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第二章 抗戦
第43話 #イーリスの時空移動 #剣と盾
しおりを挟むそれから数時間後の愛美の部屋――。
イーリスが目覚めて横を見ると、隣で愛美がぐっすりと眠っていた。
揺り起こそうと手を伸ばすが、ハッとしてその手を止めた。
(朝までは寝るって言ってたよな……)
愛美のベッドをそっと出ると、イーリスは悠斗の部屋と繋がる大きな穴を眺めた。
(どうせハルトも寝てるんだよな~)
そう思いながらも、悪戯っ子の様な表情になるとその穴へ近づき、そっと穴を通り抜けてゆっくり悠斗の部屋へ入って行く。
そして、すぐに悠斗のベッドへ近寄る。
そっと覗き込むと、やはり小さな寝息をたてて寝ていた。
(ちぇ……)
少しがっかりした表情で振り返るが、噴水を見つけるとその目はパッと輝く。
(おっ! 魚泳いでるかな⁉)
駆け寄った噴水の下を覗き込むと、数匹の金魚が見えた。
だが、元気に泳いでいる様子では無い。
部屋の明りが消えているからなのか、金魚たちは水溜りの下でジッとしていた。
(何だよ~こいつらも寝てるのか?)
そう思いながらゆっくりと立ち上がると、窓から差し込む月の明かりに目をやる。
と、そのままベランダへ出た。
(ここも案外変わらないのか……)
イーリスは昨夜に見たテレビニュース画像を、何と無く思い起こしていたのだ。
戦争を嗾けていると、ハルトは言っていた。
無差別に他人が傷つけられ、それを嘆き悲しむのではなく、テレビの声は淡々とその出来事を読み上げていた。
暴力を暴力で制止する事は、戦争と変わりが無い事をイーリスは知っている。
妬みや恨みも同じ。
本人が変わらないと永遠に続く。
(やっぱ、ちょっとだけ見てこよっかな~)
イーリスの身体が薄っすらと光り輝くと、目の前の空間に突如、ぐわんと渦巻く靄が現れた。
そして、イーリスはその中へスッと消えた。
その後のベランダには静寂だけが残った。
♢
(この辺でいいかな?)
ベランダから消えたイーリスがその姿を現した場所、そこは着物姿の人が目立つ古臭い様な街並みだった。
行き交う人はイーリスの姿が見えないのか、ぶつかりそうになる。
それを反射的に避けながら道の端へ行くと、彼女はその場にしゃがみ込んだ。
今のイーリスが存在している次元波長が、この時代に生きる人とは違う為に、彼女のその姿が見えないのだ。
道の端に座りながらイーリスは考えていた。
この場所のこの時代では、この種族が他の種族を暴力で制圧しようとしている。
(こいつらも、マナミの先祖だよな? 戦争の真っただ中じゃん……)
そう思っていた時だった。
「あの、ちょっとすみません!」
急に声を掛けられて驚いたが、その人物にすぐに気づいて返事をしていた。
「あ……マナミの……。で、なに?」
(こいつ、ハルト……じゃない、マナミの血縁だ!)
