上 下
100 / 106
世之介の帰還

しおりを挟む
 ぽかっと意識が戻り、世之介は制御室の床に寝そべっている自分を見出す。のろのろと起き上がり、周りを見渡した。
 微小機械は──影も形もない。辺りは森閑として、静寂が支配している。
 自分の身体を見下ろし、世之介は番長星に始めて到着したときの、学問所の身なりに戻っていることに気付いた。
 立ち上がった世之介は、制御室の計器の硝子ガラス板に、自分の顔を映し出した。
 髪の毛が元に戻っている。金髪のリーゼントから、真っ黒な普通の髪型である。ようやく世之介は、ガクランから解放された実感が込み上げてきた。
 ガクランは? きょろきょろと見回すと、あった!
 なぜか壁にハンガーで吊るされている。皴一つなく、汚れもなく、新品同様である。
 もう一度、着てみないか?
 ガクランは世之介に向かって、誘いかけるようであった。ぶるっと世之介は頭を振り、キッパリとガクランの誘惑を払い除ける。
 それでもハンガーを手に持ち、そのまま持って歩き出す。
 廊下を歩くと、横穴が開いている。多分、助三郎と格乃進が抜け道を作るために掘り開いた通路だ。大急ぎで掘り抜いたため、足下はごつごつとして歩き難い。
 外に出ると、鉄錆色の夕空が広がり、校舎の裏手に出ていた。振り返ると、【リーゼント山】が、どっしりと居座っている。
 外に出た途端、世之介の爪先が何か柔らかいものを踏みつけていた。
「ふんぎゃっ!」
 奇妙な悲鳴を上げ、踏みつけられた相手が、もぞもぞと身動きをしている。
 がらがらと小石を跳ね除け、立ち上がったのは、ビッグ・バッド・ママの巨体であった。
「ふいーっ! 酷い目に遭った……」
 呟き、顔をぶるんぶるんと何度も振った。砂利がばらばらと全身から振り落とされる。
 と、そこでビッグ・バッド・ママは、世之介に気付いた。
「なんだい、お前は──」
 口がポカンと開き、両目が飛び出た。瞬間的に敵意を剥き出しにする。
「あっ、お前は〝伝説のガクラン〟を着ていた、拓郎ちゃんを苛めた奴だね!」
「ママ……」
 頼りない声に、もう一人の人物がビッグ・バッド・ママの隣で身動きする。狂送団の頭目である。母親は歓声を上げた。
「拓郎ちゃん! 生きていたのかい!」
 顔一杯に喜びを溢れさせ、がばっと息子を抱きしめる。
 狂送団の母親は、ジロジロと世之介の姿を見つめた。視線が、世之介の手に持っている〝伝説のガクラン〟に集中した。
「お前の手に持っているのは?」
 世之介は答えた。
「ああ〝伝説のガクラン〟だ」
 母親は囁くように尋ねる。
「何でお前が手に持っている。着ていないようだね?」
「ああ、俺には要らないものだ。もう、着ることはないよ」
 母親の瞳が貪欲さを剥き出しにした。
「そうかい……要らないのかい……それなら、あたしにお寄越しっ!」
 叫ぶなり、太い両腕を伸ばし、世之介の手からガクランを引っ手繰った。
「拓郎っ! これが〝伝説のガクラン〟だよっ! さあ、お前が着るんだ!」
「ママ?」
 拓郎と呼ばれた狂送団の頭目は、ぼけっとした顔で母親を見上げた。母親は苛々と足踏みを繰り返した。
「それを着れば、お前が〝伝説のバンチョウ〟になれるんだ! さあ、着るんだ、今!」
「俺が……〝伝説のバンチョウ〟!」
 頭目の瞳も、欲望で煌く。いそいそとガクランに袖を通した。上着を羽織り、ズボンに足を通す。
 頭目の背丈は、世之介より頭一つ低い。しかし、ガクランは、ぴったりと頭目に丈が合っていた。きっとガクランは着用者の身体つきに自動的に適応するのだろう。
 身に着けた瞬間、頭目の背が急に伸びたようだった。すっくと背筋が伸び、両目がぱっちりと開く。頬に赤みが差し、全身に力強さが漲った。
 世之介は驚いた。これが〝伝説のガクラン〟を着用していたときの自分か?
 まさに別人である!
 母親が囁く。
「どうだい? どんな気分だい?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

最強のVRMMOプレイヤーは、ウチの飼い猫でした ~ボクだけペットの言葉がわかる~

椎名 富比路
SF
 愛猫と冒険へ! → うわうちのコ強すぎ    ペットと一緒に冒険に出られるVRMMOという『ペット・ラン・ファクトリー』は、「ペットと一緒に仮想空間で遊べる」ことが売り。  愛猫ビビ(サビ猫で美人だから)とともに、主人公は冒険に。 ……と思ったが、ビビは「ネコ亜人キャラ」、「魔法攻撃職」を自分で勝手に選んだ。  飼い主を差し置いて、トッププレイヤーに。  意思疎通ができ、言葉まで話せるようになった。  他のプレイヤーはムリなのに。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

牛汁屋物語2

ゲルマでちゅぶる
SF
出町柳保は真清田次郎のバッキンガムストラトスを喰らい吹っ飛んだ 宙に舞い 橿原神宮や大台ヶ原山を遥かに超え尾鷲沖に落下した 出町柳保はウツボに生まれ変わり 海のギャングになりました 観光ビル「関目高殿」の勇者達によってシケイン商店街に 再び平和が訪れようとしていた 牛汁屋物語の続編が始まる

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

処理中です...