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工場の秘密

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 世之介は、工場というものは、様々な機械が犇き、絶え間ない騒音の只中にあるものと想像していた。
 ところが、まったく違っていた。工場内は完全に無音であった。
 さらに、真っ暗でもあった。
 光は背後の入口からの外光だけで、いきなり内部に踏み込んだ一同は、瞳孔が暗闇に慣れておらず、戸惑っていた。
 しかし二人の賽博格と、杏萄絽偉童のイッパチは平気な様子で、物珍しげにあちこちを見渡している。
 世之介たちがうろうろ狼狽しているのに気付き、守衛傀儡人は済まなそうに声を掛けてきた。
「ああ、うっかりしていました。工場内は人間の視覚に合わせた照明をしていなかったので、暗く感じているのですね。今、明かりを点けます!」
 言葉が終わると、出し抜けに工場内が、白い光に目映く照らし出される。
「こっ、これが、工場?」
 世之介は思わず叫び声を上げていた。
 茜はポカンとした顔で、世之介の驚きに反応してはいない。おそらく、工場が何をするところなのか、そもそも言葉の意味すら判っていないのだろう。
「プールみたいね」
 茜の感想に、世之介は同意する。
 まさしく、プールである。だだっ広い、巨大な水槽が、建物のほとんどを占めている。
 しかし、プールに満々と湛えられたのは水ではなく、別の何かであった。どろりとした真っ黒な液体が、盛んな波紋を湧き立させている。
 色からすればコール・タールのように見える。黒光りして、とろとろとした光沢を放っていた。
 プールの上には、幾つかのタンクが並んでいる。タンクの下方には注ぎ口があって、そこからドボドボと、大量の液体がプールに注がれていた。
「これは、何ですかな?」
 静かに、光右衛門が質問を投げかけた。
 傀儡人は腕を挙げ、水面を指し示す。
「現在、この工場では、二輪車と四輪車の生産を行っております。月産、千台もの二輪車と四輪車が生産されています。プールの中身は、生産品のための原材料です」
 言葉が終わると、ごぼりと水面が泡立ち、一台の四輪車が浮上してきた。ど派手なピンクの塗装の、無蓋車オープン・カーである。奇妙なことに、プールに湛えられている真っ黒な液体は、一滴もついていない。
 水面に浮かび上がった四輪車は、プールの縁に設けられた車廻しに車輪を載せ、するすると無音で、搬入口らしき方向へと進んでいく。
 ごぼりとまた水面が泡立ち、今度は二輪車が姿を表した。二輪車もまた、誰も操縦していないのにも関わらず、自走して搬入口へと進んでいく。
 すべて無音で作業は行われている。
 訳の判らないという顔つきで光右衛門は助三郎と格乃進を見やる。二人の賽博格は両目を光らせ、しきりに大きく頷いていた。
 助三郎が口を開く。
「ご隠居様。この工場は、微小機械ナノ・マシーン工場なのです」
 格乃進が後を続けた。
「そうなのです。あのプールに湛えられたのは、液体ではありません。目に見えないほど小さな、無数の微小機械が、一杯にひしめいております。タンクから注がれた原材料は、金属、希少金属レア・メタル、各種有機重合材料プラスチックなどが混ぜられた液体でして、プールの微小機械は原材料を分子や原子の大きさで選別し、組み立てます。ですから、タダの一人も作業員を必要としないのです。何しろ直径一万分の一ミクロン以下という、おそろしく細かな微小機械が、一斉に分子や原子をそのまま組み立てるのですから、いきなり完成品が出現してしまうのでしょう」
 工場内を見詰める光右衛門の表情は、険しかった。痩せた顔には、ふつふつと大量の汗が噴き出している。
 光右衛門は何度も頷いた。
「成る程、よく判りました!」
 そのまま髭の下の唇を噛みしめ、何か考え込んでいる。
 顔を上げ、傀儡人に向き直った。
「それで〝支配頭脳〟とやらには……あなたがたの言い方では〝バンチョウ〟ですかな? 面会は、できませんかな?」
 守衛傀儡人は驚いたように、身体をぎくしゃくと動かせた。
「バンチョウに? そ、それは……!」
「できませんか?」
 言葉を重ねる光右衛門に、ロボットの動きがぴたりととまる。再び体内から「じー、じー」という作動音が聞こえてくる。多分、連絡しているのだろう。
 傀儡人は再び動き出した。
 かくかくと細かく震えながら、喋り出す。
「〝支配頭脳〟は、皆さんとお会いになるそうです。わたしが案内します……」
 どこか故障したような動きで、先に立った。傀儡人の人工頭脳には、酷い圧力ストレスが掛かっているかのようであった。
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