のんびり異世界日記

茉莉

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15.どうやら一刻を争う事態のようです

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「そういうわけで、情けない話だがカズハの力を借りようと思う」


 わたしが提案した囮捜査案は何とか通った。その計画の責任者、というよりそもそものこの事件の責任者がマッチョの一人アドルフさんらしく、今『木漏れ日』でその作戦会議が開かれている。そう、『木漏れ日』で…。


「素朴な疑問なんですが、何故にここ?重要な案件を大衆食堂のテーブルでプリン食べながらやっても大丈夫なんですか?」

「プリンって言うのか!美味いな!」

「…それはどうも、イヴァンさん…そして話の腰を折らないで…」


 定期的に作っているプリンを、ルーシーさんが小腹を満たすために出してくれたのだけど…緊張感を持ってやるべき内容にも関わらず何とも気が抜ける。

 美味しいと言って既に二個目を平らげたイヴァンという人は、真っ赤なロン毛がヴィジュアル系にしか見えない。この平団員はわたしと同じ年のようでやたらに馴れ馴れしい。お前の渾名は今日からV系だ。


「盗聴とか気になりません?」

「盗聴?それは誰かが近くに潜んでいる前提でか?ハハッ!それは大丈夫だ。もし声の届く範囲に誰かがいたとしても、それを見逃すわけがない。気配なんてそうそう消せるもんじゃないからな。俺らのように訓練を受けた者からは隠れられない」


 すごい自信。別に人じゃなくても盗聴器とか仕掛けられていたら気配なんて感じないんじゃないのだろうか。え?まさか気配だけじゃなく電波も感知できる特殊能力でもあるんですか?!
 …いやいや、そもそも盗聴器というものが存在しないのか。


「じゃあ、特別な訓練を受けた者が潜んでる場合は?気配を隠すのもプロなのでは?」


 ふと、『矛盾』という言葉の漢文を思い出した。


「わたしの国の文字で『矛盾』とあるんですけど、これには面白い話があるんです。正確には近隣の国のお話ですが。盾と矛を売るある商人が、『これはどんな盾でも貫く最強の矛だ』と言うんです。同じく『これはどんな矛でも壊すことの出来ない盾だ』と売り込む。そこで客が『じゃあ、その矛でその盾を貫こうとするとどうなるんだ?』と、矛盾の語源になったものです」

「む…成る程な。カズハは頭がいいな!」



 別に頓知をきかせたわけじゃないですからね?頭ポンポンされて子供を褒める時の大人の対応のようで嬉しくない!本当に大丈夫なのだろうか…。


「道具が甲乙つけがたいのなら、あとはそれを使う側の力量次第だろ。それにカズハは何も心配しなくていいぞ。予定通り街をブラブラしてもらうだけであとは任せろ。拐われる前に捕まえるからな」

「え?むしろ拐われた方が好都合じゃないですか?そうじゃないと奴らの活動拠点に辿り着かない可能性がありません?捕まえた所で仲間を見捨ててしまえば逃げられます。だったらわたしが敢えて捕まって、目的地まで連れて行かれるところまでバッチリ見守ってて欲しいんですけど」

「いや…だから…何でお前はそう…」

「なんです?ジルさん」

「何故自ら進んで危険に飛び込みたがるんだ!?」

「大丈夫!わたし皆さん信じてますよ。絶対助けに来てくれるでしょ?むしろ、それ以前に拐われるかが問題ですけど」

「は?」

「いくら色素が珍しくったって、見た目でアウトだったらねぇ。わたしのこの容姿が生理的に受け付けない人だったら拐ってもくれないと思いますし、そうなったらこの計画が全くの無意味になりますよね?」


 え?心配するとこはそこなの?って顔で見つめてくるの止めてもらえませんかね?重要なことですよ。わたし自分の顔面偏差値くらいわかってますから。身の程を知ってますから。人生三度のモテ期説、未だに到来の見込みありませんから!