「変な事訊きますが、今は何年でしょうか?」
「あーそれはよくわかんない。だいぶ昔? じゃない?」
「え? だいぶ昔?」
何年かとかそんな概念は、残念ながらイーリスには持ち合わせてない。
彼女はただ、ニホンが戦争をやめたきっかけの時代へ来ているだけだった。
それよりも、声を掛けて来た彼が、自分の姿を見て声を掛けてきた方が異常だった。
稀に次元波長が同調して、自分の姿を見たり感じたりする人も居た。
だが、彼はそういう類とも違う気がした。
明らかにこの彼は、ここに居る事に動揺している様子だったからだ。
もしかして、自分の作った次元歪に、運悪く巻き込んでしまったと言う事も考えられる。
そうなると、少し申し訳なく思えた。
だが今はその彼に、他の人が話しかけている。
困っている彼のその様子に、見兼ねて声を掛けた様だ。
暫くやり取りを眺めていたが、やはりその彼は迷い込んだ様だった。
迷っているのであれば、やはりイーリスが巻き込んだのだろう。
時空間移動をした際に、何らかの作用でこの人を巻き込んだのだろうと思った。
「おい、そこのお前。迷ってるんだろ?」
「え?」
話しかけると、その彼は怪訝そうな表情をした様に見えた。
だが、それは仕方ない。
自分の作った次元歪に運悪く巻き込んでしまったのであれば、こっちに落ち度がある訳だ。
「あ、うん、困ってるよ……」
「困ってるとか、そんな事は聞いてない。迷ったんだろ? って聞いたんだけどな」
「あ、まあ、迷ってるか……」
「最初からそう言えばいいじゃん。まあ、あれだ。……悪かったよ」
「え?」
彼にこうなった経緯を説明したとしても、それを理解出来る種族でもない。
ただ、一言は謝っておかないと気が済まない。
そんな気がした。
そして、無事に戻すにはエランドールのあいつらに任せるしか無いと考えていた。
時空管理局。
そこにいる彼女達であれば、時空歪を作ってそこにこの彼を放置すればすぐに気づく筈だ。
その為には、この彼をこの次元から出して置かなければいけない。
「まあ、ちょっと待ってなよ」
「え?」
イーリスはその彼に近づくと、その手を握った。
そして作り出した時空の歪に、その彼を連れて滑り込んだ。
こうして歪の中に居れば彼女達が気づく筈だ。
「これから殺し合うんだってさ」
≪え? ≫
イーリスがそう言っても、彼は何の事だか分からない様だ。
こうやって手を握って居れば、彼の意識が流れて来る事もあるのだが、その思考は殆ど停止していた。
まあ、彼はこの時代の人間では無いのだから、それを知らないのも無理はない。
そこで質問を変えてみた。
「どうして人間同士で殺し合うんだ?」
≪そ、それは……≫
だが、彼には何を言われているのか分からない様だ。
それは、彼の時代のその国では、既に殺し合いなど在り得ない事となっているのかも知れない。
だが、彼の生きる時代であっても、離れた土地では殺し合いがまだまだ起こっている事でもあるのだ。
それは悠斗の家で、テレビニュースを見て知っている。
「あんたの時代でも殺し合いはあったよ」
≪え……? ≫
そう言ってから、少し違っていると気づいた。
「あーもっと先か。あんたの子供の……子供がいる時代」
≪な、何をこの子は言ってる?! 未来から来ていると言うのか! ≫
少しは現状を認識して来たのだろうか、冷静に思考が動き出して来たのが、手を握るイーリスには分かった。
だが、この種族は多種多様の遺伝子を受け継いで来ている。
色々な生命体の混合種なのだ。
それ故に相まみえるのは難しいのかも知れない。
「ま、いつまで経ってもこんな事する奴らなのかな」
≪え……≫
そう言うと、急に彼の思考が目まぐるしく動いた。
≪いや、絶対に殺し合いなどしてはいけない! ≫
その彼の思考に、イーリスは少し安心感にも似た気持ちを感じた。
悠斗の事を思い出したのだ。
この種族は平気で殺し合いもすれば、平気で自身の命を掛けて誰かを護ろうとする。
「まあ、そういう奴らって事か」
別の土地では肌の色で差別もしているし、その一方では分け隔たりなく助け合う。
