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殿下、ちょっと待って!!

14 ダウジング

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 真夜中の二時を過ぎ。
 レオナルド殿下の執務室には様々な情報が入ってきていた。

「レオナルド殿下、城内の者を全員確認したところ、一人の男が行方不明になっております。どうやらその男は賭けに負け、多額の借金をしていたようです」
「ランス殿下、町の者から馬を走らせた男が西に向かったという情報が」

 ノーベンさんとランス殿下の従者がそれぞれに自分の主に報告をした。

「国境を超える気か」
「フェニを他国で売るつもりだろう」

 レオナルド殿下とランス殿下は机に置いている地図を前に呟いた。

 そしてその前にはアレク殿下もいて、振り子を手にしていた。右手には糸を垂らしたひし形の透明な石があって、揺らしてもいないのにそれが地図の上をぐるぐると回っている。

 一体何が始まるんだろう……?

 そう思っていたらアレク殿下に呼ばれた。

「セス、こちらに」
「え? 俺……?」
「ああ、私の手の上に手を重ねて」

 俺は言われた通り、アレク殿下の傍に近寄り、手の上に自分の手を重ねる。そんな俺にアレク殿下は囁いた。

「目を閉じてフェニを思い浮かべてごらん? 守護者であるセスなら、フェニが今どこにいるのかきっとわかるだろう」
「俺に?」
「ああ、きっと」

 アレク殿下に言われて、俺はその言葉に従い目を閉じて、フェニを思い浮かべた。
 ぽってりボディに美しい深紅の羽根、金色のくりくりとした瞳。俺の可愛い雛鳥。

 ……フェニッ……フェニッ……どこにいる?

 俺はフェニに語り掛けるように心の中で思った。
 




 ぴぴぃぃ--!!(えちゅーー!)






 そう叫んでいるのが聞こえた。
 
「フェニッ!」

 ハッとして目を開けると、さっきまでぐるぐると回っていた振り子がある一点を指し示している。

「どうやら、今はラペツァ領手前のワヌカ街道を走っているようだな」

 アレク殿下は振り子が導く場所を見て呟いた。

「俺がフェニを見かけたのが十一時頃、その後捕まって、その男がすぐに馬を走らさせたとして……そうですね。ちょうどラペツァ領の手前ってところだ」

 ランス殿下も同意するように言うと、傍にいたアレク殿下が自分の従者に告げた。

「万が一もある。西の国境を封鎖させるよう連絡を」
「畏まりました」

 従者はそう言うと、外に連絡を取りに行った。俺はその流れを見ながら、何が起こっているのかわからなかった。

「セス、もう手を放していいよ」
「あ、あの、アレク殿下? これは?」

 俺は手を放し、アレク殿下に尋ねる。でも答えてくれたのはレオナルド殿下だった。

「セスはアレク兄上のダウジングを見るのは初めてだったね?」
「ダウジング?」

 隣に立ったレオナルド殿下に俺は聞き返した。

「そうだよ。実はアレク兄上は珍しい霊力の持ち主でね、私の魔力探知でわからない事でも、アレク兄上にはわかるんだよ」
「霊力!」

 レオナルド殿下に言われて俺は驚く。

 魔力はほとんどの人が持っているが、霊力は珍しい。霊力は人に見えないモノが見え、神の囁きを聞いて未来を知る、とも言われている特別な力だ。

 ……話には聞いたことがあるけれど、アレク殿下が霊力を持ってるとは。

 でもレオナルド殿下に言われて、納得する事がある。アレク殿下が防波堤を作らせた翌月に川が氾濫しかけたり、通常よりも二倍の貯えを備えさせた翌年、日照りで不作になったり、今まで勘があまりにも鋭かった。
 でもきっと霊力の高さから、そう言う事が自然とわかったのだろう。

「わかると言っても勘程度のものだがな。それに今回は守護者であるセスの力もあったからだ」

 アレク殿下は補足するように俺に言ったが、レオナルド殿下がすぐに「ご謙遜を」と言葉を返した。
 そんなレオナルド殿下にアレク殿下は微かに笑ったが、すぐに真面目な顔に戻った。

「レオナルド、あとはお前ひとりで何とか出来るな?」
「ええ、場所さえわかれば問題ありません。私一人で十分です」
「まあ、お前の力なら男一人など問題ないだろう。だが過信はするな」

 アレク殿下は注意するように言い、その言葉にはどこか含みがあった。

「何かあると?」
「……なんとも言えない。ただ嫌な予感はする。それに西の森には群れからはぐれた」
「ああ、あの事ですね?」

 レオナルド殿下は何かに気が付いたようだ。

「アレク兄上の予感は当たりますから、気を付けて行きましょう……。ノーベン、剣と上着を」

 レオナルド殿下はそう言うと控えていたノーベンさんから剣とベルト、厚手のロングコートを受け取った。その横でランス殿下が従者に指示を出す。

「エリオット、すぐにラペツァ領の領主に連絡を入れて私兵を出して貰えるよう依頼して、後で俺から詳しく説明すると伝えて置くように」

 従者は「畏まりました」と頷くと、部屋を出て行った。

「ありがとうございます、ランス兄上」
「なに、ラペツァ領の領主とは色々と懇意にしていてな。きっとお前にも良くしてくれるだろう」
「はい」

 レオナルド殿下はそう言うと腰に愛用の剣を帯刀し、俺を見た。

「俺も行きます」

 俺はレオナルド殿下が言う前に言ったが、レオナルド殿下は首を横に振った。

「セス、ダメだ」
「どうして!?」
「こんな夜だ。男一人なら問題ないが、何が現れるかわからない。狼や魔獣が現れるかもしれない。だから今回は私一人で行く」
「嫌です!」
「大丈夫だ、フェニは私が連れ帰る」
「わかっています。でも一緒に行きます!」

