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殿下、ちょっと待って!!

2 タマゴ?

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「……た、まご??」

 ランス殿下が俺の目の前に差し出したのは白く丸々とした卵だった。
 高さ10㎝程で、普通の卵の5倍ぐらいは大きい。俺の両手にすっぽり収まってしまうサイズ。そして卵の外殻にはデコレーションがされていて、ビーズやら絵が描かれていた。
 しかし、どこからどうみても、それは卵。

 ……なしてタマゴ??

「何の卵ですか、変な生き物の卵じゃないでしょうね?」

 レオナルド殿下は隠しもせず訝し気な顔でランス殿下に問いかけたが、返ってきた言葉は「さあ? 何の卵かは俺にもわからない」だった。

「ランス兄上……」

 レオナルド殿下は呆れたように名前を呼んだが、ランス殿下は全く気にしていなかった。

「骨董屋の爺さんが、自分の手元に来てからすでに五十年以上経っているって言っていたから、何の卵でもないだろう。それよりこの卵の凄いところはな、どんなに叩いても落としても割れないってところなんだ」
「え? 叩いても落としても?」

 俺が思わず尋ねるとランス殿下は「ああ」と頷いた。

「俺も金づちで叩いてみたり、高く投げて落としてみたりしたが、この通りヒビ一つ入らなかった。何よりこのフォルムッ! 美しいと思わないか? セス」

 ランス殿下はうっとりした様子で卵を見つめた。俺には卵は卵にしか見えないんだけど。

「この曲線! この白さ! 他の卵にはない美しさだ!」
「あー、んー、そうです、ね?」

 ランス殿下が卵を掲げて賞賛し始めたので、俺は思わず同意してしまった。
 だって『いや、ただの卵にしか見えません』とは言えないだろ? 

「私にはただの卵にしか見えないですが」

 あ、ここにいた。
 レオナルド殿下がさらっと言うとランス殿下はむっとした。

「美しさが何なのかわかってないお前には、まだこの卵の価値はわからんよ。でもセスはわかってくれたみたいだね? やはり、セスにこれを買ってきてよかった」

 ランス殿下はそう言うと、嬉しそうに俺の手に卵を渡してくれた。うう、色々とずしっと重い。

「ぜひ、部屋に飾ってくれ」

 ランス殿下はそう言ってにっこりと俺に笑った。こうなれば俺が言う事はただ一つ。

「ランス殿下、あ、ありがとうございます……」

 俺は卵を両手で持ちながらお礼を言った。そんな俺にランス殿下は「どういたしまして」と満足気に返事をした。
 レオナルド殿下は呆れたように「はぁ」と小さくため息を吐いていたけれど。

 しかしそんな折。

「それは……」

 アレク殿下がもの言いたげに小さく呟いた。

「ん?」
「どうされました? アレク兄上」

 俺とレオナルド殿下が視線を向けるとアレク殿下は暫し考えた後、首を横に振った。

「いや、なんでもない」

 アレク殿下は微かに笑って答えた。

 ……なんだろう? 何か言いたげだったけど。

 俺はそう思ったけれど、アレク殿下に問いかけはしなかった。

「セス、よかったな」

 アレク殿下はそう言うだけだった。

 ……タマゴ、何か気になる事であったのかな?

 そう思いつつも俺は深く聞くこともなく、卵を貰った後、時間も時間だったので夕飯をみんなで取ることになった。
 俺と三人の王子達、そしてアレク殿下の奥さんである王太子妃様と小さな王女様達。それから王妃様と国王陛下も一緒に。

