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17.それは突然でした
しおりを挟む「わっ!これ可愛い!北欧雑貨みたい!」
「嬢ちゃん、ありがとよ!俺んとこの民芸品なんだ」
「へ~!色使いに暖かみがあって素敵!」
「嬉しいねぇ。ねぇ、アンタ!」
日用雑貨店等が立ち並ぶ第一区には、世界各国の特徴が顕著に表れた店が活気を放っていて、こちらまで自然とテンションが上がってくる。
うん、めっちゃ楽しい!
今わたしがいるこの店も、わたしの世界でいう北欧雑貨に似た可愛い商品が沢山並んでいる。五十代くらいの夫婦二人で営んでいるみたい。
「『俺んとこの』ってことはおじさん達もフルーベル国に移住してきたの?」
「ああそうだよ。ここよりずっと北にある国だ。なんだ?『も』ってことは嬢ちゃんもか?一緒にいるお嬢さんは身内か?」
ちょっと…何故わたしは『嬢ち・ゃ・ん・』で、ジネットさんは『お嬢さ・ん・』なんだ!フードを深めに被ってるから容姿なんてそんなに見えないでしょうよ!
完璧身長で判断したわね、おじさん…。
「ええ、そうなの。姉妹よ。この子は妹なの」
「姉妹?随分似てないな!あれか、複雑な事情ってやつか?」
「アンタ!失礼なこと言ってんじゃないよ!ごめんよ、お嬢さん方」
「いいえ、母親が違うので。わたしはフルーベル出身の母親似だけど、妹は東国の母親の血が濃く出てしまって。よく似てないって言われるの」
おおっ。ジネットさん、スラスラと嘘八百出て来て凄い!事前設定済みとはいえ、わたしはすっかり頭から抜けてましたよ。
この先もあまりわたしは設定に関しては口に出さないようにしよう。ヘマしそうで怖い!
「なんだ、嬢ちゃんたちも外国人だったのか。旅行か?」
「一週間前にヴェネクト領に移住してきたの。ここは皆おおらかでとてもいい所ね。移住先に選んで正解だったわ」
「わかるぜ!俺ももう故郷に帰りたいなんざ思わねぇくらいだ」
「…お嬢ちゃん達、もしかして今騒がれてる事件のこと知らないのかい…?妹さんの方…」
「あ、カズハっていいます」
「そう、カズハちゃんね。見たところカズハちゃん珍しいものを持ってるね」
「それは…わたしの髪と目のこと?」
「ああ、そうだよ」
おばさんより背の低いわたしを覗きこむように膝を軽く折って視線を合わせてきた。
よし!気付いてくれた。噂について聞きやすくなった。
「わたしのこの容姿は母の国では一般的なんだけど、国を出るまで気付かなかったんです。それが他では普通ではないって。小さい小さい島国で地図にものらないような田舎だから、他国との交流もなかったですし」
「へぇ。確かに聞いたことないね、黒い瞳を持つ民族なんてのは。何故国を出てきたんだい?」
「両親が亡くなって、改めて父の生まれた国を見てみたくなって。そしてその後は何処かに移住しようと。そしたら此処に来るまでいろんな所で容姿のことで追われたり差別されたり…。わたしと居るだけで姉にまで被害が及んじゃって…」
「そうか…そりゃ大変だったな。此処ではそんな思いはしてねぇか?何かあったら俺んとこきな!俺たちにゃ子供がいないからな、頼ってくれると嬉しいぜ!」
おじさん、初対面にそれはあまりに砕けすぎでは?いや、嬉しいけど!嬉しいけれども!簡単に受け入れ態勢でこれから騙されたりしないか不安になるよ…。
そんな表情を読まれたのか、おじさんはガハハッと豪快に笑う。
「これでも人を見る目はあるからな!騙されたことなんかこの人生一度もないぜ!」
なんというか、本当に気持ちの良い夫婦だなって思う。
「さっきの事件って何のことですか?わたしの容姿も関係するの?」
「ああ、そうだった。
最近人が消える事件が続いててね。よくわからないが、どうにも『見た目が珍しい』特徴を持ってる人というのが共通しているらしくてね。
それでいくとカズハちゃんの目も髪もかなり珍しいじゃないか。噂について知っていたら態々出歩かないだろうと思ってね」
「エー?!ソウナンデスカ?!シラナカッター!」
…完全に棒読みになってしまった。わたし、この作戦の足を引っ張ってるんじゃないだろうか…。ジネットさん…少し肩が震えてますよー。
ええ、ええ、見事な大根役者ですとも!でも、ほら、ご夫婦は違和感持ってなさそうだし?セーフセーフ。
「人が消えるって、目撃者とかいないんですか?」
「そうなんだよ。真っ昼間に消えたって話もあるけど、振り向いたら居なかったとか、目の前で前触れもなく消えたとか…。中には手を繋いでいたのに、まるで氷が一瞬で溶けるかのように温もりだけ残して消えたってのも聞いてるね」
「本当に得体が知れないから最初のうちは皆ビビっちまってたんだけどな。ただな、共通点が珍しい見た目って話だろ?自分にそんな特徴無いとわかれば皆他人事なのさ」
まぁ、そりゃそうだよね。しかしなぁ、突然消えるって…。
イリュージョンかよ。
「イリュージョンって何だい?」
あ、また声に出てたみたい。
「種も仕掛けもある転移奇術です」
「魔術じゃなくて?」
「そう。魔法も何も使わないマジック。相当な練習とセンスが必要だと思うから誰でも出来る訳じゃないですけどね」
「嬢ちゃん、そういうのは騎士団に報告した方がいいぞ。少しでも手掛かりや可能性は欲しがるはずだから」
騎士団と言われて少しギクッとしたが、そもそもプリンセス・テンコーじゃないんだから報告したところで種も仕掛けも説明出来るわけじゃないし。この国にはハンドパワー!的なマジシャンという職業はないのかな?
