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第二章 抗戦

第40話 #黒のリムジン #メイド降臨

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≪ブブブブブ――≫

 急にポケットの携帯が震えた。

「あ、西園寺さんかな?」

 慌てて携帯の画面を見ると、やはり西園寺さんからの着信を表示していた。 

「あ、西園寺さん! 着いたの?」
『霧島君⁉ あのね、確かにこの辺りだと思うのですけれど……』
「うん、どうかした?」
『霧島君のお家が分からないの~』
「あ、そうなの? ちょっと待って、家の前まで出て見るよ!」

 愛美と蜜柑、そしてイーリスが俺を見ていた。

「友香さんなの? 分からないって?」
「ああ、近くに居るらしいんだけどね」

 そう言って席を立つと、玄関へ向かおうとした俺は、イーリスに呼び止められた。

「ハルト、当たり前じゃんかー。障壁があるからだぞ?」

 へ?

 障壁?

「何それ?」
「あのな~お前、そんな事も分かんないのか? 馬鹿ハルトだなー」

 そう言えば、前にイーリスが障壁があるとか、そんな事を言っていた。

「どうしたらいい?」
「お前が外まで迎えに行けばいいだろー? そんくらいわかれよな!」

 わかるかっ!

「あのなぁ……で、出ればいいだけ?」
「そゆことー」

 そう言ってイーリスは焼売を口へ放り込んだ。

 障壁があるとか言っていたが、そのまま出ても大丈夫な訳?

 でもまあ、今まで普通に出入りしてたしな。

「まあ、行って来るよ」

 俺は取り敢えず、家の前まで行ってみる事にした。

 玄関を出ると敷地の庭を見まわしながら、家の前の道路へ出た。

 するとすぐに、道の脇に大きな車が停まっているのが見えた。

 まさか西園寺さん、こんな目の前に居て家が分からない筈無いよね?

 しかしこの車……車体も窓も黒塗りで、見るからに高級車だ。

 これがまた妙に長いボディーで、ドアが片側に三枚はある。

 大学の帰りに海に放り込んだ奴らの車と随分違う。

 結構重そうだよ?

 あ、もしかして、これがリムジンて奴?

 どんな人が乗ってんだろう?

 政治家?

 そう思いながら道路まで出た途端、その車の窓がスッと開いた。

「霧島君⁉ 今、そこから出て来たの⁉」

 窓から顔を出した西園寺さんが、驚いた表情で俺を見ている。

「え? 西園寺さん⁉ そ、そうだけど?」

 何言ってるんだろう、西園寺さんは。

 俺は普通に玄関を出て、敷地内を少し歩いて家の目の前の道路へ出て来ただけだ。

 それよりも、黒塗りのリムジンから西園寺さんが顔を出した方がびっくりだった。

 まあ、ある程度のセレブっぷりは想像していたが、本物だなこりゃ。

「急に霧島君の姿が見えたからびっくりしたの~」

 そう言うと西園寺さんは笑顔になった。

 俺は貴女がその車の窓から顔を出した事に、心底驚きましたけど?

 すると、他のドアが次々と開いて男達が降りて来る。

 な、なんだ⁉

 そして、二人が車の前後に立つと明らかに周囲を警戒を始め、一人は友香さんが顔を出しているドアへ近づいた。

 それがSPと呼ばれる類なのだと、初めて見た俺でもすぐに分かった。

「ありがとうございます」

 西園寺さんは開かれたドアからゆっくりと降りると、黒ずくめの男にそう言って深々とお辞儀をしている。
    
 あの人、自分のSPにもあんなに丁寧なのか⁉

 それを見て、俺はまた少し友香さんが好きになった。

 続いてメイド服の女性が二人降りて来る。

 一人は長い髪をポニーテールにしていて、素早くスッと西園寺さんの後ろへ立ち、もう一人はセミロングの黒髪で、もう一人のメイドの後ろへついた。

 すると、二人のメイドさんを従えた西園寺さんは、くるっと車の周りのSPへ向き直る。

「では、お気をつけてお戻り下さい」

 そう言うと、西園寺さんは俺に近づいてきた。

「霧島君、この度は急なお願いを聞いて頂きまして、本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げる西園寺さんを見て、俺はそこまで家の温泉が好きなのかと改めて思った。

