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第六章 黒手の殺人鬼 ~許認可申請~

孤児院跡地

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 あれから一週間ほど後。
 サンチェスがルロイの事務所を
 訪れたのは、ルロイが兄弟団再設立の
 申請の結果通知を参事会から
 受け取ってすぐのことだった。

「許認可の拒否処分!そんななぜ?
 必要な書類も、書式も
 不備はねぇはずじゃ……」

 失望と怒りをにじませながら、
 サンチェスは歯噛みしていた。

「孤児院の設立要件ですが、
 市の公共の福祉に適合しないと
 レッジョの参事会が判断した
 ようでして……申し訳ありません」

 サンチェスは怒りを通り越して、
 呆然と無言のまま机上に置かれた
 無機質な書面を眺めていた。
 レッジョで新たに商売を始めるなり、
 団体の新設などには参事会の許可がいる。
 その申請の許可に必要な要件や基準は
 都市法により定められているが、
 最終的に許可を下すかどうかは
 参事会の裁量に委ねられている。
 極言してしまえば、申請拒否の理由など、
 参事会からすればどうとでも取り繕える。
 が、これはあまりに一方的ではないか。
 ルロイは力を込めて
 サンチェスの手を握りしめる。

「サンチェスさん申請が通るよう、
 僕からも参事会に掛け合ってみます」

「あ、ありがとうごぜぇます」

「その前に、孤児院へ
 案内してくれますか」

 レッジョの中央広場を貫く
 主要通りの一つ南街道を南に下った
 先に、『孤児院』はある。
 市庁舎へ向かう前に、どうしても
 寄って行きたい場所であった。
 一見すると古い教会を改修した建物だが、
 近くによってみるとただでさえ
 古い木造の漆喰の禿げた安普請が
 例の襲撃による放火で、
 立っているのがやっとの有様だ。
 建物の一部分の倉庫の跡らしい
 石床と木製の焦げた柱がある場所に
 木箱や、棚の残骸の山が目に付いた。

「これは」

「へい、兄弟団の財産があった場所で」

「財産?」

「ダンジョンで見つかったアイテムを
 ここへ集積してたんでさ。
 つまりは、喜捨ってやつです」

 レッジョのダンジョンでは、
 探索や狩りをするための利用料、
 いわゆるダンジョン税を冒険者が払う他、
 冒険者が持ち帰ったアイテムや
 モンスターの肉皮などを売却する際
 事細かに税がかけられている。
 加えて、多くアイテムを獲得すれば
 その個数や分量だけ、税金が加算される
 アイテム税が組み合わされている。

「冒険者からアイテムの喜捨。ですか……」

「可笑しいですかい?」

 今となってはそれも
 奪い去られてしまったが、
 とサンチェスは自嘲気味に呟く。
 サンチェスはルロイに説明を続ける。
 これは、表向きがめつい冒険者どもが
 一方的にアイテムやモンスターを
 狩り尽くすことのないよう、
 ダンジョン内の生態系を保つための
 税制度であるというのが、
 冒険者ギルドの公式見解である。
 が、当の冒険者たちからずれば
 がめついのは冒険者ギルドの側であり、
 自分たちはギルドの意地汚い古狸どもに
 足元を見られ搾取されている。
 と酒場でよく管を巻いている冒険者を
 ルロイはよく見かけるのだった。
 現に、ダンジョンに入ってアイテムを
 たくさん持ち帰るも、それが仇となって
 アイテム税の比率がかさみ、
 利益がほとんど手元に残らないか、
 下手をすれば赤字になる冒険者は
 少なくないのだった。
 もちろん、冒険者とてダンジョンで
 剣や魔法をぶっ放すばかりではない。
 先ほどのギルドが課すダンジョン税、
 アイテム税に加え一度のクエストにつき、
 予測される消費アイテムの消耗損失費、
 けがをした時の治療費等を算定して、
 できるだけ赤字にならないよう
 立ち回る者も居る。そういった連中が
 考えた苦肉の策が――――

