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殿下、ちょっと待って!!
4 産まれる!!
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「セス! セス、起きて!」
レオナルド殿下の声でぐっすりと眠っていた俺は目を覚ます。
「んんー、おはよぉございます」
俺は眠気眼をごしごしと手で擦って、体を起こす。でもそんな俺にレオナルド殿下は尋ねた。
「セス、これをここに置いた?」
「へ?」
レオナルド殿下に言われて俺は、何が? と思いながらレオナルド殿下が指さす先を見た。するとそこには昨日の卵があって、俺の腹に密着するみたいにぴたりとくっついていた。
「……んぅ? 昨日のたまご?」
なんでベッドの上にあるんだろう? レオナルド殿下が置いたのかな?
「セスが置いたの?」
「おれ? おれじゃないよ。殿下じゃないの?」
寝起きでまだぼんやりとしている俺はレオナルド殿下に尋ねた。けれどレオナルド殿下は「私じゃないよ」とすぐに否定した。
じゃあ、どうしてこの卵はここにあるのか。
どうしてだろう??
「別の部屋に置いてくる……」
レオナルド殿下は気味悪そうに卵を見つめた。そして卵に手を伸ばそうとしたが、その手を俺が止めた。
「あ! ちょっと待って!」
「セス?」
レオナルド殿下は怪訝な顔をしたが俺は声を上げた。
「ほら! ここ見て! 卵が割れてる!」
俺は卵のてっぺん、昨日はツルツルしていたそこにひび割れがあるのを見つけた。そしてそのひび割れはどんどん大きくなる。
パキパキパキィッ!
何かが生まれようとしているのは明らかだった。
「セス、こっちに来なさい!」
レオナルド殿下は俺を引き寄せると守るように抱き締めた。だが遅かった。
卵は勢いよく割れ、ピカッ!! と眩しい光を放った。
……眩しいッ!
俺は咄嗟に目を瞑る。だが、同時に声が聞こえた。
「ぴぃっ!」
……ぴぃ?
「ん?」
ゆっくりと目を開けると、そこには卵の殻を被った何かがいた。
……なんだろう?
俺は手を伸ばしてみる。隣で「セス!」と慌てたレオナルド殿下の声が聞こえたけれど、人差し指でひょいっと殻を取ってみると、そこには赤いモフモフの羽毛に埋もれた雛鳥がいた。くりんとした金色の目が俺を見る。
「ぴ?」
……わ、わ、わ、カワイイ――――ッ!
あまりの愛らしさに俺は思わず心の中で叫んでしまった。
「ぴぃーっ」
雛鳥は俺を見た後、トコトコッと歩いて俺に近寄ると膝にすりすりっと体を擦りつけてきた。
「ぴっぴぃっ」
まるで甘えるように俺に鳴く。
……くぅ、可愛いなぁ~! もしかして、俺をお母さんだと思ってるのかなぁ。
俺は雛鳥に手を伸ばしてみた。
「セス、簡単に触っては!」
レオナルド殿下は心配げに言ったが、俺はこの雛鳥が俺に何かするとは思わなかった。何となくだけど。
「大丈夫ですよ!」
俺はそう答えて雛鳥の頭をヨシヨシと撫でてみる。
……うわーーーっ、なんだこれ!? もっふもふの羽毛が気持ちいい。まるで極上の布みたいな触り心地だ!
「ぴぴっ」
雛鳥は嬉しそうに鳴き、俺は両手で包んで自分の目線まで持ち上げ、じっくりと見てみた。
モフモフの雛鳥は真っ赤な羽を持ち、瞳は金色。ぽってりボディで、でも成長すればきっと美しい鳥になる事だろう。今は今で可愛いが。
……もっふもふで可愛いなぁ。でも、今まで見たことのない鳥だなぁ? バーセル王国にはいない種かもしれない。他国の鳥なのかな? でも五十年も経って生まれたのか??