 図々しさを感じているのは否めないが、やはり礼儀や礼節は俺よりも、いや、俺の知る誰よりもある人だと思えた。

「こちらは、メイド長の朝比奈です。そしてこちらが同じくメイドの夜露です」

 メイドさん達が俺に対して深く頭を下げている。

 うわっ、本物のメイドさんなの⁉

 本物見るの初めてだわ!

「ま、まあ皆さん、ここでは何ですからどうぞこちらへ」

 俺は慣れない状況に戸惑いながらも、三人を玄関まで案内した。
 
「さ、どうぞ、遠慮なく入って下さい」

 敷地内を玄関へ向かって歩きながら、俺は後ろをチラッと見た。

 西園寺さんの後ろを朝比奈さんがついて来ているが、その朝比奈さんの後を夜露さんがついて来る。

 何だか、変な事になったよ?

「霧島君、私が温泉に入っている時は――お約束ですね?」
「えっ?」

 歩きながらそう言われて、俺は焦りながらも考えた。

 何だ⁉

 温泉に入ってる時?

 覗くなとか?

 そんな約束したっけ⁉

 鶴の恩返し的な、あれ⁉

「もう~お忘れですかぁ? 昨日の事ですよ? このお二人にこちらをお手伝いして頂きますので」
「あっ! もしかして?」

 そうだった!

 昨日、西園寺さんが家政婦さんを連れて来るとか、そんな事を言ってた事を思いだした。

 だが、さっきのリムジンやSPの仕事ぶりを目の当たりにして、その事をすっかり忘れていた。

「ああ! 掃除が大変かと思ってくれたんですね⁉」
「ええ。それと、愛美ちゃんと蜜柑ちゃんの様子は如何ですか?」
「え? 愛美と蜜柑?」
「ええ、お姉さんや沙織さんと別れて寂しい思いは……」
「あ……」

