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殿下、俺じゃダメですか?

9 帰り道

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「はぁっ」

 白い息を吐いて、首に巻いているマフラーに顔を埋めた。
 城の門を抜けて、今は夕方も随分過ぎた頃。町中の食事処ではお酒が出てくる時間帯。賑わっている声があちこちのお店から漏れ聞こえてくる。

 その横を通り過ぎながら、王女様達の言葉が蘇る。

『だって、レオおじさま、せすの事、すっごく好きだもん。好きってお顔に書いてあったもん! パパがママにするお顔、レオおじさまもせすにしてたもん!』
『してたぁ!』

 ……レオナルド殿下が俺を好き……か。俺もそう思っていた。でも『子供が欲しい』と言ってレオナルド殿下は俺に別れを告げた。

 俺は小さな王女様達とアレク殿下を思い返す。

 ……もしも、このままならレオナルド殿下はいつかアレク殿下みたいに子供を持つことになるのかな。

 レオナルド殿下に似た子供を想像する。きっとどちらの性別でも可愛い子だろう。だってレオナルド殿下の子供だ。可愛くないはずがない。

 ……それならこのまま別れていた方がいいのかな。アレク殿下はレオナルド殿下が何か隠している風に言っていたけれど。結局のところ俺とレオナルド殿下の仲が戻っても俺では子供は産めないからレオナルド殿下の事を思えばこのままの方がいいのかもしれない。

 俺はとぼとぼと歩きながら、胸の痛さにため息を吐く。
 レオナルド殿下を思えば、この方がいいのだろう。俺が傍にいるよりも、他の誰か女性と一緒になった方が。

 そう頭ではわかっても、心の中で雪が降るみたいに冷えていく。

 自分じゃない誰か。ルナ様でも、ルナ様じゃなくても、自分じゃない誰かがレオナルド殿下の傍にいる。そんなのは認めたくないと心が嘆く。

 歩道を歩きながら、足取りが重くなっていく。悔しさと悲しさに、目頭が熱くなる。

 ……俺が……俺が女の子だったら違ったのかな? でも女の子でも俺は不妊で。

 そこまで心の中で呟き、はたっと思う。
 


 ……俺は、不妊……で?



 俺の足がぴたりとその場に縫い付けられたように止まる。俺は大事な事をすっぽりと忘れていた事に今更ながら気が付いた。

「あれ?」

 ……俺はフェニの涙を飲んだ。不死鳥の涙は寿命以外、あらゆる病も呪いも治癒してしまう。それってつまり父さんから受け継いだ"時忘れ"の副作用……俺の不妊も治っているかもしれない?

 俺は何となくお腹を押さえて、考え込む。

 ……俺はフェニの涙を飲んだ後、その証に髪の毛が長く伸びた。俺は不妊以外、健康体だから検査なんてしなかった、必要ないと思ったから。でも今の俺は子供ができやすいかもしれないって事? 俺に、子供が?

 そう思った時、レオナルド殿下が俺に言った言葉が急に蘇った。俺に別れを切り出し、子供が欲しいと言ったレオナルド殿下の言葉が。

『ここ最近思うところがあってな……やはり、子供が欲しいと思ったんだ』
『ああ。フェニの事もあったし、以前二人で孤児院の慰問に行った事があっただろう? それを思い返して……やはり、子供はいいものだと思ったんだ』
『セスには悪いと思う。だが……』

 ……俺はあの言葉の全て、レオナルド殿下が自分の子供が欲しいと思った上での言葉だと思った。でも、もしあの言葉にちょっと足せばどうなる? もし俺を思ってなら?

『ここ最近思うところがあってな……やはり、(セスの)子供が欲しいと思ったんだ』
『ああ。フェニの事もあったし、以前二人で孤児院の慰問に行った事があっただろう? それを思い返して……やはり、子供はいいものだと思ったんだ(セスも子供が得られるのだし)』
『セスには悪いと思う。だが……(セスも子供を望めるんだ)』

 もしも俺主体で発せられた言葉なら、意味が違ってくる。
 その時、俺はわかった。
 あの時、レオナルド殿下が俺に向けた瞳の意味が。

 ……もしかしてあの時レオナルド殿下は『お前では子供は産めないだろう?』と思っていたのではなくて『私では子供は産めないから』……そう思っていたんじゃないか?

「レオナルド殿下は……俺の、為に?」

 違和感の謎が解けた気がした。

 ……あの時、妙に歯切れが悪かったのも全ての言葉が含まれていなかったから? ……俺は大きな勘違いをしていたのか? もしも本当にそうなら。……そうなら!!

