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世之介の帰還
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ぽかっと意識が戻り、世之介は制御室の床に寝そべっている自分を見出す。のろのろと起き上がり、周りを見渡した。
微小機械は──影も形もない。辺りは森閑として、静寂が支配している。
自分の身体を見下ろし、世之介は番長星に始めて到着したときの、学問所の身なりに戻っていることに気付いた。
立ち上がった世之介は、制御室の計器の硝子板に、自分の顔を映し出した。
髪の毛が元に戻っている。金髪のリーゼントから、真っ黒な普通の髪型である。ようやく世之介は、ガクランから解放された実感が込み上げてきた。
ガクランは? きょろきょろと見回すと、あった!
なぜか壁にハンガーで吊るされている。皴一つなく、汚れもなく、新品同様である。
もう一度、着てみないか?
ガクランは世之介に向かって、誘いかけるようであった。ぶるっと世之介は頭を振り、キッパリとガクランの誘惑を払い除ける。
それでもハンガーを手に持ち、そのまま持って歩き出す。
廊下を歩くと、横穴が開いている。多分、助三郎と格乃進が抜け道を作るために掘り開いた通路だ。大急ぎで掘り抜いたため、足下はごつごつとして歩き難い。
外に出ると、鉄錆色の夕空が広がり、校舎の裏手に出ていた。振り返ると、【リーゼント山】が、どっしりと居座っている。
外に出た途端、世之介の爪先が何か柔らかいものを踏みつけていた。
「ふんぎゃっ!」
奇妙な悲鳴を上げ、踏みつけられた相手が、もぞもぞと身動きをしている。
がらがらと小石を跳ね除け、立ち上がったのは、ビッグ・バッド・ママの巨体であった。
「ふいーっ! 酷い目に遭った……」
呟き、顔をぶるんぶるんと何度も振った。砂利がばらばらと全身から振り落とされる。
と、そこでビッグ・バッド・ママは、世之介に気付いた。
「なんだい、お前は──」
口がポカンと開き、両目が飛び出た。瞬間的に敵意を剥き出しにする。
「あっ、お前は〝伝説のガクラン〟を着ていた、拓郎ちゃんを苛めた奴だね!」
「ママ……」
頼りない声に、もう一人の人物がビッグ・バッド・ママの隣で身動きする。狂送団の頭目である。母親は歓声を上げた。
「拓郎ちゃん! 生きていたのかい!」
顔一杯に喜びを溢れさせ、がばっと息子を抱きしめる。
狂送団の母親は、ジロジロと世之介の姿を見つめた。視線が、世之介の手に持っている〝伝説のガクラン〟に集中した。
「お前の手に持っているのは?」
世之介は答えた。
「ああ〝伝説のガクラン〟だ」
母親は囁くように尋ねる。
「何でお前が手に持っている。着ていないようだね?」
「ああ、俺には要らないものだ。もう、着ることはないよ」
母親の瞳が貪欲さを剥き出しにした。
「そうかい……要らないのかい……それなら、あたしにお寄越しっ!」
叫ぶなり、太い両腕を伸ばし、世之介の手からガクランを引っ手繰った。
「拓郎っ! これが〝伝説のガクラン〟だよっ! さあ、お前が着るんだ!」
「ママ?」
拓郎と呼ばれた狂送団の頭目は、ぼけっとした顔で母親を見上げた。母親は苛々と足踏みを繰り返した。
「それを着れば、お前が〝伝説のバンチョウ〟になれるんだ! さあ、着るんだ、今!」
「俺が……〝伝説のバンチョウ〟!」
頭目の瞳も、欲望で煌く。いそいそとガクランに袖を通した。上着を羽織り、ズボンに足を通す。
頭目の背丈は、世之介より頭一つ低い。しかし、ガクランは、ぴったりと頭目に丈が合っていた。きっとガクランは着用者の身体つきに自動的に適応するのだろう。
身に着けた瞬間、頭目の背が急に伸びたようだった。すっくと背筋が伸び、両目がぱっちりと開く。頬に赤みが差し、全身に力強さが漲った。
世之介は驚いた。これが〝伝説のガクラン〟を着用していたときの自分か?