 その事に気が付いて立ち止まると、西園寺さんを見た。

 そして、さっきまで西園寺さんを図々しいとか思っていた事を、酷く後悔していた。

 この人は、沙織さんと悠菜、そしてセレス達と別れた俺達の心中を察して、あえて翌日に来てくれたんだろう。

 そう思うと、大袈裟と思われる程に、俺は頭を下げていた。

「西園寺さん! ありがとう!」
「いえいえ、私は温泉に入らせて頂けたら、それだけで十分です~」
「霧島様、ご用は何なりとお申し付けくださいませ」

 メイド長の朝比奈がそう言って頭を下げる。

「その、霧島様って何とかならないかなぁ~せめて君付けとか?」
「いえ! これは決まりなので変えられません。申し訳ございません」

 そう言うと、更に朝比奈は頭を深々と下げる。

「あー! 分かりました、分かりました! いいですから、頭を上げて」

 西園寺さんはその様子を微笑んで見ているだけだったが、夜露さんは何も言わずに頭を上げてこっちを見ていた。

「じゃあ、こちらへどうぞ。丁度、三人もいるし」

 リビングへ行こうとそちらを見ると、その廊下の先に愛美とイーリスが顔を出し、こちらを覗き込んでいる。

 さらに反対側からは蜜柑が覗き込んでいた。

「何だよ、お前ら見てたのかよ。あ、今、夕飯食べてたんですけど、どーぞどーぞ!」
「あ、愛美ちゃん、蜜柑ちゃんも突然ごめんね~?」
「いえいえ、友香さんどうぞ~」

 愛美と蜜柑が廊下まで出迎えてお辞儀をしたが、イーリスは興味無さそうにその顔を引っ込めた。

「あ、こら、イーリス! ちゃんとご挨拶しなきゃでしょ!」
「はいはーい! よろしくー!」

 愛美にそう言われて、イーリスは引っ込めた顔を見せずにそう答えた。

「すみません、ピンクは変わってるので気にしないでね?」

 俺は三人を振り返ると、苦笑いで誤魔化した。

 この人達にあんな礼儀作法に反する態度は、一緒に暮らす家族として恥ずかしいと感じてしまった。

「愛美、蜜柑、こちらメイド長の朝比奈さんと、メイドさんの夜露さん」
「初めまして、朝比奈と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「夜露です。宜しくお願いします」
「蜜柑です!」
「愛美です~あ、皆さんは夕飯済みました?」
「私達はすまして来たので、お構いなくです~それより、お食事中に申し訳ございません」
「いえいえ~では、どうします? もう入ります? 温泉」
「ええ! もう入ります! 後の事は朝比奈へお願いしますね~」

 どんだけ好きなんだよ、温泉。

「愛美ちゃん、朝比奈にはある程度の事はお話して居るのですが、家事の事は愛美ちゃんと相談してからと思いまして~」
「あー! そうなんですね⁉ すっごく助かります! どうもありがとうございます! やったね、みかん!」
「うん! ありがとうございます!」

 この家はかなり広くて、掃除や片づけだけでも一日がかりだろうしな。

 愛美と蜜柑にしても有難い話だと思っている様だ。

「じゃあ、西園寺さん、大浴場の場所は――分かりますよね?」
「駄目よ、お兄ちゃん! あたしが一緒に行くから安心してね、友香さん」
「そ、そうか? ならよろしく」

 愛美は結構こう言う所はしっかりしている。

「愛美ちゃん、どうもありがとう。一人で上がるのは気が引けます~」

 ああ、まあそういうものか?

 別に西園寺さんは図々しかった訳じゃない。

 遠慮深さも普通にある筈だった。

 五十嵐さんなら図々しくも一人で行けそうだけどな。

 そう思うと少しにやけてしまったが、俺も人の事は言えないだろう。

 その辺りの感覚が、どうも俺には欠如しているのかも知れない。

 これまで悠菜と沙織さんがいつも傍に居たからだろう。

 とはいっても、いつまでも親離れが出来ないとヤバい。

 いや、沙織さん悠菜離れをしなくてはいけないのだ。

  ♢


 西園寺さんが愛美と蜜柑に連れられて、エレベーターのある玄関ロビーの階段裏へ行くのを見届けると、俺はメイドさん達に振り返った。

「じゃあ、朝比奈さんと夜露さんリビングへどうぞ」
「はい。かしこまりました」

 そう言うと俺の後をついて来る。

 メイドさんの扱いってどーやんだよ!

 当然、今までメイドさんを扱った事は無い。

 しかも、メイド喫茶にでさえ行った事も無かった。

 しまったー!

 あの時、メイド喫茶に行っておけば良かったー!

 随分前になるが、鈴木にメイド喫茶に誘われた時、俺も行っておけば良かったと、心底後悔した。

 勿論、あの時はこんな状況になるとは思いも寄らなかったが。

 それに、悠菜を連れてメイド喫茶に行ける筈も無いだろう。

 リビングへ入るとメイドさん達が辺りを見回している。

 ご主人様である西園寺さんへの、危険物チェックでもしているのだろうか。

「どうしましたか?」
「あ、いえ。随分とご立派なお屋敷ですので、つい。失礼致しました!」
「あ、いえいえ! 俺もそう思います! 広すぎて困ってます」

 まあ、それが普通の反応だろうな。

 慣れちゃったけど。

「おい、ハルト! 早く食べろよな! しゅうまい皆食べちゃうぞ?」

 イーリスがリビングから声を上げた。

「あ、はいはい!」
「霧島様、どうぞお食事をなさって下さい! 私共はお世話をさせて頂くのが生業なので!」

 そう言われると、何もするなと言うのも気が引けてしまう。

「そ、そうですか? だったら、こっちへ来てよ。俺がご主人様って訳じゃないんだし、お手伝いさんって事で」
「そちらですね? かしこまりました。夜露、こちらへ」
「はい」

 メイドの二人が俺の後をついてダイニングへ入った。

「こちらもまた、ご立派なダイニングキッチンですね。友香様のお屋敷と同じ位か、それ以上かと――」

 え?

