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第二章 錬金術師と赤い竜 ~秘密遺言~

赤竜降誕祭

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「ええい、黙りやがれ。
 どうやって親父を騙したか知らんがな。
 今日こそ官憲に引き渡してやるぞ」

 真っ白になっていたパウルだったが、
 もはやヤケクソになってリーゼに
 食って掛かる。

「フン、言いたいことはそれだけかい?」

 リーゼがパウルを一瞥して嘲笑うと、
 今度は挑むようにルロイに目を向ける。

「で、どうしたね?
 私の出した謎かけは解けたかね?」

「ぐっ……」

 リーゼの切れ長の緑の瞳で
 見据えられるとどうしても、
 言葉に詰まってしまう。
 確かに魔女と言われるだけの
 眼力の持ち主らしかった。
 やれるだけのことはした。
 後は魔法陣周辺に駆け付けた
 召喚術士たちが、
 上手くやってくれるのを
 祈るばかりだった。

「ふふ、時間切れだ……」

 ルロイの万策尽きた表情を見るのも
 もう飽きたのか、
 リーゼは何かの合図のためか
 右手を高らかに上げた。

「リゼ姉!」

「おい、まさかホントにホントだヤァ?」

 周囲が固唾を飲んで見守る中、
 リーゼは高らかに指を鳴らした。
 街中に設置された魔法陣が一斉に輝いた。

「おっ、おい!アレって……」

 直後、橋の周辺で待機していた、
 召喚術士たちが困惑の声を上げる。
 魔法陣から出てきたのは、
 召喚獣でもモンスターでもない。
 大砲だ。
 それも全て上を向いている。

「召喚術士たちを動員した
 ところまでは良かったね。
 でも、残念だったね……
 召喚術士は召喚獣を扱えても、
 無機物相手じゃ戻せない。
 魔法陣からは召喚獣が出てくるものと、
 そう思い込んでいた固定観念を
 アンタは覆せなかったようだね。
 ルロイ・フェヘール」

 ルロイが敗北を悟ると同時、
 一斉に砲から光弾が空高く発射される。
 光弾が炸裂する音が響き渡る。

「これは……花火!」

 限りなく黒に近い青色の夜空に、
 赤い鱗が幾重にも連なっていった。
 次々に打ちあがる光弾のリズムと、
 弾けるタイミングは
 計算されつくされたものだった。
 まだ完全に沈んでいない太陽の
 日の光の朱も、
 空に現れた赤い巨竜の周りを
 彩る炎の舞台を演出していた。

「河面を見てみな」

 リーゼが集まった人々に
 声を大にして語り掛ける。

「確かに、これは赤い光に
 街の建物が照らし出されて……」

「川面に映った街が炎に
 包まれているでヤァ」

 ルロイの言葉をディエゴが引き継ぐ。
 モリーは言葉もない様子だった。

「この角度、色彩、音、そして悲鳴。
 じぃっつに芸術的だ!」

 リーゼが歓喜の声を弾ませる。

 人々の悲鳴と歓声を縫って、
 一羽の鳥が橋のたもとへと
 ふらふらと迷い飛んできた。

「あれはお師匠様の公示鳥!」

 モリーが叫ぶ。
 旧式型の公示鳥がレッジョの夜空から、
 きしんだ音を立てながら
 橋の梁へと舞い降りる。

「パウル、モニカお前たちに
 言っておきたいことがある。
 ワシの遺言の執行人はリーゼじゃ。
 そして、ワシの遺言と遺産は……
 お前たちの目の前の光景そのものじゃ」

 まぎれもなく故ヘルマン・ツヴァイク
 の肉声だった。
 パウルとモニカは雷に打たれたように、
 直立不動でその旧式の公示鳥を
 見上げている。

「特許だ金儲けだのワシには
 もうどうでもいい。
 そんなもんに囚われて逝くよりは、
 潔く散って何もかもこの街にお返しする。
 それが幸せってもんじゃよ。
 ワシのまとまった財産ならすでに、
 レッジョの孤児院や修道院へ
 寄付してある。
 残りもこれのためにほぼ全財産
 はたいてしまったわ。
 次に上がるやつで最後だ。
 ワシの言いたいことはこれですべてだ。
 そう。何もかも、これでおしまいだ」

 ここまで言い切ると、
 公示鳥が鎮座していた梁の下から
 砲が現れた。
 こんなところにも魔法陣とは恐れ入る。
 光弾が空高く打ちあがり、
 公示鳥もろともに一際
 大きな花火が上がった。
 同時に赤い竜の踊るさまを
 描いていた花火も、
 その造形を崩してゆき、
 遂には赤い巨竜はその内部から、
 弾け去ってゆくのだった。

