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短編版
4 三カ月前のこと
しおりを挟む―――――三カ月前。
ドレイクは久しぶりに幼馴染が経営する大衆酒場・フォレッタ亭へと来ていた。
「よう、ドレイク。来るの、久しぶりだな。今日は一人か?」
店に入るなり声をかけてきたのは、店主であり幼馴染のローレンツだった。
「もしかして、まーた女の子を振ったのか? お前、その内グサッと刺されるぞ?」
ローレンツは呆れた顔でドレイクに言った。だがドレイクは無言でいつもの指定席に座る。カウンターの端の席だ。
「お前もそろそろ一人に絞って腰を落ち着かせたらどうだ? 俺みたいにな」
「うるさい。とっと酒を出せ」
ドレイクはむすっとしながらローレンツに言った。だが幼い頃から一緒に育ってきたローレンツにとってドレイクの睨みなど屁でもない。
「俺は心配して言ってるんだぜ? まあ、くれぐれも刺されないようにな。料理はおまかせか?」
問いかけるローレンツにドレイクは「ああ」と短く答えた。そうすればローレンツは「あいよ」と返事をして、料理を作りに行く。それを見てドレイクは内心ほっと息を吐いた。
……全く、口うるさい奴だ。ここは酒も料理もおいしいが、幼馴染が店主だってところだけはいただけないな。
ドレイクはそんなことを思いつつもローレンツの言葉を思い返す。
……一人に絞って、か。それが出来れば苦労はないんだがな。
ドレイクは心の中で呟きつつも、今まで付き合ってきた女達を思い返す。けれど、どの女も顔はあやふやだ。体の関係もあったと言うのに。
……どの女もコレ、と思うものがないしな。大抵は俺の外見や職業を見てばかりだ。まあ、俺だって人の事は言えないが。それに最近は女を抱いても、イマイチ……。
料理と酒を待ちながらドレイクは何となしに考える。しかしそこへ一人の客がやって来て、ドレイクの思考は止まった。
「あら、コーディー君! いらっしゃい」
そう声をかけたのはローレンツの嫁のターニャだった。
「こんばんは。一席いいですか?」
「勿論よ。カウンターの好きな席にどうぞ」
ターニャに言われて、その客は頷いてカウンターの端の席に座る。
……あれは、魔塔の小間使いか? へぇ、この店に来るんだな。
ドレイクはその客がコーディーだと気がつき、つい視線を向ける。話したこともなく、名前も知らなかったが、庭で昼飯を食べているのを何度か見かけたことがあったので、その存在は知っていた。
しかし眺めていると、そこへローレンツが並々に入ったビールジョッキとブロッコリーとマッシュポテトが添えられたステーキをカウンター越しにドレイクの前へと置いた。
「はいよ、お待たせ」
「ああ、サンキュ……。なあローレンツ、あいつはよくこの店に来るのか?」
「あいつ? ああ、コーディー君か? たまに来るぞ、家が近いらしいんでな」
ローレンツの説明にドレイクは「へぇ」と短く返事をする。だが注文が入り始めて忙しいローレンツはドレイクに問いかけ返すこともなく、料理作りに戻った。
……コーディーって言うのか。まさか、ここで会うとはな。
ドレイクはそう思いつつも、深く考えずに目の前に出された料理に目を向けた。
今は人より食事だ。
熱い鉄板に焦がされて、ジュージューと鳴る分厚い肉にニンニクの聞いたソースの香りが食欲をそそる。
なので、ドレイクはひとまずビールで喉を潤してから、ステーキに手をつけ始めた。
そしてただ食事をして終わるはずだった。
―――けれど、それから一時間後。
「ドレイク、すまんがコーディー君を家まで連れてってやってくれないか?」
食事を終えて帰ろうとしていたドレイクに、ローレンツは両手を合わせて頼んだ。
「なんで俺が」
「それが……ターニャが、間違えてコーディー君にお酒を運んでしまったみたいなんだ。それでコーディー君、酔っぱらったみたいで。でも俺達は店を空けられないし、今日のお代はいいから、な? 頼むよ! このとーり!!」