 胸に大きな波が押し寄せる。

「……なんて馬鹿な人なんだ」

 俺はぐっと息を呑み、心が切ない。
 でも違和感の謎は解けても、全てが解決したわけじゃない。

 ……だけどレオナルド殿下はルナ様を追いかけてイニエスト公国に行った。それは何の為? ……俺から離れる為? そうだとしてもどこか辻褄が合わない気がする。

 俺はその場に立ち尽くしたまま、うーんと唸る。

 だが、この時の俺は考えに集中して気が付いていなかった。積もった雪の重さに耐えかねて雪と共に古くなった看板が軋み、取れかかっている事に。

 パラパラッ……。

「え?」

 俺が見上げると共に雪と看板は落ち、辺りに悲鳴が響いた。











 しかし数日後の朝。
 
 滞在が許されている客間で朝の準備をすでに済ませたレオナルドがいた。だが、そこへ誰かがやってきた。
 コンコンコンッと控えめにドアがノックされる。

「レオナルド様、私ですわ」

 声の主はルナだった。レオナルドは「どうぞ」とすぐに返事をした。すると、使用人がドアを開け、そこにはルナが立っていた。

「二人でお話したいからお前達は外で待っていなさい」

 ルナはそう言うと後ろについていた使用人を残して、一人部屋の中に入ってきた。
 そしてパタンッとドアが閉まった後、レオナルドはルナの顔を見て小さく息を吐いた。

「その顔なら、どうやら上手くいったようだな」
「ええ、おかげ様で」

 ルナは満面の笑みでレオナルドに言った。だが、レオナルドは興味のなさそうな、素っ気ない態度をみせた。それはとても恋する男の仕草ではなかった。
 そしてそれはルナも同じだった。

「なら、朝早くから私のところに来ていいのか?」
「ええ、これが最後ですから。もうレオナルド様とあんな恋人ごっこをしないでいいのだと思うとせいせいしますわ」

 ルナはフフッと笑って言い、レオナルドは不服そうに片眉をくいっと上げた。

「私に頼んでおきながら、とんだ言い草だな」
「あら、今回はお互い様じゃなくて?」

 ルナはにっこりと笑ってレオナルドに言った。そこには以前あった甘い雰囲気はない。そしてレオナルドはルナの言葉に押し黙り、そんなレオナルドにルナはくすっと笑った。

「でも、お礼は必要だと思いまして今日は来ましたの。今回は手を貸していただいて助かりましたわ。ありがとうございました、レオナルド様」

 ルナは礼儀正しくお礼を口にした。だがレオナルドは別段嬉しそうでもなかった。

「構わない。ルナ様の言う通り、今回はお互いに都合が良かっただけだ」

 つまならなさそうに言うレオナルドにルナは腰に手を当てた。

「それで? レオナルド様の方はどうなさるの?」
「私の?」

 レオナルドはちらりとルナに視線を向けた。

「本当にこのままでいらっしゃるおつもり?」

 ルナの言葉にレオナルドは黙った。しかしそんなレオナルドにルナは「だんまりはナシですわよ」と言い、レオナルドはふぅっと息を吐いた。

「このままでいるしかないんだ」
「まあ、レオナルド様ともあろう方が随分と受け身なのですね」
「……今回ばかりはな」

 呟くように言うレオナルドにルナは顎に手を当てた。

「そう。でも……一体どういう理由があったのかわかりませんけど、レオナルド様はセス様を少々侮っていらっしゃるのでは?」

 ルナの言葉にレオナルドは眉間に皺を寄せた。

「どういう意味だ?」
「セス様がこのままでいるはずがないって事よ」

 ルナはくすっと笑って、レオナルドを見た。

「セスが……?」

 レオナルドは眉間に皺を寄せたままルナを見返した。
 しかし、その時だった。フッと、レオナルドがあるモノに掛けていた魔法が解けた気配がした。

「そんな馬鹿なッ!」

 レオナルドは突然椅子から立ち上がって顔を青ざめさせた。

「レオナルド様?」

 突然の事にさすがのルナも驚いた顔を見せた。しかしレオナルドはすぐに上着を手に取ると手早く着込んだ。

「レオナルド様、どちらに?」

 ルナが尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。

「すまないが、すぐに国に帰らねばならなくなった」
「国へ!? 今からですか? 一体何が……まさかセス様が?」
「申し訳ないが、説明は後だ」

 レオナルドは多くを語らなかったが、その目が訴えていた。ルナはすぐに察し、こくりと頷いた。

「わかりましたわ。でも今から帰るにはあまりに無理が……外は」

 ルナが窓の外に目を向けると、吹雪が窓を叩いていた。しかしレオナルドは聞かなかった。

「いや、私一人先に帰る。この雪だ、私について来た者達は雪解け次第戻ってくるように伝えておいてくれ。あと申し訳ないと」

 レオナルドはそれだけを言うとルナから少し離れ、部屋の広い、何もない場所に移動した。そしてすぐに足元に魔法陣が浮かび光り出す。転移魔法だ。

 それを見たルナはぎょっとした顔を見せた。

「レオナルド様、ここはイニエスト公国ですよ! 転移魔法でバーセル王国に飛ぶには距離が遠すぎます! 死ぬ気ですか!?」

 ルナは叫んでレオナルドを止めようとした。

 それもそのはず。転移魔法は出発地点から着地地点までの距離が長ければ長いほど、魔力を大量に消費してしまう。もし着地地点にまで飛ぶ魔力がなければ、よくて道の途中で放り出され、悪ければ魔力が完全に尽き、死んでしまう。
 そして今日、外は吹雪。途中で飛び出してしまっても凍死は免れないだろう。

 だが、レオナルドは聞かなかった。いや、聞かなかったのではなくレオナルドには自信があった、自国に戻れるまでの自信が。

「心配ない。また連絡する」

 それだけを言うと、魔法陣の光に包まれてレオナルドはその場から消えた。それを呆然としながらルナは見送るしかなかった。




「一体、何が起こったのかしら……」



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