「そうか!税金でもってかれるなら、
 いっそのことかさばって
 価値の低いものを……」

「子供たちはギルドに登録された
 冒険者ではありませんから、
 アイテムを店で換金しても
 税は取られません」

 ルロイの弾んだ声に、
 弱弱しくサンチェスは笑って見せる。
 冒険者はかさばった価値の低いアイテムを
 処分して節税する。兄弟団の貧者は
 アイテムを売却してその日の糧を得る。

「それだけじゃ、さすがにこっちの
 立つ瀬もないんでね、兄弟団としちゃ
 引き取り手のない冒険者の死体を
 共同墓場まで持って行って、
 略式ですが葬式で弔うんでさ。
 聖オルファノは、貧しき旅人の
 守護聖人でもありますからね……」

 遠い過去でも懐かしむように、
 サンチェスは空を眺めていた。

「なかなかの共生関係じゃないですか」

「ええ、でも……
 それがいけなかったんで……」

 初めは価値の低いアイテムを大量に
 売ったりすることで、微々たる
 生活の糧にする程度であった。
 中にはダンジョンで大もうけした
 気前のいい冒険者が、高額なアイテムを
 持ちきれないので、くれやるとばかり
 置いてくこともしばしばあったりした。
 冒険者ギルドに反感を抱く冒険者は
 少なからずいた。
 その一方、金のない冒険者は兄弟団に
 ダンジョンで負った傷を治療してもらい、
 仲間を弔ってもらった恩義がある。
 その恩返しとして冒険者がダンジョンで
 儲けたときにその分け前を
 冒険者ギルドではなく兄弟団に
 寄付することが多くなった。
 やがて、孤児院にはそれなりに
 まとまった財産基盤ができていた。
 そうなると今度は、
 孤児院に蓄えられた財産を狙う
 不心得者が出始めてくる。
 アイテムを受け取って換金し終わった
 孤児から金を奪い取る
 冒険者の中でも最低級のクズ共。
 中には冒険者に抵抗したために
 哀れにも殺された孤児もいた。
 サンチェスら兄弟団の幹部は
 孤児たちを意地汚い冒険者から
 守るため換金は大人たちの手で
 行うなどの対策を講じていたが、
 孤児院そのものを襲って
 金やアイテムを強奪して、
 邪魔な兄弟団幹部も殺してしまえ。
 という凶悪な発想にまで
 暴走してしまうことまでは、
 サンチェスも思いもよらなかった。

「あっしの認識の甘さが
 この事件を引き起こしたのです」

「そんな……」

 略奪された焼き払われた倉庫の前で、
 サンチェスは深く目をつむる。
 あれからまだ二週間、事件の傷跡は
 深く苦渋と後悔のみが刻まれた顔で
 サンチェスは子供らの冥福を
 祈っているのだった。

「あなたのせいではない」

 と、ルロイはお悔やみを述べるべきか
 と思っていたが、目を見開いた
 サンチェスのなおも不屈の表情を見て
 余計な気休めはよすべきだと
 口をつぐむことにした。

「サンチェスさん……」

 兄弟団について聞きたいことは
 あらかたサンチェスから
 聞き出せた気がしたが、ルロイはまだ
 事件の核心に近づけずにいた。
 更にサンチェスから何か聞き出せないか、
 ルロイは考えあぐねていたが、
 どうにも辛気臭くなって仕方がなかった。

「少し、長話が過ぎましたな。
 あっしはこれから金策を
 考えにゃなりませんで……」

「そうですか、しかし失礼ですが……
 あてはあるので?」

「へへ、こう見えてあっしには
 乞食仲間の兄弟もいるんでね。
 兄弟団の本館はやられちまいましたが
 難を逃れた兄弟たちがまだどうにか
 残っているんでさ……そいじゃあ」