ローレンツは頭を下げてまでドレイクに頼んだ。そしてカウンターの端にいるコーディーを見れば、ターニャが相手をしている。
「コーディー君、そんな状態で一人で帰るなんて無理よ。危ないわ!」
「らいじょーぶですってぇ。ぼく、よってないれすからぁ。えへへへ」
……あれは完全に酔ってるな。
ドレイクは顔を赤くして口も回っていないコーディーに呆れた視線を向ける。立ってはいるが足取りはかなり怪しい。店を出たところで、路上のどこかで眠りこけることは誰の目から見ても明らかだった。
……面倒くさいが、ここで放っても余計に面倒くさくなりそうだな。
ドレイクは冷静に判断し、小さなため息を吐きつつローレンツに返事をした。
「はぁ。これは貸しだぞ、ローレンツ」
「さすが我が友! 持つべきものは、頼りになる幼馴染だな!」
ローレンツは笑顔で言い、その現金さにドレイクはもう一度ため息を吐きそうになる。だが、ぐっと堪えてコーディーの元へ歩み寄った。
「こいつは俺が連れて帰る」
ドレイクが言うと、ターニャは頭を下げた。
「ドレイクさん、すみません。私が間違えたばっかりに」
「いや、構わない。そういう事もあるだろう。だが、次は請け負わないからな」
そう釘を刺しつつ、ドレイクはカウンターに視線を向ける。そこには半分ほどドリンクが残ったグラスが置いてあった。前に付き合っていた女がよく飲んでいたカクテルと同じものだ。
……アルコール度数はかなり低かったはずだが。
そう思いながらコーディーを見る。
「あなたはダレれすか??」
顔を真っ赤にして首を傾げながらドレイクを見た。
……こんな弱い酒でここまで酔えるとは。幸せな奴だな。
「誰でもいいだろう。とりあえずお前の家まで送る」
ドレイクはコーディーの腕を掴んで言った。
「えー、ぼぉくはひとりで帰れますよぉ?」
「コーディー君、今日はドレイクさんと一緒に帰って。ね?」
ターニャに頼まれ、コーディーは「そーいわれたら、しかたないれすねぇ」とフスンと鼻息を出して偉そうに言った。その態度にドレイクは少しイラっとするが、相手は酔っ払いだと自分に言い聞かせて怒りを鎮める。
「ドレイクさん、コーディー君のお家はここを右に出て、突当りを左に行った赤いアパートメントの103号室です。すみませんけど、どうぞそこまでお願いします」
ターニャはもう一度頭を下げてドレイクに頼んだ。
「わかった、こいつは俺がちゃんと送り届ける。だから心配するな」
ぶっきら棒ながらもしっかりと返事をすると、ターニャは目をキラキラとさせながらドレイクを見た。その眼差しには好感が宿っていて、それを見たローレンツは思わずむっとする。
「おい、俺の嫁さんに色男っぷりを発揮するんじゃない」
……こいつ、人に頼んでおきながら。そもそも色男っぷりってなんだ、俺は普通にしていただけだ。
ローレンツの言い草にドレイクは呆れつつ、小さく息を吐いた。
「ともかく、こいつを連れていく。今度から気を付けろよ。……おい、行くぞ」
ドレイクはローレンツにそう言うと、コーディーの鞄を肩に掛け、腕を引っ張った。そうすれば大人しくコーディーは着いてくる。
「ごちそーさまでしたぁ」
コーディーはフラフラしながらもローレンツ達に挨拶をして、ドレイクと共に店を出た。そしてドレイクはコーディーを連れて、教えられたとおりに道を歩く。
……店を出て右、突当りを左に行った赤い色のアパートメントの103号か。やれやれ、飯代にしても面倒だ。さっさと連れて行って帰ろう。
ドレイクはそう思いながら歩く。しかし隣の酔っ払いは。
「おにーさんはぁ、騎士さんれすかぁ? へへ」
へらへらした顔でドレイクに尋ねてきた。でも面倒くさいのでドレイクは黙ったまま歩く。でも、めげずにコーディーは聞いてきた。
