ!」
俺は慌てて告げるが吸血鬼は「おや、そうですか」と言っただけで腕を離してはくれなかった。
「信じてないんですか? 俺、本当に男なんです」
「構いませんよ。男でも女でも、あなたは可愛い」
吸血鬼は俺に顔を寄せて言ってきた。そこで俺はようやく身の危険を感じ始める。
「あの、腕を離してください。俺、中に待っている人がいるんです!」
「いいじゃないですか。ちょっとぐらい」
吸血鬼は取り合う気もないらしく、笑いながら俺に言った。
……ひえぇーっ、なんなんだ? 俺、男だって言ってるのに!
「ちょ、もう離しっ」
そこまで言った時だった。低い声が響き、力強い腕が俺の体を引き寄せる。
「手を離せ」
その声にハッとして顔を上げると、そこには狼の仮面を被ったレオナルドさんが!
そしてその手は俺の腕を掴む、吸血鬼の手首を掴んでいた。
「もう一度言う。その汚い手を離せ」
「ぐ、いててっ!」
吸血鬼は顔を歪めて俺から手を離した。
「この子は私のだ。さっさと失せろ」
レオナルドさんが怒気を含めた声で言うと、自分では相手にならないと思ったのか吸血鬼は自分の手首を擦りながら尻尾を撒いて逃げた。
俺は吸血鬼が去って、ほっと息をつく。でもそんな俺の両肩をレオナルドさんは掴んだ。
「セス、あんな男について行ったら危ないだろう! どうして二人っきりになったんだ!」
「あ、その、あの人がハンカチを落として、それを渡しに」
俺が説明するとレオナルドさんは小さくため息を吐いた。
「それはセスをおびき出す為の罠だよ。優しいのはセスの良いところだけれど、気を付けて」
レオナルドさんに言われて俺はちょっと衝撃を受ける。
……ハンカチを落としたの、罠だったの!? わ、わからなかった。
「今日のセスはまた一段と可愛いんだから、変な男について行っちゃダメだよ?」
レオナルドさんはそう言うと俺の頬を指先で撫でた。だから俺は素直に「はい」と答え、そしてレオナルドさんをじっと見つめる。
今日のレオナルドさんは黒いスーツに黒のシャツ、白銀のネクタイに黒の手袋を嵌めてて、その姿はとてもカッコいい。そして腰のあたりにふかふかの黒い尻尾を付け、顔には黒い狼の半仮面。その仮面の間から覗く青い瞳が更にかっこよさを引き立たせている。
……はぁ、まるで狼の王様みたい!
俺はあまりの格好良さにレオナルドさんをじぃっと見つめてしまう。
でもそんな俺の視線に気がついたレオナルドさんはくすっと笑った。
「そんなに見つめられると恥ずかしいな、セス」
「あ、ごめんなさい!」
食い入るように見つめていた俺はハッと目を逸らした。でもレオナルドさんはそんな俺を他所に上着を脱ぎ、俺の肩に掛けてくれた。
レオナルドさんの温もりと香りが俺を包む。
「体が冷えたね。早く中に戻ろう」
レオナルドさんは優しく言い、温かい手で少し冷えた俺の手を握ってくれた。
俺が今日、ずっと求めていた手だ。
「はい!」
俺は嬉しい気持ちを抑えきれず、笑顔で返事をした。
◇◇◇◇
それから俺を探していたジークさんとランスさんにちょっぴり叱られ、ジークさんはフェニ君を抱えて先に帰って行った。
そして俺は遅れてきたレオナルドさんと一緒にパーティーを楽しみ、あっという間に時刻は夜の九時。パーティーは早い時間でお開きとなった。
「じゃあセス、行こうか」
レオナルドさんは席を立ち、俺に手を差し出した。
「はい。でもランスさんに挨拶しないと」
「それはしなくて大丈夫だ。ランス兄さんは片付けなどで忙しいから好きに帰ってくれて構わないと言っていたから」
「あ、そうですか。なら、また今度会った時にお礼を言わなきゃ。こんな楽しいパーティーに呼んでくれた事」
「そうだね。私もお礼を言わなきゃな」
レオナルドさんは俺をじっと見て言った。お礼を言うのに、なぜ俺をじっと見るのか?
……なんだろう?
そう思ったが、レオナルドさんに手を引かれ俺はパーティー会場を後にした。けれどレオナルドさんの向かう足取りは、ホテルの着替え室でも出入り口でもない。
「レオナルドさん。どこ行くの?」
俺が尋ねれば、レオナルドさんはホテルのキーを見せてくれた。
「今日はもうこのままこのホテルに泊まろう」
……いつの間に!
