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第26話 天上界14日目 その2 魔王と戦いたいって言う人は、ある意味幸せな人生を送ってきた人なのよ

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 なんで日本からの転生者のなかには、魔王と戦いたがる人がいるのかしら。
 魔王と戦うってそう簡単なものじゃないんだけど。
 いや、魔王のいる世界に転生させること自体、私たちにはリスクがあるのだけれど。
 それに第一、こいつはひとつ誤解をしているわ。

「あなた、転生者がみんながみんな、魔王のいる世界に行きたがってると思っているの?」
「え、そうじゃないんですか? 転生して魔王と戦うのが、転生者の夢じゃないんですか?」
 きのうはちょっとこいつのことを見直したけど、まだまだ若いわね。
「あなたはまだ人生経験が足りないわね」
「そりゃ六百十七歳のモニア様に比べたら若いですが」

 そこでこの前みたいに私が怒ると思った?
 六百十七歳って、人間で言えば十七歳くらいだから、この前のノリはサービスよ。
「過労死したあなたにこんなこと言うのは申し訳ないんだけど、魔王と戦いたいって言う人は、ある意味幸せな人生を送ってきた人なのよ」
「幸せ? 確かに俺は死んじゃったことを除けば、不幸な人生だったとは思いませんが」
「そうでしょ。例えば、ブラック企業で働いていたり、配偶者からDVを受けてきたりした人は、いわば暴君に虐げられてきたわけよ。そういう人が、そんな生前を思い起こす魔王のいる世界に行きたいと思う?」

「それはそうかもしれませんね……」
「そんな人は、穏やかに過ごせる世界に転生させてほしいと言うことが多いわ。なかには、転生なんてさせてくれるなと頼まれることもあるの」
「そういう時はどうするんですか」
「そうは言っても、有用な人材なので転生者になったのだから、穏やかでも地道な努力が求められる世界に転生させるわ」
「転生させてほしくないって言っている人でも?」
「場合によっては、課長に話して、転生者選定会議で再議してもらうこともあるわね。あとは、数は少ないけど、メンタルがとても強くて、そんな経験をしてきた自分だからこそ、魔王を倒してみんなを幸せにしたいって人もいるわね」
 こいつはさすがにそんな鋼のメンタルではないと思うけれど。

「俺はメンタル弱々ですから、考えてしまいますね。そうしたら、とりあえず魔王のことを教えてもらえませんか」
 いや、この私にあんな格好やあんな格好やあんな格好をさせた奴の、メンタルが弱いわけないわね。
「最初魔法の話をしたときのこと、覚えている?」
「魔法は神様の持つ神力を人間に授与したもの、って言ってましたよね」
「そうよ。それで科学技術の発展が遅くなって困りものだとも言ったわね」
「はい。魔法自体も変な方向に発展したともおっしゃってました」
「その、変な方向に発展してしまった結果が魔王なのよ」

「それはどういうことですか?」
「魔法を世の中のためではなく、私利私欲のために使う人が出てきたの。そういう人たちが徒党を組んで、魔法をさらに悪い方向に発展させたわけ。そういう人たちの徒党が魔族、そのトップが魔王とやがて呼ばれることになったのね」
 人々によかれと思って魔法を授与したのにね。
「魔王って、見るからに禍々しい姿をしていますが、元々人間だったのですね」
「そうなのよ。自分に対して、人々を恐怖に陥らせるような姿に変える魔法をかけたのよ。それが代々引き継がれるうちに、更に禍々しさが増していったわ」
「それじゃ、魔王を倒せるスキルを持った人を、その世界に転生させればいいのではないですか?」
 そう簡単にはいかないので私たちも困っているのよ。

「過去にそうしてみたこともあったわ。でもね、それがかえって魔王の力を強める結果になってしまったわ」
「魔王の力を強めた?」
「あなたが魔王だとしたら、魔王を倒せるような人間が現われたらどうする?」
「戦う……いや、戦うより先に、そういう人間を自分たち側に取り込もうとしますね。戦って倒しちゃえばそれまでですが、取り込めば自分たちの力をさらに強めることができますからね」
「でしょ、あなたを魔王がいる世界に送ることが気が進まない訳はわかったわね」
「モニア様が私を溺愛してるからですよね」

