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殿下、俺じゃダメですか?
22 見送りといつかの二人
しおりを挟むそれからーーーー。
二週間程、城に滞在していたフェニは「じゃー、またね~!」と、不死鳥と共に元気に旅立ち、年が明ける前に父さんと母さんもまた旅に出る事になった。
「年越しぐらい、こっちで過ごしたらいいのに……」
俺は城の門の前で旅に出る父さんと母さんをレオナルド殿下と一緒に見送りに来ていた。
雪は止み、昼間の温かな日差しが俺達を照らしている。
「それも考えたが、どこで新しい薬草や材料が見つかるとも知れないからな!」
「ゆっくりしたらいいのに、本当に旅好きだなぁ」
父さんは大きなリュックを抱えて言い、俺はちょっと呆れてしまう。そして俺の隣に立つレオナルド殿下も父さんと母さんを引き留めた。
「セスの言う通りですよ。今からでも予定を変えられては? 急ぐこともないでしょう?」
レオナルド殿下はそう提案したけれど、父さんは断った。
「もう急ぐこともないが、それでも病に困っている人は他にもいっぱいいる。世の中にはまだ治療薬のない病もあるからな。薬剤魔術師として、新薬を見つける事はもう俺の生きがいなんだ。それに今後、俺と同じように時忘れの副作用に苦しむ人が出てこないわけでもないだろうしな」
父さんの答えにレオナルド殿下は「そうですか」と小さく返事をした。
「それよりも! また今回のような事があったら、本当に許さないからな。レオナルド!」
フンスッと鼻息を荒くして父さんはレオナルド殿下に言った。そして母さんも。
「今度こそ、セスをよろしくお願いしますね。レオナルド殿下」
父さんと母さんに言われたレオナルド殿下は真っすぐに二人を見て頷いた。
「はい、勿論です」
レオナルド殿下の言葉に二人は安堵したように微笑んだ。しかし父さんは俺をちらりと見て、再度釘を刺した。
「セス、もう二度とあんな薬を作るんじゃないぞ! ……全く、麻酔薬をバージョンアップさせるなんて。バージョンアップさせるのは良薬だけにしておきなさい!」
「は、はいぃぃ」
俺は身を縮こませて返事をしながら、たっぷりと両親とウィギー薬長から絞られた事を思い出す。だが、そんな俺の肩にレオナルド殿下はぽんっと手を置いた。
「大丈夫です。もう二度とセスにあんな事はさせません。……もう二度と」
レオナルド殿下はそう両親に言った。その声には強い意志が見て取れた。レオナルド殿下にとっても俺が仮死した事は肝が冷える事だったのだろう。
今更ながらに、悪いことしたなぁ、と俺は反省する。
「俺も、もうあんなの作らない。約束するよ」
俺は再び父さんと母さん、レオナルド殿下に約束する。その俺を見て、父さんと母さんはようやく信じてくれたようだった。
「絶対だからな」
「信じてるからね、セス」
二人は俺に言った。それからレオナルド殿下も。
「私が作らせないよ、セス」
そう言ってレオナルド殿下は俺に微笑んだ。その笑みに俺も微笑みを返す。
……俺はあんなもの二度と作る必要はない。これからはレオナルド殿下が傍に居てくれるのだから。
俺は「うん」と頷き、レオナルド殿下に返事をした。
だが、そんな俺達を見て、父さんは寂しそうな顔を見せた。
「もうセスもすっかり大人だな」
「ん? 俺、もう大人だよ?」
俺は父さんに言ったけれど、父さんは笑うだけだった。
そして俺は父さんの言葉の意味をわからないまま、旅立つ二人を見送った。
「……父さん、俺がまだ子供だって思ってたのかな?」
俺の誕生日、忘れてたわけじゃないよな? 二十歳の時、誕生日おめでとうってプレゼントをくれたし……。なんで、あんなことを言ったんだろう?
