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第一章 覚醒
第1話 #同級生のお母さん #綺麗で若過ぎる
しおりを挟むぐっすりと寝ていた筈の俺は、不意に強烈な眩しさを感じて顔を逸らす。
(――っ‼ ま、眩しっ!)
何事かと思いながら重い瞼をゆっくり開けると、明るい陽射しが射し込む窓が見えた。
そこには実に暖かそうな陽射しがさしている。
少しの間それを何と無しに見ていると、寝ぼけていた頭も漸く覚醒して来た。
(何だ……太陽かよ……)
直射日光をモロに顔に浴びた様だが、この様な目覚め方はこれまで余り経験が無い。
そう感じた瞬間、俺は物凄く嫌な感じがした。
(あ……やべぇ! カーテン閉め忘れてたのか!)
急に不安になると、自分が昨夜ここで何をしていたか回想してみる。
窓の外が暗い場合、電気を点けた明るい部屋の中は、勿論丸見えになる筈だ。
(な、何か変な事してないよな……してない筈……)
まあ、朝からちょっと焦ってしまった訳だが、俺の名前は霧島悠斗。
この四月で十九歳になる。そして今日からは大学生だ。
兄妹は高二の妹が二人居るが、俺の近くには今は居ない。
恐らく既に学校へ行った様だ。
二人と言っても、双子じゃないよ?
一人は実の妹で、もう一人は裏に住む母さんの友達の鳩子かな?
まあ、ちょっと複雑な家庭環境なんですよ。
その二人は既に家には居ないみたい。
俺はちょっと意識すれば、家族が近くに居るかどうかは分かる。
しかも、最近はその感覚は鋭くなっているから間違いない。
本当だってば。
昨日の夜……。
明日は大学初日って事で早目に寝ようかと思った俺は、夜の九時頃には部屋の電気を消すと、まだ早いとは思いつつもベッドへ横になった。
だが、普段は起きている時間という事もあり、当然中々寝付けないままベッドの上で携帯電話を弄っていたんだよね。
色々なサイトを観てたんだけどさ、いわゆるネットサーフィンて奴?
それでも、いつの間にか寝落ちしてたみたい。
枕元にある携帯電話を掴み取ると、画面を見ながら上半身に掛かった布団を剥ぐ。
家を出る時間にはまだ余裕がある。
だが、もう少ししたら沙織さんが起こしに来るかも知れない。
沙織さんってのは、海外へ行っている両親に代わって、この家で色々とお世話をして貰っている人。
俺が生まれる前からの、母さんの親友なんだよ。
これがまた若くてすっごい美人。
家の裏に娘と二人で暮らしてるんだけど、その娘は俺の幼馴染で同級生。
(さてと支度するか)
「ん――っと」
下半身はまだ布団に入ったまま、全身で伸びをしてからふっと力を抜き、陽の差し込んでいる窓を何気なく見る。
うん、いい天気だ。
でも、四月とは言え太陽が出ていないとまだ肌寒いかもな。
体温と室温との差は十五度程だが外気はどうだろう。
ゆっくりベッドから起き上がると、窓から外を眺めながら窓を開け、少し顔を出す……。
さむっ!
体温より二十二度も低いのか⁉
そして、毎朝感じるこの感覚。
寝起きにこれを感じる事が多い。
見た物の数値的な解析と言うか、例えば部屋の空気の成分が視界の端に出て来るのだ。
とは言っても、意識しなければ直ぐに消える。
今の外気には主に窒素に変わりは無いが、浮遊粒子状物質の他に数種類の花粉も多い様だ。
あ、俺は花粉症じゃ無いので今はスルーしていい?