こういう仕掛けは同業者に聞く方が建設的だと思うんだけど。
お店から出て歩きながらジネットさんに聞いてみたけど、マジシャンとは何ぞや、と返されたので存在しないのだろう。
そういえば以前、銀髪発光美女様が魔法を使える人間もいるって言ってたな。魔法のある世界でマジックって…よくよく考えたら何の意味があるのって話だ。
あれから数件雑貨屋を覗いては捜査とは関係なく暴走しそうなわたしをジネットさんが嗜めるという攻防を繰り返し、いつの間にかお昼になっていた。
いや、ほんと可愛いお店ばかりなのよ!そりゃテンション上がるって!
実はレイナルドさんからお小遣いを貰っていた私は本気で買い物を楽しんでいた。いや、お小遣いというより、捜査協力に対する対価という名目で渡されたんだけど、なにせこの国の通貨も物価もわからないので給料袋のような物に入れられた物を中身を確認せずに貰ったのよね。
それを思い出して、ついさっき可愛い小物を一目惚れで買おうと思ってジネットさんに確認して貰った。だってねぇ、物の価値がわからないから貰ったお金と商品の値段が釣り合ってなかったらねぇ。それで封筒ごとジネットさんに見てもらったら衝撃の金額が言われた。
「カズハ、この中にはだいたい平民の中でもわりと良い職に就いている者のおよそ一ヶ月分の給与に値する額が入ってるわ」
「ブフォッ?!」
一ヶ月?!時給換算するといくらになるの?!…あ、もしかして前払い制で事件解決までの全額ということ?
「恐らく日払いで貰えると思いますよ。明日の分も用意されてましたし。それに危険手当ても含まれてます。この手薄の警護で、しかも騎士団員でもない一般人の協力ですからこれくらいが妥当ですよ。
なんだったらもう少し搾り取れるかと…」
「おっ!お姉様!口調が戻ってます。それにこれ以上は必要ありません!むしろ日払いでこれは破格すぎて逆に怖い!昼食代とあとルーシーさん達にお土産買ったら残りはお返しします…」
なんてこったい!悪徳のニオイがプンプンするぜ!いや、騎士団の依頼だから悪徳じゃないんだけど!わかってるけど!
「素直に受け取ってください。返還したところで多分レイナルド団長は受け取らないと思いますよ」
「いやいやいやいや!これだって国民?領民?の税金からでしょ?」
「え?あー…まぁ…そんなところです」
なんて歯切れの悪い返答!まさかレイナルドさんのポケットマネーとかじゃないよね…?
…いや、もういいや。後で本人に聞こう。
第一区を歩いていると所々に可愛らしいカフェも点在し、その中の一つに足を踏み入れた。店内は天窓から降り注ぐ光で明るく、若いお嬢さん方で埋め尽くされている。ジネットさんの曰く、今話題の人気店で休日には予約無しには入れないらしい。何処の世界も女の子はお洒落なカフェに集まるのね。わかる。わかるわ~。わたしだって新しいカフェが出来たと情報が入るとすぐチェックして行ってたもの!
「カズハ、今日は天気もいいしテラスの席に行きましょう」
「行く行く!」
この日は平日ということもあって並ぶことなく店内に入ることが出来た。良かった!わたし並ぶの嫌いな日本人なんで。NOと言える日本人なんで。
紅茶とサンドイッチっぽいものを頼んで午後の活動についても少し話をした。
午前中は特にこれといって手掛かりもなかったし、怪しい人物とも出くわしていない。ただただ普通に姉妹でお出掛け状態。行く先々で例の事件には気を付けなさいと声を掛けられるが、そこまで興味の対象として見てくるわけでもない。
作戦開始から数時間しか歩いていないけど、それでも多数の民族がいることがわかる。民芸品の店の店主はほとんどが移民の人達だったし。わたし程度の珍しさなんて例の集団にとってそれほど価値がないのかも?
…何だろう…狙われないのはいいことだけど…それはそれで寂しい!何この無駄に出てくる意地は?!プライドは!無性に拐われたい!
「お姉様…このまま今日は何も起こらないのかな」
「まぁまだ半日。午後も気を引きしめて予定通りいきましょう」
席を立って店の入口を出た所でジネットさんに左腕を掴まれ守るようにわたしを背中に隠した。
え?何事?
ジネットさんの視線の方にそっと顔を向けたけど、こちらに談笑しながら歩いてくる男性二人がいるだけだ。ここは通路なわけで、いろんな方向から人が来るのは当たり前だと思うのだけど、何に警戒しているんだろう?少し過剰では?と感じてしまうのは警戒心無さすぎだろうか。
少しずつ近付くにつれ腕を掴むジネットさんの力が強くなる。そして何事もなく通りすぎて行った。だよねー。めっちゃ普通の雰囲気でしたもの。ふぅ…と安堵のため息が出た瞬間、右の手首を掴まれる感覚があった。
…え?…あれ?…ちょっと待って…。
わたしの左腕はジネットさんが掴んでるよね…?え?じゃあこの右手の感触は…?
ドキドキと心臓が高鳴る。もちろんトキメキではない。ゆっくりと振り向く。
「…えっ…嘘…!」
「?!カズハ殿!!」
たった今通り過ぎて行ったはずの男がしっかりとわたしの腕を掴んでいた。
わたしの驚きの声にジネットさんが振り向き、躊躇なく服の下に隠し持っていた短剣を抜き男に向かって振り上げた。
しかしその短剣は男に届く前に、ジネットさんの姿が、周りの景色が薄くなり、そして完全に見えなくなってしまった。
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