本当に不安定な種族だと思った。
「まあ、見た目が違うだけで仲間外れになるしなー」
そう言ったイーリスは、自分の境遇を思い出していた。
自分にも妹が居たが、自分とその姿が違う為に妬まれ、恨まれてしまったのだ。
だが、悠斗が妹だと言った愛美は、出会ってすぐに自分に良くしてくれた。
最初は妹だと聞いて動揺したが、それもすぐに払拭された。
「巻き込んじゃったみたいだし、ちょっとだけ先の事教えてあげる」
そう言って彼を見つめた。
「あんたの、子供の子供ね、いい奴だよ」
≪え? 俺の……ま、孫の事か? ≫
彼には理解も出来ないかも知れなかった。
でも何と無く、この彼には何か大切な事がこの先に起こるのでは……と、そう思えた。
それが何なのかは分からない。
ただ、愛美と出会えたのは、イーリスにとってはかけがえのない事なのだ。
その感謝も込めて、何かを伝えたかった。
「会わせる事は出来ないけどさ、何か言いたい事とかある?」
≪え……見た事も無い孫に……か? ≫
そりゃそうだろう。
子供なら未だしも、孫って言われても想像しづらいだろう。
ただ、この人には無事に戻って欲しい。
「ま、特に無いか」
そう言って、イーリスは彼の手をそっと放すと空を見上げた。
正確には空では無い。
時空歪の裂け目だった。
(スクルドか……あれ? あいつは……)
スクルドの傍に人が居る。
ウルドでもヴェルでもない、イーリスの知らない誰かが居た。
その人物が少し気にはなったが、この彼をそろそろ連れて帰って貰わないと、その体力も限界だろう。
別次元で生きている彼にとって、この時空歪の中では、極端に精力を消耗してしまう事が分かっている。
もうあんな思いをするのは嫌だった。
「んじゃ、行くよ。ここに居れば迎えに来るから」
エランドールに居場所を特定されたら、イーリスにとっては色々と面倒である。
早々に姿を消した方が良い。
「そうそう、あまり動くと眠くなるから、座ってなよ」
そう言うと、イーリスはそっと歪の隙間に入り込んだ。
この彼には時空歪に対する、身体的な対応力が欠如している。
それ故に、脳がその状況を処理出来ずにシャットダウンしてしまうのでだろう。
言わば、昏睡状態となる事が多いが、それは地球人であれば当然の事だった。
そして、イーリスは誰も捉えることの出来ない、時空空間で独り考えていた。
あそこへは、すぐに時空管理局が駆け付ける筈だ。
彼女達、ウルドもヴェルも、これまで完璧に職務をこなして来ている。
妙な話し方をするスクルドにしてもそうだ。
彼女は特に時空に関してはエキスパートでもある。
後は任せて置いても問題ないだろう。
程なくして、愛美の部屋のベランダに音も無くフッと靄が現れた。
そこに現れたピンク色の髪。
イーリスは神妙な面持ちでそのままベランダに立っていた。
スクルドの横に居た、見知らぬ男を思い出していたのだ。
(そう言えば……あいつ、どっかで会ったような……ま、いっか)
少し気になったが、イーリスにとっては大した事ではない。
すぐに彼女は鼻歌を歌いながら、上の大浴場へ向かって行った。
♢
ここは噴水のある部屋。
目を覚ましたばかりの俺は、ベッドに横になったままボーっと噴水を眺めている。
ショロショロと水の音がしているのだが、これが一度気になると案外耳につくのだ。
あれ、何とかならないか?
まずは小さな箱庭の様にする。
そして岩を置いて、その岩の上方から這わせる様に静かに水を落とせば、少しは水の音も小さくなるんじゃないか?
イメージは岩清水だ。
そしてふと、上の露天風呂を思い出した。
あんな感じになっちゃうかも?
しかし、こうやって眠りが浅くなるその度に、毎回尿意をもよおしては敵わん。
そう考えながらトイレに向かうと、用を足してからシャワーを浴びる。
とは言っても、この部屋での生活はかなり快適だった。
部屋だけじゃない、この家は全てにおいて完璧じゃないか。
ただこの広い屋敷には、俺の知らない部屋が多い。
近い内に屋敷内の把握をしないとだな!