 そう言ってサンチェスは、
 元の純朴そうな笑みを浮かべると
 そのまま焼け跡に背を向け、
 レッジョの雑踏へと足早に消えていった。

「お気を付けて」

 ルロイが改めて孤児院の焼け跡を
 眺めまわしていると、剥き出しの地面に
 幾つか堆く土が盛られた場所があった。
 土塚の群れは一様に小さく
 粗末な木の棒が刺さっていた。
 近寄ってみると木の棒には
 小さく名前が彫ってあった。
 兄弟団は死によって結ばれた組織である。
 サンチェスが足早に去っていった理由は
 ルロイにも痛ましいほど伝わってきた。

「おお!久しぶりだヤァ、ルロイ」

 そんな時の、この聞きなれた素っ頓狂な
 馬鹿声が今は少しありがたかった。

「ディエゴじゃないですか」

 見るとディエゴだけではない。
 人間、エルフ、コボルト、ハーフエルフ。
 種族は様々だがみなボロを着た子供が
 手に花束をいっぱいに抱えながら
 ディエゴの後に続いて孤児院の
 敷地へ入ってきた。
 ディエゴ以外の子供たちは、
 ルロイを見るなり警戒の念を
 強めたのかこわばった表情で
 ディエゴの後ろへと隠れてしまった。

「一体、どうしたんですか」

「いや、ここのガキどもに
 頼まれてまぁ……色々だヤァ」

 ディエゴは照れくさそうに
 指先の夢で耳元の毛をむしっている。

「あなたももしや、ここの会員だとか」

「うんヤァ、オイラ群れるのは苦手でよ。
 たまに耳寄りな情報提供するかわりに
 食いモンとかを拝借して、
 まぁ気が向けば子守りも少々。
 浅く緩く持ちつ持たれつだヤァ」

「嘘だい、つまみ食いしたの
 サンチェスのおじちゃんに見つかって、
 捕まえられてお仕置きされてたじゃん」

 ディエゴの傍らにいた小さな男の子が、
 ディエゴのぼろコートを引っ張り
 意地悪くケタケタ笑う。

「わー、こんガキャ!黙ってろだヤァ!」

 ディエゴは、無様に慌てふためいて
 子供の口を押えている。
 そんな調子のやり取りを見てそれまで、
 暗い顔をしていた幾人かの子供たちの
 表情にも明るい笑いが戻ってきた。
 ディエゴというのは不思議なコボルトで、
 うさん臭く意地汚いが何故か子供たちに
 好かれる謎の人徳を備えていた。
 馬鹿ではできないことには違いない。

「それにしても、すばしっこいディエゴを
 捕まえるなんてサンチェスさんも
 やりますねぇ……」

「うん、凄かったの!後ろから
 気付かれないように近づいて、
 一気にこの毛むくじゃらの
 オジちゃん羽交い絞めにしちゃったの」

「ははは、そいつは凄い!」

 今度はハーフエルフの幼女が
 はしゃぎながらディエゴを指さして
 ディエゴの醜態とサンチェスの武勇伝を
 嬉々として喋っていた。

「オイラまだオジさんって歳じゃねぇヤァ。
 あーもー、分かったから……もう、
 オメーらあっちで遊んでろヤァ」

 諦観したディエゴはため息を漏らし
 子供らをしっしと邪険に追い払うと、
 子供らも孤児院内の広場へ
 笑いながら向かっていった。
 ルロイも思わず子供たちに
 微笑んで手を振る。
 ディエゴはそんな胡散臭いほどに
 爽やかなつくり笑顔のルロイを見て
 訝しげに肩をすくめている。

「まったく、オメーがこんなところに
 来るなんてヤァ」

「サンチェスさんの
 兄弟団設立の件で、少しね」

「どーせそれだけじゃねぇだろ……」

 ディエゴは体毛を掻きむしりながら、
 気だるげに答える。

「マーノネッロに襲撃されたんですよね?」

「ルロイ、おみゃあ……」

 今は少しでも情報が欲しい。
 不躾ながらもルロイはディエゴに
 事のあらましをできるだけ詳しく話した。
 ディエゴは珍しく苦虫を噛み潰したように
 落ちつきがなかった。