俺は驚きつつもレオナルドさんに手を引かれ、ホテルの一室に案内された。
そこはセミスイートで、広く綺麗な部屋だった。
「うわー、綺麗な部屋!」
「気に入った?」
レオナルドさんはドアを閉め、後ろから俺に尋ねた。
「はい。でもこんな広いお部屋、高かったんじゃ?」
「たまにはいいだろう?」
そう言いながらレオナルドさんは付けていた仮面を取り外した。美しい顔が現れて、なんだか気恥ずかしくなって俺は目を逸らしてしまう。
「セス?」
「あ、いえ。それより今日は仕事もあったから疲れたでしょう? お風呂に入ってゆっくり休んでください。お風呂、お先にどうぞ」
俺は気遣って言ったのだが、レオナルドさんは俺の手を掴み抱き寄せた。
「酷いなセスは」
「へ?」
「こんな可愛いセスを見て、そのまま寝ろと?」
レオナルドさんはそう言うと俺に腰を当ててきた。なんだかアソコが当たる気が……。
「れ、レオナルドさん?」
「セスは赤ずきんの物語を知っている?」
レオナルドさんに尋ねられて俺は赤ずきんのお話を思い出す。
「えっ? 確か赤ずきんがお母さんに頼まれておばあさんのところにお見舞いに行く話ですよね?」
「そうだね、でもその後赤ずきんはどうなってしまったかな?」
「えーっと、その後は……狼がおばあさんを食べてしまって、おばあさんに扮した狼に赤ずきんも食べられちゃう?」
「そう、でも最後には猟師に腹を裂かれて赤ずきんは狼から助けられる。だが、ここには猟師なんていない。つまりどういうことかわかるかな?」
「え?」
俺が困惑している間にレオナルドさんは俺の体を持ち上げて寝室へと連れ込んだ。そして俺をベッドの上に下ろすと、俺に乗り上がってくる。
「え、ちょ、レオナッ?!」
俺は最後まで言えなかった。だってレオナルドの唇で塞がれてしまったから。
「んっ、んんっ! ……は、はぁっ」
「おいしい」
レオナルドさんはぺろっと俺の唇を舐めて言った。その姿はまるで本物の狼男のよう。
「れ、レオナルドさんッ?」
「セス、狼には気を付けないとね?」
レオナルドさんは楽しげな様子で首元のネクタイを緩め、黒い手袋をポイッと床に投げ捨てた。
「え、ちょ、疲れてるんじゃ」
「こんなにおいしそうなセスを目の前に、寝るなんて有り得ない」
「お、俺、おいしくないっ」
「いいや、とっても美味しそうだ」
レオナルドさんは俺のスカートの下、太ももをいやらしく撫ぜた。
「あ、ちょっと、下触っちゃダメ! んっ」
敏感なところを触られて声が出ちゃう。
「セス」
名前を呼ぶと同時にレオナルドさんは俺の口をまた塞いだ。
肉厚な唇と熱い舌が俺の中に侵入し、俺の舌に絡んでくる。これだけでも頭がくらくらするというのに同時に服の上から乳首をくりっと押されたら、堪らない。
「んあっ!」
「フフ、セス。気持ちいいね?」
レオナルドさんは余裕の笑みを見せながら言い、キスをしながら胸を弄り続ける。そんなことをされてしまえば、下半身に熱がじんわりと灯っていく。
「んぅーっ、んっ、は、はぁっ、れ、レオ、だめ。借り、てる服、よごれ、ちゃう、から」
辛うじて残っている俺の理性がレオナルドさんを押し止める。けれどレオナルドさんは押し止めた俺の手を取ると指先にちゅっとキスをした。
「服は買い取ったから心配ないよ」
「へ?!」
「だから、思う存分楽しもうね? 服もいっぱい汚していいからね? セス」
「え、ちょ、まっ!?」
どの言葉も言い切ることはできず、俺はその夜、狼……いやレオナルドさんにぱっくりと体を隅々まで食べ尽くされてしまった。
その上、コスプレに目覚めたレオナルドさんに後日、俺はバニーボーイの服を着せられることになり……。
「はぁはぁっ、セス。今日は一段とおいしそうだ」
「ちょ、レ、レオ?! お、落ち着いて、ね? ま、待って!」
餓えた獣を前に俺は尻尾をプルプルと縮こませるしかできず、結局、野獣化したレオナルドさんに食べられ、噛みつかれ……俺の中のうさぎちゃんも大きな悲鳴を上げたのだった。
『ぷぎゅうぅうぅーーっ!』
◇◇◇◇
「す……セ……セス!」
「んはっ!?」
「目が覚めた? セス」
目を開けるとすぐそばにレオナルドさん……いや、殿下がいた。
「レオナルド、殿下?」
「随分ぐっすりと眠っていたね、もう夕方だよ?」
レオナルド殿下はベッドで寝ていた俺に言った。
「え、ゆう、がた?」
俺は口元の涎を拭きながら、キョロキョロと辺りを見回した。城の俺達の部屋、いつもの窓からはオレンジの夕日が見えていた。
……あれ? もう夕方? ちょっとお昼寝するだけのつもりが、寝入っちゃったのかな? ……それにしても何か夢を見ていたようなぁ??