「どうしてそうなるの! あなたが魔王側に寝返らないかって心配なの!」
「誰が小早川秀秋ですか!」
「キレ返してもだめよ。それに小早川秀秋って誰?」
「日本史A……はもうやめときましょう。モニア様、俺は絶対に寝返ったりしませんよ」
 そう言うやつに限って簡単に寝返るのよ。
「それを私がどうやって信じたらいいの?」
「そんなことをしたら、もう圭に会えなくなりますからね」

 あ、そうだわ。
「寝返ったあなたを天上界に呼び戻すなんてことはしないから、確かにそうね」
 シスコン恐るべしね。
「わかったわ。じゃあ、確認するけど、あなたは魔王と戦うのね」
「はい、圭に誓います」
 そこは神に誓ってよ。
「では、あなたを魔王のいる世界に転生させてあげるわ。それで、魔王と戦うのに、どんなスキルがほしいのかしら」

 俺がほしいのは……あれ、どんなスキルだろう。
 魔王のいる世界で魔王を倒して、困っている人たち、とくに前途ある子供を助けたい。そこまではいい。俺の物語としても申し分ないだろう。
 でも、命をかけるのは正直言って恐いし、苦節十年とかいう根性も俺にはない。
「じゃあ、ドカーンって風に、魔王を一発で倒せるスキルをください」
「そんなスキルがあるわけないじゃない。それに、もしそんなスキルで一発で魔王を倒してしまったら、そのあとのあなたの人生はどうなると思う?」
 どうなる?
 想像してみよう。

「キャー、魔王が現われたわ! 助けて!」
「お嬢さん、心配はいりません。この世界に転生してきた俺が、一発で魔王を仕留めてみせますよ。見ていてください」
 ドカーン
 ギャー
 魔王は倒された。
「ありがとうございます! これでみんな安心して暮らせます!」
「どういたしまして、お嬢さん」
「本当に助かりました。では、これで失礼します」

「あれ、俺の物語が9行で終わってしまいました。どうしよう!」
 ウルトラマンが、カラータイマーがピコピコ鳴って絶体絶命になってかららスペシウム光線を撃つ訳がよくわかった。
「実際は、必ずしも絶体絶命になってからって訳ではなかったらしいわよ」
 モニア様、こんなことで心を読むのはやめてください。
「なんでウルトラマンを知っているんですか」
「日本からの転生者の相手をするには、このくらいの知識がないといけないのよ」
 中世ヨーロッパを知らなかったくせに。

「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
「私が言いたかったのは、そんなスキルを持っている人間が、そのあとどんな扱いを受けるかということよ」
「魔王を倒した勇者として皆の尊敬を受け、お姫様をお嫁さんにもらい、ふたりで末永く幸せに過ごすんじゃないんですか?」
「そうかしら。そんな力を持っていたら、為政者には国をひっくり返しかねない危険人物と思われて、お城の地下牢とかに一生幽閉させられるかもしれないわね」
「そんな地下牢、俺のスキルで一発でぶち破って、ついでに王様とかを倒してその国を乗っ取ってやりますよ」
「そういうのを魔王って言うのよ」

「いや、もう、俺が魔王でいいです」
「そんなやつを転生させられますか!」
「じゃあどうしろって言うんですか?」
「そこそこ苦労して魔王を倒すことができて、そのあともみんなの役に立つようなスキルを考えることね」
「そんなの簡単には思いつきません」
「そうなるわよね。イヤだけど、また明日にするから考えておいてね」
 モニア様はこれまでで一番のため息をついた。
 それにしても、そこそこのスキルってどんなものがあるのだろう。
 転生しても、苦労をしないといけないことだけはわかったけど。
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