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第一章 覚醒

第26話 #ヴェルダンディ #ゼウス

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「ちっ、もう来ちまった……」
「え⁉ な、なに⁉」

 その歪んだ場所から大きな影が現れた。

 イーリスはやっちまったと言わんばかりに、その頭を抱えてしゃがんでいる。

「あら⁉ 貴女は⁉」

 そう聞こえた瞬間、その大きな影は見る見る人影になると、綺麗な女性へと変化した。

 だが、その姿は身長が三メートルはあろうかと思える程に大きいのだ。

 部屋の高い天井でも頭がつきそうだ。

 その美貌もさることながら、俺はその身体の大きさに圧倒されていた。

「ぬ、ぬあっ⁉」
「あら、こちらは殿方ですね? ごきげんよう~」
「あ、あの、どちら様でしょうか……」
「これは、突然失礼いたしました~ヴェルダンディと申します~」

 そう言うと、その人は深々と頭を下げた。

「あ、俺、悠斗です。ご丁寧にどうもです」
「まあ! ハルトさんですか~初めまして~」
「は、初めましてです」
「とても素敵なお部屋ですね~」

 そう言って、ヴェルダンディは辺りを見まわしている。

「あ、あの、と、とても背が高いのですね……」
「あら、これは失礼致しました! ついつい、こんな大きさで来てしまいました!」

 そう言うと、音も無くその大きさが、普通サイズへと収縮していく。

「うわっ!」

 収縮自在ですかっ! 

「この位ですね?」

 だが、そう言って俺に微笑みかけるヴェルダンディが、まるで女神の様に見えてしまった。

「あ、あなたは……」
「わたくしは、時空を管理する職に就かせて戴いております~」
「じ、時空を管理??」
「はい~」
「で、どうしてその……ヴェルダンディさんが俺の部屋へ?」

 俺がそう訊くと、頭を抱えていたイーリスがスッと立ち上がった。

「まあ、今回は仕方ない! すぐ戻すから……」
「いえいえ、やっぱりイーリスさんですよね⁉ とてもご無沙汰しております~」
「あ、ああ」
「この空間でしたら私にしか感知出来ないので、ごゆっくりして頂いても構いません~」
「なら、どーして来たの?」
「もしやイーリスさんでは無いかと、どうしても気になって覗きに来ちゃいました~」
「ああ、そうだろうね。で、もう戻るのか?」
「今はスクルドと新人の方が当番ですから~私は非番なんです♡」
「ふーん」

 非番?

 当番?

 何なの?

「でも、どうしてイーリスさんはこちらへ留まっておられるのですか?」
「んー何だか、色々やる事増えちゃってさ~」
「あらあら~」

 そう言いながら、イーリスはピンク色の髪の毛を弄りだした。

 元はと言えば、俺がイーリスを呼び出したとか言ってたよな。

「あ、すみません、俺が何だか引き出して……? しまったらしくて……」
「え⁉ ハルトさん、貴方がですか⁉」

 ヴェルダンディは驚いた様子で俺を見た。

「あ、すみません!」

 何だか、いけない事をしてしまった気分になると、俺は思わず謝っていた。

 すると、イーリスは思い出した様に俺を指差した。

「あーそうだ! こいつに引っ張られて、こっちに来ちまったんだ!」
「そうなんですね~それはいつの事ですか~?」
「う……ちょっと前……ここが明るかった……頃」

 さっきまでの元気は消えた感じで、気まずそうにイーリスが答える。

 だが俺は、ヴェルダンディの口調が少し沙織さんに似てると感じていた。

「へ~そうなんですね~でもまだいらっしゃると?」
「だ、だって仕方ないじゃんか! こいつが困ってるって言うから!」
「いえいえ~私は何も責めてなどおりませんよ~?」
「用が済んだらすぐ行くし!」

 イーリスは開き直った様に、ヴェルダンディに言い放った。

「そんな~定住の地を見つけたのであれば、それは大変喜ばしい事です~」
「定住⁉ そ、そんな気は無い! 無い無い! あり得ないから!」
「お、おいおい……」

 何もそこまで拒絶しなくても……。

 沙織さんが、イーリスは留まる事をしない、伝説の漂泊者だと言っていた。

 ヴェルダンディにしても、イーリスがここに留まっている事に疑問があるのだろう。

「それで、イーリスさんのやる事とは、どんな事なのですか~?」
「あ、ハルトの元へ略奪者が来るとか言ってるから、ぴーんってやるだけ」
「略奪者ですか?」
「あ、いえ、あの、異星人が地球の海を強奪しに、今もこちらへ向かってるらしくて」
「あら! そうなのですか?」
「あーそんな感じ」

 イーリスは指を立ててそう言うと頷いた。

「イーリスがこちらの世界へ手助けですか~」
「だ、だから! 一風呂一飯の礼だってば!」
「それを言うなら、一宿一飯だって……」

 一体こいつは、何処でそういう言葉を覚えて来たんだか。

「イーリスさん……」
「な、なんだよ……わ、悪いのかよ!」

 ヴェルダンディは手を合わせて、ふて腐るイーリスを見ている。

「いいえ⁉ 悪いだなんてとんでもない! 私はとても感激しているのです!」
「ふ、ふん!」

 え?