他にも自分がいる場所の地表からの高低差や、緯度経度らしき数値等が表示される。
勿論意識しなければ視界を遮る事は無いので、日常生活に支障など無い。
それゆえ、今日までそのまま受け流している。
これは高校に上がった頃には毎日の事となり、今ではすっかり慣れてしまったが、感じない人も居るのだと理解した。
学校の同級生等には、こういう風に感じる人は居ないだからだ。
だが、裏に住む同級生のお母さんは俺と同じ様に感じるらしいし、これには特殊な個人差があるらしいと漠然に思っていた。
実は中学生に上がる頃、初めてその感覚があった時に、この事を両親に相談した事があった。
そりゃ最初は焦りましたよ。
自分の頭がおかしくなったと思ってね。
その時の両親はただ心配そうに、本当に親身に聴いてくれていた。
そんな二人の不安そうな様子が、何だか切なく感じたのを覚えている。
その時にもう訊いてはいけないと思った。
何だか心配させたく無かったんだよね。
だから、あれ以来この話は両親にはしていない。
その事で両親に病院へ連れて行かれる事も無かった為、大した事は無いのだろうと自分の中で納得させた。
だけどその後すぐに沙織さんが家に来て、俺を優しく抱き寄せると『傍に居るから大丈夫ですよ~』と言ってくれた。
恐らく、俺の両親からその事を相談されたのだろう。
あの時も沙織さんに抱かれて滅茶苦茶幸せな気持ちになったっけ。
昔から俺の両親は、どんな些細な事でも沙織さんに話してるのだ。
この人がこんな感じで優しくて綺麗だから、俺は誰よりもこの人が好きになってしまっている。
そして今は、その沙織さんと一人娘の同級生、悠菜が俺の家に同居している。
あ、沙織さんが預かってる親戚の子も一緒にね。
俺の両親は沙織さんに、俺達兄妹の世話を丸投げしたのだ。
冷静に考えたらどうかと思うだろうが、両親と沙織さんの付き合いは、普通の知り合いの度合いを超えているのだ。
妹は悠菜の事を昔からお姉ちゃんと呼んでいるし、もう随分前から家族の様なものだ。
勿論、俺も昔から沙織さんと悠菜とは一緒にいたから、そこは別に変だとは思わない。
階下へ降りてリビングまで来ると、沙織さんがキッチンに居るのが見えた。
後ろ姿もやっぱり綺麗だ。
ボディーラインが黄金比に収まっているに違いない。
とは言っても、黄金比の詳しい数値は分からないけどね。
改めて思うが、子供の頃からこれが当たり前だと思ってた。
だが、最近になってようやく、この境遇に無類の幸せを感じている。
しかも今は泊まり込みで母さんの代わりを沙織さんがしてくれている。
こんな人が我が家のキッチンに居る事の幸せに、俺は心から感謝しなければいけないのだろう。
ああ、主よ。祝福をありがとう。
しかし、めっちゃスタイル良いよ……。
これで同級生のお母さんとは、やはり信じられない。
芸能人がどんなに綺麗で可愛くても、際どい水着のグラビアアイドルであっても、俺は然程興味が湧かないのはこの人が原因だ。
「沙織さん、おはよー」
「あ~悠斗くん、おはよ~! 朝ご飯食べるでしょ?」
「んー今朝はいいよ、あまりお腹空いてないし」
「あら、そーなのぉ?」
「うん、支度してくれてたのに、ごめんね?」
「いえいえ~」
こちらを振り返りながら笑顔で答えてくれる。
その笑顔が俺にとってはありがたい饗膳である。
実の母親だったらまだ諦めも付くのであろうが、血縁の無い同級生の母親だ。
もしかしたらと、何かしらの期待を抱いているのも否めない。
「悠斗くん、昨日は早くから寝たようね~」
「うん、中々寝付けなかったんだけど、いつの間に寝てたよ」
「そうなの~? はい、これ飲んで」
沙織さんは笑顔で俺に近づいて来ると、俺の顔を覗き込みながらマグカップを差し出して来た。
最近は朝の食欲が無くなっている為、こうして野菜ジュースを飲むのが習慣化して来た。
それよりも、沙織さんが近づいてくれる……これが俺にとってはご馳走でもあるが、そんなことは恥ずかしくて言える筈も無い。
「あ、ありがと」
俺はマグカップに注がれた野菜ジュースを口にして彼女を見た。
いつも沙織さんは朝一番の飲み物として、必ず常温にしたものを俺に飲ませる。
まあ、昔から母さんもそうだったから、俺には何も違和感は無い。
朝一番の冷たい飲み物は、体に毒なのよと、母さんはそう言ってたっけな。
「どお?」
「あ、うん、美味しい」
「ふふっ」
なっ、ちょっと!
ドキドキするんですけどっ!
思わず口に含んだ野菜ジュースを吹き出しそうになる。
「ちょっと大丈夫~?」
沙織さんが更に顔を近づけて来ると、その良い匂いが俺の鼻腔を刺激する。
既に俺の脳内は沙織さん一色になっていた。
ヤバい……悠菜のお母さんなのにっ!