「制服を着てるから騎士さんれすよねぇー。ぼくはぁ、まほーつかい、なんれすよぉー? おにーさんもぉ、仕事終わりにあのおみせにたべにきたんれすかー? おいしーれすよねぇーっ。おにーさんはぁ、何食べたんれすかぁ? グラタンー? パスタかなー? あ、それともステーキぃ? どれもおいしーよねぇー。ねぇねぇ、何食べたの—?? 教えてぇーっ。ねーってばぁぁ」
コーディーはぐいぐいと腕を引っ張り、隣から鬱陶しく聞かれたドレイクはついにピタッと足を止めた。そしてコーディーに凄んだ。
「いいから黙ってついてこい。べらべら喋るな。いいな?」
ドレイクが眼光鋭く言うと、コーディーは「ほぇ?」と呟いてキョトンと目を丸くした。そしてこれで静かになるだろうとドレイクは思う。が、しかし。コーディーはにへらっと笑うとまた喋り始めた。
「えー? おはなししよーよ、おにーさぁん」
……酔っ払いに凄んでも無駄だったか。本当に面倒な奴を押しつけられた。
ドレイクはため息を吐き、諦めてまた歩き始める。
でも幸いなことに、数分歩けばコーディーの住んでいるアパートが見え、ドレイクは真っすぐとアパートに向かって進み、103号室に辿り着いた。
「おい、鍵を開けろ」
「へへ、カギはぁドコでしょー?」
……この野郎。
からかうように言うコーディーにドレイクは一瞬キレそうになったが、ぐっと堪えてコーディーの服のポケットや鞄の中を探って鍵を見つけた。
「あー、カギ、みつかっちゃったぁ」
コーディーは少しつまらなさそうに言うが、ドレイクは無視してさっさとドアを開けた。
そしてコーディーを連れて、中に入る。男の一人暮らしにしては、まあまあ小奇麗な部屋の中、ドレイクは寝室のベッドを見つけるとコーディーをぺいっと放り投げた。
そうすればコーディーはぽふんっとベッドに寝っ転がる。
……これで頼まれ事は終わったぞ。ローレンツ。
そう思ってドレイクは帰ろうとした。しかし、その後ろで。
「喉かわいた~! みずぅーっ、おみずちょーだーい!」
ギャーギャーと騒ぐコーディー。ハッキリ言ってウルサイ。
「あー、わかったから黙ってろ!」
ドレイクは叫ぶように言うと、手狭なキッチンに置かれたコップを手に取って水道水を並々と入れた。そしてそれをベッドに座るコーディーの元に運ぶ。
「ほら、飲め」
「ありがとぉっ」
コーディーは素直にお礼を言い、コップを受け取るとおいしそうにごくごくと飲む。
「じゃあ、俺は帰るからな。お前はさっさと寝ろ」
ドレイクが指をさして言えば、コーディーは空になったコップをベッド横の棚に置くと、ちょいちょいっと手招きをした。
「こっち」
……何をするつもりだ?
ニコニコしながら手招きするコーディーをドレイクは無視してもいいはずだった。
けれど気になったドレイクは身を屈ませ、コーディーに近づいた。そうすれば黒髪の前髪の間から、コーディーの晴れた日の湖みたいな青い瞳が目に入る。
……こいつ、意外に綺麗な瞳の色をしてるな。
そう思った時だった。
コーディーはドレイクの服を掴んで、ぐっと自分の方に引っ張り寄せるとドレイクの頬にちゅっと優しくキスをした。
「なっ!」
驚くドレイク、でもコーディーはポンポンッとドレイクの頭を撫でると。
「いい子いい子ぉ、ありがとね」
微笑みながらコーディーはドレイクにお礼を言った。その声と表情にドレイクはドキッとする。
……な、なんだ、こいつ。
でも困惑するドレイクを他所に、コーディーはそのまま後ろにパタンっと倒れると、幸せな顔をしてぐーぐーっと眠りについてしまった。靴を履いたままで。
……今のは一体。
そう思いつつもそのままにしておくこともできず、ドレイクはコーディーの靴を脱がせ、服を緩め、毛布を掛けてから部屋を出た。頬にされたキスの感触をいつまでも感じながら。
――――それが三カ月前の出来事だった。
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