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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~

フィオーレ

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 ウェルス神殿の目の前には
 既にディエゴが、
 物々しい雰囲気の中で
 手持無沙汰そうに腕組みをしていた。

「待たせましたね、ディエゴ」

「まったくだヤァ」

 ディエゴにはロジャーを探し当てて貰う
 探索役としてルロイに雇われていた。

「これ渡しておかなくては……」

 ベルトに括りつけたポーチから
 小さな金属片を手渡す。

「まったく、特別料金でヤァ」

 そう言って、ディエゴはその金属片に
 鼻を近づけクンクンと臭いを嗅ぐ。
 その金属片には乾いた血が
 べっとりと付いていた。
 これこそ、十年前ルロイがロジャーの
 胸当てを得物で突き刺した時、
 革製の胸当てにはめ込まれた金属の鋲が
 受傷の衝撃で外れたものであった。
 当然血はロジャーのものである。
 異界の扉の地図は、
 何度か探検に出た冒険者たちにより
 不完全ながら地図として残されている。
 が、ロジャーがまだ生きているなら
 ルロイはディエゴの嗅覚を
 頼りに賭けてみたいと願っていた。
 ロジャーを探し出すには、
 ディエゴはこれ以上ない逸材なのだ。
 基本情報屋で戦闘などまっぴらだという
 ディエゴに時間をかけて説得し、
 多額の報酬でようやく
 渋々ながら了承してくれた。
 思えばルロイにとって、
 レッジョでのディエゴとの
 付き合いはかなり長い腐れ縁だった。

「まぁ、オメーとはなんだかんだで
 長いからヤァ。オイラ、言わずとも
 やりてぇことも分かってるでヤァよ」

 そう言って、
 蜂蜜漬けのオークの大腿骨に
 貪りつく姿はいつも通りであった。

「ずいぶんと、英雄的で
 そそる話をしているじゃないか」

「リーゼさん」

 聞きなれたブーツの足音を聞いた時、
 薄々予感めいたものを
 ルロイは感じ取っていたが、
 こうした予感は得てして
 確信に変わるものである。

「ああ、大方の事情は
 ディエゴから話は聞いたよ」

 切れ長の瞳を怪しげに輝かせながら、
 リーゼは悠々と足踏みを鳴らす。
 リーゼの後ろからやけに
 デカい鞄を抱えたモリーが足取り重く、
 ようやくといった面持ちで
 歩み寄ってきた。

「私も一枚噛ませてくれないかい?
 ルロイ・フェヘール」

「一応、理由をお聞かせ下さい……」

「決まり切ったことだろう。
 まだ見ぬ未知のアイテムそして
 実験用になるかもしれんモンスター。
 私が行かない理由がない!」

「もう、リゼ姉ったらこう言って
 聞かないんですよぉ~」

 分かり切ったリーゼの反応を、
 モリーは一行にぼやいて見せる。

「当たり前だろう、モリー。
 キミは何年私の助手をしているんだね?」

「下手をすれば、レッジョが滅びかねない
 というのに相変わらずですね」

 ルロイやモリーのボヤキなど
 聞く耳を持たず、
 リーゼは嬉しそうに鞄を指の腹で叩く。

「それに、実戦で試したい
 新しいオモチャもあることだしね……」

 リーゼは不穏に口元だけで笑うと、
 モリーが抱えた鞄を受け取り
 角帽を指でいじくり楽し気に
 言葉を継いだ。
 いつぞやの時のように
 秘密兵器を満載して、
 敵地に乗り込む気である。