目の前まで沙織さんが顔を近づけているが、この人は悠菜のお母さんだ。
しかも、母さんのマブダチだ。冷静を保たなければいけない。
まあ、この人は普段からこうして俺を弄る事が多い。
年頃の男の子を揶揄っているつもりなのであろう。
だがそれが、女性経験の無いの俺にとっては、憧れの女性になってしまう要因なのだ。
今の俺は他の女など考えられない状態になってる。
これが虜って奴?
こうして俺だけじゃなく、普段から妹の愛美も沙織さんの玩具になっているのだが今は居ない。
しかし、同級生の母親だと言うのに本気で好きになるのは、やはり倫理的にもヤバいだろう。
万が一、俺と沙織さんが付き合ったりしたら、悠菜が娘になる訳だ。
それは駄目だろ……うん駄目だ!
「そ、そうだ! 悠菜は……」
出来るだけ冷静さを装いながらも、沙織さんから一歩二歩と後ずさる。
勿論俺には悠菜の居場所は分かっている。
この場所からすぐ近くに居る。
「悠菜ちゃんなら、そこにいたけど~」
沙織さんって娘の事をずっと前から、ゆーなって呼ぶんだよな。
そんな事を思いながら、リビングにある掃き出し窓へ目を向けると、やはりプランターに水をやっている悠菜が見えた。
俺の母親に水やりでも頼まれていたのだろう。
悠菜は決められたことは卒なくこなすタイプだからな。
(しっかり者だよなー悠菜って)
ホント、こいつこそ学級委員長とかやれば良いと昔から思っていたが、そう言う目立つ事は絶対にした事が無い。結果的に二人共そのまま大学生となってしまった。
カラカラとサッシを開けると、悠菜はチラッとこちらを見たがすぐにプランターへ目を戻し、また水やりを続けた。
「おーい、ゆうなー! そろそろ大学行こうぜー?」
「わかった」
悠菜はこちらを見る事も無く、水をやりながらそう答えた。
「あらあら~? 相変わらずね~」
「え? 何が?」
「悠斗くんは、あれで寂しくないんだ~」
「あれ?」
「素っ気無いって言うのかな~?」
「ああ、そこは慣れてる」
まあ、昔から悠菜はこうだからな。
実にそっけないが、それは特に気にはならない。
寂しいとか思った事も無い。
本当にやせ我慢とかではない。
あいつは昔から口数は少なく、あまり表情も変えない。
動揺しないっていうか、無表情。
子供の頃からこんな感じだったしね。
愛想はないかも知れないが、これでこそいつもの悠菜だ。
しかし、あいつは他人に無関心って訳じゃない。
俺がどこに行くにも必ずついてきていたし、むしろあいつが単独行動をする事があまりなかった。
それに、ふと俺が悠菜を見た時だって、大抵はこっちを見ていたっけな。
悠菜と目が合う時が多かったのだ。
(もしかしたら、俺の事好きだとか?)
まさか……いや、無いな。
小さい時からずっと俺の世話して来た感じだったし、両親と同じ様にいつも一緒に居た。
いや、両親よりも一緒に居る時間は永い筈だ。
昔から面倒を見ている内に、今では俺を見るのが癖になってるのかも知れない。
いつまでも危なっかしい奴とでも思ってるんだろう。
あいつにしてみれば、俺の姉さん的な気分でいるんだろうな。
そう思いながら悠菜を眺めていると、不意に沙織さんが俺の袖を引っ張る。
「あ~あ、な~んか寂しくなったな~」
「え? どうしたんです?」
「もう、お弁当必要ないんでしょう?」
「ああ、そうですねー」
俺は沙織さんが作ってくれたお弁当を、毎日欠かさず持って行っていた。
母さんが居た時は、勿論母さんが作ってくれたのだが、去年の三月から一年間は、俺の分も沙織さんが作ってくれていたのだ。
本当に有難い事だろうが、それすらも当たり前に感じてしまっていたのかも知れない。
それに今日も、愛美のお弁当は沙織さんが作って持たせてくれた筈だ。
「沙織さん、いつもありがとうございます」
「あらあら~」
「俺のは今日から必要無いけど、今日も愛美の分、いつもありがとうございますっ!」
「みかんちゃんのもあるし、いいんですよ~」
思えば、母さん達が居なくなって一年が過ぎていた。早いものだ。
「そうやって親元を離れて行くものなのかな~」
「え? ああ、悠菜はしっかりしてるもんね」
「え~? 悠斗君のことよ~? ユーナちゃんは平気だもん」
「あ、ですよねーははは……」
まあ、両親に頼まれて俺達の面倒を見てくれているし、今では実の両親よりも俺達兄妹が頼っているのは事実だ。
そして、沙織さんは実の娘である悠菜よりも、俺達兄妹を大切にしてくれていると言っても、決して過言ではない。
だからついつい俺達兄妹は気兼ね無く頼ってしまっている。
まあ、悠菜は子供の頃からしっかりしてたから手がかからないのだろう。
悠菜に比べて、いつまでも頼りないこんな俺達の事を、案外可愛く思ってくれているのかも知れない。
そう言えば、手のかかる子供ほど可愛いもんだって聞いた事がある。
「もうここで十九年か~」
「え? (ここで十九年?)」
「うんうん~もう十九歳になるし~今日から大学生でしょ~?」
「うん!」
「早いものね~」
「あ……うん」
そうか、悠菜も今月が誕生日だったな。
あいつは俺の誕生日より一週間早い。
てことは、沙織さんも三十歳……後半?