謎の多い鳥に俺は首を傾げたが、雛鳥は俺を見て嬉しそうにした。
「ぴぴぃっ」
うーん、可愛い。
「……危なくはなさそうだが、調べないといけないな」
レオナルド殿下は髪を掻き上げて困ったように呟いた。
雛鳥はぶるぶるっと体を震わせて俺の手の内からひょいっと落ちると、俺の膝の上に乗って、まるで陣取るように丸まった。
あわわ~、かわっ、かわいい!
あまりの可愛さに俺は可愛い以外の言葉を失ってしまった。
そんな俺と雛鳥を見ながら、レオナルド殿下はため息を吐いた。
「すっかりセスを気に入ってしまったようだな……はぁっ」
「へぇ? これがあの卵の中身とはね」
まだ朝の時間、レオナルド殿下に呼び出されたランス殿下は私室のソファに座っている俺の膝の上でぬくぬくと丸くなっている雛鳥を見て、興味深そうに言った。
「ランス殿下、何か知りませんか?」
俺は尋ねてみる。
「さあ、割れない卵って事で買っただけだからなぁ。まさか、中身が生きていたとは……しかし綺麗な鳥だ。触ってみても?」
ランス殿下は俺にそう尋ねたが、俺の隣に座るレオナルド殿下が止めた。
「止めた方がいいですよ。どうやらこの雛鳥はセスにしか心を開いていないみたいで、触ろうとすると嘴で突かれます」
レオナルド殿下は不機嫌な顔でランス殿下に告げた。
実はあの後、レオナルド殿下が雛鳥を俺から離そうと触ろうとしたら「ぴぎぃッ!!」と怒ったように鳴いて、レオナルド殿下の指先を突いたのだ。
軽く突かれただけだから怪我はしていなかったけれど、雛鳥は俺から離れまいと俺の懐にぐりぐりと頭を擦りつけた。
「そうか、セスにしか。……しかし不思議な鳥だな。見たことのない種だ」
ランス殿下は触る事は諦め、俺の斜め向かいの一人掛けのソファ座った。だがじっと見るのは止めない。雛鳥はその視線が嫌なのか「ぴ」と唸って、ふかふかの羽毛に顔を埋めて隠している。
……人見知りなのかなぁ?
そんな風に思いながら人差し指でついついっと頭を撫でてやれば気持ちよさそうに「ぴぃぃ」と甘えた声で鳴いた。
可愛いなぁ。
ふへへっと笑みが零れてしまう。
だがそこへ、コンコンッと誰かがドアをノックした。側に控えていたノーベンさんがすかさず確認しに行く。だがドアを開けた途端、ノーベンさんはすぐに頭を下げて、その人物を中に通した。
「失礼するぞ」
そう言って中に入ってきたのはアレク殿下だった。
「アレク殿下!」
「「アレク兄上」」
俺、レオナルド殿下とランス殿下がハモるように呼ぶ。
「鳥が生まれたと聞いたのでな」
アレク殿下は静かにそう言うと、俺達の元に来て、俺の膝の上で大人しくしている雛鳥を見つけた。
「ふむ……」
アレク殿下はランス殿下と同じようにまじまじと雛鳥を見て、それから顎に手を当てた。何やら思案顔だ。
しかし、そんなアレク殿下にレオナルド殿下が尋ねた。
「そう言えば、アレク兄上は昨日、あの卵について何か気が付いていらっしゃいましたね? この雛が何なのかご存じなのですか?」
レオナルド殿下の問いかけに、俺は昨日のアレク殿下を思い出す。
あー、そう言えば卵を見て、何か言いたそうだったなぁ。この鳥の事、知っていたのかな?
俺も視線で問いかけてみる、するとアレク殿下はこくりと頷いた。
「ああ、その事でここにきた」
どうやらアレク殿下は何か知っているようだ。
アレク殿下は俺達の向かいのソファに座ると控えていた専属の従者から一冊の本を受け取り、あるページを開いてテーブルに置いた。
そこに書かれている文字と絵を見る。挿絵には赤い羽根と金色の目を持つ美麗な鳥が描かれていた。
「不死鳥(フェニックス)?」
聞いた事のない鳥の名前に俺は首を傾げる。だが、レオナルド殿下とランス殿下は知っていたのか驚き顔だ。
「まさか!」
「本当ですか、アレク兄上!」
二人はアレク殿下に尋ねる。アレク殿下は静かに頷いた。
なんだろ? この雛鳥はそんなに珍しい鳥なのだろうか?