見送った俺はぽつりと呟き、うーんっと首を傾げた。
でもそんな俺に、隣に立っていたレオナルド殿下は「あれはそう言う意味の言葉じゃないよ」と教えた。
「え? じゃあ、どういう意味??」
俺が尋ねるとレオナルド殿下はしばらく考えた後、にっこりと俺に笑った。
「意味がわかったら、もっと大人になれるんじゃないかな?」
まるでなぞかけみたいな言葉に俺は眉間に皺を寄せる。
「意地悪言わないで、教えてくださいよ」
「ダメだよ。これもセスが大人になる為に必要な事だ」
レオナルド殿下はそう言ったが、まるで子供扱いされているみたいで、なんとなく癪だ。
「俺はもう大人ですよ!」
「はいはい、わかってるよ」
俺は主張したけれど、レオナルド殿下の大人の対応で上手く躱されてしまった。
……うう、これがまだ大人になり切れてないって事なんだろうか。
むむっと俺は口を閉じる。
けれどそんな俺の腰にレオナルド殿下は手を回して、引き寄せた。
「でも……セスが大人になって本当に良かったよ。でなければ、こんな風にできなかったからね。寝室での事も」
レオナルド殿下はパチッとウインクして俺に言った。
確かに俺が子供だったら、こんな風にはできなかっただろう。寝室であんな風にどろどろに交わう事も。
『きゅきゅきゅっ!』
俺の中の兎がぷるぷるっと震えた後、恥ずかしそうにぴょぴょんっと跳ねる。
……もう、もうっ、もうっっ! なんで、こんな時にそんな事を言うのかな! この人は。
俺は寝室での事を思い出して顔を赤くしてしまう、外はこんなにも寒いのに。
だけど……。
「俺も大人になってよかったですよ」
そう言って俺はキョロキョロッと辺りを見回して誰もいない事を確認すると、ひょいっと背伸びしてレオナルド殿下の少し冷えた頬にキスをした。
するとレオナルド殿下が驚いたように目を見開く。
「ッ!」
「子供じゃこんな事、できませんでしたからね」
俺はにっと笑って言うとレオナルド殿下は嬉しそうに目を細めた。
「セスはいつだって私に驚きを与えてくれる天才だな」
「まだまだこれからですよ!」
「それは楽しみだ」
レオナルド殿下が本当に楽しそうに言うから、俺も笑って答えた。
「楽しみにしていてください!」
けど俺は気が付いてなかった。
周りに誰もいないと思っていたけれど、城から俺達を眺めている視線がある事を。
「相変わらず仲がいい事だ。あの二人は」
窓辺に立ち、セスがレオナルドの頬にキスしたのを見た国王アイザックは実に微笑ましそうに呟いた。そしてその傍にはウィギーが立っていた。
「二人が元通りになってよかったですよ。どうなるかと思っていましたが」
「ああ。……愛するが故なのだろうが、レオナルドは馬鹿な事をした。あの子がレオナルドを捨てるはずがないと言うのに」
アイザックは心底呆れた様子で呟き、そんなアイザックにウィギーは苦笑した。
「仕方ないでしょう。レオナルド殿下はセスを本当に愛していらっしゃいますから」
「ああ、わかっている。だが、全く困った奴だ」
アイザックは素直じゃない性格を持つ息子にふんっと息を吐き、そんな国王に「それならセスもですよ」と困ったようにウィギーは告げた。
「元々、薬を改良する事が得意な子でしたが、まさか仮死する薬を作るなんて思いもよりませんでした」
ウィギーの言葉にアイザックはそう言えば、と思い出す。
「仮死の薬か……。セスが薬科室に受かったのは薬の改良が得意だったからだな?」
アイザックの問いかけにウィギーはこくりと頷いた。
「ええ、そうです。セスは薬を作ること自体、素早く丁寧でしたが、それ以上に薬の改良に長けていました。それで王宮付きの薬科室に来たのですよ。勿論、学科実技の両試験も高得点でしたが」
ウィギーはセスが薬科室に来た時の事を思い出した。
セスは前薬剤魔術師長であるウィルの息子ではあったが、当然コネでなった訳ではない。
多くの薬を知り、症状の判断、処置をしなければならない薬剤魔術師は、コネなんかでなれるものではないからだ。しっかりと勉強し、一年に一回ある難しい試験を合格しなければ薬剤魔術師とは名乗れない。
そしてそれが王宮付きの薬剤魔術師となれば、更にその門は狭きものになる。
王宮付きの薬剤魔術師になるというのは、とても名誉な事であり、一流の薬剤魔術師と認識される事なのだ。故に払われる給金も普通の地方にいる薬剤魔術師の三倍で、その上貴重な材料の調達や国の重要文献を扱う特権を国から与えられている。
だからこそ王宮付き薬剤魔術師を目指す者は毎年多い。
しかしながら王宮付きになるには、薬剤魔術師の試験で高得点を出さなければならない上、何かに秀でていなければならないのだ。
例えば、薬に対する豊富な知識、治癒魔法の施術の速さ、新薬開発、病の解明など。
そしてセスの場合は、改良した薬が従来の薬の二倍の効き目を発揮し、薬の高改良技術が認められて、王宮付きとなった。
その後セスはしばらくはウィギーの元で、より薬に関する知識を学び、今では薬科室で薬の製造をメインに働いている。そしてセスがここ数年で改良した薬は数十種類にも及ぶ。
「ウィルは新薬作りの天才だったが、その息子は改良の天才だったか。蛙の子は蛙だな」
「ええ。本人にその自覚はありませんけどね」
「ま、それがセスの良いところなのかもしれんがな」
アイザックはいつものほほんっとしているセスを思い出して、クスッと笑った。
「だが、レオナルドにはちょうどいいのだろう。あれくらい肩の力が抜けているぐらいが」
「そうですね」
「セスにはこれからもレオナルドを引き留める錨になってもらわなければな」
アイザックはいつの日かと同じ言葉を口にし、ウィギーも力強く頷いた。
「ええ、その方がいいでしょう。新たな事実にも気が付いてしまいましたし……」
「新たな事実? なんだそれは」
ウィギーの言葉にアイザックは首を傾げた。
*************
明日は最終回を迎えます。
最後なので一挙に三話投稿!
いや~、11月も終わり間近ですね。
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