 そうなの?

 そんな所で少しだけ勝った気分になってしまう自分が情けない。

「この家ね、成人祝いで頂いたものなんだよ」

 ボソッとしみじみと言ってしまった。

「え⁉ ご成人のお祝いですか?」

 マズい!

 変な事言ってしまった!

 家を成人祝いで贈る奴が、一体どこの世界に居るっ⁉

 これには絶対に鋭い突っ込みが来ると観念したが、それに対する取り繕いなど思い浮かぶ間など無かった。

「それは、大切にしなくてはいけませんね! 夜露!」
「はい!」
「これはしっかりとお手伝いをしなくては、友香様に申し訳がたちませんね!」
「はい! 承知いたしました!」

 な、何だよ。

 メイドさんて変な所にやる気スイッチがついてんの?

 予想の出来ない返しに、俺は戸惑いながらもその胸を撫で下ろしていた。

「イーリス様ですね? どうぞ宜しくお願い致します」

 朝比奈さんと夜露さんが、黙々と食べているイーリスを見ると頭を下げた。

「あいあーい」

 そう言いながら横目で頭を下げる二人を見たが、まるで興味を示さない。
 
「こらこら、ちゃんと挨拶しようよ~すみませんね、こいつ誰にでもこうなんで……」
「いえいえ、ありのままで構いません。私共はお世話をさせて頂いているのですから!」

 俺がそう言うと、笑顔で朝比奈さんはイーリスを見たままそう言った。 

 こ、これがメイドさん⁉

 何て世界なんだ!

 俺は今、猛烈に感激している!

「でもね、ホントこいつ、誰にでもこうなのですみませんね、気にしないでね?」

 そう言いながらも、何だか悠菜と居た頃を思い出していた。

 そう言えば悠菜もそうだったな……。

 悠菜と二人で居た時も、初対面の相手には不愛想に見えないかと、俺が取り繕う事が多かった。

 あいつは無口で無表情だったからな~。

 だが、イーリスは口数もうるさい程に多いし、平気で上からモノを言う。

 こいつはこいつで別の苦労がありそうだ。

「さ、霧島様。お食事をどうぞ」
「あ、はい」

 朝比奈さんにそう言われて、俺は席に座ろうとしてたじろいだ。

 スッと俺の椅子を引いているのだ。

「あ、ありがとう」

 俺はされるがままにその椅子へ座る。

「お前な~自分で椅子くらい引いて座れよな! 男だろ?」
「わ、分かってるけどさ!」

 何だよ、男だろって。

 イーリスに急に突っ込まれて動揺したが、俺は引かれた椅子に流れのままに座ってしまった。

 これがメイドマジックとでも言うのだろうか。

 椅子を引いてあげるとか、ドアを開けてあげるとか、これまで経験が無い。

 俺にも想定出来ると言えば、レディーファーストの精神位か。

 あ、それでイーリスが男だろって言ったのか?

 俺はイーリスの何気ない言葉を改めて感じ、隣に座るイーリスを見た。

 イーリスって悠菜よりも先に生まれてるんだよな……。

 だとしたら、やっぱりイーリスに色々教えて貰う事も多い筈だ。

 年の功と言う言葉もあるしな。

「ほら、シュウマイ! ちゃんと食べないと大きくなんないぞ?」

 俺と目の合ったイーリスは、お皿に盛り付けられた焼売を、そのまま手掴みでワシャっと数個握ると、俺の茶碗にのせた。

 手掴みかよ!