「とまぁ、こんな感じなんですが……
 どうかしましたか?」

「まぁ、大方そんなとこだろうと
 思ってたでヤァ」

「もちろん、報酬は弾みますよ」

 ルロイは、ケープの中からいつもの
 蜜漬けにしたオークの大腿骨を
 数枚取り出したが、
 えらく食い意地の張ったディエゴの食指を
 微塵も動かすことさえなかった。
 それどころか、
 ルロイを見据えるディエゴの瞳には、
 哀れみさえ漂わせた苛立ちがあった。

「今度は探偵気取りかヤァ?
 お節介ならほどほどにするヤァ。
 世の中……知らない方が
 いいこともあるヤァ」

 ディエゴはルロイにそそくさと背を向け
 孤児院の跡地を立ち去ろうと踵を返した。
 まるで、ここまで言って分からなければ
 もうお前に話すべきことなどないのだ
 と言わんばかりであった。

「納得がいかないんですよ!
 サンチェスさんの許認可申請が
 拒否されたこともそうですが、
 何から何までおかしい!」

 普段のディエゴらしからぬ態度に、
 今度はルロイが苛立ちを爆発させた。

「これまで単独犯だったマーノが
 複数がかりの強盗殺人に
 手を染めたことも、
 放火に及んだことも不自然です。
 兄弟団の財産が目当てならさっさと
 引き上げればいいはずですよね?
 わざわざ残忍さを誇示するために
 思えてならない。それに、
 ここがなくなれば子供たちは
 どうなるんですか!」

 ディエゴは、ルロイに背を向けたまま
 普段は猫背気味の上半身をまっすぐ張り
 無言で立ち尽くしていた。

「――――実は、あの襲撃の夜……
 オイラも丁度ここに居たんだヤァ」

 ディエゴは振り返ることもなく、
 ポツリと重々しく呟いた。

「それは、失礼しました」

「いいんだヤァ、おかげで何人か……
 そう、あいつらだけでも救えたからヤァ」

 うっかりディエゴの傷口を抉ってしまい
 謝るルロイに、ディエゴはようやく
 人懐こい笑みを見せて照れくさそうに
 広場を指さした。
 皮で作ったボールが、
 子供の歓声が弾け澄んだ青空に舞う。
 半ば焦土となった広場で、
 今はたとえ仮初とは言え
 子供たちは笑顔を取り戻している。
 いや、むしろ永久に失われてしまった
 それを取り戻そうと必死に
 振舞っているだけかもしれない。
 二週間前、惨劇が起こったこの場所で
 あってもこの場所以外に
 子供たちには帰る場所がない。
 だからこそ、必死に共に笑い
 そして共に死を弔う。
 兄弟団は死によって
 結ばれるのだから――――

「ここを襲った犯人たちだがヤァ……
 五、六人という他はオイラも
 わからなかったヤァ。オイラ、
 裏口からここの厨房に入って、
 それから火の手が上がったことに
 気が付いたんでヤァ。火の手の中で
 やつらみな黒い覆面をして……
 マーノが居たかどうかも分からねぇ。
 オイラ餓鬼どもを裏口から逃がすので
 手一杯だったからヤァ。あの時も
 何か食いモンをくすねようと
 たまたま立ち寄っただけなんだがヤァ。
 まったく鼻が利きすぎるのも
 人生考えようヤァ……
 オイラが話せるのはここまでだヤァ」

「あなたの他に生き残った目撃者は?」

 ディエゴは首を振ると、
 頭をぺこりと下げて己の不明を詫びる。

「ルロイ……役に立てなくてスマンだヤァ」

「そんな、あなたが謝る
 事じゃありませんよ」

「オメー、これからどうするヤァ?」

「サンチェスさんから頼まれましたからね、
 申請が拒否されてそのまま
 引き下がるわけには行きません。
 自信はありませんが、どうにか
 参事会の行政部門に掛け合ってみます」

 ディエゴはまだ何か言いたげであったが、
 軽く咳払いしてルロイの肩に
 手を置いて囁いた。

「分かったヤァ。お節介で教えとくがヤァ、
 今回の申請に強く反対してた参事会の
 お偉方がいるヤァ。
 治安維持局のガリアーノ局長だヤァ」
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