俺はぼんやりと頭の中に残るイメージを思い出そうとするが、全然思い浮かばない。
「こんなにぐっすりとお昼寝するなんて珍しいね。日頃の疲れが出たのかな?」
レオナルド殿下は困ったように笑って言った。
「ちょっと眠るつもりだったんですけど、うたた寝するにはちょうどよかったもので」
俺はぽりぽりっと頭を掻く。ベッドの上には眠る前まで読んでいた薬草本が無造作に置かれている。
「今日は暖かい天候だったからね。でも、もうそろそろ夕食の時間だ」
……もうそんな時間なのかぁ。ベッドから起きないとな。
俺はまだぼんやりな意識を目覚めさせる。
でもそんな俺にレオナルド殿下はあるものを見せた。
「セス、今日は外回りの用事があってね。その時にこれを見つけたんだが、セスに似合うと思って買ってきたんだ。もうすぐ寒くなるし。……どうかな?」
レオナルド殿下はそう言って、どこからともなくフードに耳が付いた赤いポンチョを俺に見せた。
「セス、どうかな? ……って、どうして隠れるんだい?」
レオナルド殿下は反対側のベッドに下りて瞬時に身を隠した俺を見て不思議そうに尋ねた。でも俺は隠れるのを止められない。あの赤いポンチョ……嫌な感じがする。
「セス? もしかしてこの色は嫌いだったかな?」
「そういう訳じゃ、ないんです、けどぉ」
俺は歯切れ悪く答える。でも、なぜかわからないがあの赤いポンチョを見ると背中、いやお尻がぞぞぞっとするのだ。特にフードに付いている兎のような耳を見ると!!
「気に入らなかったら返品してくるよ」
「あ、いえ、その……もうちょっと寒くなったら着させてもらいます」
レオナルド殿下がわざわざ俺の為に買ってきてくれたものを無下にすることもできず、俺は目を逸らしつつ答えた。
「そう? 本当にいいのかい?」
「……はい」
俺はこくりと頷いた。きっともう少し時間が経てば着れると思う、多分。
「セスがそう言うなら、クローゼットに置いておこう」
レオナルド殿下はそう言った後、テーブルに置かれている小さな置物に気がつき、視線を止めた。
「セス、あれは?」
「ああ、ランス殿下がお昼に俺のところにきて、プレゼントしてくれたんです。異国のお土産だそうですよ」
俺が答えるとレオナルド殿下は小さくため息を吐いた。
「セス、前にも言ったけど断っていいんだからね?」
「でも折角持ってきてくれたのに。それにじっと見ていたら、可愛くみえてきますよ?」
「……可愛い、ね?」
レオナルド殿下はそう言ったが、その目は信じていなかった。だから俺は「あははは」と笑うしかない。
……でも、あの置物。そういえば夢の中でも見たようなぁ?
俺はテーブルの上に置かれた小さな置物を見て思う。けれど思い出せない。全てが靄の中に紛れてしまったかのようだ。
「セス?」
「あ、いえ。ちょっと考え事を。そろそろ食堂に行きましょうか」
俺はレオナルド殿下に歩み寄り、話題を変えるように言った。でもレオナルド殿下はやっぱり様子のおかしな俺を見て不思議そうな顔をする。
「セス、大丈夫? 調子悪いとかない?」
「ん? 大丈夫ですよ」
俺は正直に答えるがレオナルド殿下は疑いの眼差しを向ける。
「本当に大丈夫ですから。ほら、行きましょ!」
そうして俺はレオナルド殿下の手を取って引っ張って、部屋を後にした。
だから俺は知らなかった。
ランス殿下がくれたオレンジ色のガラスでできたカボチャの置物が、俺達が部屋を出た後、ひとりでにキラッと光ったなんて……。
おわり
ハッピーハロウィン!(/・ω・)/
*********
今回の物語はいかがでしたか?
後編はちょっと長めでしたけど、楽しんでもらえたでしょうか。
今回、レオナルドは変装通り野獣化したわけですが……赤ずきんのセスなら仕方ないですよね?(笑)
完結後も読みに来てくださり、ありがとうございます。<(_ _)>
そしてちょこっとお知らせ。
11/1からは現在連載中の「転生~」第二章が始まります。もし良ければ、そちらも読んでみてね~。ヽ(´ー`)
パーティーの開催時刻前にホテルに着き、俺は着替え室で用意された服に着てみたのだが――――。
……き、着替えてみたけど。これは……っ!