「お、おう」

 いつまでも小さいお前に言われたくないけどな。

 こいつに色々教えて貰おうと思ったのは、やっぱり間違いなのかも知れない……。

「な? 美味いよな? あたし、これ好きだわ~」

 イーリス自身も手掴みで焼売を頬張っている。

 その表情は幸せそうだ。

「イーリスさん、せめてフォークで食べましょうか……」
「ほお? ほんはひへおは!」
「あーはいはい」

 口いっぱいに詰め込んだ焼売の為、何を言っているのか分からない。

 そんなやり取りを二人のメイドは傍に立ち、ただ静かに微笑んで見ていた。


   ♢


 大きなダイニングテーブルで俺達が夕食を済ませると、その後片付けをメイドの二人が手際よくこなしていく。

 さ、さすがプロですね……。

 俺はその様子につい見入ってしまっていた。

 あっという間に広いダイニングテーブルは綺麗に片付けられ、メイドの二人は既にキッチンに移動して食器類の洗浄作業へと取り掛かっている。

 その様子は、明らかに業務として行っている感じだ。

 淡々と業務をこなすその姿は、俺のイメージしているお手伝いさんとは違っていた。

 メイドさんて、もっとほんわかした感じだと思ってたよ?

 何か少し違和感を感じていたが、これがメイドに特化した彼女たちの行動なのだろうと思った。

 そんなメイド二人の作業に見入っていると、そこへ愛美が声を掛けて来た。

「ねえ、お兄ちゃん。お母さんとお父さんには、この事連絡しておいたからね」

 そう言えば、両親には何も知らせてなかった。

 海外の二人は、沙織さんが俺達の傍に居てくれる事で、海外でも安心していたと思われる。

 だが、今回の件で兄妹二人となっては、やはり心配している筈だ。

「で、何か言ってた?」
「うん、もう沙織さんから話は聞いてたみたい」
「そうなんだ」
「お母さんはね、お兄ちゃん、やっと気づいたの? って、言ってた。お父さんの方が、結構心配してたよ~」
「そっかぁ~まあ、想像出来る反応だな」

 そんな話を愛美としていると、朝比奈さんがこちらを伺っている。

「ん? 朝比奈さんどうしたの?」

 俺は何か家事に関する事かと思い、すぐに椅子から立ち上がって訊いてみた。

「あ、すみません。少しお尋ねしたい事がありまして――」
「何です?」
「私達がこちらへお邪魔する際に、こちらの建物が確認出来なかったのです。何かセキュリティーがあるのですか?」
「え? そうなの?」

 そんなの聞いた事無いな。

 予想外の問いに、俺は戸惑いながらも考えていると、急に蜜柑が立ち上がって答えた。

「あ、それ! そうなんです、セキュリティーシステムがあるんです!」
「へ? 何だそれ」

 俺にはさっぱりわからない。

 だが、朝比奈さんは蜜柑に向き直ると、納得した様な表情を見せた。

「やはりそうでしたか」
「はい!」
「そこはあたしよりみかんの方が詳しいかもね~」
「うん、そうかも?」

 俺には全く知らされてはいない事だった。

 俺よりも蜜柑や愛美の方がこの家には詳しい。

 もしかしたらあれか?

