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4. 悪い癖
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薬屋を出た二人は、今度こそ千夜の家に向かうため、来た道を引き返していた。
千夜の背を見つめながら、常盤は忍の言葉を思い出す。
未練のない自分が、なぜこの世界に連れて来られたのだろう。
常盤にはわからなかった。それでも、特段何も感じていないのは、やはり人間としての人生に未練がないおかげかもしれない。
あの頃の常盤は、干からびたように生きていた。
毎日同じ時間に起き、同じ場所に通い、同じことをし、家に帰る。何年も続くそんな生活に、気が狂いそうだった。
人付き合いが得意でない常盤には、友達と呼べるほどの存在はいない。同級生たちはみんな子どもっぽくて、話が合わないのだ。
自分の方がよっぽど大人なのに、友達がいないせいか、周りはまるで変わり者かのように自分を見る。
『なぜ私がこんなみじめな思いをしなければいけないの?』
納得ができなかった。つらくて、苦しい。
でも、気持ちをわかってくれる人なんて、誰一人いない。
みんなが子どもだから。だって自分はみんなより――
そこまで考えたところで、常盤は我に返った。
死ぬ前のこと、つまり前世のことであるのに、こんなにも鮮明に思い出せるのか。
常盤は首をぶんぶんと振ると、大きく息を吐いた。自分はもう、この世界で生きていくのだ。
ふと見ると、千夜との距離がかなり空いてしまっていた。
相変わらず歩くのが早い。もしかして急いでいるのだろうか?
常盤は走って後を追いかけた。
「すいませんでした。私のせいで遅くなってしまいますね」
「…………」
自分のせいで帰宅が遅くなってしまったから、千夜は急いでいるのではないだろうか。そう考えたのだが、千夜は何も答えない。
もしかして怒っているのかもしれないと思った常盤は、次はおそるおそる声をかけた。
「あの、ごめんなさい。怒って……ますか?」
「白葛の屋敷を出てから、お前は謝ってばかりだな」
常盤が驚くより先に、千夜が足を止めた。
そしてゆっくりと振り返ると、息を切らしている常盤を真っ直ぐに見た。
「なぜ謝る? お前は何か悪いことをしでかしたのか」
「……でも、私が怪我をしたせいで帰るのが遅くなってしまいましたし」
「ほう。それで俺に迷惑をかけたと?」
言われてみれば、千夜が機嫌を損ねているという確証はなかった。
千夜の歩く速度や雰囲気、そして一切振り返らないことから、そう予想した。
「すいません」
ハッとするがもう遅い。
千夜を見ると、怒っているのかいないのかわからない表情をしていた。
「お前は俺が草履の鼻緒を切らして立ち止まったら怒るのか?」
「いえ、怒りません」
「俺が寄り道して団子を買ったら怒るのか?」
「い、いいえ」
「俺が急に踊りだしたら怒るのか?」
「えっと……」
「俺が」
「っ怒りません! 千夜さんが何をしても、きっと私は怒りません」
半ば叫ぶようにして言うと、千夜は「そうか」と返事をして前を向いた。
一瞬踊っている千夜を想像しかけたが、目を固く閉じることでなんとかかき消す。
「何でもかんでも謝るな。待たされたことも、怪我をしたことも、迷惑などと思っていない。まぁ、買い食いしているのかとは思ったが」
「買い食いっ……」
「当然忍の元に寄ったこともだ。いずれ会うことになっただろう。それが早まっただけだ」
そう言うと、千夜は再び歩き出した。
淡藤色の後ろ姿は、先ほどよりもゆっくりと遠ざかっていく。千夜が歩く速度を緩めたせいだと気づくのに、時間はかからなかった。
常盤は両手をぐっと握った。きっと、彼について行っていいのだ。
「あの、ありがとうございます!」
「あぁ」
常盤のその言葉を初めて聞いた千夜の顔には、かすかに笑みが浮かんでいた。
