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殿下、どうしたんですか??

11 本当の護衛

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レオナルド視点です。

*************


 ある日の昼。

 改築が終わった家の前で、一人の爺さんがせっせと箒で落ち葉を掃いていた。秋は落ち葉がたくさん道に落ちる、なので爺さんが集めた葉っぱはこんもりと山になっていた。

 やれやれ……掃くのも一苦労だのぅ。この頃になるとセス君も手伝ってくれて、よく落ち葉で焼き芋をしたもんじゃがなぁ。あれから元気にしとるかのぉ?

 そんな事を思っていると、爺さんの元に帽子を目深に被り、眼鏡をかけた茶髪の野暮ったい男が現れた。

「おや? 珍しいお方だ」

 爺さんが声をかけると男はにこっと笑って返事をした。

「久しぶりだな、爺さん」

 野暮ったい男はくいっと眼鏡をずらして爺さんを見た。その眼鏡の奥には、美しいサファイアの瞳が隠れていた。

「久しぶりですのぉ、レオ殿」

 そうセスの元大家(と思わせて実は管理人)である爺さんはにこやかに微笑んだ。















「こうして会うのは本当に久方ぶりですの、レオ殿。相変わらずお元気なようで」

 変装を解いた私に爺さんはお茶を差し出した。
 爺さんは「よっこらせ」とテーブルの向かいに座り、私は淹れて貰ったお茶を一口飲んで喉を潤す。

「ああ、本当に。あと先日は助かった、今日はお礼を言いに来たんだ」

 お礼を言い、そんな私に爺さんは優しく微笑んだ。

「なぁに、こんな老いぼれが役に立って何よりですぞ」
「何を言うんだ、元隠密部隊の伝説が」

 私は思わずフッと笑って、物腰柔らかで小柄な爺さんに向かって言った。だが爺さんは笑って濁した。

「ほっほっ、昔の話ですよ」
「謙遜だな」

 私は過去の事だと言い張る爺さんを見て呟く。

 決して表に出ることないバーセル王国隠密部隊、伝説の影。

 それがこの朗らかな爺さんの正体だ。諜報に従事し、時には要人の救出を担ってきた。その腕は確かで、今でも爺さんに憧れる隠密部隊の者は多い。

 だが伝説も歳には勝てず、二十年前に引退して、その後は私や私の兄達に武術や剣術の指南役をしていた。だから本来なら師と呼ぶところなのだが、『恐れ多い事です、ワシなんぞ爺さんで十分です。敬語も不要ですぞ』と言って聞かず、以来私は彼の事を爺さんと呼んでいる。

 だが、そんな人物がどうして私の持ち物件であるこの家の管理人をしているかと言うと……。

「しかし、ワシの鳥を使わなくてもレオ殿はセス君の居場所がわかっていたようですなぁ」

 爺さんに言われて私は片眉をくいっと上げる。

「どうしてそう思う?」
「ワシは鳥に、セス君が連れ去られた大まかな住所しか書いてなかったはずですぞ? でも、貴方は連れ去られた家の前に転移魔法で現れた。しかも現れた後、すぐに風魔法で家を大破させた……あれはセス君が地下にいるとわかっていたからでしょう?」

 爺さんに言われて私は思わず口を閉じる。

「さしずめ、結婚指輪に居場所がわかるまじないをかけたのでは?」
「……なんでもお見通しだな」
「まあ、今まで見てきてますからのぉ。ほっほっほ」

 爺さんが言うと、どこからともなく鳥がバサバサっと羽を広げて現れ、爺さんの肩にトンッと止まった。それは私がセスの父親、ウィルと話していた時に窓辺を叩いてメモを届けに来た鳥だった。

「だが、まじないも無効化されれば、意味がない。やはり爺さんに護衛を頼んで正解だった」

 実は街歩きにセスが出ると言った時、騎士二人を護衛につかせていたが、その裏で爺さんにも監視と護衛をこっそり頼んでいたのだ。世の中にはなんにでも万が一、と言うものがある。

 そして今回は、その万が一が起こった。

 私はセスの命が危険にさらされた時にだけ、爺さんに手を出すよう依頼している。殺さず、捕縛するように。
 当然だろう? セスを脅かす奴には私自らから制裁を与えたい。生きている事を後悔させるくらいには。……まあ今回はお義父さんにその役目は持っていかれたが。

「しかし、あの盗賊の頭は命拾いしましたなぁ。媚薬を使っただけでしたし、倒したのはウィル殿だった。もしも殺意を持って殺すつもりでセス君に毒薬を飲ませていたら、指輪に仕掛けている跳ね返りの魔法で死んでいたでしょう。それに貴方に制裁を与えられていたら、どうなっていた事か……セス君に手を出したこと、心底後悔したことでしょうな?」

 爺さんはにこにこしながら私を見て言った。
 普段なら猫を被る所だが、ここには昔から私の本性を知ってる爺さんしかいない。私はありのまま答えた。

「私のセスに手を出すからだ。当然の報いは受けてもらう」

 セスを脅かす者は誰であっても許さない。

「相変わらずセス君一筋ですなぁ、レオ殿は。ほっほっほ!」

 爺さんは少し呆れつつも楽し気に笑い、そして細い目をちらりと開けて私を見た。

「ですが、ほどほどに、ですぞ? 貴方がそんなことを思っていると知ったら、セス君、驚いて飛び上がってしまいますわい」
「わかっている。セスにはこんなことは言わない、素振りもみせない」
「ふふ、気を付けなされ」
「ああ」
「頼みますぞ? ワシも……ワシをただの爺として接してくれるあの子を、本当の孫みたいに可愛く思ってますからのぉ。悲しい顔は見とうありません」

