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殿下、どうしたんですか??
おまけ 約束のデート
しおりを挟むセスがレオナルドと約束したデート当日。
まだ午前中の涼やかな時間帯。
セスは私室に舞い戻り、レオナルドに勢いよく問いかけていた。
「殿下、これはどういうことですかッ!?」
「うん、良く似合っているよ、セス。可愛いね」
レオナルドはセスの姿を見てニコニコ笑顔で褒めた。しかしセスは怒っている。
「いや、可愛いとかいう問題じゃなくて! なんで俺はこの格好なんですかッ!?」
「護衛を引きつれて町中を歩くのは大変だから、お忍びで行こうと言ったよね? 覚えてる?」
「覚えてますけど!」
「じゃあ、変装して歩くって言ったことは?」
「覚えてます!」
「なら、何が問題なのかな?」
レオナルドは笑顔のままセスに問いかけた。いや、正確にいうと誤魔化した。
でもこれはさすがにセスも騙されない。
「どー見たって、問題しかないでしょ! 俺の女装なんてッ!!」
「そうかな? 可愛いよ、セス」
レオナルドはセスの姿をまじまじと見て、もう一度褒めた。
「そう思ってるのは殿下だけです!」
セスはスカートの裾を持って主張するように叫んだ。
……くうぅぅっ、変装するからって使用人さん達に別室に連れて行かれて、言われるがまま用意されている服を着たらコレなんだもんなっ。女の子の格好なんて聞いてないよッ!
セスはぎゅっと長いスカートの裾を握って、ぷくーっと頬を膨らませると鼻をぴくぴくっとひくつかせた。
その姿はまるで兎、いや……若い町娘の姿だ。
頭には地毛と同じ茶髪の長いウィッグが付けられ、胸には詰め物を入れられて、腰はくびれが美しく見えるようコルセットできつく引き締められている。
元々幼い顔に色白な肌には、うっすらと化粧を施され、細身の体格なセスは今やちょっと身長の高い町娘だ。
一方、レオナルドと言えば。
いつも掻き上げている前髪を下ろし、金髪を黒髪に染めて、野暮ったい眼鏡をかけていた。服装はシャツに地味なジャケットを羽織り、どことなく郊外から来た青年風だ。
でも顔が良すぎて、黒髪にしても、野暮ったい眼鏡をかけても、ハッとする美しさがある。その上、体格も良いし、どことなく品があるから地味なはずのジャケットが高級品に見えてくる。
……なんなんだよぉ、この差は~っ!
セスはぷんぷんっと怒ったが、どうみても町娘にしか見えないので怒っていても可愛いらしく見えてしまう。
そして当然、レオナルドが画策して女装させられた事にセスは気が付いていない。
「今日一日だけだから、ね? セス」
レオナルドは撫で声でセスに言った。そして、そう宥められたらセスもずっとは怒っていられない。
「……今日だけ、ですよ? うぅ、俺、おじいちゃんに会いに行くって言ったのに」
「おじいさんには私から説明するから、ね? 機嫌を直して?」
レオナルドはセスの傍に立ち、つむじにちゅっとキスを落とした。その姿はまるでカップルそのものだ。
「でも、俺、変じゃない??」
「変じゃないよ。こっちにおいで」
レオナルドはセスを鏡の前に立たせた。姿見鏡にセスとレオナルドが映る。
「ほら、こんなに可愛いじゃないか。変なところなんて一つもないよ」
「本当に? 嘘じゃない?」
「セスに嘘をついたりしないよ」
「でも、俺、でかいし」
「セスの場合は、スレンダーっていうんだよ」
「スレンダー……」
レオナルドに褒められて、セスも段々まんざらじゃなくなってきた。けれど、その顔はすぐに曇る。
……やっぱりレオナルド殿下も女の子の方が好きなのかな? 俺のこの格好、すごく気に入っているみたいだし。
セスは不安になったが、レオナルドはそんなセスの手を握った。
「今日だけだよ、セス。私も本当はいつものセスが好きだけど、人にバレてしまっては大変だからね。私が女装しても良かったんだが……それはそれで目立つだろうから」
「え?! レオナルド殿下が女装!?」
思わぬ言葉にセスはさっきの不安なんて吹き飛び、声を上げた。
そして頭の中で女装したレオナルドを思い浮かべる。なかなかのゴージャス美女になりそうだが、体格がいいものだから如何せんゴツさが目立つ。それに、さすがに王子様に女装はさせられないだろう。
「いやいや、それなら俺がします!」
セスは気が付けば、そう口に出していた。それもレオナルドの誘導だと気が付かずに。
「そうかい? でも申し訳ないよ、セスばっかりにさせるのは。やはり次は私も」
「いえ、次も俺が女装しますから!」
「……本当にいいのかい?」
「はい!」
レオナルド殿下に女装なんてさせられない! とセスは意気込んで言ったが、レオナルドはにっこりと微笑み、心の中でもほくそ笑んだ。
「そうか。セスがそこまで言うなら、次回もお願いするよ」
「はい!」
セスはこくりと頷いたが、レオナルドの口車に乗せられた後、ん? と首を傾げる。
次回もってことは、俺、次も女装しなきゃいけないの? あれ? さっき今回だけって言ってなかった? それに別に普通の変装でもいいのでは? と疑問が頭を過ぎる。
しかし、深く考える前にレオナルドが声をかけた。
「そろそろ行こうか、セス。町を案内してくれるんだろう? 頼りにしているよ」
レオナルドは魅力的にパチッとウインクしてセスに言った。
……レオナルド殿下が俺を頼りにッ!!