程なくすると、千夜の家に続く通りに出た。そこからは、常盤の知らない道が続いている。
千夜の背を見つめながら、常盤は忍の言葉を思い出す。
未練のない自分が、なぜこの世界に連れて来られたのだろう。
常盤にはわからなかった。それでも、特段何も感じていないのは、やはり人間としての人生に未練がないおかげかもしれない。
あの頃の常盤は、干からびたように生きていた。
毎日同じ時間に起き、同じ場所に通い、同じことをし、家に帰る。何年も続くそんな生活に、気が狂いそうだった。
人付き合いが得意でない常盤には、友達と呼べるほどの存在はいない。同級生たちはみんな子どもっぽくて、話が合わないのだ。
自分の方がよっぽど大人なのに、友達がいないせいか、周りはまるで変わり者かのように自分を見る。
『なぜ私がこんなみじめな思いをしなければいけないの?』
納得ができなかった。つらくて、苦しい。
でも、気持ちをわかってくれる人なんて、誰一人いない。
みんなが子どもだから。だって自分はみんなより――
そこまで考えたところで、常盤は我に返った。
死ぬ前のこと、つまり前世のことであるのに、こんなにも鮮明に思い出せるのか。
常盤は首をぶんぶんと振ると、大きく息を吐いた。自分はもう、この世界で生きていくのだ。
ふと見ると、千夜との距離がかなり空いてしまっていた。
相変わらず歩くのが早い。もしかして急いでいるのだろうか?
常盤は走って後を追いかけた。
「すいませんでした。私のせいで遅くなってしまいますね」
「…………」
自分のせいで帰宅が遅くなってしまったから、千夜は急いでいるのではないだろうか。そう考えたのだが、千夜は何も答えない。
もしかして怒っているのかもしれないと思った常盤は、次はおそるおそる声をかけた。
「あの、ごめんなさい。怒って……ますか?」
「白葛の屋敷を出てから、お前は謝ってばかりだな」
常盤が驚くより先に、千夜が足を止めた。
そしてゆっくりと振り返ると、息を切らしている常盤を真っ直ぐに見た。
「なぜ謝る? お前は何か悪いことをしでかしたのか」
「……でも、私が怪我をしたせいで帰るのが遅くなってしまいましたし」
「ほう。それで俺に迷惑をかけたと?」
言われてみれば、千夜が機嫌を損ねているという確証はなかった。
千夜の歩く速度や雰囲気、そして一切振り返らないことから、そう予想した。
「すいません」
ハッとするがもう遅い。
千夜を見ると、怒っているのかいないのかわからない表情をしていた。
「お前は俺が草履の鼻緒を切らして立ち止まったら怒るのか?」
「いえ、怒りません」
「俺が寄り道して団子を買ったら怒るのか?」
「い、いいえ」
「俺が急に踊りだしたら怒るのか?」
「えっと……」
「俺が」
「っ怒りません! 千夜さんが何をしても、きっと私は怒りません」
半ば叫ぶようにして言うと、千夜は「そうか」と返事をして前を向いた。
一瞬踊っている千夜を想像しかけたが、目を固く閉じることでなんとかかき消す。
「何でもかんでも謝るな。待たされたことも、怪我をしたことも、迷惑などと思っていない。まぁ、買い食いしているのかとは思ったが」
「買い食いっ……」
「当然忍の元に寄ったこともだ。いずれ会うことになっただろう。それが早まっただけだ」
そう言うと、千夜は再び歩き出した。
淡藤色の後ろ姿は、先ほどよりもゆっくりと遠ざかっていく。千夜が歩く速度を緩めたせいだと気づくのに、時間はかからなかった。
常盤は両手をぐっと握った。きっと、彼について行っていいのだ。
「あの、ありがとうございます!」
「あぁ」
常盤のその言葉を初めて聞いた千夜の顔には、かすかに笑みが浮かんでいた。
程なくすると、千夜の家に続く通りに出た。そこからは、常盤の知らない道が続いている。
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