俺は鏡に映る自分を見て、顔を引きつらせる。
『え? どれを着ればいいかわからない? なら俺が選んでやろう』
ホテルの一室に設けられた着替え室で戸惑う俺にランスさんが選んでくれた貸衣装を着たのだが。
「これ、大丈夫かな? やっぱり他の服を」
俺は鏡をじっと見て呟いたが、カーテンの外からフェニ君の声が響く。
「えちゅーっ、まだぁ?」
急かす声に俺はビクッと肩を揺らし「あ、今出るよ!」と答えてしまった。
……ええい、仕方ない!
「お待たせっ」
俺はカーテンを開けて、みんなの前に出た。
「わあああぁぁ! えちゅ、かあいーッ!」
この前と同じシーツを被ったおばけに扮したフェニ君は、俺を見るなりキラキラした瞳を向けて言った。
「そ、そうかな?」
「うん!」
「よく似合ってる」
「んー、やっぱり俺のチョイスは的確だったね。良く似合ってるよ、セス」
俺が自信なさげに尋ねるとフェニ君が大きく頷いて返事をし、その後ろにいた大鎌を持つ死神の格好をしているジークさんと魔法使い姿のランスさんも俺を見て、褒めてくれた。似合うかどうか不安だったが三人の言葉に、俺はまんざら悪くない気持ちになってくる。
……良かった、変だと思われなくて。
俺はホッと心の中で安堵しつつ、振り返って鏡に映る自分を見た。
そこには黒の厚底靴に黒のタイツ。フリルの付いた赤いスカートに白のエプロン。そして赤い頭巾をすっぽりと被っている俺がいた。
……ハロウィンってこういう仮装もありなんだな。赤ずきんって童話のキャラクターだけど。……それにしてもスカートってなんか下半身が心許ない。というか、男の俺が赤ずきんをしていいのだろうか?
そう首を傾げているとランスさんが俺の肩を叩いた。
「じゃ、ここまでしたなら、お化粧もしてみようか!」
「へっ!?」
驚いている間にランスさんは部屋にいた女の子達を呼び「よろしく」と頼んだ。
「え、ちょ、まっ!」
俺は戸惑いの声を上げたが、女の子達はにっこり笑顔で「綺麗にメイクしますね~!」と言うなり手を引っ張られ、メイク道具が広げられた鏡台へと誘導された。
「はいはーい、こちらに座ってくださーい」
そう女の子達の意外に力強い手によって俺は少々強引に椅子に座らさせられ、前髪を有無も言えないままピンで止められた。
「ちょ、ランスさんっ!」
「セス、すぐ終わらせるから」
後ろに立つランスさんは楽し気に言うと、女の子達は「では始めますね~」と言うなり、俺の顔に色々と塗りたくり始めた。
「ちょ!」
「じっとしててくださいね~。目も閉じててくださーい」
……も、なんなんだっ!?
俺はアタフタと困惑しつつ女の子達の言う通りに従った。そして女の子達は五分もかけずに、あっという間に俺の顔を作り上げた。
「はぁーい、終わりましたよ~」
終わりを告げられ、目を開けるとそこにはばっちりお化粧がされた俺がいた。
「ちょ、ランスさん、これ!」
「可愛いよ、セス」
ランスさんはフフッと笑って言った。
……む、これはからかってるなぁー!? もぅ!
俺はちょっとむすっとしたが、ふと下を見れば、フェニ君がじっと俺を見ている。シーツを被っているから表情はわからないが、熱い視線を向けられている事だけはわかる。
「フェニ君?」
「えちゅ、かあいーっ!! んふふっ!」
どうやらフェニ君には大変気に入って貰えたみたいだ。なんだか恥ずかしい。
「ハハッ、ありがとう」
「これを見れないとは、レオナルドもタイミングが悪い」
ランスさんは腰に手を当てて、ため息交じりに呟いた。
その言葉に俺はちょっとだけチクリと胸が痛む。
実は、今日ここにレオナルドさんは来ていない。本当は来るはずだったのだが、突然入ってしまった仕事で来れなくなってしまったのだ。
……レオナルドさんの仮装、見たかったなぁ。でもお仕事なら仕方ないよね。……それに俺のこの格好。見られなくてよかったかも。
俺はちょっと残念な気持ちを抱えつつ、自分の格好と顔を見て思う。
「じゃあ準備も整ったことだし、会場に入ろうか」
ランスさんの声掛けで俺達はようやく会場に向かう事になった。
会場はホテルの一番大きな広間を借りたらしく、各出入り口にはセキュリティーガードが立っていた。ランスさんの話では、今回のパーティーには要人も参加しているのだとか……。
そんなパーティーに一般参加していいのだろうか? と思いつつ、厳重なセキュリティーチェックを受け、出入り口の前までやってくる。
「ランス様とお連れの方々ですね。どうぞ、くじの引換券です。では、こちらからお入りください」
黒服の係員は身元を確認をした後、ナンバーが書かれた小さなプレートをそれぞれ渡し、会場のドアを開けてくれた。
「ありがとう。さ、みんな中に入ろう」
ランスさんに引き連れられ、俺達も中に入る。
すると会場はおどろおどろしく飾り付けられ、ジャックオランタンがいたる所に置かれていた。まさにハロウィン! と思わせる演出だ。
でもそれ以上に俺を驚かせたのは、どの人も仮装のクオリティがとても高い事だ!