 どうしたの、ヴェルダンディさん?

「やっぱり貴女は、私が思い描いていた通りの優しいお方……」
「うっさいな~もう、いいってば!」
「これからの貴女に幸福が訪れますように……」

 照れ臭っているイーリスに向かうと、ヴェルダンディは両膝をついて祈りだした。

 やっぱこの人、女神様か何か?

「それと~ハルトさん?」
「あ、はい?」
「イーリスさんを呼んだとおっしゃいましたが、どの様にでしょうか?」

 確かに俺が呼んだという事になってはいるが、その自覚が俺にはまるでないのだ。

 コンビニからの帰り道に、偶然拾ったとしか思えない。

 ヴェルダンディはゆっくり立ち上がると俺を見つめた。

「そ、それがですね、全く覚えが無いんですけど、そう言う事になったらしいです」
「なったらしい? とは?」
「沙織さんとか悠菜がそう言ってたし……」
「サオリさんとか、ユウナ? ユーナ……ユーナ⁉」
「え? 悠菜のお知り合い? まさかね」
「ユーナさんとは、どんな方です?!」
「え? 悠菜? えと、銀髪の――」
「銀の瞳では⁉」

 急にヴェルダンディが俺の手を掴んで、その目を輝かせている。

 その瞬間、俺の視界の片隅にヴェルダンディのログが流れ出した。

 この人は間違いない、エランドールの人だ!

 もしかしたら悠菜と知り合いかも知れない。

「え、ええ、まあ」
「やっぱり!」
「ああ、アトラスの姉ちゃんだよ」

 イーリスが面倒くさそうにそう言った。

「どうりで、随分姿が見えないと思ってました!」
「え? ヴェルダンディさん、お知り合い?」
「ええ! とても仲良くさせて戴いてます~」
「おおー⁉ そうだったんですね!」

 そう聞くと、俺は何だか嬉しくなった。

 あの無表情の悠菜が、ヴェルダンディさんと仲良くしているとは。

「でも、ユーナさんがこちらへ来ているとなると、もしや……」
「ああ、ルーナもいるけど?」

 イーリスが更に面倒な様子で言う。

「やっぱり! そうなんですね~」
「ああ、沙織さんってこっちでは呼んでるんです」
「あ~仮名なのですね!」
「え? ええ、まあそんなもんです」
「イーリスさんだけでなく、ルーナさんとユーナさんまでいらっしゃったのですね!」

 まあ、そういうことだ。ここには異世界の人間が二人も生活している。

「ああ、ムーの剣も来てるよ」
「えー⁉ もしかして、セレス⁉ セレスティア将軍が⁉」

 ヴェルダンディはそう言って、今度はイーリスに詰め寄った。

「あー将軍なの? 知らないけど」
「ど、どうしてこの地にっ⁉ 何故エランドールからそんなに……」

 そういって、ヴェルダンディが俺を見た。

「あの、ハルトさん……」
「あ、はい」
「貴方……もしかして、ゼウスですか?」
「へ?」
「ゼウスの化身なのっ⁉ 正直に言いなさいっ!」

 うわっ!

 イーリスもそんな事言ってたな。

 ゼウスって、あの全能の神、ゼウス様ですか?

「い、いえいえ! とんでもない!」
「そ、そうですか……?」

 そう言うヴェルダンディのその目は、まだ少し疑っている様に感じる。

「ほ、ホントですよ⁉ ゼウスとか神様でしょ? あり得ませんよ!」
「いえ、ゼウスとは、神の名を騙った、す……す……」
「え? どうしました?」
「あ、あの、す……すけ……あぁ! とても言えません!」
「な、なんですか⁉」

 ヴェルダンディは崩れ落ちる様に、その場にしゃがんでしまった。

「ど、どうしたって言うんです⁉」
「すけこまし、だろ?」
「へ?」

 それを見ていたイーリスが見兼ねた様にそう言うと、両手で顔を隠していたヴェルダンディはただ頷いた。

 ゼウスが、すけこましだって⁉

 あの、全能の神が?

 あ、いや、もしかして同じ名前の奴って事か?