「おーい! 鈍感ハルトー! こんにゃろー!」
そんな事を思いながらバスタオルで頭をコシコシと拭いていると、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、俺は頭を拭く手を止めた。
「お! やっと気づきやがった!」
タオルの隙間から前を見ると、ピンク色の頭が見えた。
「ん? 何だ、イーリスか。おはよう」
「何だはないだろー⁉ ずっと話しかけてたのに!」
「は? そうだったのか? ごめんよ、頭拭いてたから聞こえなかったよ」
「あーお前、結構鈍感なんだな~」
「普通は聞こえないもんだぞ?」
「その耳で聞こうとするから聞こえないんだ! ここで聞くんだよ!」
そう言ってイリスは、自分自身のピンク色の頭をツンツンと突っついた。
「はぁ? お前、何言ってんだ?」
こいつは何を言ってるんだか、時々理解が出来ない。
呆れてバスタオルを首にかけたまま、噴水へ向かう。
イーリスはその後をトコトコとついて来る。
「あ、餌ならやったぞ」
「あ、そっか?」
「ああ、見てたらパクパクしてたからな」
「ふーん」
そう言われて金魚を見ると、確かに上を向いてパクパクしている。
「へーもう懐いてるみたいだな。餌貰えると思って強請ってるみたいだ」
「だろー? 中々可愛いんだな!」
「ああ、お前もチョコ貰って、すぐに愛美に懐いたしな」
「ば、ばっかじゃねーの⁉ な、懐いてねーし!」
「うわっ!」
明らかに動揺しながら、ボスっと俺の脇腹に蹴りを入れた。
「つー、いてぇなー」
「しかしお前……こうやって見ると弱そうだな……大丈夫か?」
「は? 何が?」
蹴られた脇腹を摩りながら聞き返すと、イーリスは呆れた表情で俺を見上げた。
「そんなんで略奪者を倒せるのかって聞いてんだよ」
「な、なにぃ⁉ 俺が倒すのか⁉」
「はぁ? お前この前の話もう忘れたのか? そこまで馬鹿なのか⁉」
「い、いや、だってお前、ピーンとやってバーンって……」
「うん」
「そう言ってたじゃんか!」
「ああ、言った」
「だろっ? 忘れて無いじゃんか!」
そう言ってイーリスを見下ろすと、急に彼女がその目を見開いた。
「さてはっ! 忘れてたんじゃなくて、理解して無かったのか!」
「な、何が……」
俺はそこまで言いかけて何も言えなかった。
確かにこいつの言う通り、俺は何も理解して無かった。
ただ単にイーリスが任せろと言うから、そのままこいつに丸投げしていた。
どうやって解決するのかまるで認識してはいない。
「ご、ごめん。理解して無かった」
「はぁ……まあ、今気づいて良かったわ」
「あ、あぁ……ごめん」
やれやれと頭を掻きながら、部屋のソファーへ向かうイーリスを目で追う。
「まあ加護は授かってるしな。守護もあるし恵与もある。そこは問題ないか……ああ、こいつ自体が不完全なのか……」
ソファーに深く座ったイーリスはそう言うと、俺の全身を見定める様に足元から頭まで見廻している。
「加護?」
「ああ、受け継いだろ? あたし見てたぞ?」
「え?」
こいつが見てた?
ああ、悠菜から貰ったこの指輪と、セレスの腕輪か?
「あ、これか?」
俺は腕輪を手で触りながらイーリスに訊いた。
「ああ、それは加護って言うより、守護だけどな」
「え? じゃあ、加護って?」
「その首輪んとこだよ」
「あ……」
思わずゾクッとした感覚が全身を駆け巡る。
この首輪は沙織さんがくれたものだ。
その時の感覚が一気に蘇ると、急に懐かしさにも似た充実感に包まれる。
「それは間違いなくルーナの加護だ」
「これが加護……」
「ああ、あたしもこの目で見たのは初めてだけどな。間違いない」
そう言ってイーリスは腕を組むと、改めて俺をまじまじと見つめた。
「おい、その首輪じゃないぞ?」
「え? これじゃ無いの⁉」
「そんなのをただ首から下げてるだけじゃ駄目だよ」
「そうなのか……」
「お前、皆を護りたいとか言ってたよな?」
「あ、ああ!」
「それに必要なのは何だ? 今、足りないものは何だ?」
「そ、それは……」
俺に足りないもの……。
てか、何にも無いじゃん!
いや待て。
放り投げるな、俺。
首輪はある。
これが実際何なのかは分からないけど。
指輪もある。
腕輪だってある。
確か、守護だとかイーリスは言っていた。
だが、加護と守護のその違いが分からん!
俺に足りないものってか、必要な物って考えた方が良いか……。
「理解する事だよ、馬鹿ハルト……」
「あ……そうか……」
「まあ、あたしを引きずり込んだのは感服するよ。あの時は、こいつ一体何者なんだと思ったしな」
「そ、そうなんだ……ははは」
「だけど、まるで産まれたばかりのお子様で参ったよ」
「え……」
お前が言うか⁉
あ、だけど、悠菜の生れる前から生きてたんだよな、こいつ。
そしたら、俺なんてまだまだ子供なのか。
だけど、見た目はこいつの方が子供じゃん!