ちょっと黙っていれば本物と錯覚してしまいそうなほど。
「わぁ、皆さんすごいですね!」
「そうだろ? 今日は仮装コンテストなんてのも用意しててね、一位を取れば金一封。だからみんな力を入れて仮装してきてるんだ」
俺の問いにランスさんは笑いながら教えてくれた。
……なるほど! コンテストもあるから、みんなすごいんだぁ。うわぁ~、あの人なんて顔に切り傷みたいなのあるけど、あれも作り物!? すごい! ハリウッドの特殊メイクみたい。
おばけや魔女、ゾンビやミイラ、その他さまざまな仮装をこんなにも数多く見た事がなかったので俺は思わずじぃーっと見入ってしまう。
だがそんな俺の横でランスさんはここでの過ごし方を軽く説明してくれた。
「食べ物もドリンクも好きなだけ飲んで食べて構わない。六時にはコンテスト、七時からくじをする予定だ。だから入り口で貰ったプレートは無くさないように。一等はハワイ一週間の旅だぞ~! でも、それ以外の時間は自由に楽しんでくれ」
そう言い終えると、ランスさんの存在に会場にいた人たちが気づき始めた。
「じゃあ、俺はちょっと挨拶回りに行ってくるから。あとでまた戻ってくるよ」
ランスさんはそれだけ言うと声をかけてきた人達の元に行き、にこやかな態度で話し始めた。このパーティーの主賓であるランスさんは色々と忙しいのだろう。もう輪の中心にいて、さまざまなおばけや魔女に囲まれている。
その様子はまるで異世界、いや魔界に来てしまったかのよう。
……はぁー、すごいなぁ。
俺は思わず感嘆してしまった。だがじーっと眺めていると、ぽんぽんっと小さな手で肩を叩かれた。
「ん?」
「えちゅ、じゅーしゅもらいにいこっ」
「料理もおいしそうだぞ」
振り返ればジークさんとだっこされたフェニ君が言い、二人の視線の先には美味しそうな料理とドリンクの数々。
夕食にはちょっと早い時間だが、お腹が反応してぐぅっと唸る。
……ランスさんは挨拶回りに時間がかかりそうだし、自由に楽しんでくれって言っていたから先に俺達だけで食べるかな。
「ええ、取りに行きましょうか」
俺はすぐに返事をしてフェニ君とジークさんと共にドリンクと料理が並ぶテーブルの方へと向かった。
◇◇◇◇
それから美味しい料理に食べつつ、フェニ君は色んな人に声をかけられ、あっという間に六時になって予定通り仮装コンテストが開催された。俺達は参加はせずとも誰が一番本物っぽいか手を上げて投票したり、七時から行われたくじ引きではフェニ君が一等賞を当てたりと楽しい時間を過ごした。
でも八時を過ぎた頃には、椅子に座っていたフェニ君の頭がこっくりこっくり船を漕ぎ始める。
「フェニ君、もう眠い?」
「んーぅ」
俺が尋ねると眠たげな声が聞こえてくる。そんなフェニ君をジークさんがひょいっと抱き上げた。
「昨日は興奮してなかなか寝付けなかったからな。それに付け加え、これだけ楽しんめば疲れたんだろう」
ジークさんはそう言うとポンポンッとフェニ君の背中を撫でた。フェニ君はジークさんに寄りかかって、もうぴくりとも動かなかった。
「今日はいっぱいはしゃいでましたからね」
「はしゃぎ過ぎだ、全く。……すまないが、俺達は先に帰るとする」
ジークさんはフェニ君を腕に抱えたまま、俺にそう言った。
「あ、じゃあ、俺も」
そう声をかけるが、ジークさんは首を横に振った。
「まだ夜はこれからなんだし、折角のパーティーだ。もう少し楽しんできたらいい。それに……」
「それに?」
言いかけたジークさんに俺が尋ねると、彼は微かに笑って答えた。
「本当はレオナルドを待ちたいんじゃないか?」
「それは……っ」
俺は言葉に詰まる。本当は仕事を終えてレオナルドさんが来てくれるんじゃないだろうか? ってちょっと期待していたから。
「だから帰るのは俺達だけでいい。セスはもう少し待ってみるのもいいだろう」
「ジークさん」
「ただし、周りに気を付けろよ?」
「周りに気を付ける?」
……何のことだろう?