 王族が並ぶ食卓はまさに壮観だった。

 家族団欒って大事だよね! 俺は美形が居並ぶ食卓に一緒に座らされて、平民、平凡顔の俺はちょっとばかし肩身が狭かったけれど……うぅっ。

 そして食事を終えた後、サロンに移動して、お茶を交えながら陛下は三人の王子と難しい政治的な話、王妃様は王太子妃様とご婦人同士の話をしていた。

 ちなみに俺はと言うと、ふかふかの絨毯の上に座って。

「せすぅ! はやく次、よんで!」
「はやく、はやくぅ!」 

 七歳と四歳の王女様達を膝の上に乗せて、絵本を読み聞かせていた。

「はいはい、ちょっと待ってくださいね~」

 俺は絵本のページをめくり、続きを読む。内容は魔女に囚われた王女様を王子様が助けにくるお話だ。
 二人は絵を見ながら俺の読み聞かせを真剣な顔で聞いている。

 ……俺もこのくらいの時はこんなだったのかなぁ? ふふ、可愛いな。

 俺は微笑ましく思いながら絵本を読み進めていった。だが読み終わる頃には二人は眠そうに半分瞼を閉じ、こっくりと船を漕ぎ始めた。

 もう時刻は十時を過ぎ。子供が寝るには少し遅い時間だ。
 そして、子供達の眠そうな顔を見た大人達は話を打ち切り、それぞれ部屋に戻る事になった。

 陛下は王妃様と。アレク殿下と王太子妃様はもうほぼ眠っている王女様を一人ずつ抱えて。ランス殿下は一人フラッと自室に戻って行った。

 そして残ったのは俺とレオナルド殿下だけ。

「私達も戻ろうか、セス」

 レオナルド殿下は少し屈んで、絨毯の上に座る俺に手を差し伸べて言った。

「はい」












 それから俺達は一旦部屋に戻り、時間も遅いので一緒に入浴する事に……。

「あの……レオナルド殿下」
「ん? なんだい?」
「……俺、重くありません?」

 俺は膝を抱えてレオナルド殿下に尋ねる。

「全然、重くないよ。セス。だからもうちょっとこっちにおいで」

 レオナルド殿下は俺を引き寄せ、自分に寄りかからせた。

 レオナルド殿下との密着度がっ!!

「何度も裸で抱き合っているのに、セスは恥ずかしがり屋さんだね?」

 レオナルド殿下は温かい浴槽の中、俺を抱き締めて言った。しかも耳元で囁くように。
 そんな事されたら、俺は恥ずかしくって逃げたくなる。

「~~っ!」
「こら、離れない」

 レオナルド殿下は俺をまた引き寄せて、自分の太ももの上に俺を乗せた。

 ……一緒に風呂に入るって言ったけど、どうしてこんなことにっ!?

 俺はただパパッと風呂に入るだけだと思っていた。
 でも体を洗われ、今は一緒にお風呂の中だ。硬い太ももの上に座り、背中にはレオナルド殿下が密着して、体には太い腕が巻き付いている。

 そして何より、俺のお尻にレオナルド殿下のイチモツがグイグイ当たってくる!

「れ、レオナルド殿下、ちょっと密着しすぎじゃっ」

 特に貴方の息子さん、俺のお尻に当たってますけど!!

「いいだろう? 今日は早めに仕事を終えて、セスと二人でゆっくり過ごすつもりだったのに、兄上達に捕まってしまったから」
「まあ、そうですけど……たまには兄弟水入らずもいいじゃないですか」
「たまには、ね。だが、私はセスと過ごす方がいいな」

 レオナルド殿下はちゅっと俺のうなじにキスをしてくる。すると俺の体は勝手にぴくんっと動く。

「んひゃっ! も、うなじにキスはダメです!」

 俺はうなじを手で隠し、抗議しようと振り向いた。
 でも、そこにはほんのりと頬を染め、水に濡れた艶やかな男が一人。

「ん?」

 ……やばいっ、振り向くんじゃなかった!!

 レオナルド殿下の色気に当てられた俺は、振り向いた顔をぐりんっと勢いよく前に向き直した。そして、胸をぴょぴょーーんっ! とはしゃいで飛び回る兎を宥める。

 お、落ち着け。俺! そしてウサギッ!!