「なあ、イーリスはどうしてまだ子供なんだ?」
「あ? ああ、これか? 色々とあるんだ。お前みたいなお子様には分かんないの!」
「はぁ?」
イーリスはソファーにふんぞり返ると、小ハエでも払うかの様にしっしっと手を払う。
どうも納得はいかない。
「そんなことより特訓だ! あたしは戦いなんて御免だからな?」
「えー? だって、ピーンとやってバーンとか……」
「そうだよ? あたし、ピーンとやるよ?」
「な、なら……」
「だーかーらー! そしたらハルトが、バーンだよ!」
「えええーっ! おれーっ⁉」
「前からそう言ってんじゃん! ピーンとやってバーンだって」
そう言うと、イーリスは呆れた表情で俺を眺めた。
「バーンって……。俺がやるの⁉」
「そーだよー? あたしにバーン何て無理っしょ~こんなに可愛いのに~」
呆れて反論できない。
「あたしの役目はあくまでもピーンだよ? そしたら、すかさずハルトがバーン! 分かったー?」
「はいはい。でも、どうやってバーンするんだ?」
「あーまあ、ハルトはお子様だからな。しゃーなしだな」
お前が俺をお子様言うな!
だが、口に出せない俺が居る。
「でもさ、それって戦うって事だよな?」
「まあ、そうだな」
「相手を倒すんだよな?」
「又は、ハルトが倒れるかだな」
「えっ?」
「まあ、そうはならない様に、あたしがピーンってするじゃん」
「そ、そうなのか?」
「だよ? それが戦いってものだろ? やっぱ馬鹿なの?」
「ぐっ……」
そうか。
戦いをするんだよな。
この前、車ごと放り投げた、ラリってた奴らとは訳が違う。
略奪しに来る異星人と戦うんだよな、こいつと。
そう思いなおしてイーリスを見る。
大丈夫なのか……俺。
だが、同時に何かが引っかかる。
前にセレスが話していたが、異星人たちは俺達を下等生物だと認識していると……。
で、そんな奴らと話し合いなど出来ないと……。
本当にそうなのか?
話し合いは出来ないのか?
例え今回その異星人達を倒せても、その後その仕返しに来ないだろうか。
そうやって、争いの連鎖が起きるのではないだろうか。
確かにこの広い世界において、地球人はまだまだ未熟な種族かも知れない。
でも、未熟だから、下等だからと存続を途絶えさせていいのだろうか。
俺がこちらの立場だから贔屓目である事は間違い無いが、例えエランドールで産まれたとしても、俺は地球育ちのれっきとした地球人だ。
愛美や父さん、母さん、それに西園寺さんや五十嵐さんと変わりはない。
むしろ、エランドールでは俺なんて、地球人とのハーフ扱いの出来損ないだろう。
ある意味こっちに居た方が、半分異世界人として少しは優越感に浸れるのかも知れない。
ああ、俺って情けない奴ですよね。
「なあ、イーリス」
「んー?」
「俺に戦い方教えてくれないか?」
「はー? あたしにそれ聞いちゃうのー?」
「だって、他に誰に聞くんだよ……。あ、空手道場とか!」
やはり基礎的な戦闘技術を身につけたら良いのかも知れないな。
あっ!
メイドさんは?
あの人たち、凄そうだぞ!
「あのさぁ~ハルト」
「ん?」
やれやれと頭を掻きながらイーリスは立ち上がった。
「あたしだって空手がどういうものか知ってるよ? この前テレビでみたし」
「そ、そうか?」
「素手で熊と戦うのと訳が違うんだぞ?」
「お前、どんなテレビ見たんだよ」
「ハルトさぁ~略奪者相手に正拳突きしよーっての?」
「あ……」
「やっぱ馬鹿ちんかーおまぃは」
何も言い返せない。
どでかい宇宙船で来るってのに、空手道場で今から空手教わってどうしようってんだ。
「どうしよう……」
「ハルト、お前さ、今までアトラスの姉ちゃんやら剣の人やらと、ずっと一緒に居たんじゃないの? それなのにお前、どーして……」
「うっ……そんな人達だって知らなかったし……」
そうだよな。
悠菜はフォークで垣根消しちゃうし、セレスは守護の剣とか持ってるし……。
でも、戦ってるところなんて見た事無いし。
あれ?