俺は言葉の意味がわからずに首を傾げるが、ジークさんはそれ以上の説明はしてくれなかった。
「ともかく、声をかけられて部屋に連れ込まれないように。あと人に渡されたドリンクは飲まないように」
「はぁ」
俺が曖昧に返事をするとジークさんは小さくため息を吐いた。なんでだ??
「ランスに声をかけてくるから、セスはここで大人しくしてるんだぞ」
「わかりました」
俺は頷き、ジークさんは心配そうな顔をしつつフェニ君を抱いたままランスさんの元へと歩いて行った。
……周りに気を付けろってどういうことなんだろう?
俺は不思議に思いながら、手に持っていたジンジャエールを飲んだ。
しかし、吸血鬼の格好をした人が俺の目の前を通る。その時、ポケットからひらりっとハンカチが落ちた。
俺はすぐに声をかけようと思うが、視線を向けた時にはその人は会場の外、ガーデンテラスに出て行ってしまっていた。
……ジークさんが大人しくしてろって言ってたけど、ハンカチを渡さなきゃ。ちょっとぐらいいいよね?
俺はハンカチを手に椅子から立ち上がり、その場を離れた。
そしてガーデンテラスに俺も出る。夜風が冷たいせいか外には人がいなくて、冷たい風に俺はぶるっと身を震わせる。
……さっきの人、どこに行ったんだ?
腕を擦りながら辺りを見まわしてみれば、ハンカチを落とした吸血鬼がテラスの端に一人佇んでいた。
「あの、すみません!」
俺は駆け寄り、声をかける。すると吸血鬼は振り返って俺を見た、俺と変わらないくらいの若い吸血鬼だった。
「おや、お嬢さん。どうしました?」
吸血鬼は俺ににこやかな態度で尋ねた。どうやらハンカチを落としたことに全く気がついていないようだ。
「あの、ハンカチを落としましたよ」
俺は手に持っていたハンカチを吸血鬼に差し出した。
「全然気がつかなかった、わざわざありがとう」
「いえ、じゃあこれで」
俺はハンカチを渡し終えたので、元の場所に戻ろうとした。でもそんな俺の腕を吸血鬼が捕まえる。
「ん? なんですか?」
「お嬢さん、これも何かの縁。少し私と話をしませんか?」
「話……ですか?」
寒いので早く中に入りたいのだが、会ったばかりの人の手を振り払う事も出来ず俺は尋ね返した。
「ええ、実はあなたが会場に入った時からずっと気になっていました。なので少し私に付き合ってくれせんか?」
吸血鬼は色っぽい眼差しを俺に向けて言った。
……や、ヤバい。この人、もしかして俺を女の子だと思ってる?!
「あ、あの。ごめんなさい、俺こんな格好をしているけど男なんですッ!」
俺は慌てて告げるが吸血鬼は「おや、そうですか」と言っただけで腕を離してはくれなかった。
「信じてないんですか? 俺、本当に男なんです」
「構いませんよ。男でも女でも、あなたは可愛い」
吸血鬼は俺に顔を寄せて言ってきた。そこで俺はようやく身の危険を感じ始める。
「あの、腕を離してください。俺、中に待っている人がいるんです!」
「いいじゃないですか。ちょっとぐらい」
吸血鬼は取り合う気もないらしく、笑いながら俺に言った。
……ひえぇーっ、なんなんだ? 俺、男だって言ってるのに!
「ちょ、もう離しっ」
そこまで言った時だった。低い声が響き、力強い腕が俺の体を引き寄せる。
「手を離せ」
その声にハッとして顔を上げると、そこには狼の仮面を被ったレオナルドさんが!
そしてその手は俺の腕を掴む、吸血鬼の手首を掴んでいた。
「もう一度言う。その汚い手を離せ」
「ぐ、いててっ!」
吸血鬼は顔を歪めて俺から手を離した。
「この子は私のだ。さっさと失せろ」
レオナルドさんが怒気を含めた声で言うと、自分では相手にならないと思ったのか吸血鬼は自分の手首を擦りながら尻尾を撒いて逃げた。
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俺が説明するとレオナルドさんは小さくため息を吐いた。
「それはセスをおびき出す為の罠だよ。優しいのはセスの良いところだけれど、気を付けて」
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今日のレオナルドさんは黒いスーツに黒のシャツ、白銀のネクタイに黒の手袋を嵌めてて、その姿はとてもカッコいい。そして腰のあたりにふかふかの黒い尻尾を付け、顔には黒い狼の半仮面。その仮面の間から覗く青い瞳が更にかっこよさを引き立たせている。
……はぁ、まるで狼の王様みたい!