 爺さんは目を細めて、そう私に言った。
 どうやら爺さんもセスを個人的に気に入っているようだ。きっとここに住んでいる時に仲良くなったのだろう。セスは無自覚な人たらしだから。

「ああ、わかっている」

 私が再度返事をすると、爺さんはにこりと人のいい顔で笑った。
 その爺さんを見ながら、私はお茶を飲み干した。

 ……しかし、爺さんにこの家の管理人を任せたのは間違いじゃなかったな。伝説の影と呼ばれたこの人を、セスの護衛兼監視役に任せたのは、少々やり過ぎたかも思ったが、きっとセスが住んでいた時も色々と何も言わずに処理してくれていたのだろう。恐らく。

 セスが独り立ちする時用に買った物件。そこに引退すると言った爺さんを管理人として住まわせ、四年前、セスが独り立ちをする時、ウィギーを介してこの物件を紹介させた。
 最高の立地、破格の値段、ウィギーからの紹介もあってセスはすぐにこの家に住むことに決めた。
 私が裏で手を回しているとも知らずに。


 そして老人とは言え、伝説と呼ばれた男に守られている事も……。


 「もう一杯、お茶をいかがですかな?」

 空になった茶器を見て、爺さんは私に問いかけた。

「爺さん、これからもセスの事を頼む」

 私は茶器を差し出し、そう頼むと爺さんは温かなお茶を淹れ、答えてくれた。

「ええ、勿論ですとも」





















 それから、その日の夕方。
 城に戻って変装をすっかり解いた後、椅子に座って本を読んでいると、静かに私室のドアが開いた。

「あ、レオナルド殿下」
「おかえり、セス」

 私がにこやかに出迎えるとセスは「ただいま、です」と答えて、私に近寄ってきた。私は本をテーブルの上に置き、セスの腰を引き寄せる。ああ、心が落ち着く匂いがする。
 私の愛しい匂いだ。

「今日は早かったんですね、レオナルド殿下」
「ああ、まあね」
「何を読んでいるんです?」

 セスは私が読んでいた本の表紙を見て、むむっと顔を顰めた。

「……これ、高等魔法図学書ですか」
「ああ、ちょっと勉強がてらね」

 私が言うとセスは何とも言えない顔をした。
 高等魔法図学書は、その名も通り、高等魔法と呼ばれている難しい呪文や術が記載されている。
 その為、読むには根気がいる難書で、その上ある一定の高魔力を持つ者でなければ、読んだとしても書かれている高等魔法を使えない代物だ。
 だから多くの者はこの本を手に取る事すらしない。

「レオナルド殿下が勉強……」
「私もまだまだだからね」
「そんな事ないと思いますけど」

 そんな事あるさ、セスを守る術がこの本にあるなら私は読むだけだ。けれど、それは口にはしない。セスに言うほどの事じゃない。

 でもセスは何を思ったのか、私の頭の上にぽむっと片手を置くとくしゃくしゃっと私の頭を撫でた。

「レオナルド殿下、仕事もして勉強もしてすごいです。でもあんまり無理しないでね」

 セスは心配するように私に言う。そこには裏も下心もない、真心だけだ。

 ああ、どうしてセスは私の心をこんなにも満たしてくれるんだろうか。

 私は気が付けばセスの細い腰に抱き着いていた。

「ああ、わかっている。でもセスがこうして癒してくれたら、疲れなんて吹っ飛ぶよ」
「……俺に抱き着くより、ちゃんと休んだ方がいいと思いますけど」

 セスは私の言葉を信じていなかった。けれど、私から離れることもなかった。

「あ、そうだ! 殿下、今度の町歩きですけど」
「どこに行くか決めたかい?」

 私は顔を上げてセスに尋ねた。

「ええ。でもちょっと寄りたいところがあって」
「どこかな?」
「俺がここに引っ越してくる前に住んでいた家なんです」
「前の家?」

 私はドキッとしながら白々しく答えた。今日、私がその家に行ってきた事をセスは知らないはずだ。

「はい、大家のおじいちゃんに会いに行きたくて。いつもこの時期になると、落ち葉を集めて一緒に焼き芋していたから、美味しいお芋を差し入れしたいなって」

 セスはにこっと笑って言った。その表情から爺さんを慕っているのがわかる。

「だから、ちょっとだけ寄り道してもいいですか?」

 セスは窺うように私を見た。私が拒否するわけがないのに。

「ああ、勿論いいよ」

 私が答えるとセスはパァッと笑顔を見せた。爺さんもセスが会いに来たら喜ぶだろう。

「よかった! あ、でもレオナルド殿下が急に来たら、おじいちゃん、驚いちゃうかな? 手紙書いておかなきゃ」

 セスの中では、私は王子で爺さんは面識のない一般人だ。普段なら関わりなどない。

 ……セスより面識があると言ったら、きっと飛び上がって驚くだろうな。

 私はそう思いながら、セスの手を取った。そこには私が密かに魔術をたっぷりと仕込んである銀の結婚指輪が光っている。

「セスとのデート、楽しみにしているよ」

 私がにっこり笑って言うと、何も知らないセスは素直な笑顔で私を見た。

「はい! 俺も楽しみです」




 おわり
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