まさに別人である!
母親が囁く。
「どうだい? どんな気分だい?」
微小機械は──影も形もない。辺りは森閑として、静寂が支配している。
自分の身体を見下ろし、世之介は番長星に始めて到着したときの、学問所の身なりに戻っていることに気付いた。
立ち上がった世之介は、制御室の計器の硝子板に、自分の顔を映し出した。
髪の毛が元に戻っている。金髪のリーゼントから、真っ黒な普通の髪型である。ようやく世之介は、ガクランから解放された実感が込み上げてきた。
ガクランは? きょろきょろと見回すと、あった!
なぜか壁にハンガーで吊るされている。皴一つなく、汚れもなく、新品同様である。
もう一度、着てみないか?
ガクランは世之介に向かって、誘いかけるようであった。ぶるっと世之介は頭を振り、キッパリとガクランの誘惑を払い除ける。
それでもハンガーを手に持ち、そのまま持って歩き出す。
廊下を歩くと、横穴が開いている。多分、助三郎と格乃進が抜け道を作るために掘り開いた通路だ。大急ぎで掘り抜いたため、足下はごつごつとして歩き難い。
外に出ると、鉄錆色の夕空が広がり、校舎の裏手に出ていた。振り返ると、【リーゼント山】が、どっしりと居座っている。
外に出た途端、世之介の爪先が何か柔らかいものを踏みつけていた。
「ふんぎゃっ!」
奇妙な悲鳴を上げ、踏みつけられた相手が、もぞもぞと身動きをしている。
がらがらと小石を跳ね除け、立ち上がったのは、ビッグ・バッド・ママの巨体であった。
「ふいーっ! 酷い目に遭った……」
呟き、顔をぶるんぶるんと何度も振った。砂利がばらばらと全身から振り落とされる。
と、そこでビッグ・バッド・ママは、世之介に気付いた。
「なんだい、お前は──」
口がポカンと開き、両目が飛び出た。瞬間的に敵意を剥き出しにする。
「あっ、お前は〝伝説のガクラン〟を着ていた、拓郎ちゃんを苛めた奴だね!」
「ママ……」
頼りない声に、もう一人の人物がビッグ・バッド・ママの隣で身動きする。狂送団の頭目である。母親は歓声を上げた。
「拓郎ちゃん! 生きていたのかい!」
顔一杯に喜びを溢れさせ、がばっと息子を抱きしめる。
狂送団の母親は、ジロジロと世之介の姿を見つめた。視線が、世之介の手に持っている〝伝説のガクラン〟に集中した。
「お前の手に持っているのは?」
世之介は答えた。
「ああ〝伝説のガクラン〟だ」
母親は囁くように尋ねる。
「何でお前が手に持っている。着ていないようだね?」
「ああ、俺には要らないものだ。もう、着ることはないよ」
母親の瞳が貪欲さを剥き出しにした。
「そうかい……要らないのかい……それなら、あたしにお寄越しっ!」
叫ぶなり、太い両腕を伸ばし、世之介の手からガクランを引っ手繰った。
「拓郎っ! これが〝伝説のガクラン〟だよっ! さあ、お前が着るんだ!」
「ママ?」
拓郎と呼ばれた狂送団の頭目は、ぼけっとした顔で母親を見上げた。母親は苛々と足踏みを繰り返した。
「それを着れば、お前が〝伝説のバンチョウ〟になれるんだ! さあ、着るんだ、今!」
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頭目の背丈は、世之介より頭一つ低い。しかし、ガクランは、ぴったりと頭目に丈が合っていた。きっとガクランは着用者の身体つきに自動的に適応するのだろう。
身に着けた瞬間、頭目の背が急に伸びたようだった。すっくと背筋が伸び、両目がぱっちりと開く。頬に赤みが差し、全身に力強さが漲った。
世之介は驚いた。これが〝伝説のガクラン〟を着用していたときの自分か?
まさに別人である!
母親が囁く。
「どうだい? どんな気分だい?」
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