わからない俺は三人を眺めた。
「ここを読んでみるといい」
アレク殿下は開いているページのある部分をトントンッと指さして言い、俺はそこの場所を読んでみる。
……ん、なになに?
『不死鳥は鮮やかな赤い羽根を持ち、金色の瞳を持つ美しい魔鳥である。
熱に耐性を持ち、火炎魔法を使う事も可能。また五百年の時を生きる長寿で、五百年目にはその身は自然と炎に包まれ、燃え尽きた後、灰から卵が生まれる。生まれた卵は決して割れず、百年の時を経てようやく孵化する。
その生態から不死鳥と名が付いた。不死鳥は個体数が少なく、まだ解明されていない事が多い伝説の鳥とも呼べる。そして不死鳥の涙にはどんな傷、病、呪いや毒も一瞬で治してしまう効能があるとされている』
……ほうほう、伝説の鳥。……え?! この雛鳥、実はすごい鳥なの!?
俺は俺の膝の上で目を瞑って、いつの間にかぷぅぷぅと眠る雛鳥を見て驚く。あ、はなちょうちん。
「これは驚いた。……まさか不死鳥だったとは」
ランス殿下は腕を組んで呟いた。
「アレク兄上は昨日からこの事に気が付いて?」
レオナルド殿下が尋ねると、アレク殿下は目を伏せた。
「気が付いてはいた。しかし確信がなかった、まさか本当に不死鳥とは思わなくてな」
……まあ、そうですよね。伝説の鳥だって書いてあるし。
「だが昨日の時点で言っておくべきだったな、すまない」
アレク殿下は謝ったが、アレク殿下には何の責任も落ち度もない。
「アレク兄上が謝る必要などないですよ。こうして色々と教えて頂いて助かっています。私達だけでは何もわかりませんでしたから」
レオナルド殿下がそう告げると、アレク殿下は表情こそ変えなかったが、嬉しそうだった。
そしてアレク殿下はもうひとつの大事な情報を俺達に教えてくれた。
「時にセス。孵化する時、卵はお前の傍にあっただろう?」
「え? あ、はい」
なんで知っているんだろう? 誰かから聞いたのかな? と思ったが違った。
「やはりな、セスはこの子の守護者に選ばれたんだ」
「しゅ、守護者?」
聞きなれない言葉に俺は驚く。でもそれはレオナルド殿下もランス殿下も同じだったみたい。
「アレク兄上、守護者とは何です?」
レオナルド殿下が食い気味に尋ねた。
「ふむ、私も昔文献で読んだだけで確かではないが……。不死鳥の卵は生まれる時、守護者を選ぶらしい。不死鳥と言えど生まれたての時はひ弱だ、今のように小さくか弱い。だから外敵から守る為に、自分を守ってくれる守護者を見つけるのだ。その守護者を見つけて初めて孵化するらしい。だからセスはその守護者に選ばれたのだよ」
「ええええ!? 俺が!?」
俺は驚いて、思わず声を上げてしまう。
その声に驚いて、寝ていた雛鳥が「ぴっ!?」と驚いて声を上げる。
「ああ、ごめん、ごめん」
俺は雛鳥の頭を撫でて、謝る。それからアレク殿下に尋ねた。
「アレク殿下、守護者って何をすればいいんですか?」
「特別な事はないだろう。まあ、世話をしてやればいいのではないだろうか?」
「世話……」
この子の? そういや、一体何食べるんだろう? 他の鳥と同じかな?
雛鳥の頭を撫でながら考えていると、アレク殿下が声をかけてくれた。
「セスと同じように不死鳥の守護者に選ばれた人の古い手記がどこかにあったはずだ、調べておこう」
「ありがとうございます、アレク殿下!」
「うむ」
俺がお礼を言うと、アレク殿下は短く返事をしてくれた。
けれど、そんなアレク殿下にレオナルド殿下は険しい顔で問いかけた。
「アレク兄上、これに危険はないのですか? 今は雛とて、ゆくゆく成長すれば魔鳥になる。この本には火炎魔法も使うと書かれていますね? セスに危害を加えるようになるのではないのですか? もしそうならば、私が今すぐに野に返してきます」
「れ、レオナルド殿下、そんな!」
まだこんなに小さな雛鳥なのに!
