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短編版
5 キスしろ
しおりを挟む……ギャァーーーッ! 何してるの! 僕ぅッ!!
話を聞き終えた僕は心の中で叫ぶ。そして恥ずかしい。穴があったら今すぐ入りたい。穴に入ってそのまま冬眠したい、今聞いた話を忘れるぐらいまでは!
「ごめんなさい、ごめんなさい。そんなことをしたなんて、ごめんなさいーっ!」
……だからあの後、数日後にフォレッタ亭に行った時、ローレンツさんとターニャさんに心配されたのかッ!
ドレイクに説明された僕は改めて三カ月前の事を思い出して納得する。
……それにしても、この人のほっぺにキスするなんて。何してるんだ僕は! 酔っぱらっていたとはいえ、小さい頃に姉さん達にしてもらった事と同じようにするなんて! 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。うわーん、もう二度とお酒なんか飲むかー!!
僕は恥ずかしさと情けなさで顔を真っ赤にする。でも、そんな僕にドレイクはぐっと腰を押しつけてきた。
「謝罪はいい。体で支払って貰う」
「いやいや、僕なんか駄目ですよ! 僕みたいなのを拾い食いしたら、お腹壊しちゃいます! そもそもなんで僕にしか反応しなくなっちゃったんですか!」
ドレイクに対して申し訳なさはあるが、だからと言って体を差し出すことはできない。女の子とだってした事ないのに、屈強な騎士相手(自分より大きい相手)なんて怖すぎる。
だからドレイクから離れようとするけど、がっちり捕まってて離れられない。
「そんなのはこっちが聞きたい。あの時、俺にいかがわしい魔法でも使ったんじゃないのか!?」
「そんな魔法あるわけないでしょッ!」
「確かめる為に抱かせろ」
「それは駄目って言ってるでしょ! それに本当に僕にしか勃たなくなったんですか!? たまたまじゃ」
僕が抗議すると、ドレイクは顔を近づけて真剣な目で僕を見た。
「たまたまじゃない。もう何度も試した。でも、どの女も駄目だった」
「なら、どうして僕なら勃つって」
「昼飯を食べるお前を見てたら反応した。今もそうだ」
ぐぐっと腰を押しつけられて僕は「ひぃ!」と声を上げる。そこは確かにしっかりと反応していたから。
「だから抱かせろ」
「だから無理です!」
僕は離れようともがく。話は平行線だ。でも迷惑かけたからって抱かれるなんて冗談じゃない!
でも絶対拒否する僕にドレイクは小さく息を吐いた。
「なら、せめて頬にキスしろ」
「キスぅ!?」
……ほっぺにキス。まあ、抱かれるよりはいいけど。ほっぺにキス。
僕はじっとドレイクの端正な顔を見つめる。
……この顔にキス。うぅ、なんかヤダ。……でもキスしないと、無理やりにでも抱かれそうな。ここは我慢するしかないか、僕がしでかした事なんだし。
「わ、わかりました」
「ものすごく嫌そうだな」
「嫌ですよ。でも、ご迷惑をおかけしたのは事実なので我慢します」
僕がハッキリと告げると、ドレイクは少し驚いた表情を見せた。
「そんなことは初めて言われた」
……この色男め~っ!
「とにかく! しますから目を瞑って下さい。見られるとやりにくいです」
「酔っぱらっていた時は、勝手にしたくせに」
「それは忘れて下さいッ!」
僕は顔に熱が集まるのを感じながら言ったが、ドレイクは僕をからかって楽しそうだ。性格ワルイ!
「まあ、仕方ない。お前の言う通りにしよう」
ドレイクはそう言うと、少し屈んで大人しく目を瞑った。琥珀色の瞳が閉じられ、赤い睫毛が影を落とす。
……目を瞑ったら、余計に顔立ちが凛々しいことに気がついてしまった。
男の僕から見ても見惚れるような美しさだ。でもその顔に今からキスをしなければならない。
……なんだか照れちゃうな。いや、でも抱かれるよりは!
なので、僕はフゥーと一呼吸してから顔をそっと近づけた。胸がドキドキするけれどぐっと抑えて、えいっ! と素早く頬に触れる。
ちゅっ。
一瞬触れるか触れないかのキス。でも僕はすぐに身を離してドレイクに言った。
「し、しましたよ! これでいいでしょ。僕を離して」
僕が告げると瞼が上がり、琥珀色の瞳がじっと僕を見た。
「駄目だ。物足りない」
「へ?」
言われた言葉に戸惑っていると、ドレイクは僕の後頭部に手をかけた。そして、気がついた時にはもう遅かった。僕は唇を塞がれていた、ドレイクの唇で。
「んっ!?」
……ええええっ!?
僕は心の中で大絶叫する。でもドレイクはお構いなしに僕に唇を押しつけると、舌で僕の口をこじ開け、中に入ってきた。
……ぎゃわああぁっ、舌がッ、舌がぁッ!!