セスはレオナルドに頼りにされた事が嬉しくて「はい!」と元気よく答えた。またも誤魔化された事に気が付かずに。
……今日はレオナルド殿下をエスコートして色々と連れて行くぞ! まず団子屋さんに行って、レオナルド殿下の好きなみたらし団子と期間限定のあん団子を買って食べ歩き! その後はあのお店に行って、次は角にあるあの店! おじいちゃんにお芋も買って行かなきゃいけないから……あ、あとご飯屋さんは……。
そうやって今日の予定を思い返すセスを、レオナルドは微笑ましく見つめた。
だがそんなレオナルドを実は同じ私室にいた”ある人物”は胡乱な目で見つめた。
……セス君、レオナルド殿下に騙され過ぎですよ。
同じ部屋にいながら、もはや空気と化していたノーベンはいちゃつく二人を顔を無にして眺めていた。
……あんな簡単に変態、いや、王子の口車に乗せられちゃって。セス君、そこは普通に怒るところです。
そう声をかけたいが、そんな事を言えば身の破滅だ。ノーベンは申し訳なさを感じながら、口をぐっと閉じていた。
レオナルド殿下の事ですから、きっと次回もセス君に女装させるんでしょうね。ああ、もう次回は何を着せようか考えているな、あの顔は。
ノーベンはレオナルドの顔をちらりと見て、思った。
しかし、そんなノーベンの視線に気づき、レオナルドは一瞬だけくっと悪い笑みを見せた後、何事もないかのように声をかけた。
「では、ノーベン。私達は行ってくるよ」
レオナルドはそう言い、ノーベンに手を差し出す。ノーベンは手元に持っていたハンチング帽を手渡した。
「はい、殿下、セス君、お気をつけて」
ノーベンが言うとレオナルドは帽子を被り「ああ」と答えた。
「行ってきます、ノーベンさん」
すっかり機嫌が良くなったセスはそうノーベンに言った。
ノーベンはセスに色々と教えてやりたかったが、喉の奥に全てを留めて笑顔をみせた。
「はい、行ってらっしゃい」
ノーベンが頭を下げて言うと、二人は楽しそうに出て行った。
……はあ、やれやれ。大丈夫ですかね。何事もなく、帰ってきたらいいですけど。
そう思いながらノーベンは見送った。
しかしノーベンの心配通り、二人が帰ってきたのは予定よりもずっと遅い夜だった。
「殿下、ノーベンです」
レオナルドが夜遅くに転移魔法で戻ってきて、ノーベンは慌てて私室に赴き、ドアを軽くノックした。すると中から「入れ」と許可が下りる。
ノーベンは「失礼します」と静かに入り、暗闇の中、レオナルドの姿を確認する。
レオナルドは部屋の明かりを灯さず、眠っているセスをベッドに横たえさせているところだった。
しかし、おかしなことに今しがた二人は帰ってきたというのに、眠っているセスの服は着て行ったはずの町娘の服ではなかった。
一体何があったんだ? とノーベンは思ったが口には出さず、代わりにレオナルドからある指示を受けた。
それは町中の簡易宿に荷物を置いてきてしまったので誰か取りに行かせるように、と言うものだった。
「わかりました。手が空いている者に取りに行かせましょう。他に何かございますか?」
「いや、もう休むから今日は下がっていいぞ、ノーベン」
レオナルドはそう言われ、ノーベンは「わかりました」と答えて早々に部屋の外に出た。そして廊下を歩きながら顎に手を当てる。
……ふむ、町中の簡易宿ですか。
ノーベンは何となく予想が付いたが、その後、執務室に戻って影ながら護衛についていた騎士の報告を聞くと、その予想は見事に当たっていた。
二人は楽しく買い物をして昼食を食べた後、ある家に行ってお爺さんと話しをし、デートを終わらせて城に帰ろうとした。だがその途中チンピラに絡まれ、近くの簡易宿に逃げ込んだらしい。
その後、二人に何があったのかは聞くまでもない。セスの服が脱がされていることが全てを物語っている。
……あの節操ナシ。行って帰ってくるってだけの事ができないのか。チンピラなんて軽くあしらえるくせに、セス君を宿に連れ込む都合のいい理由にしたな? 全く。……部下の深夜手当と残業代は殿下のポケットマネーからたんまり出して貰おう。
ノーベンは呆れながら手の空いている部下に荷物を取りに行くよう指示を出した。
しかし、やれやれと思いながらも、王族として自由があまり利かないレオナルドには良い息抜きになっただろう、と従者として少しは喜ばしくも思う。
セスに対している時のレオナルドでは窺えないが、普段の仕事をしている時のレオナルドは人の三倍以上の仕事をしているのだ。
平和なバーセル王国でも、次から次へと問題は起こる。その対処に王族の人々は心血を注いでいる。それは勿論、レオナルドも。
それを知っているからこそ、ノーベンはたまの息抜きなら、ぜひして欲しいと思う。
……まあ、レオナルド殿下は息を抜きすぎですけどね。暇さえあれば薬科室で働くセス君を望遠鏡で覗いているんですから……そのくせ仕事は遅らせた事がありませんけど。明日からはまたバリバリ働いてもらいましょうかね。
ノーベンはそんな事を思いながら報告書を付け終え、それをファイルに閉じた。
そしてようやく本日の業務を終えたのだった。
だが、それから町に出る時は必ず”お忍びだから”という理由の免罪符で、セスはレオナルドに毎回違う女装をさせられることになり。
「殿下、このスカート短すぎです!」
「セスは足が長いから良く似合ってるよ」
「そういう問題じゃありません。というか、どこ触ってんですか! んぎゃ!」
そんな二人のやり取りをノーベンは顔を無にして眺め、やっぱりちょっと息抜きしすぎかも、と今更ながらに思ったのだった……。
おまけもおわり
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