戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第二章 切支丹大名

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 丹生島城へ案内された道雪一行は、休憩所で待たされた。道雪と誾千代が通された部屋は、一面に畳敷きだった。
 この時代、畳敷きの部屋は珍しい。普通は板張りだ。噂では、宗麟とは相当な贅沢好きと聞いている。この畳敷きも、見栄っ張りの一部かもしれなかった。
「どのように座れば、礼に適うのです?」
 誾千代は、畳の感触に、戸惑った。板敷きの冷やりとする固い感触と違い、何やらふわふわとして、頼りない。
「何、どうもせぬ! 普通に、いつもの通りに座れば良いのじゃ!」
 道雪は、どっかりと胡坐を掻いたまま、可笑しそうに誾千代に命じた。誾千代は、怖々と、畳に腰を下ろし、父が命じるまま「いつも通り」に、立膝をついた。
 座って落ち着くと、ふわっと、鼻の奥に、潮の匂いが満ちた。
 丹生島は、周囲を海に囲まれている。立花城も博多湾を臨む高台に建てられているが、ここ、丹生島のように、海に囲まれてはいない。
「海が近いのですね!」
 思わず、誾千代は高い声で叫んでいた。口にした後、思わず頬が赤らむ感覚を覚え、ちょっと俯いた。自分でも、子供っぽい感想だったと、後悔した。
 道雪は誾千代の言葉には反応せず、ずばりと切り出した。
「ところで〝サトリ〟を、どこで知ったか、まだお主からは、聞いてはおらぬな」
 部屋に座っているのは、道雪と誾千代だけだ。二人だけになり、父親は娘に、問い質す必要を覚えたのだろう。もし隠れて耳を澄ます者がいても、誾千代がすぐに探り出す。
 誾千代は居住まいを正し、道雪に対し、深夜に潜んできた「佐田彦四郎」なる人物の顛末を逐一、語った。
 誾千代が語り終えると、道雪は黙り込み、腕組みをして考えに耽った。
 こんな時の父親の心は、誾千代には読み取りづらかった。道雪の心の仕組みは、極めて複雑で、同時に幾つも思案を重ねる。
 父親の想念に、ぽかり、ぽかりと様々な光景が浮かび、どれが最も父親の関心を惹いているのか、誾千代にも判断がつかない時が多かった。
 実はこのような時の父親の想念を読み取るのは、誾千代には心躍る瞬間だった。
 甚兵衛などは単純な思考で、想念に浮かぶ光景も、一つか、まれに二つ浮かぶ時もあるが、たいていは、すぐに読み取れる。
 道雪の思考は、誾千代には、巨大な洛中洛外屏風絵を眺めているようで、複雑さに、しばしば圧倒される思いだった。
 やがて考えが纏まったらしく、道雪は腕組みを解き、顔を挙げてぽつりと呟いた。
「そ奴は、本当に、島津の手先だろうか?」
 父親の発した問い掛けに、誾千代は意外な思いにうたれた。
「しかし、あの時、私は確かに丸に十字の紋所を……」
 言いかける誾千代を、手を挙げて制し、道雪は口を開いた。
「佐田彦四郎という男は、別れ際に、お前に心に蓋をする技を、披露したと言うではないか。姿を現す前から、自分の本心をしっかりと隠し、偽の心を、お前に読み取らせた、とも考えられるぞ」
 指摘され、誾千代は思わず「あっ!」と叫んでいた。
「それは……考えも及びませぬ」
 呆然となる誾千代に、道雪は諄々と説き聞かせた。
「気をつけるが良い。他人の心を読み取れる力は、お前の生来の技だが、他人の総てが、お前の前で、赤裸の状態とは限らぬ」
 誾千代は激しく、佐田彦四郎との再会を熱望した。
 もう一度、会いたい!
 会って、誾千代以外の、心を読み取れる力を持つ誰かと出会いたいと切望していた。
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