「んんぅぅっー!」
僕は驚きのあまり声を上げるけれど、口が塞がれて声がでない。その上、ドレイクの舌が傍若無人に僕の中を動き回る。
……舌が口の中にぃぃっ! んんっ!?
口の中に舌を入れられて嫌なのに、上顎を撫でられた時、体がぞくぞくっとして体が震えた。でも同時に、押しつけられたドレイクの腰がわずかに震えたと思ったら、ようやく僕から離れた。
「ぷはっ! ハァーハァーッ!」
口が離れた僕は大きく息をする。でも勝手をされた僕はすぐに抗議した。
「ハァッ……ちょっと! 話が違うじゃないですか! ほっぺにキスする、だけ、って。えぇっ??」
でも言いかけてる途中でドレイクを見れば僕から体を離して、信じられないって顔で下を向いていた。なので僕も下を見る。
……もしかして……キスだけでイっちゃった?
ちらりとドレイクを見れば、言わずもがな。ドレイクはショックで固まっていた。今まで浮名を流していた男が、男にキスしただけでイったなんて本人さえ信じられないのだろう。僕だって信じられない。
だから、怒っていた気持ちが哀れみに変わる。
「あ、あのぉー。トイレに行ったほうが。トイレはそこの扉に」
僕が告げるとドレイクは無言でトイレに向かった。
……だ、大丈夫だろうか。
なぜかちょっと心配してしまう。でも勝手にされた事を思い出して、怒りが再燃。
……いいや! 勝手に僕にキスしたんだから、心配なんていらない! あー、もう口が変な感じ! 口洗おう!!
僕はキッチンに立ち、コップに水を入れて何度も口をゆすぐ。ぐちゅぐちゅ、ペッペッ!
でもそうこうしている内に、ドレイクが静かにトイレから出てきた。
そして僕をじっと見つめる。まるで僕が何かをしたかのような目つきで。
……されたのは僕なんですがッ!?
「お前、本当に俺に何もしていないんだよな?」
「してませんよ! するわけないでしょ!」
疑うドレイクに僕は苛立ちを感じながら言い返した。とんだ濡れ衣と言うやつだ。
「はぁっ、こんな奴に」
……しっつれいだなぁ!
僕はドレイクの言い草にムカッとする。
「もー、用が終わったなら帰って下さい! そして僕に二度と近づかないで下さい!!」
「いいや、それはできない」
「はい?!」
驚いて声を上げるとドレイクは僕に近づいてきた。
「余計お前を抱いてみたくなった」
「ななっ、何言ってるんですか! 無理無理無理! ぜぇーったい、無理! 駄目です!!」
馬鹿正直に言うドレイクに僕は拒否を示す。
……『食べてみたい』みたいな言い方をされて『はい、どうぞ』ってなるかぁ!
「そーいうのは貴方を好きな女の子にお願いしてください。もうこういうのは二度とごめんです!」
僕がハッキリと断ると、ドレイクは少し思案顔を見せる。
「フム、こうも何度も拒否られるとかえって新鮮だな。ますますお前に興味が出てきた」
……はぃ――ッ!?
僕はドレイクからますます距離を取る。でも狭い部屋では距離を取ったところで、すぐに詰め寄られるだけだ。
「僕に興味なんて持たなくていいです、早くお帰り下さい!」
「いいや、興味津々だ。……だが、このまま居座ってお前を抱いたら訴えられそうだしな」
「当たり前でしょ! 犯罪です!」
……というか、勝手にキスしたのも犯罪ですからね!?
「だから今日のところは帰る。けど、俺はお前を諦めたわけじゃないからな?」
「な、諦めてください! そもそも僕と貴方は何の関係もないんですから!」
僕が言うと、ドレイクは不服そうな顔をして僕を見た。
「ドレイクだ」
「は?」
「俺の名前を知らない訳じゃないだろう」
「そ、そりゃ、まあ」
「ドレイクと呼べ」
「なんで?」
「俺とお前は今日から友人だからだ」
ドレイクはにっこり笑顔で僕に言った。
「は!? 友人!?」
「そうだ。友人なら、時折お前の家にこうして遊びに来てもおかしくはないだろう?」
……いやいや、友人の定義ってそんなもんじゃないだろ! それに人の貞操を狙う友人って!?
僕は驚きのあまり心の中で叫びまくるが、ドレイクは僕の気持ちなんてお構いなし。
「今日のところは帰る。だが、また遊びにくる。コーディー」
ドレイクはニッと爽やかな笑顔を僕に見せると、ようやく玄関に向かう。だが、出て行く前に振り返った。
「今日の事は誰にも言うなよ?」
ドレイクはキスだけで致してしまった事がちょっと恥ずかしいのか、僕にそう言ってから出て行った。……だが。
……言える訳ないだろ! その事を言ったら、僕がドレイクにキスされたってことまで言わないといけないじゃないか!
一人残った僕はふるふると震え、玄関に向かって叫んだ。
「と、友達なんてお断りだー!」
―――――しかしその叫びは空しく、誰にも届かなかった。
そしてドレイクとこれから深く関わっていくことになろうとは、この時の僕は知る由もなかったのだった。
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