そう思ったけれどレオナルド殿下の目は本気だった。
「セス、今は小さく可愛いかもしれない。しかし、獣は獣だ。ただの獣ならいざ知れず、魔鳥。野生の本能に戻って、セスに危害を加えるかもしれない。私はそれを黙って見過ごすことはできないよ」
レオナルド殿下の言う事は最もだった。その上、俺を心配して言っているから、言い返せない。
けれど膝の上の温かい小さな重みを感じてしまっては、こんな小さな雛鳥を野に返すのはあまりに残酷な気がした。それが野生というものだとわかっていても。
「大きくなったら野に返します。だから今だけは!」
「セス」
駄目だ、とレオナルド殿下は頑なだった。だから俺はしょんぼりとしてしまう。
でも俺達のやり取りを見ていたアレク殿下が教えてくれた。
「レオナルド。不死鳥は知能が高い鳥と言われている。セスが教えれば、むやみやたらに人を襲ったりはしないだろう。特に守護者は親のような存在らしいから、セスに危害を加える事はないはずだ。それよりも今、お前がセスから離して野に返せば、セスに裏切られたと感じて暴れる可能性の方が大きい。しばらくは様子を見てはどうだろうか?」
アレク殿下は提案し、レオナルド殿下はしばらく黙って考えた後、ため息を吐いた。
「はぁ……今は、そうするしかなさそうですね」
「じゃあ!」
俺が問いかけるとレオナルド殿下は嫌そうにしながらも答えてくれた。
「……大きくなったら、野に返すんだよ?」
「はい!」
わーい! やったぁ!
喜ぶ俺にランス殿下は「良かったな、セス」と言い、アレク殿下は微かに微笑んでくれた。
だが何もわからない雛鳥は不思議そうに「ぴぃ?」と首を傾げたのだった。
レオナルド殿下の声でぐっすりと眠っていた俺は目を覚ます。
「んんー、おはよぉございます」
俺は眠気眼をごしごしと手で擦って、体を起こす。でもそんな俺にレオナルド殿下は尋ねた。
「セス、これをここに置いた?」
「へ?」
レオナルド殿下に言われて俺は、何が? と思いながらレオナルド殿下が指さす先を見た。するとそこには昨日の卵があって、俺の腹に密着するみたいにぴたりとくっついていた。
「……んぅ? 昨日のたまご?」
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「セスが置いたの?」
「おれ? おれじゃないよ。殿下じゃないの?」
寝起きでまだぼんやりとしている俺はレオナルド殿下に尋ねた。けれどレオナルド殿下は「私じゃないよ」とすぐに否定した。
じゃあ、どうしてこの卵はここにあるのか。
どうしてだろう??
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レオナルド殿下は気味悪そうに卵を見つめた。そして卵に手を伸ばそうとしたが、その手を俺が止めた。
「あ! ちょっと待って!」
「セス?」
レオナルド殿下は怪訝な顔をしたが俺は声を上げた。
「ほら! ここ見て! 卵が割れてる!」
俺は卵のてっぺん、昨日はツルツルしていたそこにひび割れがあるのを見つけた。そしてそのひび割れはどんどん大きくなる。
パキパキパキィッ!
何かが生まれようとしているのは明らかだった。
「セス、こっちに来なさい!」
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卵は勢いよく割れ、ピカッ!! と眩しい光を放った。
……眩しいッ!
俺は咄嗟に目を瞑る。だが、同時に声が聞こえた。
「ぴぃっ!」
……ぴぃ?
「ん?」
ゆっくりと目を開けると、そこには卵の殻を被った何かがいた。
……なんだろう?