俺はあまりの格好良さにレオナルドさんをじぃっと見つめてしまう。
でもそんな俺の視線に気がついたレオナルドさんはくすっと笑った。
「そんなに見つめられると恥ずかしいな、セス」
「あ、ごめんなさい!」
食い入るように見つめていた俺はハッと目を逸らした。でもレオナルドさんはそんな俺を他所に上着を脱ぎ、俺の肩に掛けてくれた。
レオナルドさんの温もりと香りが俺を包む。
「体が冷えたね。早く中に戻ろう」
レオナルドさんは優しく言い、温かい手で少し冷えた俺の手を握ってくれた。
俺が今日、ずっと求めていた手だ。
「はい!」
俺は嬉しい気持ちを抑えきれず、笑顔で返事をした。
◇◇◇◇
それから俺を探していたジークさんとランスさんにちょっぴり叱られ、ジークさんはフェニ君を抱えて先に帰って行った。
そして俺は遅れてきたレオナルドさんと一緒にパーティーを楽しみ、あっという間に時刻は夜の九時。パーティーは早い時間でお開きとなった。
「じゃあセス、行こうか」
レオナルドさんは席を立ち、俺に手を差し出した。
「はい。でもランスさんに挨拶しないと」
「それはしなくて大丈夫だ。ランス兄さんは片付けなどで忙しいから好きに帰ってくれて構わないと言っていたから」
「あ、そうですか。なら、また今度会った時にお礼を言わなきゃ。こんな楽しいパーティーに呼んでくれた事」
「そうだね。私もお礼を言わなきゃな」
レオナルドさんは俺をじっと見て言った。お礼を言うのに、なぜ俺をじっと見るのか?
……なんだろう?
そう思ったが、レオナルドさんに手を引かれ俺はパーティー会場を後にした。けれどレオナルドさんの向かう足取りは、ホテルの着替え室でも出入り口でもない。
「レオナルドさん。どこ行くの?」
俺が尋ねれば、レオナルドさんはホテルのキーを見せてくれた。
「今日はもうこのままこのホテルに泊まろう」
……いつの間に!
俺は驚きつつもレオナルドさんに手を引かれ、ホテルの一室に案内された。
そこはセミスイートで、広く綺麗な部屋だった。
「うわー、綺麗な部屋!」
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レオナルドさんはぺろっと俺の唇を舐めて言った。その姿はまるで本物の狼男のよう。
「れ、レオナルドさんッ?」
「セス、狼には気を付けないとね?」
レオナルドさんは楽しげな様子で首元のネクタイを緩め、黒い手袋をポイッと床に投げ捨てた。
「え、ちょ、疲れてるんじゃ」
「こんなにおいしそうなセスを目の前に、寝るなんて有り得ない」
「お、俺、おいしくないっ」
「いいや、とっても美味しそうだ」
レオナルドさんは俺のスカートの下、太ももをいやらしく撫ぜた。
「あ、ちょっと、下触っちゃダメ! んっ」
敏感なところを触られて声が出ちゃう。
「セス」
名前を呼ぶと同時にレオナルドさんは俺の口をまた塞いだ。
肉厚な唇と熱い舌が俺の中に侵入し、俺の舌に絡んでくる。これだけでも頭がくらくらするというのに同時に服の上から乳首をくりっと押されたら、堪らない。
「んあっ!」
「フフ、セス。気持ちいいね?」
レオナルドさんは余裕の笑みを見せながら言い、キスをしながら胸を弄り続ける。そんなことをされてしまえば、下半身に熱がじんわりと灯っていく。
「んぅーっ、んっ、は、はぁっ、れ、レオ、だめ。借り、てる服、よごれ、ちゃう、から」
辛うじて残っている俺の理性がレオナルドさんを押し止める。けれどレオナルドさんは押し止めた俺の手を取ると指先にちゅっとキスをした。
「服は買い取ったから心配ないよ」
「へ?!」
「だから、思う存分楽しもうね? 服もいっぱい汚していいからね? セス」
「え、ちょ、まっ!?」
どの言葉も言い切ることはできず、俺はその夜、狼……いやレオナルドさんにぱっくりと体を隅々まで食べ尽くされてしまった。
その上、コスプレに目覚めたレオナルドさんに後日、俺はバニーボーイの服を着せられることになり……。
「はぁはぁっ、セス。今日は一段とおいしそうだ」
「ちょ、レ、レオ?! お、落ち着いて、ね? ま、待って!」
餓えた獣を前に俺は尻尾をプルプルと縮こませるしかできず、結局、野獣化したレオナルドさんに食べられ、噛みつかれ……俺の中のうさぎちゃんも大きな悲鳴を上げたのだった。
『ぷぎゅうぅうぅーーっ!』
◇◇◇◇
「す……セ……セス!」
「んはっ!?」
「目が覚めた? セス」
目を開けるとすぐそばにレオナルドさん……いや、殿下がいた。
「レオナルド、殿下?」
「随分ぐっすりと眠っていたね、もう夕方だよ?」
レオナルド殿下はベッドで寝ていた俺に言った。
「え、ゆう、がた?」
俺は口元の涎を拭きながら、キョロキョロと辺りを見回した。城の俺達の部屋、いつもの窓からはオレンジの夕日が見えていた。
……あれ? もう夕方? ちょっとお昼寝するだけのつもりが、寝入っちゃったのかな? ……それにしても何か夢を見ていたようなぁ??
