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第十一話 混乱の撮影出し
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エリカ姫が、バートル国の設定もして欲しいと依頼してきた――との市川の報告に、山田は腕組みをして顎に手をやった。
山田の仕草を見て、市川は典型的なアニメの、「考え込む」動作だなと思った。
実写なら、表情の微妙な変化で登場人物の感情を表現できる。だが、アニメではこうして、いかにも考え込んでいるような仕草をさせないと、視聴者に伝わらない。知らず知らず、自分も、同じような仕草をしているのだろうか。
二人の相談している部屋は、アラン王子の隣部屋である。飛行船の隅から隅まで探し回って、ようやく見つけてきた机を二つ運び込み、即席の仕事部屋にしている。採光は大き目の船窓があるので問題ないが、夜まで作業する予定で、電灯も持ち込んでいる。
壁には、いかにも王族専用飛行船らしく、ドーデン帝国歴代の皇帝、皇后などの肖像画が麗々しく飾られていた。
もちろん、この部屋も、あらかじめ山田に設定させ、肖像画のキャラクター設定も市川が描いている。だから部屋が出現したのだ。
市川は、設定をすると現実のものになる現象に、すっかり慣れてきていた。
「どうする? ドーデン帝国の武器、装備だけでも、相当な量を描かないとならないんだろ。市川君、一人でやれるかね?」
山田の問い掛けに、市川は頷いた。市川の顔を見て、山田は眉を上げた。
「なんだい? 何か、魂胆がありそうだな」
市川は山田に向け、素知らぬ顔を保ちつつ、返事をする。
「うん。ドーデン側のメカ設定、山田さんに頼みたいんだ」
山田の表情が、驚きに弾ける。
「おれに、か? 本気か、市川君」
「山田さん、メカも得意だろ?」
「ん、まあ……な!」
山田も市川の真似をして、強いて無表情を装っている。が、目は期待に輝いている。
市川は知っていた。山田は美術監督には珍しく、メカ設定も得意なのを。
たいていの美術監督は、自然や普通の建物を描くのは得意とするが、メカを描くのは苦手な人が多い。それどころか、メカ音痴を公言する美術監督すらいる。
市川は、山田より上の世代の美術監督の逸話を聞いている。アニメ業界に入ると決めた当日、今まで描き貯めた油絵の作品を、庭先で総て燃やした美術監督がいるそうな。
昔の美術監督の多くは、美大卒である。今はアニメ専門学校出が大多数であるが、それまでは油彩や、水彩を学んだ人間がたまたまアニメ業界に入ってくる経緯が多かったらしい。
市川には、自分の作品を焼き捨てる気持ちが、よく分からない。背水の陣といった、何らかの覚悟の表明なのだろうが……。
市川が聞いた話によると、山田は、本当は、イラストレーター志望だったそうだ。それも、SF小説の挿絵を描くのが夢だったと語っていた。だから、メカニックを描くのも、設定するのも得意だし、好きでもあった。それを市川は知っていたのだ。
「山田さんには、ドーデン帝国側の設定を任して、おれはバートル国の設定をするつもりなんだ。それに『導師』とかいうキャラクターの設定もしなければならないし……。それで、一つアイディアがあるんだが、バートル国側は、竜のような想像上の生き物を使役して攻撃する――ってのは、どうだ?」
山田は「ははあ!」と点頭した。
「なるほど! 剣と弓だけの中世的な武装じゃ、どう考えてもドーデン側の武器と釣り合いが取れないものな! うん、それなら、絵的にも面白くなる! 木戸さんもOKするかもしれないな」
市川は思わず、ぴしゃっ、と自分の額を叩いていた。
「そうか! すっかり忘れていた! 木戸さん、怒るかな? おれたちが設定するつもりの武器、装備は、完全にギャグものだからな。木戸さんがシリアス路線を頑固に守るつもりだったら、ヤバいかもな……」
二人が考え込んでいると、ドアを開けて洋子と新庄が入室してきた。洋子の手には、何やら銀食器らしきものを盆に載せて持っている。
洋子は室内に入る瞬間、ちら、と市川の方を見た。が、すぐ視線がそれ、わざとらしく無視を決め込んでいる。
あれから洋子と市川の間には、微妙な緊張状態が続いている。考えてみれば、エリカと市川は近々と顔を寄せて話しこんでいて、あらぬ誤解をされる姿勢ではあった。しかし、こうまで意地になって無視されると、市川も反発を感じざるを得ない。
洋子は努めて明るい口調で、口を開いた。
「これ、サモワールっていうんだって! 徹夜するんだったら、眠気覚ましが必要でしょ。これで、紅茶が沸かせるらしいわよ!」
山田は吃驚した表情を浮かべた。
「そりゃ、元々ロシアの食器だぞ! そんな設定、おれ、したかなあ……」
市川は新庄を見て、恨めしげな声になる。
「新庄さん。ここは『タップ』じゃないんだぜ。スケジュールは、どんなに延ばしても、誰も何も言わないんだ! それなのに、徹夜の覚悟させるつもりなのか?」
新庄は首を振り、笑い掛ける。が、目には一欠片も笑いはなかった。
「スケジュールを立てないと、お前ら、頑張って仕事する気にはならないだろ! いいか、明日までだ! 明日まで、何が何でも、設定を終わらせろ! いいな?」