(み、見えねーっ! てか、信じられんっ!)
尠くとも今日からはこの俺も大学生だ。
下見はしてあるとはいえ、やっぱり少し緊張する。
俺は玄関へ向かう途中、振り返って悠菜を見たがいつもの無表情だ。
「悠菜は緊張してないの?」
「していないけど……どうして?」
「あ、いや、何でもない」
(ですよね~悠菜の緊張してるところって想像できんわ)
俺たちが玄関を出ると、沙織さんも一緒に家を出て来た。
「あれ? 沙織さんもどっかいくの?」
「そうなの~ちょっとお家に用事があるの~」
沙織さんの家はここの真裏にあるのだが、これがまたかなり大きな敷地なのだ。
うちの数倍はあろうかと思われる。
その敷地の周りはぐるりと高い生垣に囲まれ、建物が見えない位に敷地の中には木々が遮っている。
よって、ここからはぐるっと回りこまなければならない。
回り込んで行くとなると、例え裏であっても数分はかかるのだ。
「悠斗くん、じゃあね~気を付けていってらっしゃ~い」
そう言うと、くるっと背を向けてるんるんと軽快に歩き出した。
「うん、行ってきまーす」
(沙織さんって、本当に歳はいくつだよ)
遠ざかる沙織さんの後ろ姿を眺めながらふと考えた。
あのスタイルといい顔立ちといい、やっぱり絶対若すぎる。
母さんと同じ位だと漠然に思っていたが、絶対に俺の母さんよりも年下に見える。
(しかも、生足だぞ……あれは)
それに、化粧してる感じじゃないんだよな。
うちの母さんがどっか行く時には、化粧にかなり時間かかってたぞ?
「なあ、悠菜」
「なに?」
「沙織さんて何歳?」
「知らない」
「へ? 知らないの?」
俺は驚いて悠菜を見るが、相変わらずの無表情だ。
「前に聞いたら花の十七って言われたから、それからは聞いてない」
「はあっ⁉ はなのじゅうななっ⁉ って、それっていつ頃?」
「ん……中学へ行く頃だから、ここで六年前」
「はいぃぃぃ⁉ そりゃ嘘だろ、どう考えても!」
「嘘って言うより戯言」
「たわごとって……それからは聞いてないの?」
「うん。もう歳は訊かない事にした」
まあ、女親ってそんなものなんですか?
自分の子供にも歳を隠すのですか?
例え母子であっても、同性がゆえに何かと張り合うこともあるらしいし。
しかも、昔から悠菜には父親が居ないしな。
母子家庭ってこうなの?
あ……また沙織さんの旦那さんの事考えちゃったわ。
やっぱり嫉妬しちゃうな。
そう思いながら何気なく悠菜を見ると、彼女がじっと俺を見つめていた。
(何だか……ドキッとするんだけど……)
「それより、悠斗」
「え⁉ な、なに⁉」
「そろそろ向かわないと遅れる」
「あ? ああ、ヤバいな! 行こうか!」
俺は慌てて歩き出した。
初の大学生活初日から遅刻はヤバいでしょ!
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