 俺はレオナルド殿下の腕をぎゅっと両腕で掴み、抱き着いた。

「俺も行きます。絶対に足手纏いにはなりませんから! 俺だけ安全な場所で待っているなんてできませんッ!!」

 俺は必死にレオナルド殿下にお願いした。

 ここで待っているなんて、とてもじゃないけどできない。きっとフェニは一人で今も心細いはずだ。その心を思うと胸が痛い。すぐにフェニを助け出して抱き締めてやりたい。

 それに俺はフェニに守護者として選ばれた。なら、俺が行かないでどうする!? ……足手纏いにならないと言っても、俺みたいなの連れて行ったら面倒なのはわかっている。でもっ、でも!

 俺は気持ちを伝えるようにレオナルド殿下を見つめる。けれどレオナルド殿下は頑なだった。

「セスの気持ちはわかる。けれど駄目だ」
「嫌です!」
「セス、連れて行きたいが今回は」

 レオナルド殿下はそう言いかけ、腕を掴む俺を引き剥がそうとした。だがその言葉を遮り、止めたのはアレク殿下だった。

「レオナルド、セスも連れて行きなさい」

 アレク殿下の言葉に俺達は同時に視線を向ける。

「兄上……なぜですか?」
「きっとその方が良いからだ」

 アレク殿下はそう言うと、俺を見た。とても真摯な目で。

「セス、フェニを守ってあげなさい。しっかりとね」

 アレク殿下の言葉の意図がよくわからなかったけど、俺は「はい」とだけ答えた。
 そして、レオナルド殿下は大きなため息をついた後「アレク兄上の言葉には逆らえませんね」と諦めたように呟いた。

「殿下!」

 俺は嬉々として顔を上げ、レオナルド殿下を見つめる。

「セス、絶対に私から離れてはダメだよ? 私の言う事は聞く事、いいね?」
「はいッ!」

 俺は大きく返事をした。それを聞き、レオナルド殿下はノーベンさんに俺の防寒着を持ってくるように言った。ノーベンさんはすぐに俺の上着を私室まで取りに行ってくれて、マフラーまで俺の首に巻いてくれた。

「夜の外は冷えますから」
「ありがとう、ノーベンさん」
「セス、こちらに」

 レオナルド殿下に呼ばれて、俺は傍に寄る。レオナルド殿下は俺に腕を差し出した。

「私から離れないように」

 そう言われて俺はレオナルド殿下の腕にさっきみたいに両手を巻き付けて、ぎゅっと抱きしめる。

「はい!」

 そして俺が返事をした後、この前みたいに床が魔法陣が浮かび上がり、青白く光る。

 転移魔法の魔法陣だ。

「アレク兄上、ランス兄上、行ってまいります」

 レオナルド殿下がそう挨拶すると、二人は「気を付けて」と声をかけた。
 そして俺は。

「必ず、フェニを助けて帰って来ます!」

 そう皆に告げ、転移魔法が俺とレオナルド殿下を包んで部屋は眩しい光に包まれた。

 一瞬の閃光。

 アレクサンダーやランス、ノーベン達従者が目を開けた時、そこにはレオナルドとセスの姿はなかった。

「兄上、どうしてレオナルドにセスを連れて行くよう説得したのですか?」

 ランスは二人が消えてから、アレクサンダーに尋ねた。アレクサンダーがレオナルドにセスを連れて行かせた、何か特別な理由がある気がして。
 そしてアレクサンダーは隠すこともなく答えた。

「これは私の勘だが……きっとフェニはもう城には戻ってこないだろう」
「え?! それって」

 アレクサンダーの言葉にランスはもとより、従者達もざわっとどよめく。

「いや、悪い意味ではない。ただ、そう思うのだ。だからセスも行った方がいいと思った」

 アレクサンダーは窓の外、暗い夜を見つめた。

「……兄上がおっしゃるなら、そうなのでしょう。でも残念だな。一度くらいは伝説の鳥に触ってみたかったものです」
「ふふ、願っていれば触れるかもしれないぞ?」
「え? でも城には戻ってこないって」
「二度と、とは言っていない」

 アレクサンダーは微かに笑って言い、その意図を理解して、ランスも笑顔を見せた。

「ならば、待ちますかね。我々は良い報告が来るのを、お茶でも飲んで待っていましょうか」
「ああ、そうしよう」


 二人の王子はそう言いながら、従者と共に執務室を後にした。

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