 そうだろうな、全能の神と呼ばれるゼウスが、すけこましな訳無いだろ。

 つーか、どうしてヴェルダンディはすけこましって単語を、あえて言おうとしたんだよ。

 言い難いんだったら、他の言い方にすればいいのに。

 いや、ちょっと待て!

 俺がすけこましって言われたんじゃ⁉

「お、俺はそんなんじゃありませんよ⁉」
「そ、そうですか……?」

 だが、ヴェルダンディのその目は、俺に対する疑いの色が隠しきれていない。

「あーこいつはそうじゃないと思うよ、あたしも最初はそうかと思ったけどさ」

 イーリスがそう言うと、ヴェルダンディはゆっくりと立ち上がった。

「で、でしたら良いのですが……」
「ゼウスはこっちの女ばっかはらませたからな~」
「ああ、そう言えば……」

 え?

 は、はらませるって、マジかよ!

「それに、ルーナさんがこれ以上、ゼウスの所業をお許しになる筈は無いですものね」
「まあな~そうだろうな~あいつにとって、ルーナは天敵だしな~」
「言われてみれば……」
「ハルトがゼウスだったら、ルーナが一緒に居る訳無いしなー」
「そ、そうですよね。エランドールが永遠に平和なのも、ルーナさんのお力があっての事ですし」

 え?

 沙織さんてエランドールの偉い人だったの⁉

「しかもこいつ、年頃の妹が二人も居るんだけどさ、まだどっちにも手を付けてないぜ?」
「あら、そうなのですね?」

 当たり前だろっ!

「こいつがゼウスだったら、もうとっくにやってるし」
「ま、まあ、そうでしょうね」

 や、やってるって……。

 イーリスはそう言って俺を指差すと、ヴェルダンディも俺を見た。

「て、おいおい! 妹に手を出してたら、それこそヤバいだろ!」
「だって、ハルトは妹って言ってるけど、どっちも血縁じゃ無いだろー? ヤバいってのがわかんないけどさー」
「あ、ま、まあそうだけど」
「冷静に考えたら、ルーナさんもユーナさんもこちらに居るとなれば、ハルトさんがゼウスな筈ありませんよね」
「まあ、そうなるわな~わはははー!」

 イーリスがそう言って笑い出すと、ヴェルダンディもやっと笑顔に戻っていた。

 こうして、何とか俺のゼウス疑惑は晴れた様だけどね。

 これだけ言われるゼウスって一体……。

「んじゃま、そーゆーことで!」
「どう言う事だよ!」
「あら、まだ、ルーナさんにご挨拶もしてませんが?」
「今はこっちの人は寝なきゃなの!」

 何だろう、イーリスはエランドールの人達が苦手なのだろうか。

「でも、ここで何をなさっていたのです?」
「ああ~さっきの話だよ、礼をするって話! 何度も言わせんなよな~」
「それでこの様な時空の歪を作ってまで……」
「だって、そっちにルーナとか居るしさ~聞かれたら恥ずかしいじゃんか」
「そう言う事でしたか~」

 そう言うと、納得した表情でヴェルダンディは、ふて腐って上を見ているイーリスを見つめた。

「さてと、ハルト、話は分かったか? 何か質問でもあるかー?」

 そう言われてもなあ……。

「ここで異星人を迎え撃つって事だよな?」
「そうだなーまあ、そうなる」
「そうか。分かった、宜しく頼むよイーリス」

 そう言って俺は頭を下げた。

「何だよ! 任せとけってば!」

 照れながらも微笑んでそう言った。

「及ばずながら、私もお手伝い出来る事が、何かあれば良いのですが……」
「あーあんたらだと何かと面倒じゃん? 無理しなくていいよ」
「そうですか~」

 こう見えて、イーリスってヴェルダンディさんよりも立場ってのが上なのか?

 何か、上からモノ言ってるけど……。

 あ、こいつは誰にでもそうだったか。

 こんなのでも、愛美が叱ると結構素直に聞いたりするもんな。

「じゃあ、戻るからハルトこっち来い。ヴェルもまたな!」
「あ、もう行かれるのですね? 分かりました、いずれまた~」
「あ、ああ! ヴェルダンディさん、どうも失礼します!」
「ええ、ハルトさんごきげんよう~」

 そう言うと、イーリスは俺の腕を掴む。

 すると、目の前でバチッと音がした次の瞬間、急に水の音がした。

 それは傍にある噴水の水の音だった。
 
「じゃあな、朝まで寝るんだろ? おやすみー」
「ああ、おやすみ」

 そう言いながらイーリスは、スタスタと愛美の部屋へ戻って行った。

 な、何だったんだ。

 何だか、色々……めっちゃ疲れた……。
 
 俺はフラフラとベッドに倒れ込むと、そのまま寝入ってしまった。
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