市川は悟っていた。今まで、何で新庄が、この冒険に加わっていたのだろうと疑問だったが、やっと氷解した。
尻叩きが、新庄の役目なのだ。
悔しい。だが、新庄の決めつけを否定する言葉が、市川には見つからなかった。
山田の仕草を見て、市川は典型的なアニメの、「考え込む」動作だなと思った。
実写なら、表情の微妙な変化で登場人物の感情を表現できる。だが、アニメではこうして、いかにも考え込んでいるような仕草をさせないと、視聴者に伝わらない。知らず知らず、自分も、同じような仕草をしているのだろうか。
二人の相談している部屋は、アラン王子の隣部屋である。飛行船の隅から隅まで探し回って、ようやく見つけてきた机を二つ運び込み、即席の仕事部屋にしている。採光は大き目の船窓があるので問題ないが、夜まで作業する予定で、電灯も持ち込んでいる。
壁には、いかにも王族専用飛行船らしく、ドーデン帝国歴代の皇帝、皇后などの肖像画が麗々しく飾られていた。
もちろん、この部屋も、あらかじめ山田に設定させ、肖像画のキャラクター設定も市川が描いている。だから部屋が出現したのだ。
市川は、設定をすると現実のものになる現象に、すっかり慣れてきていた。
「どうする? ドーデン帝国の武器、装備だけでも、相当な量を描かないとならないんだろ。市川君、一人でやれるかね?」
山田の問い掛けに、市川は頷いた。市川の顔を見て、山田は眉を上げた。
「なんだい? 何か、魂胆がありそうだな」
市川は山田に向け、素知らぬ顔を保ちつつ、返事をする。
「うん。ドーデン側のメカ設定、山田さんに頼みたいんだ」
山田の表情が、驚きに弾ける。
「おれに、か? 本気か、市川君」
「山田さん、メカも得意だろ?」
「ん、まあ……な!」
山田も市川の真似をして、強いて無表情を装っている。が、目は期待に輝いている。
市川は知っていた。山田は美術監督には珍しく、メカ設定も得意なのを。
たいていの美術監督は、自然や普通の建物を描くのは得意とするが、メカを描くのは苦手な人が多い。それどころか、メカ音痴を公言する美術監督すらいる。
市川は、山田より上の世代の美術監督の逸話を聞いている。アニメ業界に入ると決めた当日、今まで描き貯めた油絵の作品を、庭先で総て燃やした美術監督がいるそうな。
昔の美術監督の多くは、美大卒である。今はアニメ専門学校出が大多数であるが、それまでは油彩や、水彩を学んだ人間がたまたまアニメ業界に入ってくる経緯が多かったらしい。
市川には、自分の作品を焼き捨てる気持ちが、よく分からない。背水の陣といった、何らかの覚悟の表明なのだろうが……。
市川が聞いた話によると、山田は、本当は、イラストレーター志望だったそうだ。それも、SF小説の挿絵を描くのが夢だったと語っていた。だから、メカニックを描くのも、設定するのも得意だし、好きでもあった。それを市川は知っていたのだ。
「山田さんには、ドーデン帝国側の設定を任して、おれはバートル国の設定をするつもりなんだ。それに『導師』とかいうキャラクターの設定もしなければならないし……。それで、一つアイディアがあるんだが、バートル国側は、竜のような想像上の生き物を使役して攻撃する――ってのは、どうだ?」
山田は「ははあ!」と点頭した。
「なるほど! 剣と弓だけの中世的な武装じゃ、どう考えてもドーデン側の武器と釣り合いが取れないものな! うん、それなら、絵的にも面白くなる! 木戸さんもOKするかもしれないな」
市川は思わず、ぴしゃっ、と自分の額を叩いていた。
「そうか! すっかり忘れていた! 木戸さん、怒るかな? おれたちが設定するつもりの武器、装備は、完全にギャグものだからな。木戸さんがシリアス路線を頑固に守るつもりだったら、ヤバいかもな……」
二人が考え込んでいると、ドアを開けて洋子と新庄が入室してきた。洋子の手には、何やら銀食器らしきものを盆に載せて持っている。
洋子は室内に入る瞬間、ちら、と市川の方を見た。が、すぐ視線がそれ、わざとらしく無視を決め込んでいる。
あれから洋子と市川の間には、微妙な緊張状態が続いている。考えてみれば、エリカと市川は近々と顔を寄せて話しこんでいて、あらぬ誤解をされる姿勢ではあった。しかし、こうまで意地になって無視されると、市川も反発を感じざるを得ない。
洋子は努めて明るい口調で、口を開いた。
「これ、サモワールっていうんだって! 徹夜するんだったら、眠気覚ましが必要でしょ。これで、紅茶が沸かせるらしいわよ!」
山田は吃驚した表情を浮かべた。
「そりゃ、元々ロシアの食器だぞ! そんな設定、おれ、したかなあ……」
市川は新庄を見て、恨めしげな声になる。
「新庄さん。ここは『タップ』じゃないんだぜ。スケジュールは、どんなに延ばしても、誰も何も言わないんだ! それなのに、徹夜の覚悟させるつもりなのか?」
新庄は首を振り、笑い掛ける。が、目には一欠片も笑いはなかった。
「スケジュールを立てないと、お前ら、頑張って仕事する気にはならないだろ! いいか、明日までだ! 明日まで、何が何でも、設定を終わらせろ! いいな?」
市川は悟っていた。今まで、何で新庄が、この冒険に加わっていたのだろうと疑問だったが、やっと氷解した。
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