俺は手を伸ばしてみる。隣で「セス!」と慌てたレオナルド殿下の声が聞こえたけれど、人差し指でひょいっと殻を取ってみると、そこには赤いモフモフの羽毛に埋もれた雛鳥がいた。くりんとした金色の目が俺を見る。
「ぴ?」
……わ、わ、わ、カワイイ――――ッ!
あまりの愛らしさに俺は思わず心の中で叫んでしまった。
「ぴぃーっ」
雛鳥は俺を見た後、トコトコッと歩いて俺に近寄ると膝にすりすりっと体を擦りつけてきた。
「ぴっぴぃっ」
まるで甘えるように俺に鳴く。
……くぅ、可愛いなぁ~! もしかして、俺をお母さんだと思ってるのかなぁ。
俺は雛鳥に手を伸ばしてみた。
「セス、簡単に触っては!」
レオナルド殿下は心配げに言ったが、俺はこの雛鳥が俺に何かするとは思わなかった。何となくだけど。
「大丈夫ですよ!」
俺はそう答えて雛鳥の頭をヨシヨシと撫でてみる。
……うわーーーっ、なんだこれ!? もっふもふの羽毛が気持ちいい。まるで極上の布みたいな触り心地だ!
「ぴぴっ」
雛鳥は嬉しそうに鳴き、俺は両手で包んで自分の目線まで持ち上げ、じっくりと見てみた。
モフモフの雛鳥は真っ赤な羽を持ち、瞳は金色。ぽってりボディで、でも成長すればきっと美しい鳥になる事だろう。今は今で可愛いが。
……もっふもふで可愛いなぁ。でも、今まで見たことのない鳥だなぁ? バーセル王国にはいない種かもしれない。他国の鳥なのかな? でも五十年も経って生まれたのか??
謎の多い鳥に俺は首を傾げたが、雛鳥は俺を見て嬉しそうにした。
「ぴぴぃっ」
うーん、可愛い。
「……危なくはなさそうだが、調べないといけないな」
レオナルド殿下は髪を掻き上げて困ったように呟いた。
雛鳥はぶるぶるっと体を震わせて俺の手の内からひょいっと落ちると、俺の膝の上に乗って、まるで陣取るように丸まった。
あわわ~、かわっ、かわいい!
あまりの可愛さに俺は可愛い以外の言葉を失ってしまった。
そんな俺と雛鳥を見ながら、レオナルド殿下はため息を吐いた。
「すっかりセスを気に入ってしまったようだな……はぁっ」
「へぇ? これがあの卵の中身とはね」
まだ朝の時間、レオナルド殿下に呼び出されたランス殿下は私室のソファに座っている俺の膝の上でぬくぬくと丸くなっている雛鳥を見て、興味深そうに言った。
「ランス殿下、何か知りませんか?」
俺は尋ねてみる。
「さあ、割れない卵って事で買っただけだからなぁ。まさか、中身が生きていたとは……しかし綺麗な鳥だ。触ってみても?」
ランス殿下は俺にそう尋ねたが、俺の隣に座るレオナルド殿下が止めた。
「止めた方がいいですよ。どうやらこの雛鳥はセスにしか心を開いていないみたいで、触ろうとすると嘴で突かれます」
レオナルド殿下は不機嫌な顔でランス殿下に告げた。
実はあの後、レオナルド殿下が雛鳥を俺から離そうと触ろうとしたら「ぴぎぃッ!!」と怒ったように鳴いて、レオナルド殿下の指先を突いたのだ。
軽く突かれただけだから怪我はしていなかったけれど、雛鳥は俺から離れまいと俺の懐にぐりぐりと頭を擦りつけた。
「そうか、セスにしか。……しかし不思議な鳥だな。見たことのない種だ」
ランス殿下は触る事は諦め、俺の斜め向かいの一人掛けのソファ座った。だがじっと見るのは止めない。雛鳥はその視線が嫌なのか「ぴ」と唸って、ふかふかの羽毛に顔を埋めて隠している。
……人見知りなのかなぁ?