「私は君の護衛でも探索役でもない。
 勝手に付いて行く分には
 構わないはずだろう?」

 どうせ、無理にでも付いてくるくせに
 とはルロイは口が裂けても言うまい。

「ところで、後ろから飛んでくるあれも
 パーティに加えるのかニャ?」

 レッジョの南街区から飛来する、
 巨大な二つの影を見て
 ディエゴが指を差す。

「キュイーーーーー」

「クゥイーーーーー」

 聞き覚えのある甲高く空を切る鳴き声。

「待ってましたよアシュリー、
 フレッチに、リッラも⁉」

 二頭の巨竜が空の様に蒼い翼を広げ、
 広場へ着地する。
 それに続いてアシュリーが、
 フレッチの背に取り付けた鞍から、
 慌ただしく降りてくる。

「ワリィ、南街区の雑魚片付けるのに、
 手間取っちまった」

 アシュリーは街に侵入してきた
 モンスターを一掃してきた
 フレッチとリッラの頭をなで、
 二頭の奮戦を労いつつ
 一行に詫びを入れる。

「キュイッ!」

「クゥ~イ……」

 フレッチとリッラが一行に
 軽快そうに挨拶する。
 二頭の飛竜の背には人が乗るための、
 大きな籠が取り付けられている。
 既にルロイからアシュリーには、
 話はついており
 遥かなるきざはしの頂点にある、
 異界の門までフレッチが
 一行を運んでくれる手はずになっている。

「たった三日でここまで上達するなんて、
 アシュリーすごい!」

 アナは親友の成長に目を見張る。

「アナの魔力だって相当なモンだろ。
 今回もよろしく頼むさ」

 豪放に笑うアシュリーは得物の手槍に、
 竜の鱗で作ったスケイルメイルまで
 着込み、戦支度は既に整っていた。
 その堂々たる出で立ちは、
 かつての蒼天マティスを連想させた。

「大嫌いな親父だったが、
 今日ばっかりはその力を貸してくれ」

 どうやら身に着けた装備品は
 父の形見らしい。
 アシュリーは鎧の胸を叩き武運を祈る。

「そいじゃみんな、
 飛ばされないようしっかり、
 籠につかまっていろよ。
 遅れた分はきっちりぶっ飛ばすぜぇ!」

 アシュリーが気勢を上げ、
 異界の門が鎮座する天を指さす。

「まったく、今日という日は
 まこと騒がしいことよ……」

 神殿前で勝手に士気を上げる、
 無謀な一行の熱気を尻目に、
 神殿の入り口から、厳粛そうな声と
 共に初老の身なりの良い男が、
 侍従の神官を引き連れ、
 ルロイへとおもむろに歩み寄る。

「フィオーレ猊下」

「遂にこの時がきたか……
 お主の思惑なんぞ、
 当の昔に分かっとったわ」

 老人の瞳は全てを見通すように静かに、
 この時のルロイを迎え入れていた。

「フィオーレ猊下、僭越ながら、
 このルロイ・フェヘール、
 魔法公証人を辞めることを
 お許し願いたく今回参じました。
 異界の扉が開いた今、
 一介の冒険者に戻り再び赴くつもりです」

「それは、ロジャーへの贖罪故に、か?」

「それもありますが、
 何より友を我が手で救うためです」

 ルロイを試すような沈黙の後、
 フィオーレは顔に深く刻まれた
 皺をより深くして頷いた。

「ふむ、異界の門へ行くのは良い。
 しかし魔法公証人を
 辞めることは受理できん」

「それは、どういう意味ですか?」

 はやる気持ちを抑え、
 最後の謎かけにでも挑むように、
 ルロイは長い付き合いの
 恩師に問いかける。

「ルロイ、お前が本当にロジャーと
 自身を救いたければ、
 ウェルスの使徒たる
 魔法公証人として挑むのだ。
 でなければ意味はないからだ」

「恐れながら、何故ですか?」

「いずれ分かる」

 そう言い切ったフィオーレは、
 勿体つけた様子もなく静かに挑むように
 ルロイの目をみた。
 その言葉の意味に気付けるかどうか、
 それもまたルロイが異界の扉の試練を
 乗り切れるか否かを左右しうる
 問題なのであろう。
 答えを見出せなければ、
 全て異界の扉に飲み込まれてしまう。

「どうする。
 今のお主としてアレに挑むか?」

 フィオーレの見上げる先には、
 巨大な門が開き中なら雷鳴と、
 モンスターの群れがおぞましく蠢く。
 自分の物語に止めを刺すのは、
 正しく今だった。

「ええ、もちろんです」

 今更、覚悟の定まったルロイに
 引き返すつもりなどなかった。

「行きましょう。異界の扉へ!」

「「「「「おう!!!!!」」」」」
 
 仲間達はルロイに力強く頷く。
 後は、向かうべき場所へ乗り込むのみ。
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