「確かに、竜が弾け飛んだでヤァ……」

 花火の火薬の匂いと公示鳥の残骸。
 全てが終わりレッジョは、
 再び静寂に包まれたのだった。
 誰もがあっけにとられる中、
 誰ともなしに拍手の手が上がった。
 歓声が上がり、
 それまで見ず知らずだった旅人同士が、
 この興奮と感動を語り合っている。
 気が付けば日は完全に沈み切り、
 ランタンや松明が頼りない明りで
 街と人々を照らし出している。
 その最中ルロイやディエゴ、
 モリーもまたどこの誰とも知らない
 冒険者だか商人だかと、
 先ほどの花火を肴にあれこれと
 談笑しているのだった。
 人々の輪がそこかしこに出来上がり、
 各々盛り上がっている賑やかな様は
 当分収まりそうもなかった。
 不思議と赤い巨竜が消え去った後も、
 街は明るいままだったのだ。
 これは朝までお祭り騒ぎが続くな、
 とルロイは苦笑いを浮かべていた。
 ところでこの大祭の仕掛け人である
 リーゼはどこへ行ったものかと
 あたりを見回してみると、
 ワイン一瓶片手に橋の欄干に寄り掛かり
 一人ほろ酔い気分で人々の輪を
 満足げに眺めているのだった。
 邪魔をしては悪い気もしたが、
 ルロイはリーゼの真意を
 あらためて質してみたかった。
 これだけ振り回されたのだから
 当然と言えば当然である。

「リーゼさん。結局あの謎かけの
 真意はなんだったんですか?」

「うん?」

「私は錬金術師ではないですからね、
 あれだけでは……」

「ああ、それならこの光景こそが答えさ。
 あのジジイらしいだろう。
 私はそんなジジイに惹かれて
 ここに居ついたんだ」

「はぁ……」

「何がなんやら分からないって
 顔をしているね。
 その顔が見たかったんだ。
 人はそんな顔をしている時しか
 謙虚で真摯になれない。
 これは爺さんの口癖だったがね。
 ならばと思ってやってみたまでなのさ」

 かつてレッジョにあったであろう
 古めかしい祭り、
 人々は再び一つになった。
 それこそが古き良き時代を知っている、
 ヘルマンの遺言かもしれなかった。

「ヘルマンの愛人か……」

 リーゼは瓶の中身を一気に飲み干した。
 リーゼは赤らんだ顔と瞳に
 涙を浮かべていた。

「ああ、間違っちゃいない。
 愛していたのさ……
 ヘルマン・ツヴァイクを
 同じ錬金術師として」

「リーゼさん」

「だから、せめて遺言位はきっちり
 全うさせてあげたくてさ」

「ヘルマン・ツヴァイクなら、
 あのお師匠様なら……
 きっとこんな光景を望むと思ってさ。
 だからド派手にやらせてもらったよ」

「そんな、馬鹿げてる……」

 あまりの展開にパウルは先ほどから、
 呆然自失もいいところな口調で呟いた。
 そう、確かに馬鹿げているが、
 この光景が今は一番美しい。
 これ以外のレッジョを想像したくない。
 とさえ思える何かがあった。
 地位・名声・財産――――

「まるで、そんなことはくだらない。
 と言わんばかりですね。ヘルマン先生」

 あの謎めいた竜の図表は
 花火の配置を示した者らしいことを、
 ルロイは後になって理解したのだった。

 この世に赤き竜ありき、
 その憤怒は鱗の端々まで赤黒く、
 雄々しき怒れる姿は生あるもの
 全て畏怖し奉る者なり。
 失われし幻を抱き、
 その面影はいと深く赤竜の体に刻まれぬ。
 心は清き怒りに満ち、
 原初の想いに身を捧げる。 
 遥かなるわがレッジョに帰りし赤竜は、
 方々から闇夜を舞い、
 己が血潮の滾りを、
 その牙の煌めきを星々のごとく輝かせる。
 人々は川面に移ったその姿に
 ひれ伏したもう。
 赤き竜は踊り狂い、
 やがて全身はち切れその数々の
 臓物を赤き雫として地に降らせる。
 竜の血と皮、骨、
 臓物が世の一時の平穏、偽りを滅ぼし、
 再びその身を隠し狂えるごとく
 この世を去りぬ。

「この詩には続きがあってね。
 『赤竜の姿に魅入られし人の子は、
 図らずも互いに和解せし』
 とまぁ、こんな具合なんだ」

「和解ですか。これは、確かに……」

 人々の輪を見つめ続けようやくルロイにも、
何かが腑に落ちた気がしたのだった。

「そうさ、理屈に口説かれる奴なんて、
 いやしないのさ。男だろうと女
 だろうとね……」

 そう言いつつリーゼは、
 手元にあったワインを、
 もう一瓶ナイフで開けたのだった。

「ちょ、まだ飲む気ですか!」

「当たり前だ。
 こんなにめでたい日は、
 そうそうないんだからな。
 朝まで飲むぞ!」

 ルロイは呆れつつもリーゼから
 ジョッキにワインを並々注がれ、
 ジョッキを受け取るや自身も
 一気に酒を飲み干したのだった。

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