俺はぼんやりと頭の中に残るイメージを思い出そうとするが、全然思い浮かばない。
「こんなにぐっすりとお昼寝するなんて珍しいね。日頃の疲れが出たのかな?」
レオナルド殿下は困ったように笑って言った。
「ちょっと眠るつもりだったんですけど、うたた寝するにはちょうどよかったもので」
俺はぽりぽりっと頭を掻く。ベッドの上には眠る前まで読んでいた薬草本が無造作に置かれている。
「今日は暖かい天候だったからね。でも、もうそろそろ夕食の時間だ」
……もうそんな時間なのかぁ。ベッドから起きないとな。
俺はまだぼんやりな意識を目覚めさせる。
でもそんな俺にレオナルド殿下はあるものを見せた。
「セス、今日は外回りの用事があってね。その時にこれを見つけたんだが、セスに似合うと思って買ってきたんだ。もうすぐ寒くなるし。……どうかな?」
レオナルド殿下はそう言って、どこからともなくフードに耳が付いた赤いポンチョを俺に見せた。
「セス、どうかな? ……って、どうして隠れるんだい?」
レオナルド殿下は反対側のベッドに下りて瞬時に身を隠した俺を見て不思議そうに尋ねた。でも俺は隠れるのを止められない。あの赤いポンチョ……嫌な感じがする。
「セス? もしかしてこの色は嫌いだったかな?」
「そういう訳じゃ、ないんです、けどぉ」
俺は歯切れ悪く答える。でも、なぜかわからないがあの赤いポンチョを見ると背中、いやお尻がぞぞぞっとするのだ。特にフードに付いている兎のような耳を見ると!!
「気に入らなかったら返品してくるよ」
「あ、いえ、その……もうちょっと寒くなったら着させてもらいます」
レオナルド殿下がわざわざ俺の為に買ってきてくれたものを無下にすることもできず、俺は目を逸らしつつ答えた。
「そう? 本当にいいのかい?」
「……はい」
俺はこくりと頷いた。きっともう少し時間が経てば着れると思う、多分。
「セスがそう言うなら、クローゼットに置いておこう」
レオナルド殿下はそう言った後、テーブルに置かれている小さな置物に気がつき、視線を止めた。
「セス、あれは?」
「ああ、ランス殿下がお昼に俺のところにきて、プレゼントしてくれたんです。異国のお土産だそうですよ」
俺が答えるとレオナルド殿下は小さくため息を吐いた。
「セス、前にも言ったけど断っていいんだからね?」
「でも折角持ってきてくれたのに。それにじっと見ていたら、可愛くみえてきますよ?」
「……可愛い、ね?」
レオナルド殿下はそう言ったが、その目は信じていなかった。だから俺は「あははは」と笑うしかない。
……でも、あの置物。そういえば夢の中でも見たようなぁ?
俺はテーブルの上に置かれた小さな置物を見て思う。けれど思い出せない。全てが靄の中に紛れてしまったかのようだ。
「セス?」
「あ、いえ。ちょっと考え事を。そろそろ食堂に行きましょうか」
俺はレオナルド殿下に歩み寄り、話題を変えるように言った。でもレオナルド殿下はやっぱり様子のおかしな俺を見て不思議そうな顔をする。
「セス、大丈夫? 調子悪いとかない?」
「ん? 大丈夫ですよ」
俺は正直に答えるがレオナルド殿下は疑いの眼差しを向ける。
「本当に大丈夫ですから。ほら、行きましょ!」
そうして俺はレオナルド殿下の手を取って引っ張って、部屋を後にした。
だから俺は知らなかった。
ランス殿下がくれたオレンジ色のガラスでできたカボチャの置物が、俺達が部屋を出た後、ひとりでにキラッと光ったなんて……。
おわり
ハッピーハロウィン!(/・ω・)/
*********
今回の物語はいかがでしたか?
後編はちょっと長めでしたけど、楽しんでもらえたでしょうか。
今回、レオナルドは変装通り野獣化したわけですが……赤ずきんのセスなら仕方ないですよね?(笑)
完結後も読みに来てくださり、ありがとうございます。<(_ _)>
そしてちょこっとお知らせ。
11/1からは現在連載中の「転生~」第二章が始まります。もし良ければ、そちらも読んでみてね~。ヽ(´ー`)
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