そんな風に思いながら人差し指でついついっと頭を撫でてやれば気持ちよさそうに「ぴぃぃ」と甘えた声で鳴いた。
可愛いなぁ。
ふへへっと笑みが零れてしまう。
だがそこへ、コンコンッと誰かがドアをノックした。側に控えていたノーベンさんがすかさず確認しに行く。だがドアを開けた途端、ノーベンさんはすぐに頭を下げて、その人物を中に通した。
「失礼するぞ」
そう言って中に入ってきたのはアレク殿下だった。
「アレク殿下!」
「「アレク兄上」」
俺、レオナルド殿下とランス殿下がハモるように呼ぶ。
「鳥が生まれたと聞いたのでな」
アレク殿下は静かにそう言うと、俺達の元に来て、俺の膝の上で大人しくしている雛鳥を見つけた。
「ふむ……」
アレク殿下はランス殿下と同じようにまじまじと雛鳥を見て、それから顎に手を当てた。何やら思案顔だ。
しかし、そんなアレク殿下にレオナルド殿下が尋ねた。
「そう言えば、アレク兄上は昨日、あの卵について何か気が付いていらっしゃいましたね? この雛が何なのかご存じなのですか?」
レオナルド殿下の問いかけに、俺は昨日のアレク殿下を思い出す。
あー、そう言えば卵を見て、何か言いたそうだったなぁ。この鳥の事、知っていたのかな?
俺も視線で問いかけてみる、するとアレク殿下はこくりと頷いた。
「ああ、その事でここにきた」
どうやらアレク殿下は何か知っているようだ。
アレク殿下は俺達の向かいのソファに座ると控えていた専属の従者から一冊の本を受け取り、あるページを開いてテーブルに置いた。
そこに書かれている文字と絵を見る。挿絵には赤い羽根と金色の目を持つ美麗な鳥が描かれていた。
「不死鳥(フェニックス)?」
聞いた事のない鳥の名前に俺は首を傾げる。だが、レオナルド殿下とランス殿下は知っていたのか驚き顔だ。
「まさか!」
「本当ですか、アレク兄上!」
二人はアレク殿下に尋ねる。アレク殿下は静かに頷いた。
なんだろ? この雛鳥はそんなに珍しい鳥なのだろうか?
わからない俺は三人を眺めた。
「ここを読んでみるといい」
アレク殿下は開いているページのある部分をトントンッと指さして言い、俺はそこの場所を読んでみる。
……ん、なになに?
『不死鳥は鮮やかな赤い羽根を持ち、金色の瞳を持つ美しい魔鳥である。
熱に耐性を持ち、火炎魔法を使う事も可能。また五百年の時を生きる長寿で、五百年目にはその身は自然と炎に包まれ、燃え尽きた後、灰から卵が生まれる。生まれた卵は決して割れず、百年の時を経てようやく孵化する。
その生態から不死鳥と名が付いた。不死鳥は個体数が少なく、まだ解明されていない事が多い伝説の鳥とも呼べる。そして不死鳥の涙にはどんな傷、病、呪いや毒も一瞬で治してしまう効能があるとされている』
……ほうほう、伝説の鳥。……え?! この雛鳥、実はすごい鳥なの!?