守護の剣?
あれ?
盾だっけ?
ふと、指輪をしている左手を見ながら、右手のブレスレットに触れる。
二つとも鈍い光を放ちながら、変わりなく俺の身体に納まっている。
「わっ! ちょっとタンマ、タンマー!」
突然声を上げたイーリスが俺の足に飛びつくと、頭の中にビシッっと音がした感覚があった。
え?
声にならないままびっくりしてイーリスを見ると、辺りは見覚えのある状態に変わっていた。
セピア色の世界に変わっていたのだ。
「行き成り試すなよな! 焦ったじゃんかー!」
「え? 何を?」
「それだよ、それ!」
イーリスにそう言われて、指を刺された所を見ても分からない。
イーリスは俺の身体を確かに指差しているのだが……。
「俺がどうかしたのか?」
「あ、お前分からないの? やっぱ鈍感だー!」
そう言いながら、ピンクの頭を抱えた。
「へ?」
俺は自分の身体をまじまじと見てみるが、良く分からない。
って、言うか、まるで変化はない。
「あーもうちょっと意識してみ?」
「意識ったって、何を?」
「その盾と剣だよ! それも分からないのかー?」
「盾と剣? 何処の?」
「げっ……こいつ、マジで真正なのか⁉ 指輪が盾! 腕輪は剣! どっかに書いとけ!」
「は、はい? 指輪が盾? これが?」
そう言われて指輪を見るが、どう見てもただの指輪だ。
そうとしか見えない。
こっちの腕輪だって、厚めだけど普通のブレスレットだろ?
そう思いながら腕輪に触れると、ちょっとした違和感がある。
あれ?
何だか腕に……見えないけど長い何かが……。
そう思いながら、その感触を左手で追う様になぞっていく。
すると、音も無くうっすらとその姿を現した。
「こ、これはっ! 剣なのか⁉」
明らかに、俺の右腕から長剣が現れた。
だが、まるで現実味を感じない。
しかも、空中で静止しているでは無いか!
その剣の柄をそっと握って掴んでみる。
と、その瞬間、腕輪に感触が伝わって来る。
しかし、その重量感はまるで感じない。
「それは、お前らの知っている素材じゃないんだよ」
「な、なるほど……」
「そもそも、剣というのは……まあ、今はいいや。次はそっちの盾」
「え? 盾?」
指輪か?
そう言われても、指輪にしか見えないが……これが盾?
「ど、どうやって……」
そう言いながら、剣を持った右腕で指輪を触ろうとした。
その時だった。
何かに剣が当たった感じがした。
目に見えない何かを、握った剣でそっと探ってみる。
「な、何かある!」
「だから、盾って言ってんじゃん! 鈍感!」
「ぐっ……」
イーリスに怒鳴られても、まだ俺には見えない。
しかし、確かに左側に何かある。先程の剣同様に空中に静止している。
これか?
そう思いながら、今度は左手でそれを探る。
すると突然、盾が姿を現した。
「うわっ! 出た!」
「だーかーらー、さっきからそこにあった、つーの!」
俺は左手でその盾を掴んで見た。
やはり、全く重量感が無い。
と、言うより、重さそのものが無いのだ。
「どうして重さが無いんだ?」
盾と剣を両手に持った俺は、イーリスに訊いてみた。
「あのな、そもそも重さって、ここに引っ張られてんだろ?」
そう言ってイーリスは、部屋の床を片足でどんどんと踏みつけた。
「あ、ああ。重力って事か?」
「ま、まあな。でも、その盾と剣にはそんなの関係ないのさ」
「そ、そうなんだ?」
「だから、守護なんだよ」
そう言われても、よく分からん。
イーリスの話はどうも理解に苦しむ。
その時だった。
≪あー! イーリス⁉≫
「あ……し、しまった! 面倒な奴に見つかった!」
「ぬぉ⁉」
急に聞き覚えの無い声が聞こえた。
俺の脳内レーダーにもその存在は確認出来たが、名称はアンノウン。
初見のモノであると判断出来た。
その声の方をよく見た瞬間、突如グニャッとした空間がそこに現れた。
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