「ふふっ、セスはここ、弱いもんね? ふぅっ」

 レオナルド殿下はぞくっとするぐらいイイ声で俺に囁いて、俺の首筋に息を吹きかけた。

「ひゃんっ!」

 もう、やだ。この人――っ! 早く、お風呂から出たいよぅ!

「も、もう、触っちゃダメです! 息も吹きかけちゃダメ!!」
「はいはい」

 レオナルド殿下は信用ならない返事をしたが、それ以上、俺のうなじには触らなかったし、息も吹きかけなかった。……ほっ。

「でも、セスは子供の扱いがうまいね。驚いたよ」

 レオナルド殿下は感心したように俺に言ったが、俺はどこを褒められたのかわからなかった。

「子供の扱い、ですか??」

 わからない俺が尋ねるとレオナルド殿下は教えてくれた。

「ああ、ジュリアナとアンジェリカの相手をしていただろう? 二人共、セスに夢中だった」

 レオナルド殿下は苦笑しながら、二人の王女様達の名前を言った。

「そうですかね?」

 ……夢中って言うか、俺に慣れてるだけだと思うんだけど。

 俺は薬剤魔術師だ。治癒魔法で人を治すこともあるけれど、薬草を作るのが主な仕事だ。なので、日々現れる怪我人や病人の対応はウィギー薬長か同僚が行っている。

 しかし、王族の人々に関しては俺も治癒魔法を使う。

 なぜかと言うと、ウィギー薬長は別にして、他の同僚は王族の治癒にあまり関わりたがらないからだ。皆、俺に仕事を回してくる。

『お前なら王族の方々に慣れてるだろ!』って。

 なので、陛下に薬を持って行ったり、お転婆な王女様達の小さな傷を治したりするのは俺の役目なのだ。そして小さな怪我を治癒した時に、どうやら俺は王女様達に気に入られたらしく、それ以来仲良くして貰っている。
 でも、その事を知らないレオナルド殿下は俺が二人をすぐに手懐けたと思ったのだろう。

「時々ジュリアナ様やアンジェリカ様が転んで怪我をした際、治癒の為に呼ばれてましたから。単に俺に慣れていただけでしょう」

 レオナルド殿下に説明すると、すぐに「なるほど」と納得した。

「それに、子供の扱いがうまいのはレオナルド殿下の方では?」
「……私か?」
「俺、子供の頃、よく遊んでもらいましたけど、いっつも楽しかったですもん」

 俺は言いながら、子供の頃のことを思い出す。

 母さんが王妃様と女同士の会話を楽しんでいる時、レオナルド殿下が大抵俺の相手をしてくれた。あの時、俺は七歳、レオナルド殿下は十八歳だったはずだ。

 子供の相手なんて、特に俺の相手なんて楽しくなかっただろうに、俺はいつも楽しかった。カードやボードゲーム、ボール遊びや今日の俺みたいに本を読んで貰ったりした。
 俺は一人っ子だから、おっきいお兄ちゃんができたみたいで嬉しかった。

 まあ、大人になるにつれてレオナルド殿下が王子様だとわかり、お兄ちゃん、と思う事は恐れ多い事だと思うようになったんだけど。

「そう言えば俺、レオナルド殿下の事、いつも遊んでくれるおっきいお兄ちゃんって思ってたんですよ」
「……お兄ちゃん」
「あの頃の俺、何にも知らなかったからなぁ~」

 ……思えば、カレンちゃんは母さんがカレンって呼んでいたから名前呼びになったけど、レオナルド殿下の事は“レオナルド殿下”か“殿下”って呼んでたから、俺もデンカって呼んでたなぁ。レオナルドデンカまでが名前だと思ってたんだっけ?? うーん、子供の頃の俺、大丈夫か? ……しかし今じゃ、お兄ちゃんと思っていた人が伴侶なんだからなぁ。すごいなぁ。

 ふむふむと一人で考えていると、レオナルド殿下が俺をぎゅっと抱き締めた。

 なんです??

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