俺は俺の膝の上で目を瞑って、いつの間にかぷぅぷぅと眠る雛鳥を見て驚く。あ、はなちょうちん。
「これは驚いた。……まさか不死鳥だったとは」
ランス殿下は腕を組んで呟いた。
「アレク兄上は昨日からこの事に気が付いて?」
レオナルド殿下が尋ねると、アレク殿下は目を伏せた。
「気が付いてはいた。しかし確信がなかった、まさか本当に不死鳥とは思わなくてな」
……まあ、そうですよね。伝説の鳥だって書いてあるし。
「だが昨日の時点で言っておくべきだったな、すまない」
アレク殿下は謝ったが、アレク殿下には何の責任も落ち度もない。
「アレク兄上が謝る必要などないですよ。こうして色々と教えて頂いて助かっています。私達だけでは何もわかりませんでしたから」
レオナルド殿下がそう告げると、アレク殿下は表情こそ変えなかったが、嬉しそうだった。
そしてアレク殿下はもうひとつの大事な情報を俺達に教えてくれた。
「時にセス。孵化する時、卵はお前の傍にあっただろう?」
「え? あ、はい」
なんで知っているんだろう? 誰かから聞いたのかな? と思ったが違った。
「やはりな、セスはこの子の守護者に選ばれたんだ」
「しゅ、守護者?」
聞きなれない言葉に俺は驚く。でもそれはレオナルド殿下もランス殿下も同じだったみたい。
「アレク兄上、守護者とは何です?」
レオナルド殿下が食い気味に尋ねた。
「ふむ、私も昔文献で読んだだけで確かではないが……。不死鳥の卵は生まれる時、守護者を選ぶらしい。不死鳥と言えど生まれたての時はひ弱だ、今のように小さくか弱い。だから外敵から守る為に、自分を守ってくれる守護者を見つけるのだ。その守護者を見つけて初めて孵化するらしい。だからセスはその守護者に選ばれたのだよ」
「ええええ!? 俺が!?」
俺は驚いて、思わず声を上げてしまう。
その声に驚いて、寝ていた雛鳥が「ぴっ!?」と驚いて声を上げる。
「ああ、ごめん、ごめん」
俺は雛鳥の頭を撫でて、謝る。それからアレク殿下に尋ねた。
「アレク殿下、守護者って何をすればいいんですか?」
「特別な事はないだろう。まあ、世話をしてやればいいのではないだろうか?」
「世話……」
この子の? そういや、一体何食べるんだろう? 他の鳥と同じかな?
雛鳥の頭を撫でながら考えていると、アレク殿下が声をかけてくれた。
「セスと同じように不死鳥の守護者に選ばれた人の古い手記がどこかにあったはずだ、調べておこう」
「ありがとうございます、アレク殿下!」
「うむ」
俺がお礼を言うと、アレク殿下は短く返事をしてくれた。
けれど、そんなアレク殿下にレオナルド殿下は険しい顔で問いかけた。
「アレク兄上、これに危険はないのですか? 今は雛とて、ゆくゆく成長すれば魔鳥になる。この本には火炎魔法も使うと書かれていますね? セスに危害を加えるようになるのではないのですか? もしそうならば、私が今すぐに野に返してきます」
「れ、レオナルド殿下、そんな!」
まだこんなに小さな雛鳥なのに!
そう思ったけれどレオナルド殿下の目は本気だった。
「セス、今は小さく可愛いかもしれない。しかし、獣は獣だ。ただの獣ならいざ知れず、魔鳥。野生の本能に戻って、セスに危害を加えるかもしれない。私はそれを黙って見過ごすことはできないよ」
レオナルド殿下の言う事は最もだった。その上、俺を心配して言っているから、言い返せない。
けれど膝の上の温かい小さな重みを感じてしまっては、こんな小さな雛鳥を野に返すのはあまりに残酷な気がした。それが野生というものだとわかっていても。
「大きくなったら野に返します。だから今だけは!」
「セス」
駄目だ、とレオナルド殿下は頑なだった。だから俺はしょんぼりとしてしまう。
でも俺達のやり取りを見ていたアレク殿下が教えてくれた。
「レオナルド。不死鳥は知能が高い鳥と言われている。セスが教えれば、むやみやたらに人を襲ったりはしないだろう。特に守護者は親のような存在らしいから、セスに危害を加える事はないはずだ。それよりも今、お前がセスから離して野に返せば、セスに裏切られたと感じて暴れる可能性の方が大きい。しばらくは様子を見てはどうだろうか?」
アレク殿下は提案し、レオナルド殿下はしばらく黙って考えた後、ため息を吐いた。
「はぁ……今は、そうするしかなさそうですね」
「じゃあ!」
俺が問いかけるとレオナルド殿下は嫌そうにしながらも答えてくれた。
「……大きくなったら、野に返すんだよ?」
「はい!」
わーい! やったぁ!
喜ぶ俺にランス殿下は「良かったな、セス」と言い、アレク殿下は微かに微笑んでくれた。
だが何もわからない雛鳥は不思議そうに「ぴぃ?」と首を傾げたのだった。
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