 それに得たいの知れない強力な守護霊様(?)が守ってくれる予定だから!恐らく…多分…きっと…お願いします…。


「カズハ、この計画は本当に危険なんですよ?勿論みすみす見逃すつもりはありません、騎士の名に懸けて。でも世の中絶対は無いんです。もしもあなたに掠り傷一つでもつけてしまったら…」

「はい?掠り傷くらい日常生活でいくらでもありますよ」

「ありません!女性なんですから、痕が残ったらどうしするんです」

「どうもしないよ。この国は女の人が何でもない傷痕一つあるだけでアウトなの?価値が失われるの?」


 過保護が常軌を逸してる気がするんだけど、これが異世界の常識なの?うへぇ…生きづらい。つい半目になってしまう。


「おい、レイナルド。誤解を与える言い方をするな」

「そうだよ、レイ。貴族女性くらいだからね。彼女らは見た目を磨くことにおいては感心するほど情熱を注ぐ生き物だから。それが女性価値だと勘違いしているんだよ。中身が伴わないとただのお荷物だというのにね」

「教養のない貴族の下につく領民なんて地獄だわ」


 おおう…。ヨアンさんもルーシーさんも見た目に反して苛烈だね…。アンチ貴族なんだろうか?


「そういうことではありません。我々の都合で利用して挙げ句怪我をさせてしまったら、故郷で待っているカズハのご両親に顔向けできません」

「お前はカズハの婚約者か!」

「いつでも責任はとりますよ」

「…そういうのは是非好きな人とお願いします」


 勝手に責任とられても困るし。ブスにもブスなりに選ぶ権利ってあると思う…。というか、責任とるとか簡単に言う人も嫌だよ。


「すげー!レイナルド団長がフラれてるの初めて見ました!」

「ハハッ!確かにな!普段はニコリともしないくせに女はわんさか寄ってくるのによ」

「あら、カズハ。レイったらこれでもモテるのよ?駄目?」


 ルーシーさんよ、駄目も何もそもそもそういう話じゃなかったじゃないですか。しかも責任でそういうは嫌ですよ、そりゃ。確かにいろんなラノベを読み歩いてきたけど、騎士は人気の高い職業ランキング上位に入る。わたし調べランキングで信憑性は薄いけど。


「レイナルドは職業というより外見でまず寄ってくるんだよ。羨ましいぜ」


 そういう彼はマッチョその二のオーブリーさん。緑の瞳が綺麗で艶やかな長い金髪を後ろで束ねている素敵なおじさん。
 同じくマッチョのアドルフさんも金色の瞳が猫みたいで短髪の赤髪ともみ上げから顎、口回りにまである髭がまたワイルドだ。
 それぞれタイプの違う顔立ちだけどイケメンだと思いますよ?V系…もといイヴァンさんだって普通に整ってるし。
 わたしから見たら結局のところ目鼻立ちがハッキリしている西洋人顔は皆美形に見えるというものだ。


「それに比べてマティアスとトリスタンは所帯持ちだからなぁ。その余裕が腹立つぜ。俺も可愛い嫁が欲しい」


 可愛いに限定するから駄目なのでは?とは言えない。
 マッチョその三のマティアスさんは緩いウェーブの入った金髪で、少し垂れ気味の青い目がまたセクシー。四人目のマッチョ・トリスタンさんもオールバックの銀髪・グレーの瞳が切れ長でクールな雰囲気だ。実際さっきから一言も発していないので、中身もクールなんだろう。顔だけだったら一番好み。
 やっぱりイケメン揃いだなと思う。思うだけ。基本的にイケメンは好きではない。ろくな思い出ありゃしない。

 うーん…今日も日記に名前と外見の特徴メモしなきゃ。皆名札を付けて歩いてくれないかな。自慢じゃないが芸能人でも似た雰囲気の人だと顔と名前を一致させるのが難しいというのに…外国人となるともっと無理だ。めっちゃ好きなハリウッド俳優ならなんとかイケるけどね!