 この敷地を取り囲む生垣の上にある、光った物体がそれなのかもしれない。

 似た様な物が俺の実家にもあるが、恐らくルーナとユーナが設置したものであろう。

 だが、その時は愛美もそれが何なのかを知らない様子ではあったが……。

「昔からこの家にはあるの。詳しい事はわからないけど」
「そうでしたか。何か特殊なシステムなのですね」

 朝比奈さんはそれ以上は聞いては来なかったが、この辺りも適度な対応なのだろうと感じた。

 今は彼女の横に居た夜露に、何やら指示をしている様だ。

「まあ、そうかもね~あたしには分かんないけど」

 俺と愛美はリビングへ移動しながら周りを見回す。

「あちこちに仕掛けがあるんだろうけど、俺にはよく分かって無いんだよな~」
「お兄ちゃんはこっちの家には、あまり来て無かったからね」

 俺は悠菜の家には殆ど来る事が無かった。

 むしろ、悠菜が俺達の家に居る事が多かったのだ。

 リビングへ入ると、ソファーの上にイーリスが正座をしてテレビを見ている。

「ん? イーリス、大人しく何見てんだ?」
「なあ、ハルト、これ何だ?」

 視線はテレビから放さずにイーリスは答えた。

 そのテレビには、どこかの国での爆破テロだろうか、激しく散らかったショッピングモールが映っている。

「これか? またテロとかかな?」
「あー、またこんな事件? 嫌だね……」

 愛美もニュースを見ると眉間に小さなしわを寄せた。 

「なあ、どうしてこんなに壊れてるんだ?」

 そのニュースが別のに変わると、不意にイーリスが俺を見上げる。

「人の集まる所をわざと壊して、ある意味戦争を嗾けてるんだろうな」
「そうなのか?」
「ああ、何処の国も基本的には戦争をしない様にしてるんだけど、過激な組織が一方的にやってるんだ」
「どうして?」

 イーリスは納得のいかない表情で俺を見た。

「まあ、奴らにもそれなりの事情があるんだろうな」
「ふーん……変なの」

 そう言うと、イーリスはソファーへポフッと仰向けになった。

「これは過去に領土を侵略されたと思い、その報復をしていると考えられます」

 いつの間にかリビングへ来ていた朝比奈さんがそう答えると、仰向けになったままのイーリスは、顔だけをそちらへ向けた。

「そうなんだ?」
「はい。彼らにもそれなりの理由があるのでしょうが、他に解決案を見つける術がないのでしょうか」

 朝比奈さんの横に来た夜露さんも深く頷いた。

 このメイドさん達ときたら、世界情勢等にも精通しているようだ。

 桁外れの金持ちになると、お手伝いさんのレベルも高いのかも知れない。

 美人や可愛い等のビジュアルだけでは、到底この仕事は務まらないのであろう。

「ふーん。後で見に行ってみるかな~」

 そう言ってイーリスはテレビを眺めているが、見に行くとか何を言ってるんだかな、こいつは。

「やっぱり、西園寺さんのお手伝いさんって、その辺りも勉強してるわけ?」

 俺は、ちょっとした世間話のつもりで聞いてみた。

「私達セキュリティーサービスは、あらゆる分野で精通する様に訓練を受けております」

 あらゆる分野?

「セキュリティーサービスって、マンションとかの管理人さんだと思ってたよ。そんな訓練までしてるの?」

 一般的にセキュリティーサービスの会社とは、警備員とかの認識でしかなかった。

「はい。私共は海外での特殊訓練を修得しております」

 へ?

 特殊訓練?

「それって、さっきの黒服のボディーガードさん達と同じって事?!」
「ええ。基本的には同じ様な訓練を受けている筈ですが、私達はもう少し広い分野での知識を求められています」
「うわ、大変そうだね」
「そこにいる夜露は、もっと過酷な訓練を修了しています」

 朝比奈はそう言うと夜露へ微笑みかける。

「恐縮です」

 そう言って頭を下げる仕草が、俺には軍人っぽくも見えた。

 要はSPセキュリティポリスみたいなものなのだろうか。

 朝比奈達にしたら、友香さんは要人扱いとなり、その警護の任務がメインな訳だ。

 メイドの仕事はオプションなのだろう。

 身の回りのお世話をしながらも、その身を護る任務ってことだ。

「ねえ、お兄ちゃん。あたし達も友香さんとお風呂行って来ていい?」
「ああ、もう八時になるのか。入って来なよ。俺は一階の風呂でもいいし」
「イーリスも連れて行くけど、朝比奈さん達も一緒にどうですか~?」
「あ、それはいいね! 西園寺さんのボディーガードも出来るし、入ってくださいよ!」
「え? それは……どうしましょうか……」

 唐突の提案に明らかに動揺している様だが、こんな良い提案はない。

「まずはどんな所か見て貰う為にも、二人とも入って下さいよ」

 西園寺さんが愛してやまない露天風呂を、メイドさん達に知って貰うのも大事である。

 いや、覗く気などありませんから。

「そうですか、わかりました。では、いただきます」
「じゃあ、行きましょうか。あ、イーリス、そこで寝ちゃダメでしょ~?」

 いつの間にかソファーでウトウトしているイーリスの手を掴んで、愛美と蜜柑は朝比奈達を連れて露天風呂へ向かった。
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