 この世界に来て人の顔と名前を覚えるのが一番の苦行だよ…。


「ちなみに、今まで誘拐されて無事保護された人とかはいないんですか?」


 もし存在するなら、誘拐されてから保護されるまでの間監禁なり強制労働なりされていた場所や、近くに何か目印になる物が近くにあったならかなり有力な手掛かりになるのだけど。誘拐の目的なんかも知りたい。


「誰一人いない、消えてそのままだ。目撃者もいない」


 普通人身売買と聞いて思い浮かぶのは、性的搾取や臓器売買、強制労働だろうか。薬物関係なんかもあるかもしれない。
 でも話を聞く限り、特に健康体に拘ったり、天涯孤独といった身内がいない者に限定したりしているわけではないらしい。
 とにかく、外見で『珍しい』人がこぞって消えている。


「目的って何なんでしょうね…。今回の欠損の方達に近い事例として、人身売買の目的の一つに金銭目的があります。五体満足の人を拐って手足を付け根から切ってしまうんです。そして人通りの多い所に置いておかれ、其処を通る人々の憐れみを誘うように、物乞いをさせてお金を集める手段として使われます。勿論集められた金銭は搾取されて終わりです」

「ちょっと待て、そんな話聞いたことないぞ。あまりに非人道的だ」

「でも実際あることなんです」

「…お前の国はそんな国なのか?」

「いえ、わたしの国ではありませんが、近隣の国ではあるみたいですよ」


 わたしはテレビ番組のドキュメンタリーで知ったし、それを題材にした映画もある。
 日本でも家出と処理されてしまい、消息不明になる人は年間何千人と聞いたこともあるし、もしかしたら人身売買の犠牲になっているかもしれない。
 勿論これも持論ではなく、実際にテレビ番組でやっていた話。


「今のところ生きて戻った者も、遺体で戻った者もいない。全くと言っていいほど手掛かりが無い。ただ、ここ一週間で捜索届けが一気に増えたんだ」

「えーと、それ結構まずくないですか?」

「あら、カズハ、どうして?」

「多分ですけど犯行場所を移すか、もしくは騎士団の動きに気付いて領内…というより国外に逃亡するんじゃないかな。それで今逃亡直前に拐うだけ拐ってる状況…とか?素人の浅知恵なんで全くの的外れかもしれませんけど」

「いえ、十分にあり得る話です。そもそもその可能性を視野にいれていました。騎士団による捜索はもっと前からありましたが、その時の責任者は積極的ではなかったんですよ。それが二週間弱前にアドルフ団長に代わった。つまり捜索届けが増えた時期とおおよそ重なりますから」

「じゃあやっぱり善は急げですね」

「カズハ、申し訳ないが明日から頼めるだろうか?

「はい!勿論です!」








*********

「銀髪発光美女様いるー?」


     …いないか。今日はストーカー行為はしていないのね。ファミレスの注文ベルみたいに呼んだら出てきてくれたら便利でいいのに!

 あの後すぐ解散となり、『木漏れ日』も夕方からの営業を始めた。下はいつものように賑やかで、最近ではこの喧騒があると安心するくらいには馴染んできている自分に吃驚だ。

 明日は任務とはいえ、初めての街デビュー。不謹慎だけどちょっとわくわくしてるのは許して欲しい。勿論無一文なので買い物なんて出来ないし、任務だから気を張ってなくてはいけないんだけどね。

 レイナルドさんは渋々参加を許してくれたけど、やっぱり態と誘拐に乗るのは許してくれなかった。そんなんで本当に集団の根絶は可能なのかなと心配になってしまう。

 うだうだ考えてても仕方ないもんね。明日に備えて今日は早めに休もう。
 室内の明かりを消してベッドに潜り込んだ。

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